――213(●)――
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城外で二角獣の集団を壊滅させていたヴェルナーであったが、その後の魔軍側がとった行動にはさすがに驚かされた。
とはいうものの、王都の上空でムブリアルが怒りの悪魔を生み出したことまでは城壁もあり見えていない。見えていたのは吸い込んだ空気を吐き出し轟音が発生したことと、その後の一つ目巨人が闇の騎士を城内に投げ込みはじめたところまでである。
「ムチャクチャだな」
「人間にあれはできませんな」
まさか投げ込むなどという力技で魔物を城内に移動させるとは思ってもいなかったヴェルナーだが、感心したり呆れたりしている場合でもない。すぐに周囲の騎士たちに声をかけ隊を整える。相手が巨体であるがゆえに単独や少数で攻撃をしては返り討ちにされてしまう。
「一つ目巨人を倒そうと思うな、効率が悪くなる。まず足を切り動きを止めろ。踵を狙え」
「はっ」
そのための長刀である。一つ目巨人にはうかつに近づき過ぎると踏み潰される危険性もあるが、これならその危険性は低い。
ノルポト侯爵の方の戦況を確認すると、一隊を使い中央からさらに敵を分断し、分断したほうから各個撃破するという形で確実に敵兵力を討ち減らしている。あれなら大丈夫だろうと思った矢先、ムブリアルが再び動いた。
もう一度大きく周辺の空気を吸い込む。ヴェルナーたちは至近であるがゆえにその暴風のような風に耐えるのが精いっぱいである。その中で、動かなくなった二角獣や闇の騎士が吸い上げられ、飲み込まれていく。
ムブリアルが翼を羽ばたかせると無数の石がそこから舞い落ちる。ヴェルナーたちは魔石よりも昏い黒をしているそれに見覚えがあった。
「ヴェルナー様、あれはっ!」
「警戒! 敵が増えるぞ!」
シュンツェルの声にヴェルナーの怒声が重なり、ツェアフェルト隊が態勢を整える。その直後、靄のようなものが広がると二角獣や闇の騎士の姿となり、地上に降り立った。
ゲームで雑魚が無限に湧いて出てくるのはこれかとヴェルナーが苦い表情を浮かべる。魔物の核が魔石であることは事実のようであるが、まさか魔石以外の部分を吸収して魔石に再生できるとまでは考えていなかったのだ。
「あー、畜生、そういう事か……繋がって来たな」
「は?」
「何でもない、それよりオーゲン! お前の隊はノルポト侯爵の支援に向かえ!」
ノルポト侯爵も新手の登場に急いで戦線を再編しつつあるようであるが、そこに新手が向かってきては混乱は避けられないであろう。だがヴェルナーたちの位置からならノルポト侯爵に襲撃をかける敵の一団に側方から切り込める。
ヴェルナーは迷わずに指示を出した。南方戦線の最大戦力であるノルポト侯爵が兵を立て直す時間を作るのが目的である。
「マックスは笛を使い新手を可能な限り引きつけろ、バルケイ、マックス隊が押さえつけた敵の側面に斬り込め! 指示はマックスが取れ!」
「ヴェルナー様は!?」
「ゲッケたち傭兵隊を連れて行く、後は任せる!」
後の事は聞かず、傭兵隊を率いてヴェルナーは駆けだした。その背後で魔呼びの笛が鳴り響き、こちらに向かってきていた二角獣たちの向きが変わる。
その一団をやり過ごすようにヴェルナーと傭兵隊は一度戦場から距離を取るとムブリアルと一つ目巨人の後方に回り込んだ。
「騎士団はどうするんだ」
「自力で何とかしてくれるさ」
走りながら問いかけてきた傭兵にヴェルナーは短く答える。実のところヴェルナーにはそこまでの余裕はない。ともかく一度相手の動きを止めないと城内に退却もできない。
それに、あのように無限に新しい魔物を生み出し王都に投げ込まれていては王国軍の側が力尽きてしまう。一つ目巨人を倒さずに行動を止めるというのが現状での最適解となるだろう。
そのため、むしろ王城内に魔物を投げ込んでいる一つ目巨人を倒さずに腕や足だけ切り落としてくれと傭兵隊に指示を出した。
「それにしても、なんであのデカブツは自分が王都に入らないんだ」
「多分だが、あの巨体だと目標が手に入れられないんだろう」
息を整えながらヴェルナーは短くそれだけ答える。傭兵にそれ以上を説明するわけにはいかないが、案外それが真実なのではないかとヴェルナーは思い始めた。あの巨体では地下の物を取り出すのは不可能かもしれない。
間違って踏み潰して水晶を割ってしまい魔王に怒られるムブリアルを想像して我ながら阿呆な想像だとヴェルナーは苦笑いした。
「武器持ち変え、左から叩く、突入!」
くだらない想像を振りはらい、ヴェルナーは突入した。目を潰された一つ目巨人がのたうちまわり腕を振りまわす中を傭兵たちが駆け抜け、途中邪魔をする相手の脚に得物を食い込ませる。
魔物の絶叫と怒声、傭兵の気合を込めた声と共に、巨体が動くたびに起きる地面を揺るがす振動と足音が耳を乱打し頭が痛くなるほどだ。
ヴェルナー自身を含め、それぞれが得意な得物に持ち変えているので間合いは掴んでいる。まるで象が暴れまわっている中をかい潜り武器を振るい相手を傷つけながら混乱の中を走り回っているような状況に、ヴェルナーが小さくヒュダスペスかよと呟いた。
ヒュダスペス河畔の戦いはマケドニアのアレクサンドロス三世が象兵隊を含む敵軍を倒した戦いの事である。あの戦いではアレクサンドロスの軍が象兵の足を狙うのと同時に、混乱した象兵を故意に放置して敵軍に更なる混乱を引き起こした。
「……乱暴だがその手があったか」
他に良い案も現状では思いつかない。その後どうするのかという心配も一瞬だけ持ったが、あのまま王都内部に戦力を文字通りの意味で投入され続けるわけにもいかない。
「ノイラート、シュンツェル、お前たちは負傷者を守りながら戦え、俺の方は気にするな!」
「は、はっ!」
ヴェルナーは腹をくくり、ノイラートたちに指示を出してから混戦の中を走り抜けるとムブリアルの巨体の腹の下に潜り込んだ。槍を地面に刺すと魔法鞄の中から予備の魔呼びの笛を取り出し、ムブリアルの腹の下で大きく吹き鳴らす。
途端、先ほどまでとは別の騒動が起きた。周囲の一つ目巨人たちが一斉にムブリアルめがけて突進したのである。一つ目巨人の巨体に立て続けに体当たりされ、さすがのムブリアルも何が起きたのかわからないという態度で王都から目を離し振りむいた。
幹部級であるムブリアルには魔呼びの笛の効果はない。だが周囲の一つ目巨人たちには効果があった。至近距離で吹き鳴らされた笛めがけて視界を奪われた一つ目巨人たちが突進し、その巨体ゆえにムブリアルに激突する形となったのだ。
さらにその後で新たに生まれた闇の騎士や二角獣たちのうち、笛の音が届いたものまで駆け寄ってきた。そのまま視界を奪われている一つ目巨人に激突すると、敵に攻撃されたのかと錯覚した一つ目巨人が逆にその魔物を殴りつける。魔軍の中心部隊の更に中央で名状しがたい大混乱が発生した。
ヴェルナーがムブリアルの腹の下で笛を捨てて槍を取り、駆け寄って来た二角獣を貫く。悲鳴を上げて後方に下がったそれが一つ目巨人に殴りつけられる。その周囲で背中を向けた一つ目巨人に傭兵隊が攻撃を加え、視界を失った一つ目巨人が腕を振り回し傭兵と闇の騎士を一緒に弾き飛ばす。
ムブリアルが不快そうに身をよじった。人間よりも太い足がヴェルナーの周囲で動きその振動が足元を揺らす。ヴェルナーは地面の上を転がってそこから身を躱すと混戦の中で近寄って来た闇の騎士と槍を合わせた。
数度突きを繰り返し相手の鎧に穂先を届かせるが、相手は気にせずに切り込んでくる。その重たい一撃を受け止め、受け流し、周囲の騒音と頭上で動くムブリアルの腹部を気にしながらも騎士姿の相手と距離を取った。
「さすがに後半マップの雑魚キャラ、強ぇ」
ヴェルナーが冷汗交じりに認める。一対一で勝つにはかなり苦しい、と認めるしかない。それでもここまで打ち合い戦えるのは、ヴェルナー自身も強くなっていたからに他ならない。
本人にも自覚がなかったが、アンハイムで魔将を倒した勇者と共に戦っており、ユリアーネを斃したのはヴェルナーだったのだ。平均的な騎士よりも今のヴェルナーは強い。
一対一ではそのヴェルナーでも全力で戦わなければならない相手であったが、皮肉なことにムブリアルがそれを支えた。周囲で起きている騒動に苛立ち、いつまでたっても暴れることをやめない一つ目巨人を踏み潰し打ち払うようなことまで行い始めたのだ。
ムブリアルの巨体と巨大な脚がヴェルナーの周囲を動き回り大地を揺らすので敵も味方も動きがとりづらい。お互いに踏み潰されないように場所を移動しながら戦わざるを得ない。
時々振動にヴェルナーも足を取られているが、闇の騎士も体勢を崩すのでどちらも致命的な一撃を打ち込めないのだ。
その間に周囲の戦況が再び動いた。城壁から弩砲や弩弓が城下の敵にめがけて射撃を再開したのである。
ほぼ同時にノルポト侯爵が兵を纏めて強烈な反撃を開始し、敵軍を南方から切り崩し始め、さらに北方の騎士団も戦線を立て直して新たに現れた魔物を打ち崩し、逆に魔軍に切り込み始めた。
ムブリアルが大きく息を吸い込み始めた。腹の下にいたヴェルナーにはそれが解る。このままだとまた新しい魔物を生みだされてしまうかもしれない。さすがに焦りの色を浮かべながら目の前の闇の騎士を見た際に別の物が視界に映る。
考える時間さえ惜しんでヴェルナーは走り出した。全力で槍を突きだし闇の騎士の肩を貫くと槍を捨て、地面に落ちていた、内部から熱せられ赤くなっている弩砲の矢をつかみ取る。
肉の焼ける音と匂いがヴェルナーの掌から上がった。
「ぐあぁっ……!」
灼熱した鉄の棒を握りしめたようなものである。籠手の掌側には革製の手袋があるが、それもあまりの高温の為にすぐ耐えきれなくなり、そのままヴェルナーの掌を焼いているのだ。だが苦痛に耐えながらヴェルナーはさらに走った。そのままムブリアルの後ろ足に駆け寄る。
樹齢数百年はある大木ほどの太さをもつ足めがけ、ヴェルナーはその矢を突き刺した。正確にはその後ろ足の爪と肉の隙間にである。灼熱の金属棒が子供ほどの大きさがある爪の内側に力任せに押し込まれた。
痛覚が人間とは異なる魔物のムブリアルもさすがに驚いた。ピンポイントでそのようなところを攻撃された経験はない。しかも爪の中で強烈な高温が肉を焼き続けているのだ。ムブリアルは息を吸う事を止め、目を見開いた。
ヴェルナーがとっさに地面を転がり避けた。不快さに耐えきれなくなったムブリアルが後ろ足を振りまわし地面を踏み鳴らしたのだ。振動と蹴り上げた土とで全身を叩かれながら、ヴェルナーが立ち上がることもできずに距離を取るため転がりまわる。
闇の騎士が代わりに蹴り飛ばされて城壁まで飛ばされそこで叩きつけられて動かなくなった。
事情は分からないまでもムブリアルが急に動きを変えたことは戦場にいる全員が理解した。攻撃できるものが一斉にムブリアルに攻撃を集中し、接近戦ができる者たちが魔物たちを切り散らしながら殺到する。
主将であるムブリアルが動揺している魔物たちは対応が遅れた。一気に押し込まれたのだ。戦場が急速にムブリアルの周辺に移動し剣戟と悲鳴と血飛沫が周囲を覆いだす。弩砲の矢がムブリアルの体に何本も食い込んだ。
ムブリアルが一声あげて空中に舞い上がった。そのまま一度上空で旋回すると王都から遠ざかる方向に飛行を始める。敵も味方も一瞬それを見やり、次いで王国軍から歓声が上がった。
そのまま王都近郊に残っている魔物たちを斬り斃し突き崩す。魔物たちが動揺して走り回るが逃げ場はない。次々と無数の刃を受け矢で貫かれ、骸を並べ始めた。
日が落ちるころ、城外で動くものは王国軍の騎士と兵士、それに傭兵たちしかいない。もう一度王国軍が歓声を上げ、城内の住民たちがそれに呼応した。
文字通りの意味でボロボロになったヴェルナーが発見されたのはその頃である。致命傷こそ負っていなかったが、どこかの拍子で意識を失っていたのだ。動かぬ鎧や二角獣の死骸の中から引っ張り出された際、血と獣脂と砂埃の汚れにまみれたその姿はまるで泥男のようであったという。
すぐに城内に運び込まれて治療が施され、更に全身濡れた布で拭われて、ようやくヴェルナーは人間の姿を取り戻した。心底から申し訳なさそうに騎士の一人が治療室でそのヴェルナーに声をかける。
「ツェアフェルト子爵、申し訳ありませんが……」
「ああ、報告な……解った、すぐ行く……」
水をジョッキで飲み干しながらうつろな表情になっているが、これはさすがに疲労困憊であったためである。
それでも義務は義務だと城門近くに設置されたノルポト侯爵の本陣に向かったが、侯爵が驚いた表情を浮かべて卿の報告は翌日でよいとそのまま戻ることを許可したほどであった。
ツェアフェルト邸に戻ると、驚いた表情のクラウディアと一足先に戻っていたリリーらがヴェルナーを出迎えた。驚いた表情で無事を問うクラウディアやノルベルトに大丈夫だがとにかく疲れたとだけ言い残しヴェルナーは部屋に向かう。
慌てたようにリリーがそのヴェルナーについて行き、部屋の扉を開ける。ふらふらと部屋の中に向かったヴェルナーに躊躇しつつリリーが声をかけた。
「ヴェルナー様、あの、せめて上着だけでも」
「リリー」
「は、はい?」
「大丈夫だったか?」
一瞬驚いた表情を浮かべたリリーだが、すぐに頷いた。
「はい、大丈夫です。ヴェルナー様のおかげです」
「そうか……よか、った……」
「ヴェルナー様っ!?」
慌てて駆け寄ったリリーが崩れ落ちる直前のヴェルナーを支えようとするが、既に崩れ落ちそうになっている男性を支えるのは無理である。そのままヴェルナーは床の上に倒れ込んだ。斜めに傾いてしまったため、支えようとしたリリーの上にである。
結果的にリリーを床の上に押し倒すような形でヴェルナーは意識を手放した。
「え、あの、ヴェルナー様? あの、そのっ」
暴れるわけにもいかず大声をあげるのも違う気がする。体格が違うので押しのけることもできない。軽いパニック状態でリリーはとりあえずヴェルナーに声をかけるが、ヴェルナーが目覚める様子はない。
結局、戻りが遅い事を気にした別のメイドが様子を見に来て、床の上で抱き枕状態の姿を目撃されるまで、リリーは動くこともできなかったのである。
驚いたそのメイドがクラウディアたちを呼びに行き、その光景を見たクラウディアが呆れたような表情を浮かべたころ、王都のこの最も長い一日は終わり、次の日に日付が変わっていた。
活動報告にマゼルとラウラの画像がアップされています。素晴らしい絵なのでぜひご覧ください。
それと、説明不足で申しわけありません、一巻のラウラはドレス姿で登場します。
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