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ノルポト侯爵の軍の中で真っ先に動いたのは騎兵ではなく歩兵であった。その部隊は敵を視認できる位置で足を止めると、暴れまわる巨人の巨体から逃れた闇の騎士の複数の集団に向かって弩弓を向ける。
闇の騎士たちもそれに気が付き隊列を整えようとした矢先、歩兵隊が引き金を引き、うなりをあげて飛んだ無数の鉄球が闇の騎士たちを二角獣から叩き落とした。
魔物であれば防御力もさることながらその耐久力が極めて高く、通常の弩弓での攻撃であれば、数本の矢が刺さっても二角獣からは落馬したりはしなかったであろう。
それに対し、弾弩弓の鉄球による衝撃は物理的なものである。全身鎧の魔物である闇の騎士にとって致命傷にはならないものであったが、その衝撃を逃すことはできない。
高速で飛んできた重い鉄球に体勢を崩され、衝撃を受け止めきれず、また視界を失った二角獣を御する余裕もないまま鎧を身に纏った騎士たちが落馬した。
全てではないが多数が落馬したのを目撃したノルポト侯爵が赤い旗を振り合図をする。その合図に応じ、戦場に場違いな笛の音が響く。次の瞬間、二角獣たちが音に向かい走り出した。
まだ馬上にいた騎士が狼狽えたように手綱を引くが止まることもなく、また視力を失った二角獣が突然走り出したことで落馬した闇の騎士たちが自分たちの乗騎であったはずの二角獣に足蹴にされ、押しつぶされ、名状しがたい混乱が起きる。
思わずと言う形で集団の形状を整える間もなく、立ち上がり走り出そうとした闇の騎士たちの側面から戦斧を持って突撃するダヴラク子爵の率いる一隊が切り込み、集団を突き崩し始めた。
ゲームで登場したアイテムである魔呼びの笛は、フィールド上で使うとその場で戦闘が始まるという、歩き回らなくても戦闘をする事ができるのが利点である。もっとも、そのフィールドに出てくる敵がそのまま出てくるだけなので、使うメリットは少ない。
そもそも普通の人間や、冒険者であったとしてもよほどの事がなければ危険な魔物を呼び寄せ戦う必要はない。古代王国時代、なぜわざわざ魔物を呼び寄せるような道具を開発したのかとヴェルナーが疑問に思ったとしても当然の事であろう。
だが集団戦と言う場で考えた時にヴェルナーは考え方を改めた。敵を呼び寄せる事ができるという事は敵を誘導できることなのではないかと気が付いたのだ。戦術的には笛の音が聴こえた一部だけを主戦場から切り離す事ができるのである。
本来はRPGのように魔物対個人で使う物ではなく、魔軍との集団戦で使用するものであったとすればむしろ理屈が通る。そう考えたヴェルナーは、敵本隊から闇の騎士を、さらには闇の騎士と二角獣を切り離すために、二角獣が身軽になったところで魔呼びの笛を使用したのだ。
闇の騎士も笛の音に反応しなかったわけではない。だが全身鎧と四足獣では移動速度が違う。ノルポト侯爵の軍も視力を失い音に引き寄せられるように駆け出した二角獣を無視し、落馬した闇の騎士だけを目標としての攻撃を開始した。闇の騎士もそれに対して応戦を始めたことで、二角獣がその場から切り離され突出する格好になる。
「来るぞ、用意!」
「はっ!」
二角獣の一団が向かってくるのを確認し、ヴェルナーは素早く全体の配列を確認した。
ここまでは予定通りであり、二角獣だけを叩けばいいのだから歴史上の騎馬隊に対する対応をすればよい。落ち着いてヴェルナーは指示を出した。
「構え!」
ヴェルナーの声に応じて下馬した状態で待機し、一列に並んでいた騎士たちが地面に伏せ置いておいた長槍を持ち上げ、石突きを地面に置いて斜めに槍を持ち全身で構えるように穂先を揃える。
二角獣の一団がマックスが統率していたツェアフェルト騎士団の用意していた槍衾にまともに突っ込んだ。馬とは違う苦痛と悲鳴がその口から上がり、槍に貫かれた馬体が列を作り、更にその後ろから急に止まれなかった二角獣が突っ込んできた。さらに文字にしがたい絶叫と衝撃の音が響き、衝撃と振動が槍の石突きを地面にめり込ませる。
通常、長柄槍による密集戦術である槍衾は、馬を倒すというよりも騎馬の足を止めるために使われる。騎士が乗っていればそもそも槍の列の中に突入するというような危険な行為を避けるからだ。
だが魔物はもともと恐怖と言う感情に疎い。さらに視界を奪われているものも多い。そのため、途中で停止することもなく、己の加速に任せて穂先に跳び込んだ格好となった。
まだ息のある二角獣の何体かが槍に貫通し身動きが取れなくなった体をもがくように動かすが、その場から抜け出せるわけでもない。
「魔術師隊、頼む!」
ヴェルナーが声をかけると槍衾の後方にいた魔術師隊が初めて攻撃を開始する。集団戦の中では威力が落ちる事も考慮し、全員一度にではなくまだらになるような形で順番に魔法を唱え、様々な攻撃魔法が宙を舞う。
弓と異なり魔法は外しようもないし避けることもできない。まだかろうじて二角獣の上に乗っていた闇の騎士のみを狙うようにあらかじめ指定してあったため、結果的に集中射撃を受けた格好になり、闇の騎士がその場に落下し倒れ込む。
暴れる二角獣に踏み潰される騎士が続出する。さらにその上に別の騎士が転がり落ちる。その騎士の体が邪魔して二角獣はさらに動きを阻害される。結果的に、二角獣の集団はその場で渋滞する格好となった。そこにヴェルナーの新たな指示が飛ぶ。
「両翼突入! 魔術師隊は移動!」
渋滞して足の止まった左右からオーゲンとバルケイの部隊が突入した。この二人の隊も馬を降り、全員が長柄の長刀を持っている。彼らの目的は相手の脚を切る事、それに特化した部隊である。
この世界では馬も高価であり、対人国家戦闘ならむしろ捕縛して戦功の報酬に使われる事の方が多い。また、騎馬民族と戦った経験もないため馬の脚だけを切るという戦い方も一般的ではない。そのため、指示を受けた際にはオーゲンらも一度は驚いたが、相手はどうせ魔物だとさほどの抵抗もなく受け入れられている。
そして、一体ずつ倒すよりも相手の戦力を無力化する目的の両部隊が走り回ることで、悲鳴に挟まれる格好となった二角獣たちの集団に混乱が広がった。
二角獣も魔物であるからには十分に危険ではあるのだが、渋滞して機動力を失った騎馬と言う敵の状態では、少なくとも兵士の恐怖感は半減する。また、自軍の策が当たっているというのも兵士たちからすれば士気も高まろうというものだ。
敵中に駆け込んだオーゲン、バルケイ両隊は足だけを切ればいいという単純な指示に従い、二角獣の脚を次々と切断していく。かろうじてその混乱を逃れた闇の騎士たちは、戦闘態勢を整えようとしたところで、この局地戦の外周を回ってきた部隊に乱打される事となった。
魔術師隊の最大の欠点は機動力にある。そもそも歩くのが訓練の始めである兵士と異なり、魔術師はインドア派に近く、騎士や歩兵についていくのは難しい。そのため、普段であれば拠点防衛や初戦に弓兵と同様の使われ方をするのが普通である。
だがそれでは様々な問題に対応しきれない。そこでヴェルナーがセイファートに相談し用意しておいてもらったのは二頭立て馬車に引かせる戦闘用馬車である。
ヴェルナーの前世、古代エジプトでは二人乗り、ヒッタイトや中国では三人乗りで御者一名と戦闘員一名から二名が乗るのが普通だが、この戦闘員を魔術師に乗せ換えることで機動性を持ち、更には移動しながらでも魔法を唱えさせることを可能としたのだ。
このため、逆にツェアフェルト隊は騎士に至るまでの馬をほとんど拠出し、事実上の歩兵隊となっているが、隊の目的を二角獣の機動力を奪う事に特化することとして了承を得た。全体の状況を見ての事である。
本来、騎士としてはあるまじき指示であったが、ツェアフェルト騎士団からの苦情はほとんど出なかった。何をやるのかよくわからない指揮官の下にいるから仕方がないと悪い意味でヴェルナーに汚染されているのかもしれない。
高速移動する魔術師隊が敵よりも早く後方に回り込み、混戦を逃れ出てきた敵を魔法で叩きのめし始める。徒歩の騎士では二頭立て馬車には追い付けない。無理に接近戦に持ち込もうと走り出した闇の騎士の列が伸びた所にゲッケの率いる傭兵隊が突入し、次々とただの動かぬ鎧へと変えていく。
「俺たちも行くぞ!」
その状況を確認しヴェルナーの率いる本隊も動き出した。マックスやオーゲン、バルケイらの隊が動きを止めた二角獣たちの集団に突入し、ヴェルナー自身が先頭に立って脚を奪われた二角獣を集団で刺し貫き、首を切り落とし、その頭蓋を叩き割る。ノイラートやシュンツェルらもヴェルナーに続き二角獣の返り血でその身を染め始めた。
ツェアフェルト隊はこの方面に移動させた二角獣の半数ほどであったが、魔術師隊の支援を受けながらこの一団を殲滅していく。
この時、戦場は大きく四カ所に分かれていた。魔軍の中央にいた一つ目巨人が暴れ出したことにより、闇の騎士隊二〇〇〇が南北に分かれて避難してしまったためである。
城門の正面では弩砲が四天王ムブリアルと一つ目巨人に対し強力な射撃を開始する。ムブリアルが不快そうに高く嘶いた。
一方、南側に逃れた闇の騎士隊はさらに闇の騎士と二角獣に分断され、振り落とされた闇の騎士たちがノルポト侯爵の率いる三〇〇〇人の軍と激戦を展開し始める。
そして北側に避難していた闇の騎士隊一〇〇〇名ほどには、北門から出撃し大きく迂回してきた王国軍第一、第二の両騎士団二五〇〇人が突入を開始していた。
第一、第二騎士団には南側に展開している軍のような道具類はない。その代わりに牽引式弩砲と言うこの世界の戦車と言うべき存在がある。その牽引式弩砲による攻撃を先頭に、騎士団は騎士団らしく集団での突撃を敢行した。一方の闇の騎士隊は機先を制された格好となり、混乱が広がる。
両騎士団は巧みに連携し、右翼の第一騎士団が攻撃を強化した時にはあえて左翼第二騎士団は攻撃の手を緩め、第一騎士団が押し返されそうになると第二騎士団の方が攻勢に出て魔軍の騎士を側背から削りとる。
騎士団は笛矢と旗による合図を巧みに使いこなし、みるみるうちに闇の騎士隊を討ち減らし始めた。
魔軍最大の誤算は、人間の側が待ち構えているという事態を想定していなかった事にあるかもしれない。魔軍にすれば襲撃が予想されているとは思っておらず、人間側が兵力と防戦体制の準備を整えていることを想定していなかったのだ。
その上、ここまで人間側は町も村も捨てて逃げ出していたように見えたため、目的の巨大都市でさえ恐らく城内に閉じこもって防戦一方になるだろうと想定していた。打って出てくるということは全く予想もしていなかったのである。
一方の王国軍にしてみれば、まず相手の攻撃に備えた十分な準備が整っている。数日持ちこたえれば戦況が変わるだろうという予測もある。籠城して敵側から一方的に攻撃をさせる理由はない。
何より、敵の規模は不明であってもどのような魔物が襲撃してくるかの情報を周知させておくことができたのだ。ヴェルナーにしてみればゲームの情報程度しかなかったのだが、敵の種類とその名前が解れば、国内外の冒険者ギルドや他国にも情報を募ることで、ある程度は強さの予測は立てる事ができる。謎の敵に奇襲されるのと、相手が攻撃してくることを把握しておき、更に相手の情報が把握できている事には雲泥の差があるであろう。
相手の目となる半鳥半女を先に潰し、王国側から打って出て相手の機動力を失わせ、最後に四天王と一つ目巨人を相手に防衛戦を敢行する。
長駆進撃してきた魔軍に逆に攻勢をかける形で、ここまで王国軍は有利に戦況を進めていた。
活動報告にもちょこちょこと情報更新させていただいております。
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