――209(●)――
評価、ブクマやいいねでの応援、ありがとうございます!
感想もありがとうございます、いろいろな感想、嬉しいです!
最初に王都の西側城壁から目撃されたのは半鳥半女の一団だ。五〇匹ほどの飛行する集団は王国の衛兵たちにとっても初めて見る光景であったが、敵として来ることは予想済みである。
魔物が勇者以外の人間をいまだに軽んじているからこそ、戦力の逐次投入の格好になることは予想されていた。現状、王国側に有利に運んでいるという事を全員が理解する。そのため、衛兵や城壁上に上がった騎士たちは迎撃のための準備を進める最中に小さく私語を交わす余裕があるほどだ。
「やはりあの飛行型魔物から来たな」
「ツェアフェルト子爵が調べていたらしいけど、どうやって調べてたんだ」
「勇者殿から聞いたんだろ。確か子爵と勇者殿の妹さんは……」
「無駄口をたたく前に準備だ!」
私語を交わしていた衛兵たちに騎士が叱責の声を上げる。慌てて衛兵が弩砲の準備を進め、液体の入った器を並べるとそれにさらに部品を追加しつつ、敵が近づくのを待った。
無論、ヴェルナーもゲーム中に登場するすべてのモンスターを覚えているわけではない。だが、風の四天王のいる迷宮でこの半鳥半女が出てくることは覚えていた。面倒な相手としてである。
ゲームでは混乱系の能力が厄介であったが、皮肉なことに今の状況では混乱系の能力はそれほど恐ろしくはない。全員一度に影響が出るのであれば話は別であるが、集団戦の中で一人二人が混乱しても対応の方法はいくらでもあるからだ。
マゼルが目の前で混乱でもしたら全力で逃げるが、兵士が一人二人混乱したぐらいなら抑え込めるだろう、と言うのがヴェルナーの考えである。むしろ毒による攻撃の方を警戒するべきだと考え、接近戦になる前に叩くような策を立てていた。
何より、前世の知識から敵に空から監視されると著しく不利になるという事は知識として知っている。そのためヴェルナーは相手の先遣隊となるであろうこの飛行部隊を全力で叩き、まずは相手の“目”を奪う必要性があると主張していたのだ。
空中哨戒の危険をヴェルナーほど把握している人間は他にいなかったであろうが、城壁の高さから下を見ても見通しがいい事は騎士であればだれでも知っている。そのため、ヴェルナーの意見に全員が賛成し、そのための準備を進めていた。
国境から王都まで、可能な限りの民を避難させておいたのもその作戦の一環であった。敵も物を食うという事をフィノイで確認していた王国軍は、襲う相手を与えないことで王都に進撃してきた敵を飢えさせることに成功していたのである。
やがて距離が近づいたところで、城壁の上で最終段階の準備をしつつ城内に向けて金属板で光を反射する形で合図が送られた。西門が開かれるとそこから歩兵がどっと外に走り出す。それを目にした半鳥半女たちが速度を上げて降下を始めた。
それを見て慌てたように兵士たちが城内に戻るが、まだ開いたままの城門をめがけて半鳥半女が降下を続ける。ヴェルナーがこの場にいたら飢えたハゲタカが毒餌に食いついた、とでも評したかもしれない。
城壁の上で奇妙な音が連続して発生した。城壁の高さからさらに斜め上の空に向かって無数の金属製容器が飛ぶ。そして半鳥半女たちが閉じる前の城門に突入しようとさらに加速しようとした寸前、頭上から液体が降り注ぎ、半鳥半女たちが空中でもがくように奇怪な動きを見せ、さらにその頭上から網が被さった。
半鳥半女の集団が目に見えて混乱した。
ヴェルナーがこの時考え提案していたのは、前世のペットボトルロケットである。魔石による実験の最中に、密封された袋の中で謎の気体が発生するのを記憶していたヴェルナーは、武器としてではなく罠を遠方に届かせるための道具そのものを飛ばす事ができるのではないかと考えたのだ。
軽い容器であるペットボトルは存在していないが、薄めの金属容器でも内部で気体を一気に、かつ大量に発生させることができればある程度距離は稼げることは実験済みである。そして降下していく半鳥半女に対して、城壁の上から斜め上に打ち出すことで半鳥半女の頭上を跳び超える距離を稼ぎ出したのだ。容器に軽量な魔物の素材で作られた円錐形のノーズコーンを被せ、フィンを取り付けたのも飛距離を伸ばす要因となっていたであろう。
城壁上から網が器に引っぱられて大きく広がることで、あたかも投網のように広がったそれが半鳥半女たちの頭の上に覆いかぶさる。複数のロケットで網が同じように打ち出されていたが、目が粗いためにその前に被さっていたものと重なっても新たに網に捕らわれるだけだ。
網は魔物の素材で作られているためそう簡単に切断できず、なにより握り拳が簡単に通るほど目の大きな網の中に半鳥半女の羽や足が入り込んでしまうと簡単に振りほどくこともできない。人間大の相手にかぶせるだけの網なら目は少々粗くて問題はないのだ。
そして半鳥半女たちは以前ヴェルナーが立てた仮説を証明する結果となった。翼の大きさと魔物胴体部の大きさのバランスの悪さから、飛行するのにも魔力が必要なのではないかと考えていたヴェルナーの予想通りに、噴出する液体を失った現在も網の端でいまだに周辺からの魔力を吸収し消費し続けている風の魔道具によって、半鳥半女たちの飛行能力が阻害され始めたのである。
網を遠くに飛ばすだけであれば弩砲の矢でもよかったであろう。だが、相手の足を止めるためにはペットボトルロケットの方がよかった。それを飛ばすための液体もただの水ではなかったのだ。
半鳥半女たちが嫌悪感むき出しで身を捩り翼を羽ばたかせ首を振って浴びた液体を振り落とそうとする。空中で網に絡まりながらそういう動きをしているのだから空中でもがいていると表現するほうが近いだろう。
もともと魔除け薬には魔物を嫌がらせたり逃げ出させたりする効果はあるが、相手に損傷を与えるほどの力はない。王都の高い城壁の上からでは城壁外に落とすのも難しい。完全に籠城戦となってしまえば使い方が難しいのである。
そのため、城内に避難してきた住民を守るための最後の備えとして使うべきだと意見がまとまり始めた時、ヴェルナーがぼそりと口を開いた。
「いっそ希釈して使ってみたらどうなりますかね?」
会議室に唖然とした空気が広がったのは、普通はそんなことを考えないのだから当然である。だが、もともと地面に撒いて効果を出すための濃い溶液なのだ。薄めても相手に直接浴びせかける事ができれば多少は効果があるだろうと考え、実際に王都近郊の魔物相手に実験として使用してみた。
結果、一定の効果があると判断されて今回の戦況で長距離に散布させるために、希釈された魔除け薬を噴出する液体に使用したのである。魔除け薬を手で狙うにしても距離の限界がある。だがペットボトルロケットにより量の多寡はあるにしても、手で投げたり掬って浴びせるよりもはるかに遠方まで広がったのだ。
そして半鳥半女たちの上まで届きそこで地表に向けて降り注いだ、その希釈魔除け薬が魔物たちが一時的にでも目の前の獲物を忘れたように振る舞う原因となっていたのである。なお、水蒸気爆発で発射することも一度は考えたが、加熱すると魔除け薬の効果がなくなってしまうのでそちらは断念していた。
「あれはどういう気分なのですかな」
「解らんが、そうだなあ……肌の上を大量の蟻が這いずり回ってるような状態じゃないか?」
広い城壁のやや離れた所から見ていたマックスが問いかけ、荷物の確認をして城壁上に上がってきていたヴェルナーがそう答えると、マックスだけではなくオーゲンやバルケイ、ノイラートやシュンツェルも顔をしかめる。
「あまり想像したくありませんな」
「言ってて俺も嫌な気分になった」
発言者のヴェルナーまで微妙な表情を浮かべてそう応じているうちに戦況が変わった。城壁の上から無数の矢が降り注ぎ始めたのだ。
最初の段階であれば網が被さっている数匹はともかく、それ以外の個体は回避できたかもしれない。だが希釈魔除け薬によりあがいている間に次々と網に絡んだ半鳥半女たちは個別に逃げ出すこともできなくなっていたのだ。
さほどの時間もかからず五〇匹以上の半鳥半女が地面に墜落する。その様子を確認するよりも早く、ヴェルナーたちは城壁を降りた。敵側の目を潰すことに成功したので、次は王国軍も城外に出ての作戦第二段階である。
「出陣!」
「ツェアフェルト隊も出るぞ!」
他の部隊に続いてヴェルナーが指揮するツェアフェルト隊も城外に出る。敵の第二陣が到着するまでにしておくことがあったからだ。
初戦で味方の損害が皆無であったことにより、戦意を高揚させた王国軍は急ぎ予定の位置まで走り出した。




