――208(●)――
評価、ブクマでの応援、いつもありがとうございます!
ここ数回、たくさんの感想もありがとうございます。
前回までの伏線回収、楽しんでいただけていたら嬉しいです。
今日はちょっと短めなのですが、ここで切らないと次はどこで切っていいのかってところなので申し訳ありません。
馬蹄の音を響かせて一団が駆け抜ける。
「すると、王都の結界は無事に見えているだけだという事なのじゃな」
「現時点では問題はないのかもしれませんが、全力で発動させる場合は異なると言う事でしょう」
セイファート将爵とヴェルナーが馬上で怒鳴り合うような声を上げながら王都に向かって馬を馳せている。背後に騎士団が集団で同じように駆けているので怒鳴り合うぐらいでないと声が届かない。
「でっ、でも、そんなことって、あるんですかっ?」
ヴェルナーの前に座ってもたれかかっている体勢のリリーがかろうじて声を出す。ヴェルナーにしか聞こえない程度の声だが、ヴェルナーはそれに頷いて応じる。
「二つの器の水を一つにしようとすると溢れる事があるだろう、あんなふうに考えればいい」
「な、なるほどきゃっ!?」
ヴェルナーの簡略化した説明に納得したように頷いたが、後半に小さな悲鳴が重なったのは、そもそも馬に慣れていないリリーが声を上げたためである。
馬と言うものはその背に上ると意外と高い上に揺れるので慣れていないと結構怖い。その上、駆けさせているヴェルナーも決して乗馬が上手い方ではないので、多少はヴェルナーにも責任があるかもしれない。
ユリアーネを倒したのちに短く話をした際、リリーが相手から聞いていた情報は衝撃的であったが、現在の状況が状況であり、地下書庫の存在情報と言う意味でも大声で話し合えるようなものではなかった。
そのため、最低限の情報だけをセイファート、近衛副団長のゴレツカ、それにヴェルナーだけが人払いを厳重に行ってからリリーから聞くことになったが、王都の結界が既に問題を抱えているというのはさすがに放置できない情報である。
話を聞いたヴェルナーは飛行靴を使いすぐに戻ろうとしたが、それはセイファートが止めた。
セイファートに言わせると、どんな状況でも手順がどうの規則がこうのと言い出す人間がいるので、この人数でとにかく対応させろと押し掛けると逆に揉めるというのだ。
むしろ手順通りに陛下か王太子殿下の許可を頂いておき、向こうの準備が整ったあたりで自分たちが王都に到着するぐらいの方が結果的にはスムーズであると説明し、ゴレツカもそれに同意したのである。
ヴェルナーが何とも言えない表情を浮かべたが、そんなところで問題を起こしても意味がないと最終的には納得した。
そのため、現在はゴレツカと近衛数人が飛行靴で先行して王都に戻り、ヴェルナーたちは部隊とともに王都まで移動をしているという格好だ。
セイファートの部下である騎士が指揮する歩兵隊が負傷者を同行させる形で遅れて後からついてきているため、現在は騎兵のみが先行して王都に向かっている。
「で、でも、どうやって結界を傷付けたりしたんでしょう?」
「……」
「あの、ヴェルナー様?」
「舌、噛むなよ!」
突然ヴェルナーが怖い顔をしたことに気が付いたリリーが、怪訝そうな表情を浮かべて呼びかけた途端、勇敢が大きく揺れたため、リリーが慌ててヴェルナーにしがみついた。
実際の所、ヴェルナーも意識のほとんどを馬の制御に向けているので答える余裕がなかったというのもあるのだが、ふと思い至った可能性に慌てて蓋をする必要があったためである。
ヴェルナーの気づきは仮説と言うより想像ではあるのだが、うかつに口にするわけにもいかないし、今考えても目の前の大問題である王都防衛戦には何の役にも立たないという現実的な問題もあった。
「とりあえず、後で話す!」
「わ、わかりました」
自分の言葉も短くなるのは、平均程度に乗れる程度で十分だと乗馬の訓練を怠った結果である。もっと練習しておけばよかった、とヴェルナーが内心で反省していたがこれは後の祭りと言う奴であろう。
王都に到着し城門をくぐると、王都の中にはある種の騒々しさはあるが決して混乱しているというわけでもない。
ヴェルナーたちが馬を降りると、すぐに貴族の一人が城壁の上から降りてきた。
「間に合ってよかった。ご無事で何より。馬車を用意してあります」
「おお、ハルフォーク伯爵か。卿もご苦労じゃな」
「ヴェルナー卿……とリリー嬢はお初にお目にかかる。フィラット・ヴィルケ・ハルフォークだ」
「ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトです。伯爵閣下には丁寧なご挨拶痛み入ります」
「リリー・ハルティングと申します」
ヒルデア平原の戦いで右翼第二陣を指揮していたハルフォーク伯爵は、ノルポト侯爵の関係者で武断派の一人であるが、どちらかと言えば派閥の中では大人しい方に入る。
指揮官としては優秀でもあるし個人の武勇もある。顔立ちも悪くないのだが、欠点が欠点なのであまり知己が多い方ではない。
リリーや遅れて馬から降りたアネットが多少引いているのは、ちょっと表現しがたい、ブレンドされた独特な香水の匂いを纏っているせいであろう。ノルポト侯爵も『優秀なのだがあの嗅覚センスだけは……』と苦笑交じりに語っているのをヴェルナーも聞いたことがある。
いい匂いでも強すぎると気になるのが普通のはずだが、ここまで匂ってくるのが平気って鼻がどうなっているんだろうか、とヴェルナーは割と本気で気にしながらもマックスたちに指示を出していた。
「町はどうなっておるのかね」
「棺とか言う集団や騒動を起こしそうな連中はあらかた捕縛しております。襲撃前に大掃除ができた格好ですな」
「それは何より」
能力が高いかどうかは別にして、やはり何らかの形での目的をもって指揮を執る人物の存在は大きい。その意味で王都襲撃直前と言う状況であっても、指導者的な立場にいたレッペが王都から姿を消したことは大きな影響があっただろう。
もともと危険人物のリストがあったこともある。勇者の妹であるリリーの誘拐と言う状況をとらえ、治安維持担当者は逆に怪しい人物の一斉摘発に乗り出していたのだ。騒動を起こそうとして集まっていた棺などは、逆に衛兵に一網打尽と言う状況にされてしまっている。
実はその一網打尽にした実務責任者はこのハルフォーク伯爵本人であるのだが、そのような事は微塵も態度には示さない。
「イェーリング伯爵はどうなされた」
「療養中でございます」
重傷だったヴェルナーが治療し終えているのにまだ治療中であるはずはない。治療中と言う名目にしていることは間違いないが、ヴェルナーたちもそれ以上は今の段階では聞く必要はなかった。
「よし、ではリリー君は儂と王城に向かう。アネットも同行したまえ」
「は、はい」
「はっ」
セイファートの発言にリリーが頷き、アネットが頭を下げる。名目的には監視中と言う事になっているので、アネットには否も応もない。
「ヴェルナー卿は南門に向かってもらいたい。準備は進んでおるはずじゃ」
「粉の方は大丈夫ですかね」
「へまをした者は放置しておいても構わんよ。徹夜作業になるじゃろうが、済まぬな」
この時、ツェアフェルト騎士団が緊急に出動していたため、本来騎士団がやる仕事は滞ってしまっていてもおかしくはないはずだった。だが、「ツェアフェルト子爵の仕事だ」と聞いた旧トライオットの難民たちが自主的に集まってその作業を手伝っている。
ただ、騎士団がするような仕事でないものや、何のために運び出すのかよくわからない荷物もある事は不思議そうにしていた。
「解りました。では私はそちらで任務に就きます」
「うむ、武運を祈る」
ヴェルナーがそう言い、セイファートが頷く。王都防衛作戦の立案にはヴェルナーも関わっており、本来、自分のやるべきことは理解している。馬を引き寄せて跨ろうとし、気が付いたようにリリーの方を振り向いた。
「行ってくる」
「……はい、お気をつけて」
その言葉に応じて一つ頷くと、ヴェルナーは勇敢に飛び乗りそのまま走り出す。リリーが切なげな表情を浮かべ片足を踏み出しその片手がほんの少しだけ上がった。だが何も口にする事はなく、逆にセイファートの隣へと一歩退いた。
マックスたち騎士団がそのリリーの前を通り過ぎてヴェルナーの後を追う。
リリーに視線を向けて、セイファートが口を開く。
「何か言わんでもよかったのかね」
「本当のことを言うと、寂しいです。傍にいてほしいと思います。でも……」
既に馬が立てるわずかな塵埃だけが見えるほどの距離となったヴェルナーの走り去った方向を見ながら、リリーが小さくつぶやくように応じた。
「傍にいてくださるだけのヴェルナー様は、きっと、あんなに格好良くないですから」
「ふむ」
セイファートはそれだけ応じてあごに手をやったが、これは苦笑を隠すためであったかもしれない。
「では儂らの方がヴェルナー卿に格好悪いところを見せるわけにはいかぬな。王城に向かうとするかの」
「はい」
それぞれが慌ただしく動き回り、可能な限り働いた翌日、朝日と共に、王都の城壁からは無数の魔物が視界に捉えられた。
この日より王都防衛戦が始まる。




