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――207(●)――

ブクマや感想での応援、評価やイイネ、いつも本当にありがとうございます!

続きも頑張ります!

誤字報告や表記のご指摘もありがとうございます。うっかりが減らない……(凹)

 背後で行われている自身への不穏当な会話を知るよしもなく、周囲の明るさを増した中でヴェルナーたちはユリアーネへの攻撃を続けていた。


 エリッヒが「ヴェルナー卿は戦い方が巧い」と評したのはお世辞ではない。ヴェルナーは自身でも槍で相手を攻撃しているが、それ以上に相手の行動を抑制することで周囲のノイラートやシュンツェル、オーゲンらがユリアーネへの攻撃をしやすくしている。

 ノイラートが斬りつけようという動きを見せるたびに槍のリーチを利用し、視界に入るように牽制の攻撃を加えて相手を避けさせる事で次の攻撃への対応を困難にし、逆に相手がシュンツェルに攻撃をかけようとする腕を払い足を狙って穂先を突き入れる。

 正面に立ちながらヴェルナーの槍が敵の動きを制御し味方の攻撃を容易としていた。


 一撃一撃は決して大きな傷を与えているわけではない。だが細かい傷が確実に蓄積していく事でユリアーネは徐々に追い込まれているのを自覚せざるを得ない。

 ユリアーネが魔法を唱えた。周囲に暴風と空気の鎚が振り回され騎士たちの体を叩き皮膚に傷を付けていく。だがユリアーネが疑問の声を上げた。


 「な……なんじゃこれは」


 ユリアーネが疑問の声を上げる。長期にわたって整備していなかったとはいえ、先ほど地下水路の天井を崩落させたほどの威力があるはずのおのれの魔法が、周囲の羽虫のような騎士をだれ一人倒せなかったのである。魔法の威力が落ちていると言う事を理解はしたが理由は解らない。

 その動揺を見計らい、ヴェルナーが鋭く声を上げる。


 「交代!」

 「交代だ、後は任せよ!」


 近衛のゴレツカがそれに応じて近衛隊と共にユリアーネに向かって駆け出し、重い一撃を相手にたたきつけ、魔法の攻撃を受けて負傷したヴェルナーたちツェアフェルト騎士団が替わって後ろに下がる。

 個々人の戦闘力と言う意味では近衛の方が強い。また、ヴェルナーが商隊を編成して持ち込み、王国が価値を認めていた高性能の装備で身を固めている。ただの兵士なら数人分にもなるだろう一撃が四方八方からユリアーネの体に傷を負わせていく。

 逆にユリアーネが防戦一方に追い込まれた。疑問を抱えたままユリアーネは新たな敵に対して攻撃をかけては別の騎士と入れ替わるのを止める事ができずに新手との戦いを強いられる。


 魔術師隊はヴェルナーの発案と提案に従って、自然魔力と仮に名付けられていた魔力をどのように消耗させるかの研究実験を繰り返していた。あと一歩で何かが見つかるという所までは来ていたのだ。

 そしてその最後の一歩がつい先日もたらされた。古代王国の魔法装置を研究していたウーヴェが、スブルリッツで使われていた古代王国時代の魔除け結界具を持ち込んだのである。

 特許などないこの世界、研究内容と言うものは基本的には秘密にしているか、せいぜい直接の弟子にしか教えない。だがウーヴェがこの時、サンプルと共に自分の研究内容を詳しく説明したことにより、一部ではあるが古代王国時代の魔力利用技術を再現することを得たのだ。それが斥候(スカウト)たちが周囲に大量に配置をしていた煌々と輝く無数の大型魔導ランプである。


 魔術師隊のフォグトが後にヴェルナーに専門用語交じりで説明したところによると「魔石の魔力をそのまま使うのが普通だが、これは魔石の魔力を吸引口として使い周囲の魔力を効率的に吸収することが可能になった」と言うことだ。

 元々ヴェルナーは魔法に関しては強くない。使えればいいという程度に割り切っている。ヴェルナーの頭の中では「要するに魔石を直接燃やすのではなく擂粉木(すりこぎ)として使い、自然魔力を砕いて使いやすくしたようなものか?」と言う程度の理解だ。

 だが、理屈はよく解らないけど魔力を浪費するような形で使えるようになったのなら貸してくれ、と、相手が僧侶系魔術を使う事を身をもって体験していたヴェルナーが借り出してここで初使用されたのである。


 「治療急げ。傷の重い奴は後退して班を組み直すぞ」

 「魔法を使うな、薬で治せ」


 ヴェルナーたちの指示で負傷した騎士たちの治療と次の攻撃隊への人数変更を行う。数が多い側が有利な理由がここで証明されている。傷を受けて戦闘力が落ちた兵を後方に下げて敵の前に新手を投入する。敵は新手に対応するしかなく、追撃さえままならない。後方に下がった負傷した騎士たちは斥候(スカウト)たちからポーションを受け取り回復した者は次の交代に備えた。

 その間にも遠方から長弓(ロングボウ)ほどの威力がある複合弓(コンポジットボウ)の矢がユリアーネに突き刺さる。そちらに視線を向けると背中から斬りつけられる。ユリアーネは自分に回復魔法を使ったが、それでさえ効果が落ちていた。

 受ける傷の方が圧倒的に多く、徐々にユリアーネが追い詰められていく。


 アネットがリリーと短く話をしている横でセイファートの指示を受けてバルケイ隊も戦線に参加した。相手への対応はゴレツカとヴェルナーに任せながらもセイファートは周辺への警戒を緩めていない。その直属兵が周囲を警戒しながら残存の魔獣を打ち倒す。


 ここで集団戦に慣れたツェアフェルト騎士団にヴェルナーが細かい指示を出した。相手に攻撃を加える担当と、相手の動きを阻害する担当を定めて「相手の足を奪え」と指示を出したのだ。

 近衛と交代したツェアフェルト騎士団の騎士が顔や腕を狙ってユリアーネを牽制している中で、マックス、オーゲン、バルケイらの腕自慢の者たちがユリアーネの足だけを狙い、ついに右足を切り飛ばす。


 一瞬、騎士団だけでなくヴェルナーも渋い顔をしたのは、ずたずたになった女神官服から見えるユリアーネの胴体もまた蜂のような外観であったせいだろう。蜂の胴体から、美しいが妙に細長い人間の足が生えているのだ。グロテスクと言う方が近い。

 だがそれにひるむことなく、片足を失い体勢を崩したところで周囲を固めた騎士たちが入れ代わり立ち代わりさらに激しく攻撃を加えていく。後にこの時の様子を騎士の一人がこう語っている。


 『個人の戦闘力で言えば、相手が大蛇でこちらは蟻ぐらいの差があったかもしれない。だが、可能な限りの準備を整えていた数百匹の蟻があらゆる方向から噛み付き続けることで、ついに大蛇を打ち倒したのだ』


 


 脚を失い、腕を断ち切られ、触角を失い、繰り返し使い続けて魔力さえ尽き、集団から袋叩きにされていたユリアーネがついに悲鳴を上げた。


 「融ける……身体を失えば、私が融けて、消えてしまう……」


 ずたずたになった体に打ち付けられる攻撃を受け止めながら、ユリアーネは頭を巡らせる。ここまで傷つけられた体ではもう普通の方法では逃げることもできない。

 この場から逃れるためには、と思った時に、今の弱った自分であっても乗っ取る事ができるかもしれず、かつ敵が攻撃を躊躇うだろう相手が一人だけいることに思い至った。


 「娘……お前だ……お前の体をおぉっ!」


 周囲を囲んでいた近衛たちがさすがに驚愕し動きを止めた。ユリアーネが残った腕で己の首を引きちぎるとリリーの方に投げつけたのだ。

 次の瞬間、リリーの隣にいたアネットが腕を振るう。アネットが投げた小さな水晶製の香水瓶と空中で激突し、その内容物に濡れそぼったユリアーネの口から絶叫が上がった。直後、その頭部が槍で串刺しにされる。


 「お前みたいな奴は、必ず悪あがきするんだよな」


 そのまま蜂の頭部のようなそれを地面に縫い付け、ヴェルナーはふん、と鼻で笑った。アネットが投げた物は、かつてラフェドがレスラトガにリリーを連れ出した際、念のためにと中身を香水瓶に入れ替えてヴェルナーが預けた魔除け薬である。

 まだ持っているはずだから、リリーの身柄の安全を確保したら念のため預かっておいて欲しい、とヴェルナーがあらかじめアネットに指示を出しておいたのだ。

 本人に投げさせなかったのはその運動神経に過大な期待をしていなかったためであるが、数年後にそう説明された時、珍しく傷付いた表情を浮かべたリリーをヴェルナーが慌てて宥める様が目撃されたという。


 それにしても首だけなのに何で声が出せるんだ、魔族は謎だと心底不思議そうに小さくつぶやいているヴェルナーの周囲で、近衛やツェアフェルト騎士団が勝利の歓声を上げる。

 ゴレツカが蜂の頭や胴体部分を調べるようにと近衛に指示を出した。敵が魔将ならばあの黒い宝石があるはずだと思ったのであろう。また、セイファートがまだ警戒を怠るなと周囲の騎士に指示を飛ばす。

 その中で、我に返った表情で大きくひとつ息を吐いたヴェルナーが、まっすぐリリーの傍に足を向けた。まだ茫然とした表情で座り込んだままリリーの前に片膝をついてリリーの手を取り、その顔を覗き込む。


 「すまなかった。怖い思いをさせた。待たせてごめん、リリー」

 「……」


 どこか幻でも目にしたような顔のまま、ぺたぺたとリリーの手がヴェルナーの鎧や頬を触る。震えるような声がその唇から漏れた。


 「あの、ヴェルナー様、ですよね?」

 「あ、ああ」


 何だ一体、という表情で応じたヴェルナーが先ほどまでと別の意味で慌てた。涙を流しながらリリーがヴェルナーに抱き着いて来たのだ。


 「り、リリー!?」

 「よかった……よかった、ヴェルナー様っ……! ご無事で、生きてらして……っ」


 胸の中で泣き出してしまったリリーに対し、困り果てたという表情でヴェルナーが周りを見回し視線で助けを求めるが、近衛の一団も含めて生温かい表情で見ているだけである。

 特に「大切な子が拉致されて落ち着いていられるほど冷めても枯れてもいねぇんだよ!」と怒鳴って一人神殿の隠し階段の中に跳び込んだヴェルナーを見ていたノイラートやシュンツェルはどこかにやにやと言う笑みだ。


 こんちくしょうこのやろうあとでおぼえてろと内心で側近たちへ早口言葉のように暴言を一ダースほど並べて思考を切り替えてから、ヴェルナーはリリーに声をかけた。


 「あー、リリー、ともかく一度王都に戻ろう。俺もほら、汚れてるし」

 「王都……」


 その言葉を聞いて、リリーが顔を上げた。一瞬ヴェルナーが息を飲んだのは、目の前の泣き濡れながらも必死なリリーの瞳にであっただろうか。


 「そ、そうです。ヴェルナー様、王都の結界が、大変です」

 「結界? あそこには確か誰も……」


 まだこの時点ではそもそも相手がユリアーネと名乗っていた事すらヴェルナーたちは知らない。したがって、リリーの切迫感が理解できない。

 だがリリーの表情には余裕がなく、耳を傾けないわけにもいかないと黙って先を促す。リリーは落ち着こうと努力している口調で言葉を継いだ。


 「ち、違うんです。あの、相手が言っていました。結界に傷をつけた、と。あの結界は複数連動していて……」


 ユリアーネの名前を口に出すわけにもいかず、また場所が場所なのでその先は小声になったが、それでもその後のリリーの発言を耳で拾ったヴェルナーは、一瞬何を言われているのか理解できないという表情を浮かべた。


 「傷がついているのは書庫の方です。あの書庫の床の上には、もう一つの魔法陣が描かれているんです」

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[良い点] 集団戦で勝つところが勇者とは違うんだと意識されてていいですね。 一人で追いかけた時には、勇者ルート路線に変わるの⁉︎と少し思ってしまったのですが杞憂でした ランプで魔力消費してたとは 視…
[一言] アネットならリリーを守ってくれると信じていたって言えばよかったものを・・・w
[良い点] ヴェルナーの戦いがいぶし銀…主人公だけど勇者じゃないですものね、だがそれがいい! そして好きなこのために体張っちゃうのはニヨニヨです そしてヴェルナーの準備が実を結んだかのような展開がアツ…
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