――206(●)――
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今日はちょっと執筆時間が取れず短めです、ごめんなさい。
展開した騎士団と共に女神官に向かって走り出し、目の前にいた魔獣を打ち倒すと、ヴェルナーは後ろの従卒に一旦槍を預けた。すぐにその従卒から別の槍を預かる。
この槍は投擲用のバランスで作られており、接近戦で使う事を考えていない。人質が扉の近くにいるはずがないという事であらかじめ遠方の相手を狙うために用意しておいたものだ。
「くっ……らえ!」
オーゲンを先頭に騎士たちが前方を切り開くため足を止めず突入している後ろから、ヴェルナーは全力で槍を投げた。目前ではなく奥にいる女神官を狙った、重量のある槍が宙を駆ける。
仮に知識のない魔獣や野生動物であってもそんなものが飛んでくれば身を躱す。距離があることもあり、女神官も身を翻して槍を避けた。
「次っ!」
槍を投げたため一度その場に立ち止まる格好となったヴェルナーの左右で、ノイラートとシュンツェルが近づこうとする魔獣を斬り斃す。その中で別の従卒から二本目の投擲用槍を受け取ったヴェルナーがもう一度女神官を狙い投げつけた。
再び飛んできた槍を躱すために更に後方に下がった女神官は、その場で魔法を唱える。攻撃ではなく、自らの身を守るための防御魔法であったのだろう。相手の体が光の幕のようなものに包まれた。ヴェルナーの狙い通りである。
この間にセイファートがレッペと距離を詰め、ゴレツカと近衛が派手に側面から魔獣を切り斃しつつ、マックスが率いる隊が魔獣全体を分断するように突破を図る。
アネットを先頭にしたバルケイ隊は真っすぐにリリーの確保に向かった。責任を感じていたらしいアネットにリリーの安全確保を頼んだヴェルナーは、無事であることだけを目に留めると普段使う槍を受け取り、オーゲン隊が切り開いた道を駆けて女神官に向かう。
オーゲンとその部下の騎士に接敵され、その剣を躱しながらようやくユリアーネは失態に気が付いた。ヴェルナーの投げた槍を避け続けた結果、リリーとの間に距離が開いていたのである。
自ら確保できない事に気が付き、虫型魔獣を操りリリーの方に向かわせようとしたが、その前にアネットが立ちふさがった。アネットが鋭い一閃で魔獣を切り払いその背後でバルケイの率いている重装備の騎士がリリーの周囲に完全に壁を作る。
実はこの時点でアネットの立場は微妙なものとなっている。ヴェルナーがノイラートらに神殿を出て報告に向かうように指示を出した際、何やら理屈を言って邪魔をしようとしたイェーリング伯爵を親族として説得に向かっていたアネットが突然刺したためだ。
まさか遠縁とはいえ親族の女騎士がそのようなことをするとは思ってもいなかったため、神殿の周囲にいたイェーリング伯爵家の騎士団には大混乱が起き、ノイラートとシュンツェルはその隙に王宮に向かって神殿を抜け出すことができたのである。
勇者に妹の事を頼まれたというのが本人には誇りであったのであろう。血縁より女騎士としての誇りと責任感を優先させた結果だったのだが、いささか直情すぎるとも言える。当然ながらイェーリング伯爵との間だけに限れば先に剣を抜いたのはアネットなので罪人として扱われてもおかしくない。
だが、現在のアネットはセイファートの口添えもあり、名目的に人手が足りないという理屈をつけてゴレツカの監視下で同行という形になっていた。無論、この場にいる人間はそのようなことを誰も気にせず、彼女を騎士の一人として扱っている。
「このっ!」
「くぅ……っ」
ユリアーネがそちらに気を取られた隙にヴェルナーたちが距離を詰めた。ヴェルナーの槍が顔に向かって突き込まれたため、更にユリアーネは後方に下がる。ここでオーゲン隊が逆に散開し、周囲からユリアーネに近づいて守ろうとする魔獣を切り斃し、ユリアーネを孤立させるように立ち回り始めた。
この時点でヴェルナーは相手の事を知らないが、術師系の相手であれば本来なら前線を支える仲間がいたはずであると考えている。そのため、オーゲンには初めから相手を孤立させるように指示を出していたのだ。
ヴェルナーにとって幸運な計算違いは、貴族であり剣技も水準程度の実力はあったはずのクヌートが既に戦死している事だったかもしれない。クヌートの人柄はどうであれ、まず人質を取ることを考え付きそうな相手を初手で討ち取っていたのだ。
また、ユリアーネが集団戦の指揮という点においては素人に近く、まず自分の身の安全を確保して時間を浪費していた事も戦況に影響している。冒険者としての戦闘経験と集団戦の見識や指揮は別物であるのだろう。
「お前はあの時の槍使いかえ!」
「おう、お前に殺されかけた男だよ!」
再びヴェルナーが鋭く突き込み、ユリアーネの服に穴を開ける。手応えが肉という感じでない事に気が付き、ヴェルナーはすぐに槍を引いて自らも一歩下がった。そのヴェルナーの目の前を手のひらより長い爪を生やした女の手が通り過ぎる。
その間に左右に分かれたノイラートとシュンツェルがユリアーネを斬りつけた。血飛沫ではなく体液とでも評するしかないような紫色の液体が、明るくなってきていた空間の中で女神官の服を汚す。
「おのれ……おのれ、邪魔をするでないっ!」
邪魔になったのだろう。被り物を振りほどき、睨みつけられたヴェルナーや周囲からそれを見ていたノイラートやシュンツェルが嫌悪の表情を浮かべた。相手の顔は奇怪と評するしかない頭部をしていたのだ。
全体としては蜂の頭部に近いのだが、左右の複眼がある所にそれぞれ小さな人の顔が付いている。その顔の造形そのものはむしろ美しい女性のものと言えたかもしれないが、右が憎悪、左が侮蔑と見る側を不快にさせる表情を浮かべ続けていた。
蜂であれば触角にあたるはずのものは蠍の尾のような針が先端についていて、蜂の頭から長く伸びた金色の頭髪だけが奇妙に美しいのだが、そのせいで逆に不自然さを強調させている。
「うえ、気色わりぃ」
「ほざけ死にぞこないが!」
ヴェルナーが思わずつぶやいた言葉に応じて再びユリアーネが腕を伸ばしてきたが、槍と腕ではリーチが違う。素早くそれを打ち払い、逆に相手の胸元に槍を突き込んだ。
再び槍先が硬いものを貫いた感触をヴェルナーに伝えてきたが、浅い事も理解している。
「おのれのような小僧に……!」
単独で追ってきていたらしいヴェルナーを甘く見ていたという事実を認める事ができず、ユリアーネが罵るような声を上げた。
もっとも、この点は偶然ながら王国には有利に働いている。今までの評判が評判だったヴェルナーが一人で追いかけてきたことで何か企んでいるとレッペは思い込んでしまい、地下水路でヴェルナーを始末しようとした結果、時間をかけすぎて焦れたユリアーネが途中まで来たため目撃される結果となってしまっていたからだ。もしあの場でユリアーネを目撃していなければ、相手はレッペとせいぜい協力者がいるだろうという程度の判断に陥っていたであろう。
ヴェルナー相手に集中する形となったユリアーネをノイラートとシュンツェルが再び斬りつけた。その二人に女神官の服の内側から長い爪を伸ばした腕が伸びる。
「こいつ……!」
「どうやらそんなところまで蜂みたいですね!」
本物の蜂の脚は六本である。それと同じような形なのか、人間の腕が左右に二本ずつ、合計四本の人間の腕を持っていたのだ。避け損ねそうになった二人だが、ヴェルナーがとっさに顔面目掛けて槍を突いたのでユリアーネの体勢も崩れた。
双方が素早く位置を動かし態勢を整える。周囲の明かりが増し始めた。
ユリアーネやヴェルナーの周囲の喧騒や殺戮の音が収まりつつあった中で、ユリアーネが無数の石を周囲に撒いた。ヴェルナーが目にしたそれは魔石のようにも見えたが、魔石よりも昏い黒をしている。
その石から靄のようなものが広がると、徐々に獣や虫の姿を取り始めた。
「魔獣?」
「こいつ、魔獣を生み出すのか?」
ゲームならこいつ仲間を呼ぶタイプなのか、とヴェルナーが思ってしまう。一瞬、それに目を奪われたヴェルナーたちに襲い掛かろうとしたその魔獣だが、素早く近づいたオーゲンの部下に配属されていた騎士たちが迎撃した。
「すまん!」
「いえ、奴を倒さないと際限がなくなりますので!」
「まったくだな!」
ヴェルナーが怒鳴るようにそう応じ、ユリアーネを狙いに立て続けに槍を突き込む。ユリアーネがとっさにそれを腕で弾き、ヴェルナー相手に腕を伸ばそうとしたところでノイラートやシュンツェル、更に背後に回り込んだオーゲンが斬りつけた。
ユリアーネが苦痛と嫌悪の声をあげながら、四本の腕を振り回した。周囲を囲みながらヴェルナーたちが再び魔獣を生み出させないように攻撃を繰り返し、ユリアーネを相手に小さな傷を重ねていく。
その間、ヴェルナーも、そしてユリアーネも気が付いていなかったが、戦場はむしろヴェルナーたちの周囲だけになりつつあった。レッペを討ちリリーの傍についたセイファートが全体の指揮を執り始めたためである。
混戦の中でありながら側近の騎士たちを使者としてそれぞれに戦っていた騎士へ指示を出し、巧みに兵を移動させつつ徐々に近衛がユリアーネの周囲に包囲網を築き始め、入れ替わるようにツェアフェルト騎士団に残存の魔獣を集団戦で殲滅させるように移動させていく。
隊の移動を阻害する位置にいる魔獣には弓兵の攻撃を集中させて道を開き、余裕ができた騎士たちと負傷している騎士たちを入れ替えさせる。余裕のある騎士が分断されつつある魔獣たちを確実に屠り、その骸と魔獣のいない地域を確実に拡大させていた。
「お見事です」
「なに、年の功じゃよ」
本来ならば乱戦状態が続いていてもおかしくないような状況であるにもかかわらず、突入時点と戦域担当の兵を入れ替えながら混乱も遅滞も起こさせない。思わずといった形で口からこぼれたバルケイの感嘆にすました顔でセイファートが応じる。
「ヴェルナー卿にもこのぐらいはできるようになってもらわんとならんの」
「……」
思わずバルケイが苦笑いしたのは、その発言を聞いたヴェルナーの反応が予想できたためであっただろう。




