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――202――

評価やブクマでの応援、感想等、いつもありがとうございます!

 さすがに想定外の名前が出てきたんで驚いた表情を浮かべてしまう。一方のレッペ大神官はおやという顔を浮かべた。


 「ユリアーネ様のお名前をご存じでしたか」

 「ええ、まあ」

 「なるほど、第二王女(ラウラ)殿下とも親しいのでしたな」


 知っていたのは嘘じゃない。相手が誤解しているのをとりあえず否定せずにおこう。


 「そもそも、王室であるヴァインツィアールはこの地域の貴族ではないのですよ」

 「そうなのですか」

 「ええ、話せば長くなりますが……」


 この時点で飲み物を断った事を少し後悔。実際に長い話になりそうな気配がしたからだ。そしてだいたいこういう悪い予想って当たるんだよなあ。


 とりあえず序盤の話を要約すると、初代魔王が出現したのは北方だった事。魔王の出現で北方にあった古代王国の首都が消滅し、その時点で古代王国は無政府状態に突入。さらに魔王は人や植物を喰らい吸収することで魔物に変容、増加させて戦力を整えた。

 一方、首都が消滅した際に生き残っていた古代王国の貴族たちは南方に逃れ、南方に生活拠点を作りながら防衛戦を始める。防衛の拠点がフィノイ大神殿だったとレッペさんは表現したが、恐らくこの時点ではフィノイ城塞だろう。何となくだがこの頃から脳筋、もとい武勇を重んじる傾向が強まったような気配がする。

 しかし、この話の中で困るのは、だ。


 「しかしなぜ首都が消滅などという事態に」

 「教えによると神の怒りがあったようです」


 レッペさんがそう信じているかどうかは別にして、神殿にはそういう風に伝わっているんだろう。だがこれは本当に困る。魔王や魔軍側が有利になる部分はほとんどすべてが“人間に対する神の怒り”で済まされているからだ。とにかく話を続けてもらおう。


 現王室ヴァインツィアールもそういう北方からの亡命貴族。この、中心から少し外れた所に館があったのはそれが理由らしい。だがそこそこの兵力も抱えていたようで、魔軍との戦いで相応の実績を重ねて、独力で南方に地歩を築いていたようだ。


 「国が滅びた状態でも魔と戦うことを諦めない。そのような家であったからこそ、聖女様がヴァインツィアールにお生まれになられたのでしょうな」

 「なるほど」


 天は自ら助くる者を助く、ということだろうか。ちょっと皮肉っぽい感想を持ってしまう。実際はただの偶然だったのかもしれないが、神に認められた家に聖女が生まれたという形式の方が王室も神殿も都合がよかったんだろうな。

 とはいえ無闇に疑う理由もない。そういうものだとして話を聞く。


 「聖女様は神託のお力を得て、魔軍のみが使えていたとされている魔法の技術を人の世にもたらしてくださいました」

 「不敬かもしれませんが、よく他の者が受け入れましたね」


 魔法は魔軍のみが使えていた技術だったのか。俺は人間側と魔物が同じ名前の魔法を使う事に違和感を持っていたが、むしろ魔軍側の方が本家筋だったらしい。

 それにしても、魔軍の力を使う方法とか、一歩間違えれば魔女狩りの対象だろうと思う。俺の疑問に対してレッペさんの返答は妙に冷めていた。


 「使えるものは使わないと滅びかねないほど人類が追い詰められていたのですよ」

 「若干魔法が軽視されているのはその過去があるからでしょうか」

 「その一面は否定できません」


 うーん、何だろうかこのちょっとした違和感。とりあえず後に回して話を聞く。


 「神のご加護をもって魔法を使えるようになった人間は、北方の魔物とも互角以上に戦えるようになるとともに、北方からの亡命貴族と南方の実力者たちの間にも調和が整い始めました。回復魔法の力は偉大ですね」

 「ふむふむ」


 目先の魔軍がいれば争っている場合でもない。政治的な手打ちが行われたんだろう。しかしなんだな、歴史的には一度占領された南方側が主力となった格好になるのか。北方からの亡命貴族は立場が複雑だっただろうな。


 「そして南方が戦力を整え、ある程度落ち着いたころ、魔王領となっていた北方にも大きな変化が起こりました。魔王が土地さえ喰らい、大地を海に沈めるほどの大軍団を編成して海から上陸してきたのです。人間側もフィノイ大神殿に集結し、決戦が行われることになりました」

 「なるほど?」


 自然を魔物に変化させた、か。これは魔石が自然の力を使う事と何か関係があるんだろうか。


 「そしてそのフィノイに集まった義勇兵の中に、後に魔王を討伐する勇者イェルクがいて、聖女様と巡り合われたのですよ。神のお導きですな」

 「義勇兵?」

 「これは内密にお願いしたいのですが、義勇兵と呼ばれていますが、実際は奴隷兵だったようです」

 「え」


 貴族社会で元奴隷兵が魔王を倒した勇者? それって、イェルクが本当に神託を受けた勇者であっても、単に実力のある戦士でしかなかったしても、揉め事以外の何物でもないような気がする。というか、だから墓地さえ知られていないのかもしれない。


 「聖女様と勇者、それに勇者を支えた仲間を含めた六名が魔王軍の中枢を突き、魔王に重傷を負わせることでフィノイ大神殿の戦いは人間側の勝利となりました。魔王は単身南方に逃れ、町ひとつほどの命を食らいつくして力を回復させたものの、それ以前の力を取り戻す事ができなかったのです」

 「先代の勇者パーティーというわけですか。知りませんでした」

 「英雄が求められていた時代です。勇者一人の名声が高くなるのはやむを得ない所ではあったでしょう」


 うん、やっぱりレッペさんは妙に冷めてるところがある。聖女まで名前が隠れていることに不満とか違和感はなかったんだろうか。というか、その勇者の名前さえ今は半分忘れ去られているんだけど。


 「そこで魔王は四天王を生み出し、力を回復させるために己は身を潜めたのですが、そこを勇者たちが追い詰め攻め滅ぼしたとされています」

 「うーん」


 いや、追撃戦は基本だけどね。なんか途中がすっ飛ばされている気がするな。


 「また、フィノイの激戦の最中にこの町を治めていた領主は戦没し、時期は明確ではないのですが、聖女様の実家であるヴァインツィアールが市民の支持を得てこの町の新たな支配者となったそうです」

 「なるほど」


 そこはまあ理解できなくもない。これは何となくだが、そのフィノイで知り合ったイェルクとユリアーネ様は親しい関係になったのだろう。勇者と聖女のカップリングの家ならこの町は安心だ、と考えてもおかしくはない。

 とはいえ、他の貴族がどう思ったのかという事まで考えると色々複雑ではある。いや、ひょっとすると逆か。貴族たちからすると元奴隷兵の勇者にこの町を預ける気にならなかったから、貴族でもあった聖女の実家に任せたと考えたほうが自然かもしれない。

 しかしそうなってくると、想像でしかなかった勇者暗殺説が奇妙に実感を伴ってくる。今のところ証拠はないが、にわかに輪郭が整い始めた感じだ。


 俺が考え込んでいると、扉がノックされた。レッペさんが大神官様として許可を出したところで神官らしい人が入室してくる。


 「何か。重要なお話し中なのですが」

 「申し訳ありません。イェーリング伯爵様が大神官様にお話があると」


 神官さんがそういうとレッペさんが目の前で溜息をついた。俺にすまなさそうな顔を向けてくる。


 「申し訳ありません、少しだけ席を外します」

 「解りました」

 「その間、こちらの」


 と言って机の上に置いてあった一冊の本を俺に差しだして来た。表紙の飾りまで金細工が使われた豪華な本だ。センスは悪くないんだが、何というか、立派過ぎて神殿にあるには違和感があるなあ。


 「記録をお読みになっていただいても構いませんので、少々お待ちください」

 「ご配慮ありがとうございます」


 これが神殿の中にしかない資料なら、ここにしか記されていないことが書かれている可能性が高い。ここは遠慮なく受け取って読ませてもらう事にする。ちょっと古い紙みたいで扱いは丁寧にしないといかんな。


 魔法に関する記述が多い。聖女ユリアーネ様が教えたのは最初は回復魔法だけだったらしい。しかし、魔法技術とでもいうべきだろうか、その技術の応用で攻撃魔法も使えることが分かったらしく、対魔軍戦で攻撃魔法も使うようになったようだ。

 しかしユリアーネ様は「いずれこの攻撃魔法は対人戦争でも使われることになる。神の怒りが恐ろしい」と語っていたらしい。真面目な人だったんだろうなと思うし、その不安は何となく理解できる。


 次に目についたのはフィノイ戦での描写だ。この『聖女と勇者の活躍により、魔物を生み出すための道具となっていた吸容石は破壊され、魔王は無尽蔵に魔物を生み出せなくなった』という部分。

 まず、吸容石とか言うものが本来なら別の目的で使用されていたらしい点。次に、無尽蔵にという表現から、魔王は魔物を生み出すことはできても、その能力にはある程度の媒介が必要なのだろうという事だ。沈んでいるのは大陸北方だけで、現在も南方が沈んでいないのはこれが原因のようだな。


 何となくだが、この吸容石と呼ばれている物は古代王国の産物なんじゃないかという気がする。以前の情報も総合すると、もしかするとこれは魔石を製造する道具のパーツか何かだったんじゃなかろうか。

 北方でのみ魔石を製造できるようになっていて、南方はそれを受け取るしかない立場だったとする。魔石という電力があれば豊かな生活が送れるようになるわけで、魔石技術が広まれば広まるほど魔石の供給地である北方に対する反抗を考えなくなるだろう。南方を支配するために便利なツールにする事ができそうな感じだ。とは言え、証拠もないんでひとまず仮説に留めておく。


 その他にもいくつか気になる部分がある。まず勇者パーティーはユリアーネ様を含めて全員貴族階級の実力者だ。何というか、勇者イェルクが王子様なら、王子様と聖女とお友達の貴族子弟による魔王討伐という形でゲームっぽい。

 いやまて、北方の武力によって滅ぼされた国があり、その占領地の奴隷兵士。勇者のご先祖様が元南方にあった国の王族とか、貴種流離譚としてはむしろありがちな設定のような気もするぞ。


 更に考えを進めて見る。民衆というのはどういうわけか“実は元王族”とかが大好きだ。事実がどうであったにしろ、イェルクがもと南方の貴種だという噂が流れてもおかしくない。

 対魔王で何とかバランスが取れていた、亡命貴族と占領軍に服従して権力を維持していた南方の実力者の関係。そこに民衆の人気が高い「滅びた国の王家の末裔」ときたらもうややこしい事にしかならない気がする。


 情報量が増え過ぎたんで一旦本から目を上げて一休み。ここまでを纏めてみる。


 まず時系列だけで言うと、古代王国による統一、魔石生成技術の発明、魔王が出現して古代王国の中枢崩壊、北方の貴族が南方に亡命、聖女誕生、魔法を人間が使えるようになり、古代王国の本領である北方沈没、勇者発見、魔王討伐、という流れになる。

 その間の時間経過に関してはひとまず措いておこう。聖女誕生からは急ピッチになっていることは確かだ。案外、魔王もいきなり古代王国の首都を吹っ飛ばしてしまったんで、逆に戦力を整えるのに時間がかかったんじゃないかとさえ考えてしまう。


 次に勇者が平民どころか奴隷階級出身だったという事。古代王国で、かつて占領地だった地域の奴隷だったというのは今後の政治情勢には大きな影響をもたらしただろう。周囲の目が厳しかったことも間違いないはずだ。

 実際、この頃の勇者パーティーは本人以外は全員貴族階級。協力者であることは確かだろうが、一方で監視要員でもあったんじゃないかと思えなくもない。


 同時に、古代王国の本来の領土が海に沈んでいるとなると、いわば首都が永遠に失われた状態。魔王討伐後の旗印は勇者か聖女しかいなかったんじゃないかという気がする。その勇者がいなくなったことでその後の分裂動乱も避けられなくなったという事だろうか。

 何というか、邪馬台国で卑弥呼の没後に「国中服せず」とか記された状態になったような感じだ。その中で王家であるヴァインツィアールが権力というか勢力を維持し続けたのは素直にすごいと思う。うん?


 あれ。そういえばヴァインツィアールの初代国王であるユリアーネ様の弟に関して何も書かれていないな。それにイェルクとユリアーネ様以外の勇者パーティーに関する記録も貴族であったという以外に記されていない。

 神殿というか聖女に関係のある部分に特化されているとも言えるが、神殿や聖女の箔付けの部分ばかりだ。って、待てよ。


 なんで俺はこの本を読めているんだ。こんな情報、神殿からすれば隠し通しておくべき情報だ。話の最中だったからうっかり違和感をさらっと流してしまったが、僧侶系魔法が実は神の力でも神からの加護でもないなんて情報、神殿関係者以外が知っていていい物じゃないはず。

 それに随分時間が経っている。本を一冊読み切るほどの時間があったのにもかかわらずだ。にもかかわらずまだレッペ大神官は戻ってくる気配がないし、マラヴォワ大神官の執務室だけを調べているはずのノイラートたちもこっちに来る気配がない。


 慌てて重そうな扉に飛びついて開けようとする。開かない。鍵じゃない、外側から閂か何かで閉じられているようだ。この重そうな扉を叩き壊すのも簡単じゃない。


 ……やられた!

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― 新着の感想 ―
[良い点] やられた(笑) [気になる点] 全部 [一言] 一人の作家誕生を目撃した。
[気になる点] ルーラ的の頭ゴン!イベントになるのかそのまま抜けるのか気になる [一言] 紙の符丁が活きてくる奴
[一言] うわぁ、これ下手に破壊して脱出したら大神官の部屋に押し入って教会の機密情報盗み読みした事にされるヤツじゃん… 神職は怖いなぁ
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