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――201――

いつも評価、ブクマ、感想等ありがとうございます!

たくさんのいいね、書籍化のお祝いだと思いました、嬉しいです!

 神殿の中ではちょっとした好奇の視線にさらされた。俺だけではなくリリーもだ。さっきの今じゃ仕方がないとは思うが、イェーリング伯爵の奴、余計なことをしてくれたものだと思う。

 前世の芸能人と違って貴族にそう軽々しく近づいてこないのが救いだろうか。マゼルなら手を振ったりしたんだろうなあと思いながら、スルーして案内してくれる神官さんについて行く。


 「ノイラート、シュンツェル。二人もリリーの周囲に気を配っていてくれ」

 「はっ」

 「解りました」


 それにしてもさすがは王都の神殿、人が多い。前世と違い観光目的ではなく、相談や祈りのための人が中心だが。建築物としてもかなり立派で、観光目的で来ていたらもう少し楽しめたかもしれないな、と思う。

 ちなみにリリーはお上りさん状態になってしまいアネットさんにそれとなく注意されていた。落ち着いたらまた連れてきてあげる事にしようと思いながら会議室らしい部屋に通される。


 「ヴェルナー・ファン・ツェアフェルト、到着いたしました」

 「ご苦労ですな、ツェアフェルト子爵」


 座っていた貴族風の人物が二人とその同行者らしい騎士や法務関係者らしい人も含めてざっと十五人以上二十人未満の人数。女性も何人かいるな。

 俺も席を勧められたんで座らせてもらうが、この貴族階級である俺だけが座ることになるのは毎度のことながら気が引ける。それと、相手の後ろからリリーの方をちらちら見てる何人かの若い騎士さんたち、睨んでいいかなと一瞬考えてしまった。


 さすがに睨みはしないで互いに自己紹介をしてシュリュンツ子爵とドレーゼケ男爵の二人と少し話す。少なくとも二人とも悪い人ではないようだ。とは言え貴族らしさはそこかしこに出ているので、従卒や法務関係者の人達を多少軽んじてるようなところはあるが。

 少ししてレッペ大神官が入って来たんで全員一応起立し礼を取る。このあたり貴族社会と宗教界の関係は難しいが、大神官ともなれば貴族社会では大臣クラスだから礼儀は守らないといけない。

 大神官殿は苦笑いをしつつ着席を促してくれたんで遠慮なく座らせてもらう。


 「騒ぎにならないようにしてもらったのですが、どうも騒ぎになってしまいましたな」

 「まったくですな」

 「迷惑な話です」


 レッペ大神官の発言というか愚痴に誰からともなく苦笑と同意の声が漏れる。ここで俺たちが謝罪をすると、イェーリング伯爵の独断ではなくなってしまうので謝罪は口にできない。こういう配慮込みのやり取りが面倒くさいこと甚だしい。


 「なってしまったものは仕方がありませんので話を進めましょう」

 「さようですな」


 シュリュンツ子爵の発言に応じて簡単な神殿の図面がテーブルの上に広げられた。王都神殿は複数の建物で構成されているようだ。

 一番大きいのは当然ながら神殿部分。ミサのような事もここで行われるほか、この世界でも懺悔室みたいな聖職者と相談をする部屋があったり、治癒魔法をかけるための施術室、この会議室のような部屋もある。その奥には執務棟があり、神殿長室や大神官各自の執務室とか財務室とか神殿宝物庫なんかはここ。

 神殿と渡り廊下で繋がっている別棟が複数あり、特に大きなものは住み込みの聖職者や職員の居住棟だ。住み込みの神殿衛士や清掃員なんかもいるからそういう人たちが生活しているだけではなく、大神官や普段はフィノイにいる最高司祭様がここにきている際の寝室なんかもある。


 「マラヴォワ大神官の寝室も?」

 「さようですな。大神官は全員そちらに個室があります」


 神殿の中も階級格差があるようだが、そんなもんだろうな。なお、この世界では王都の神殿に神殿長というポストはなく、大神官がローテーションで神殿長を担当することになっている。今はレッペ大神官が神殿長の時期らしい。

 その他に貧しい人たちが一時的に身を寄せる教会施療院、倉庫棟、都市清掃員の住居、遺体安置棟なんかがある。さすがに王都の神殿は広いな。


 ちなみに都市清掃員というのはちょっと説明が必要かもしれない。清掃員という呼び名だが、実際は廃棄物処理場の職員という方が正確だ。

 この中世風世界、可能な物はリサイクルされる。折れた包丁や穴の開いた鍋なんかは修理するか、鍛冶ギルドが安く買い取って溶かして再利用するし、民衆が使う木製の匙や器なんかだと劣化して割れても竈の焚き付けなんかで使用される。


 だが、中にはどうしようもないものもある。貴族の館で割れた陶器の破片とかもそうだし、仕入れ量を見誤り売れ残って腐った食料品、新鮮な肉を得るために町中で解体された家畜の骨とか嘴も捨てるしかない。そしてそういうものを集める廃棄物保管場所が町には存在している。王都ぐらいの規模だと複数個所あるな。

 町の外でそういうものを集積すると、前世でさえ野生の狼とかが集まってくるし、この世界だと下手をすれば魔物が餌場としかねないんで、壁の内側で一旦集積する必要があるわけだ。ここで清掃員が廃棄物を分別して、肥料にできるものは肥料に、どうしようもないものは町から離れた所に捨てに行くことになる。

 実はこういう廃棄物投棄の清掃員を護衛する仕事も冒険者ギルドの新人向け業務にあったりする。廃棄物を捨てる場所も何となく同じような場所になるから、餌場にしている魔物とか野獣と鉢合わせする確率が上がるからだ。


 余談も余談になるが、大体においてそういう廃棄物集積所の周囲に流れ者が住み着いて貧民窟(スラム)が自然発生する。前世の創作物で貧民窟の臭いが描写されるものがあるが、あれは地域のというよりも、そういう廃棄物の臭いが流れてきているという方が正しいだろう。


 これらは大体において国が予算を払って神殿に委託し、神殿は貧民救済の事業としてそういう仕事に従事する人間を雇っている格好になる。これでも大切な仕事だから市民として評価されるため、貧民窟の住人よりは評価が高い。

 反面、特に前世中世だとこの仕事に従事する者は病人も多かった。しかも病気になるのは神への信仰心が足りないからだ、とかいうのがその時代の常識だったんで、逆に神殿の中で生活し、業務時間以外は常に神に祈り続けろとこういう形になる。

 中世世界における町の影の部分と言えなくもないな。


 「ひとまず調べるべきはマラヴォワ大神官の執務室と寝室、それに神殿の周囲の足跡ですかな」


 とはシュリュンツ子爵の言。この人もマラヴォワ大神官が逃げたと思ってるようだ。ドレーゼケ男爵が続ける。


 「神殿の財務状況の確認も必要でしょう」


 これに一応頷いておくが、俺としては神殿がマゼルにちょっかいを出さなきゃそれでいい。一方で国の貴族としては国が神殿にマウントを取れる理由が欲しいというのは解る。その意味では俺は神殿に対して踏み込み過ぎる気はないんだよなあ。


 「寝室および居住棟は私の方が調査をする。執務室はツェアフェルト子爵、神殿周囲をドレーゼケ男爵に一度確認してもらいたい。神殿の財務状況はその後に全員で調査しよう」

 「承知いたしました」

 「はっ」

 「では子爵はこちらに」


 そう言ってレッペ大神官が立ち上がる。わざわざ大神官様が道案内とは恐れ入ると思ったが、他の部屋に入られると困るとかもあるのかもしれない。ここは素直に礼を言ってついて行くことにする。馬車でご一緒していた法務担当の人も同行だ。

 それにしても、最初はここで待っていてもらうつもりだったが、神殿全体がこうもざわついているとリリーにも同行してもらった方がいいだろう。本人もついて来る気満々みたいだし、書類の確認とかならノイラートたちより頼りになるかもしれないしな。


 「解りました。お願いします」


 ぞろぞろというにはやや人数は少ないだろうか。ともかく人目を気にしながら神殿奥の執務棟に向かう。すれ違う神官たちが頭を下げてくるのは俺にではなく神殿長にだろうなあ。

 ふと気が付いてアネットさんに問いかける。


 「そういえばアネットさんは書類整理などはお得意ですか」

 「人並みにはできます」


 エリート女性騎士には愚問でした。むしろノイラートとシュンツェルをもう少し鍛えたほうがいいかもしれない。そんなことを思いながら執務棟の二階まで案内される。


 「ここがマラヴォワ大神官の執務室です」


 レッペ大神官が鍵を開けると、中は意外なほど整頓されている部屋が目に入る。本が壁一面に並んでいるのは前世の大学学長室をイメージさせるな。机の上には書類のようなものがあるし、棚やら箱やらもあるが、偉ぶっていたイメージからはやや外れている。


 「ところで、ツェアフェルト子爵。失礼ですがお話があるのですが」

 「私にですか」

 「後で他の方にお話ししていただいても構いませんが、まず子爵にだけお伝えしたいことが」


 はて、大神官ほどの人が何だろうか。とりあえず頷いておく。


 「ノイラート、シュンツェル、この部屋の調査は任せる。大神官殿のお話が終わればすぐに戻る」

 「解りました」

 「お任せください」


 法務担当の人が責任者になるのだろう。お任せしておいてレッペ大神官の後をついて行き、三階に上がると衛兵というか衛士が二人扉の外で警戒をしている神殿長室に入らせていただく。

 俺ぐらいの立場なら普通はまず入れない部屋だから、緊張しなかったと言えば嘘だ。


 「おお」

 「なかなか立派でしょう」


 思わず声をあげてしまった俺に笑いながら大神官殿が笑いかける。確かに立派で、小さな会議テーブルやら金銀の細工物や水晶や宝石のような置物まである。大神官の執務室が大学学長室ならこっちは社長室って感じだ。窓にはしっかりガラスが嵌っているし、そこに下がっているカーテンはお値段高そうだ。


 「ここが目的になってしまっている若い神官が多いのが悩みの種です」

 「何となく理解できます」


 何のかんの言いながら神殿も俗っぽいからなあ。席を勧められたんで遠慮なく従う。飲み物は丁重にお断りした。


 「わざわざ申し訳ありませんな」

 「いえ、大神官様の御用とあれば何も問題はありません。お話とは何でしょう」

 「ファルケンシュタイン宰相閣下からお話は伺っております。何やら過去の事をお調べとか」

 「ええ、まあ」


 やや用心深い反応を返す。相手がどこまで聞いているのかわからないからだ。意外と重い話だろうか。


 「この、王都神殿がなぜここに建っているかはご存じですかな」

 「いえ」


 なぜここに建っているか。考えたこともなかったな。ここは一等地であることは確かだが、貴族街とは少し離れている。むしろ庶民に近い所に建てたのかと思ったんだが。

 そんなことを頭の中で考えていたが、レッペ大神官の口から出てきた次の固有名詞にはうっかりポーカーフェイスをし損ねる事になった。


 「この王都神殿は初代聖女であるユリアーネ様の御生家跡地に建てられているのですよ」

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― 新着の感想 ―
[一言] >「この王都神殿は初代聖女であるユリアーネ様の御生家跡地に建てられているのですよ」 元々実家で商売を始めて徐々に周りの土地を買い漁りデカくなったんだな❗(だぶん違う)
[気になる点] 細かい設定がいいところだと思っていますが、説明部分が今回は長すぎな気がしました。面白く読ませてもらってるのは間違いありません^_^;
[一言] 初代聖女も王女で勇者の嫁だったのですね… でも生家跡地に神殿ということは生まれは…? 謎が謎を呼びますが神殿側からの情報が得られるので前進したいですね
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