――200――
いつも評価、感想等での応援、本当にありがとうございます!
報告の方でたくさんのお祝いのお言葉も嬉しかったです!
皆様の応援が書籍化につなげていただいたと思っております、本当に感謝です!
Web版も更新頑張ります!
数日の間は調査と表の仕事を重ねていたが、急遽予定が変更されて今日は朝から馬車で王都神殿へ移動中。地下書庫での調査結果はまとめてこそいるが、やはりというか情報がいろいろ抜けている。こういうのは歴史書だけ調べていてもいいわけではないようだ。
それと、地下に入る所にある手洗いの水が出なくなったことでそちらも調べなきゃいけないらしい。王都の水に関しては水道橋があってよかったとは言われたが、王都襲撃の際に水道橋壊されたらどうするんだろうか。
いろいろ疑問はあるが、とりあえず今は疑問を頭から追い出した。車輪の音をたてながらゆっくり移動する馬車の中で、同行している法務担当の人物に話しかける。
「神殿からマラヴォワ大神官様が行方不明になったという事ですが、どのような状況だったのですか」
「昨日、大神官様が朝になっても自室から出てこなかったため、担当の女神官がお部屋に伺ったところ、忽然と姿を消していたという事です」
「争った形跡は……」
「ありませんでした。ベッドでお休みになられた様子もなかったようです」
そうなると逃げたと考えるのが自然ですかね。いやまだ断定はしないけど。少なくとも死体が発見されていないだけましなんだろうか。
一応神殿関係者も『天井裏から井戸の底まで探した』と主張しているようだが、中にいない時点でせめて当日にそういう話は持ってこい、と言いたいけど今更か。
可能なら神殿内部で処理したかったのか、それとも当てが外れたのか。そのあたりも今日は調査することになるんだろうな。
「マラヴォワ大神官様は何か疑われるようなことがあったのですか?」
「そうだなあ、まあいろいろと」
正面に座っているリリーが聞いて来た。今日、名目上は例の決闘裁判の問題と言う事なので、リリーも関係者として神殿に同行することになっている。トラブルがあると困るのでリリーの専門護衛役としてアネットさんにも来てもらった。
ノイラートとシュンツェル、アネットさんは徒歩で同行してくれているんで、こっちが馬車なのは何とも申し訳ない感じがするな。
それはともかく、事前に宰相閣下から受け取った資料を思い出しながらリリーに説明するため口を開く。
「まず地方の町にいる扶助人の問題がいくつか」
「扶助人?」
村人のリリーは逆に知らないかもしれない。共同体集落である村なんかだと身寄りのない老人や子供を村全体で面倒を見たりするからだ。
だが中規模程度の町だと必ずしもそうはいかない。家族が事故や病気で死亡し、身寄りのない人間が一人残されたりすることもある。その時に備え、あらかじめ神殿に財産、多くは不動産だが、財産を寄付する代わりに残された家族の面倒を見てほしいと依頼と言うか契約をしておくことがある。
神殿の側は、信仰面からも実利面からもそれを受けて、孤児や老人の介護専門の人間である扶助人を雇っておく。前世で言えば孤児院や老人ホームの管理人と言う感じだな。
だが当然ながら、そういう形で教会に寄付された土地や建物は後に教会の所有物になってしまう。だんだん教会の土地や財産が増えて行ってしまうわけだ。
しかもその際、教会が直接寄付された財産を管理をする場合もあるが、扶助人が管理をすることもあるわけで。
「寄付を受けておきながら、ろくに面倒も見ないで差額を自分の物にしてしまう不届き者がいたりするわけだ」
この世界では神殿長クラスになるためにはある程度の僧侶系魔法が使えることが必要不可欠だ。だが教会に雇われる形の扶助人にはそんな必要はない。扶助人指名権は一応その土地の神殿長が持つことになるので、例えば神殿長が自分の家族や親戚を任命してもいいわけだ。
そうなると神殿長と扶助人がグルになって差額を懐に入れることも起きるし、その金が賄賂として更に上層部に流れることも当然ある。本来扶助する子供や老人を神殿所有の土地で強制労働させておいて、その事をもみ消したりとかな。
そういったいささかグレーな資金の流れがマラヴォワ大神官殿の周囲にあるようだ、とレッペ大神官から情報が国にあがった形になる。
「あとはまあ、略奪婚の問題でちょっといくつかね」
「ああ……」
リリーも苦笑している。略奪婚は村でもたまにあるからな。
略奪婚と言っても内容はかなり雑多だ。かけおち婚も含まれたりするからしょうがないのかもしれないが、裁判を含め処理をする方は大変。
なにせ中世風世界なんで人口増加は重要な問題になる。そのため、扱いが実に複雑で、同じ貴族領の別の村から女性を無断で連れてくると誘拐になるが、他領から女性を連れてくるとよくやったと褒められる事さえある。
しかもこの脳筋世界だと、女性を連れてくるのは男らしいとか謎の評価が出たりするんで色々複雑。俺自身もリリーを連れてきた事でツェアフェルト伯爵領内ではそういう評価を受ける可能性もあったわけだ。
俺の場合はともかく、夫婦そろって駆け落ちしてきて、新しく住み着きたいとかいう話になると人口増加と言う観点から歓迎する側と、逃げられた側は夫婦を返せと言う事になるんで、そこで揉めることになる。
ただこの程度でいちいち王室に訴え出ることもできないし、近隣の領主と関係が悪化して交易が滞ると今度は経済問題になってしまったりして洒落にならない。そのため、間に教会が入って話し合いと言うか手打ち式が行われることが多くなる。
このあたり、前世日本の戦国時代に坊主が外交官をやったのに奇妙に似ている。
「それが一方的だったことがいくつかあるようだと、これも訴えがあがってきている」
マラヴォワ大神官は貴族家の出身で、実家の係累もそこそこ多い。そういう係累に有利な決定を下していることがままあったようだ。俺自身、神殿の神官とかは名誉職的な一面が強いと思っていたが、こうやって見てみると結構実利的だな。
とは言えこれらの不正そのものは事実であっても、それが主目的ではないのだろう。神殿全体に対し、これ以上マゼルに手を出すなという牽制の意図の方が強いはずだ。その目的であるとわかってなきゃ俺も神殿とこういう形で関係を持つ事はなかったかも知れない。
「他の貴族家の方も来られるのですよね」
「はい、シュリュンツ子爵とドレーゼケ男爵がそれぞれ別の理由で来られます」
俺の質問に法務の人がそう応じる。どっちも名前ぐらいは聞いた記憶があるが印象の記憶はと言うと皆無に近い。その他にも本来調査に入るはずだった貴族が予定の変更で都合が合わず今日は欠席。人手も足りないという事になるんだろうか。
「シュリュンツ子爵の方が文官としての経験もおありですので」
「解っています。こちらが従いますよ」
そう応じると法務の方が安堵したようにため息を吐いた。爵位で言えば同格だからな。とは言え俺としては別に自分が主導したいわけでもないし、もっとはっきり言えば行政的な仕事は苦手だ。実務は丸投げできるならその方がありがたいぐらい。
最近は宰相閣下から面倒な業務が回ってくることも多いんで基本的なことぐらいはできるようになってきているが、その業務に慣れる前に業務が変わるから精神的な疲労感は凄い。偽装業務だから難しくないのが救いだ。
そんなことを考えながら神殿に到着。馬車を降りると妙にざわついている雰囲気だ。しかも神殿の前にどこかの貴族の家騎士団らしい人数が並んでいる。
不穏な空気を察したのか、ノイラートとシュンツェルだけでなくアネットさんもすぐにリリーの傍についてくれた。とりあえずノイラートに事情を聞いてみる。
「何事だ、これ」
「はっ、それが」
「子爵ではないか」
この声。しかもよく見るとあの家騎士団の家紋。何でこいつがとは思うが一応礼儀正しく応じておく。
「ご無沙汰しております、イェーリング伯爵閣下」
「ツェアフェルト子爵、卿もご苦労だな」
ことさらにでかい声で俺の名前を口にしやがった。俺が神殿に来ているのはおかしなことではないはずだが、貴族家騎士団と俺が神殿にいることで、一般市民には無用な誤解が発生する可能性が……いや違うか。まるでこの場で落ち合ったような言い方は、わざと騒ぎを大きくしに来た可能性の方が高いのか。俺がこの日に来るのをどこからか嗅ぎ付けたらしいな。
「そちらが勇者殿の妹御か。アンスヘルム・ジーグル・イェーリングだ。伯爵位を得ている」
「リリー・ハルティングと申します。伯爵様にはお声がけいただきましたことに感謝申し上げます」
一瞬リリーが驚いたというか怯んだような反応を見せたが、すぐに礼儀を守って応じた。とは言え多少語尾が震えたりしているのは経験不足と、イェーリング伯爵の視線が好意的でないせいだろう。
伯爵が皮肉っぽい表情を浮かべたのを見て、何か言う前に二人の間に割り込みリリーを背に庇う。アネットさんもその後ろでリリーを隠すような位置に動いてくれた。
「失礼ですが、閣下が神殿にご来訪中とは存じませんでした」
こちらもことさらに大声で、しかも喧嘩腰の口調で言い放つ。邪魔だという言葉が語尾についてもおかしくないぐらいの声だ。伯爵も一瞬驚いた表情を浮かべたが、如才なく笑顔を見せてくる。
「いや……」
「ですが、大変申し訳ありません。用がありますのでお急ぎでなければ後日に改めさせていただきたいのですが」
有無を言わさず言葉を継ぐ。騎士団を引き連れたイェーリング伯爵家と俺が一緒になって神殿に押し掛けたわけではないという事を周囲の人間に知らせておく必要がある。
ここで伯爵と喧嘩腰の姿勢を見せておくことで“理由はよくわからないが神殿に騎士団を引き連れてきたイェーリング伯爵家”と“少数で神殿を訪れた俺”の立場が違う事は明らかになるだろう。
伯爵が渋い表情を浮かべているが、俺はあんたと仲が悪いことを周りに知られても別に困りはしない。むしろ以前の一件でこの男は潜在的に敵だと思っているからちょうどいい機会でさえある。
「お急ぎのご用件でしょうか」
「い、いや、そうではないが」
「それでは大変申し訳ありませんが日を改めてくださいますようにお願いします。行くぞ!」
イェーリング伯爵は、恐らく貴族と神殿の関係が悪い、という印象を与えたかったのだろうが、そもそも俺とお前の方が仲が悪いとアピールしておく。どっちみち仲良くなれそうもない相手だ。
ノイラートたちを促して伯爵を置き去りにし、神殿に向かう。
なんだか今日は長い一日になりそうな気がするなあ。




