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月末からリアルの方でやることが増えてしまいまして、おそらく二月いっぱいの間は更新が不安定になります。
楽しみにしてくださっている読者の皆様には申しわけありませんが、ご承知おきいただきますよう、お願いいたします。
ポリポリと木の実をかみ砕きつつ情報を頭の中で整理していく。なんか今日一日でどっと情報が増えたが、パズルのピースだけ山積みになった感じだな。しかも完成図がない。白一色のジグソーパズルがあったがあれみたいな気分だ。
腕を組んで考え込んでいたらリリーが声をかけてきた。
「ヴェルナー様は何かお分かりになりましたか」
「正直に言えばまだ断片ばかりだなあ」
不思議そうな表情で首を傾けられたんでゼルムンベックとヴァルバッハと言う二国とフィノイの事を簡単に説明。戦争の記録なんかは興味ないだろうと思うんだが真面目に聞いていてくれている。
他人に話すためには情報を頭の中で纏めなきゃならないから、その意味では俺自身も情報整理の役にたつのは確かだ。
「では、そのゼルムンベックという国が古代王国なんですか?」
「その可能性もあるけど、確認したくてこの巻を持ってきた」
とりあえずはこの本で確認できるところは確認したい。だがこの手の文献調査には最大の問題点がある。本にするために必要な時間がある種のタイムラグになるという事だ。
例えば、徳川幕府設立までには同時代の人間の日記などがあるし、史料としては江戸幕府の時代に書かれた幕府公式の記録とかがあるが、末期に江戸幕府が傾いてから倒れるまでの過程は江戸時代には書かれない。
同様に、ゼルムンベックという国が滅びているのは確かだが、魔王によって滅ぼされた古代王国がゼルムンベックとイコールかどうかはその滅亡後の記録に当たるのが確実。確実なんだが、滅亡後の記録なんてもんあるのかね。
ヴァイン王国は古代王国滅亡後におきた群雄割拠の中から生まれてきた国であるという記録しかないしな。その群雄割拠時代が何年続いたのかさえ解っていない。古代王国の滅亡後には情報が混沌としてしまっているんだよな。考えてみれば謎だらけだ。
前世の俺が生きていた時代のように、情報量が多すぎるぐらいの世界と比較すれば違うのが当然といわれればそこまでなんだけど。この世界は前世の中世よりは情報があるかもしれない。
「正直に言うと、何かを見落としているような気がしてしょうがない。なんというか、弓を持たずに矢だけ持っているような妙な違和感が残ってるというか」
「そうなのですか……私にはよくわからないのですけど」
「まあ、今日一日で全部調べられるわけでもないか」
「そうですね」
こうなると王都襲撃対策を丸投げできているのは本当に有難い。優先順位でいえばそっちの方が高くなるんだが、権限という観点でいえば助言や提案がせいぜいだしな。何かあったらご協力いたしますというスタンスでやるしかない。
ただ、近くに結界を維持する施設があるせいか、この結界をうまく使えないのかなとかはつい考えてしまう。ゲームだと結界があっても王都襲撃イベントが起きていたのだから、そのままだとあまり意味はないのだろう。
何か方法はないものかと思って魔法関係の本を読んでいたんだが、結局のところ魔法に関してはよくわからんのだよなあ。
「さて、もうしばらく読むとするか」
「はい」
どのぐらいがもうしばらくになるのかと問われると何とも言えない。時計プリーズ。集中して本を読んでると砂時計の砂が落ちきったのに気が付かないとか結構あるんだよなあ。
俺はさっきの本の二巻目を開き、リリーはというと引き続き神話系の本を読むようだ。挿絵がきれいなものを選んでるっぽいな。何か気が付いたことがあったら教えてもらう事にしよう。
人名などを無視して二巻を流し読みする。大雑把に流れを書くと、南北朝末期に南朝方だったフィノイ城塞の城主が城塞を手土産に北に寝返り、それで戦力バランスが崩壊。その後も紆余曲折はあるが、北朝ゼルムンベックが大陸を統一する。
統一後、だいたい一〇〇年ほど経ったあたりで光石と言う名称が登場するがこれがどうやら魔石のようだ。ややこしいから魔石と脳内変換する。
これは北方、俺の認識で言えば今は海の中になる場所にあったゼルムンベック王都の研究施設にいた一人の天才によって発明されたらしいが、要するに自然にある力を結晶化して、様々な動力として転用できるようにしたらしい。
技術的な説明は全部飛ばす。前世でいえば太陽光パネルでバッテリーに充電できるのは知っているが、技術的には説明できないようなもので、専門用語が多すぎる。ともかくそういう魔石製造技術が発明されたという事だ。一種の産業革命だな。
この世界では電気の代わりに自然を利用できるようにしたという事になるのか。
それからの技術や生活環境の進歩は目覚ましいものがあるようだが、どうも北方が豊かになる一方、占領地である南方はその恩恵がなかなか得られなかった様子が見て取れる。南北格差とでもいうべきなんだろうか。
そして状況が変化し始める。この本を書いた人物も批判的に書いているが、魔石を大量生産しすぎた結果、自然の方に変化があったらしい。水が枯れたり作物が育ちにくくなったりと環境破壊が進んだようだ。
「……なんかこう、人間って奴はと言いたくなるなあ」
「はい?」
「いや、なんというかこう、贅沢には際限がないなと」
「しようと思えばいくらでもできますものね」
そういう意味ではないんだがそれも一面の真理かもしれない。しかし世界が違っても自然破壊を起こしていたとは。一瞬、この世界の進化論とかどうなっているんだろうとか考えたが意識から追い出しておく。
それにしても気になるのは何というか都合よく物事が進んでいるという事だ。いや、歴史を後から読むと権力者が計算ずくで世の中を動かしているようにも見えるけど。歴史小説なんかだとその方が書きやすいというのは理解できる。
ともかく読み進めると、巻末に近づいたあたりで奇妙な表記を目にして手が止まる。事実上、放棄地ばかりになった世界を修復するための手段として、そこには『隣の世界から力を流し込むことで世界の改善を図る』と書かれていた。
前世ではよく異世界から勇者を召喚するラノベを読んだが、この世界では人ではなくエネルギーだけ呼び込んだのか。しかも前後の記述を読むと『異世界の知識を持つ術師の発案により』云々ともある。
アップデート、という言葉が唐突に浮かんだ。事実はともかく、比喩としてそれが正しいのではないだろうか。この世界は何か問題が起きると異世界から技術や知識を持ち込んできて変革していると仮定してみる。
しかも王や権力者が勇者を召喚したような記述がない所を見ると、神というか世界そのものが自分自身をオートでアップデートしているような感じだ。少なくとも俺の印象としてはその説明が一番納得しやすい。神を運営と言い換えると一周回ってこの世界はやっぱりゲーム世界だったのかと言いたくなるな。
とはいえ今日集まった情報だけで仮説に飛びつくのは逆に危うい。情報の整理もしたいし、まだ足りていない情報があるかもしれない。続きを読み終わるまで断定は避けるとして、情報量がオーバー気味だ。今日はこのあたりにしよう。
「今日はそろそろ戻ろうか」
「解りました」
結構な時間がたったはずなので本を片付け、魔法鞄から消耗品のリストと備蓄に関する書類を取り出す。これはあらかじめ用意してもらっていた、俺が今日やっていたことになっている仕事の書類だ。国公認の業務偽装。マスコミがいたら大変なことになりそうだが深く考えないことにしよう。
警備室で挨拶をして長々と螺旋階段を上がり、城内に戻って、途中寄り道をしてから俺にあてがわれている執務室に向かう。それにしても、警備室にはトイレがあるんだが、あの書庫にはトイレがない。やはり保管だけが目的で、長時間閲覧することを考えていない作りになっているような気がする。とするとやっぱりどこか近くに別の施設があるんだろうか。そんな遺跡の存在、考えたくないなあ。
執務室に入るとノイラートとシュンツェルが立ち上がり礼をしてくるので挨拶を返す。基本的に二人は護衛として、朝、俺とリリーと王城に出仕。その後は王城内でマックスやオーゲン、バルケイたちとツェアフェルト騎士団としての業務や訓練を行って、終わるころにまたここに迎えに来るという生活パターンになっている。
俺が地下書庫にいる間はマックスにしごかれているみたいだが、二人とも怪我はしていないようだし、あれでマックスは手加減も上手い。無茶ぶりするブラック上司になっていなければ俺が口を挟むよりいいのは確かだ。
そのシュンツェルが机の上に置いてあった書類と書状を差し出してきた。
「ヴェルナー様、宰相閣下からこちらをお預かりしておりますが」
「解った、すぐ目を通す」
書状という事は緊急ではないか、本人が忙しくて返答だけが欲しいかのどちらかだろう。宰相ともなればいろいろあるだろうからそのあたりは理解できる。とりあえず内容に目を通し、自分でもわかる程度には難しい顔を浮かべてしまった。
書類をめくっていくと想像は事実らしい。これはまた面倒な仕事が舞い込んで来たなあ。
「ヴェルナー様、何か?」
「内容だけを言えば、例の決闘裁判の件で神殿に足を運んで欲しいという事だ」
「今更ですか」
ノイラートがそういうのも、リリーが僅かに心配そうな顔をするのもわかる。だがこの書類の内容からすると目的は別だ。
「それは表向きの理由だ。王室は本気で教会に調査に入る予定を立てている」
全員が息を飲んだ。少なくともこの国の歴史では前代未聞だから無理もない。
「俺だけじゃなく複数の教会に関係のある貴族が別々の理由で教会に入り、そこで調査に携わるという形をとるようだ」
「大丈夫なのでしょうか」
「教会全体が敵対しているわけでもないしな」
事実、最高司祭様やレッペ大神官は今回の立ち入り調査に納得しているらしい。恐らくだが、王室側の立場や貴族社会の評判にも配慮する必要が生じているのは確かだ。
一方で大々的に調査に入ると王室と教会の関係が悪化したという別の評判を生むことにもなりかねない。そのため、こういう回りくどいやり方をすることにしたようだ。多分だが、そのあたりは教会側の主張を受け入れたんだろう。
「最高司祭様は膿を出し切るためにやむなし、という反応だそうだ」
「なるほど」
面倒な奴はこの際排除する、という事だろうか。派閥抗争の一環もありそうな気もするが、俺としてはそのあたりはどっちでもいい。
王都とフィノイとの間で王室と最高司祭様との使者が往復していたからこのぐらい時間がかかったんだろう。ひょっとすると裏で条件やら権利やらがいろいろ飛び交ったのかもしれないが、考えると胃が痛くなりそうなんでそこは考えない。
「日程調整の都合もあるようだから、今日明日という事ではないみたいだが、それまで他言無用で頼む」
「はっ」
「解りました」
とりあえず当日までは自分の仕事に専念するとしますかね。




