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更新再開しますー!
今回ちょっと長いですが、ヴェルナーがいろいろ実験しているだけなので、
最初と最後だけ目を通していただければ大丈夫です。
ノイラートやシュンツェルと共にツェアフェルト邸に到着。警戒はしていたがあれ以降、特につけられている感じはなかった。
「おかえりなさいませ、ヴェルナー様」
「ああ、戻った。ノイラート、シュンツェル、着替えるのはもうちょっと待ってくれ」
「はっ」
「はい」
外套を預けてノイラートたちの泊まる部屋を用意するようにメイドさんに指示。それから先に事情を説明しながら一通の書状を書き上げてノルベルトに預ける。
「すまんが任せる。ノイラートとシュンツェルも頼むぞ」
「かしこまりました」
あの場で騒ぎはしなかったが、襲撃されたのも死体が残ってるのも事実だから報告だけはしておく。念のため報告は正規ではないルートで上げておくとして、使者が襲われると面倒なんでノイラートたちを護衛につけさせてもらおう。後は担当者に任せる。
「ところでノルベルト、奥の部屋を借りるぞ」
「承知しております。フレンセンが準備を済ませておりました」
また何かやるんですかと目で語られていた気もするが意図的にスルーする。今まで読んできた大量の魔法の本からの仮説を検証するだけだよ。爆発とかはしないんじゃないかなあ。たぶん。ちょっとした実験だから大丈夫なはず。
「さて、すまないが手伝ってくれ」
「はい」
「承知いたしました」
どこか興味津々のリリーと微妙に困惑顔のフレンセン。何というか魔道具も含めたいろいろな道具が並んでいるからな。俺の前世のイメージだとむしろ小学生向け実験室状態だが。メガネで白衣のおじさんが段ボールの空気砲とか持ち出しそうだ。机の上に石鹸水とか正面にビデオカメラとかがあれば完璧かもしれない。
「俺はこのあたりを使わないからよくわからんが、暴走はしないようになっているんだな」
「魔道具を暴走させるのはヴェルナー様ぐらいかと」
フレンセンの発言で魔道具を暴走させたことを知ったリリーに驚かれた表情を浮かべられた。そう言えば話していなかったか。そもそも平民から見れば魔道具は高価な品だから普通はそんな使い方はしないか。
「暴走しないなら何でもいい。まず風の魔道具をその袋に入れて密閉。確か起動させたら触っている必要はないんだよな」
「はい、起動すれば後は魔石の力だけで済みます」
「なら、起動させた後で袋の口を塞いでくれ。リリーはそっちの水の魔道具でコップに水を注いでくれるかな」
「解りました。水を生み出す魔道具ってあるんですね」
ガラスのコップが平然とあるのが貴族の家だなと思う。そのコップに水を注ぎだしながら、リリーが不思議そうに口にした疑問にはフレンセンが応じる。
「魔石の消費に比べて作れる水の量が非効率なこともあり、あまり研究は進んでいないのです。生み出された水がお世辞にも美味しくないそうで、洗濯などにしか使えないため、研究する人間が少ないのですよ」
「きれいな水そのものが使えるところもあると思うのですけれど……」
リリーがそういうのはもっともだが、身分差というものはやはり大きい。王族や貴族が使う物から研究開発が進む。そして王族や貴族は水不足でも優先的に水が使えるんで、どうしても美味しくない水を作る魔道具の研究順序は後回しになる。
騎士団や駐屯兵が必要としているなら別だろうが、今の所そこまで水が足りない場合はないらしい。一つには前世の中世レベルの兵数だからというのもあるだろう。十万単位の兵が動く時代になれば研究が進むかもしれない。
そもそも水という手に触れられる物体が作れる時点で質量保存の法則はどこに行ったと言いたくなるわけだが。量が非効率なのはその辺が影響しているのかもしれない。実際、別に用意してある手桶に入れた水は井戸から汲んで来たものの湯冷ましだ。
そして俺の予想が正しければ、多分だが、水が美味しくない理由もわかる。ただこれはどうしようもないというか、それをそのまま生かす方向に考えるしかない。
そうこうしていると風の魔道具が起動した袋が内側から膨らんでいく。うん、密閉された袋が内側から勝手に膨らむのって想像以上にシュールだわ。とりあえず魔力で火が出るチャッ●マンのような火の魔道具を使って蝋燭を点けておく。
袋がある程度膨らんだところで二人にも次の手順を説明する。袋の口を開き、外の空気と混じらないうちに上下さかさまにして欲しい、しばらく支えていて欲しいが合図をしたら手を放してくれていいと。
二人は首をかしげながらも頷き指示通りにしてくれた。袋から落ちた風の魔道具は回収。開いた袋の下で火の魔道具を使用し、熱源を作る。
「しばらくそのままにしておいてくれ」
「これで何か」
「ん、まあとりあえず様子見だ」
どうなるか俺にもわからん。と思っていたら、しばらくすると袋が内側からむくりと持ち上がる。合図をして二人が手を離したら少しだけふわりと浮き上がった。リリーとフレンセンが驚いた表情を浮かべている。
「浮いた?」
「ヴェルナー様、これは」
「あー、ものすごく大雑把に言うと温かい空気は冷たい空気よりも軽い。焚火の上の枯れ葉が舞い上がるのを見たことがあるだろう。袋の中の空気が温まるとああやって浮かび上がる」
熱気球と同じだ。浮力とかの詳細を説明するのは面倒だから大雑把になるのは許してほしい。というか他の事で頭がフル回転しているせいで詳しく説明してあげられるほど脳細胞の余裕がない。
火の魔道具を止めると、袋そのものがビニール袋と違って重たいからちょっと浮かんだだけですぐに落ちてきたんでとりあえずキャッチ。中の空気の臭いだけ嗅いでみる。無臭だな。
「あの、ヴェルナー様? 何か難しい顔をされておられますけど……」
「うん、ちょっとね」
自分でも回答になってないなと思いながらリリーに応じ、コップの中にある水の魔道具で作られた水を口に含んで口の中で転がしてみる。確かに美味くないが飲めなくはないようだ。
本当は成分とか調べられれば確実なんだが、そんな手段も技術もこの世界にはない。
今度は火の魔道具の先端を手桶の水に突っ込み、そこで発火させてみる。水の中に突っ込まれた棒の先端に火の玉ができるのは妙な光景だ。水の中に火の玉が静止しているとか、CGぐらいでしかありえん図だしな。
そのまま左手で水の中に藁を突っ込んでみるが、魔法の火に接触させても藁に火が燃え移ったりはしない。
魔法の理屈はさっぱりだが、想像だけはどうやら正しかったようだ。この世界には俺の知らない、というか前世の知識では理解できない何かがある。魔法がそうだと言えばそうなんだが、それだけじゃない。
とりあえず火の魔道具を止める。蝋燭を木片に乗せて水に浮かべ、空になったコップをさかさまにひっくり返し蝋燭にかぶせる。ちょっと時間がかかりそうだから持ったまま二人に質問してみよう。
「リリー、フレンセン。魔石ってなんだと思う」
「え、ええと、魔物を斃すと手に入るものですよね」
「魔道具を動かすために必要な物、だという認識ですが……」
ゲームだと直接金貨が手に入るが、この世界ではそういうことがない。その代わり魔石というこの魔法の乾電池とでもいうべきものが手に入り、これはいくらでも買い取ってくれるんで事実上金銭が手に入るのと同じ扱いだ。
ゲームだとこの買取の部分を省略していたと考えていいのだろうが、今はそこは問題じゃない。
「以前、実験をしたことがある。簡単に言えば魔力が二つあるんじゃないかという結果だったんだが」
人体魔力と自然魔力の二つがあるんじゃないかと言う以前の仮説を簡単に説明する。リリーが首を傾げた。
「そうすると、魔道具を動かす魔石の魔力ってなんなのでしょう?」
「そこなんだ」
それはむしろ俺が知りたい。
「以前の仮説は間違ってはいないと思うんだが、魔石を説明する事ができなくて、どこか片手落ちなんだよ」
最初はウーヴェ爺さんの言う原魔力がイコール魔石の正体なのかと思ったが、それだと魔物の中には魔石があるが人間の中に魔石がない事の理由に説明がつかない。
人体魔力と自然魔力と魔石魔力があるって言うのが一番簡単な回答になるんだが、そうすると今度は魔石を体内に備えている全ての魔物が魔法を使えないとおかしい。
「要するに違和感があるわけだ。ただそれがさっぱりわからない」
コップを見ると蝋燭の火は消えて中に水が吸い上げられて、コップの中だけ水面の高さが変わっていた。フレンセンとリリーが驚いた表情を浮かべている。このあたりは俺の知識が通じるのか。
やっぱりこのあたりにどこか違和感、というかつぎはぎ感がある。
「うーん」
ここまでの実験結果を確認しながら思わず唸る。説明してほしそうな二人を意識的に無視。いやこれ、二酸化炭素が水に溶けるとかコップの中と外の気圧変化とか、中世風世界レベルの知識の中で説明しようとすると大変なのよ。
そして何より、根本的におかしな点があるんで、今説明すると逆に混乱が起きる。だいたい俺自身が少し混乱しているし。
「リリー、俺がこれから口にすることをメモしていってくれ。俺も頭の中でまとめ切れていないんで後で清書する。意味が解らなくてもとにかくその通りに書いてくれ」
「は、はい」
有無を言わさず指示を出すとリリーがすぐに用意しておいた魔皮紙の前に座った。フレンセンがその横についたのは書き落としを確認するためだろう。そっちは任せて気が付いた点を思いつくまま口にする。
「物が燃えるという事は、通常、可燃物と空気、それに発火点以上の温度が必要になる。水の中では藁に火はつかないのがそれだ」
燃焼の三要素、と呼ばれるものだ。この世界で酸素という表現を使うのは一応避けた。
火薬のように酸化剤があれば空気はいらないが、それでも水の中という可燃物も空気もない場所で火の玉が生まれて、そのまま存在できるというのは俺の知識でいえばあり得ないんで、魔法だねとしか言いようがない。
恐らくではあるが、魔道具で蝋燭に火が付けられるのは加熱による発火温度に達した結果なのだろう。熱エネルギーの移動は起きているようだ。
「氷柱の魔法では何もない所から氷が生まれる。すべてが氷、混じり物が見えない透明で純粋な氷だ」
地水火風、それぞれの魔道具がある。つまり水も風も地も別の存在で、火の魔道具で作られた火は、妙な表現だが一〇〇%火、という謎の現象になる。魔法を現象と言っていいのかはわからんがとりあえず現象としておく。
同じように、攻撃魔法で作られる吹雪や氷柱も不純物のない水というか氷なのだろう。その魔法を道具の形で再現したという事になっているのだから、水の魔道具で生み出された水は一〇〇%水といっていい物になるはずだ。
「鉱山ではまれに事故が起きる。酸欠の事故だ。空気が澱んで起きたと記録が残る」
ただこれ、二酸化炭素が溜まったのか、有害なガスの発生なのかわからん。今の段階ではそれを調べる方法もないというか、区別されていないんじゃないかと思える節がある。かといって俺が事故現場に行くわけにもいかんし。
なのでここは仮説になるが、先ほどまでの一〇〇%水とか一〇〇%火とかという観点から見ると、先ほど袋の中で風を生み出していた風の魔道具ってものが謎な存在となる。
「袋の中で蝋燭は消えなかった。熱すると軽くなる。風の魔道具で作られる気体は普通の空気と同じように感じた」
貴族の館なんかには風の魔道具によるエアコンのようなものがある。あの地下書庫で息苦しくならないのも多分それだし、ゲーム中のダンジョンで酸欠にならないのも、古代王国期に作られた風の魔道具が生きているせいかもしれない。
だが、魔道具から生み出されるもので事故が起きないという事は、一〇〇%酸素とか一〇〇%二酸化炭素とか、そういうものではないという事だ。測定機器がないから調べようはないが、水、つまり湿度も〇%なのだろう。
じゃあ、風の魔道具が生み出しているものはいったい何なんだ、という事になり、その答えとしては一〇〇%大気、とでもいう俺から見れば謎の存在が生み出されているとしか考えられない。
「土の魔道具は道路の補修に使われる。雑草等が生えにくい土を生み出すからだ」
土の魔道具はそういう工事の時とかにしか使わないんで、実験したくてもすぐに手に入らなかったんだが、じゃあこの土の魔道具が生み出す物体は、というともっと謎だ。
俺が知る土と言うものは一種類じゃない。地質によるが、石英やら長石やらいろんなものが細かく混じったものだ。前世では何を基準に土と言うのか詳しく知らないが、少なくとも一〇〇%土って何? と聞きたくなる。
しかし火、水、風が単独のそれを作っているのに土だけが石英とかの物体を生み出すと考えるのもおかしいので、この世界では様々な鉱物のほかに“土”としか命名しようがない物質があるのだろう。こうなると今更ながら別の世界だねと思うしかなくなる。
「コップの中で蝋燭は消えた。空気がないと火が消える。一方で火の魔道具による火は水の中でも存在している」
魔法で作られたそれに俺の常識が通用しない一方、俺の常識が通じる部分がある。炭塵爆発は起きたし、水がコップの中に吸い上げられた点を見ても二酸化炭素のようなものがあるはずだ。だがそうなると先ほどの一〇〇%大気という存在と矛盾してしまう。
前世で二酸化炭素が発見されたのは近世になってからの事なんで、この世界では知られていないようだが、そもそもこの世界で同じなのかが判断できないし、本題でもないのでこれ以上実験をするのは今は止めておく。
「つまり、蝋燭の火と、魔道具による火は同じように見えて異なる物であると考えられる。では水はどうか。魔道具によって作られた水は、俺の知る水なのか」
水の味はそこに溶け込んだミネラルなどの不純物の味にも左右される。恐らくだが、魔道具で作られた水は“存在しているが味覚を刺激しない”んだろう。味覚器官上に存在だけがある違和感を不味いと感じているんだと思う。
半面、一〇〇%水だけって事は傷の洗浄とかで病原菌が入り込まないだろうから、そういう意味でのメリットはありそうな気がするが、ひとまずそれは措いておく。というか病原菌があるのかないのかも調べてみないとわからんしな。
「魔道具は生産できるし、魔法という行為も同じことを繰り返すことができる。攻撃魔法であれ、回復魔法であれ、それは教えることができる。つまり再現できる」
再現性があるという事は魔法という法則が存在しているという事になる。一方で俺の前世知識によるもの、例えば空気を熱すると軽くなる法則も並立している。
『神は聖書という書物と自然という書物の二つをお書きになった』とは確か前世のスコラ哲学だが、この世界ではどうやら魔法と自然という二つの法則があるらしい。いや、ひょっとするともう一つあるのではなかろうか。
「同時に、魔法による火と、魔道具による火は、同じものなのか」
何となく同じものだと思っていたんだが、考えてみると同じという根拠が見つけられない。もしかしたらこの二つも違うのではないか。
魔道具の火と、蝋燭の火を見た目で区別するのは難しい。とすると、魔道具による火と魔法の火も、もしかしたら別の現象で、この世界では火に見えているものが実は三種類あるのかもしれない。
「毒消しの魔法で毒は消える。だが毒の粉そのものに毒消しの魔法をかけても粉が消えるわけではない」
これはクララの一件で証拠品が残っていたと聞いたときに思ったことだ。それが毒だと仮定して、どうやってその毒を隠蔽しようとしただろうかと考えた時にこの発想に思い至った。もし毒消しの魔法で粉が消せるのであれば証拠は隠滅されていたんじゃないかと。
「恐らくだが、魔法には毒消しの魔法に代表されるような、何らかの法則がある。魔法はその法則の中でのみ影響を起こす」
それが何か、は今の所断定できない。だがそうでも考えないとおかしなことになってしまう。例えば、鉛は人体に有害でもあるが、毒消しの魔法で鉛のインゴットが消える事はない。つまり、有害と毒を魔法が勝手に判別している事になる。
同じように毒をもつ魔物に毒消しの魔法を使っても、相手の体内から毒が消えるわけではない。蜂の魔物に毒消しの魔法をかけても蜂に刺されれば傷は腫れあがるだろう。でも人体に入った毒は消す事ができる。
「毒消しの魔法、というのは“その状態なら毒”と判断している法則の中で反応するものなのではないか」
魔法というアプリには、誰かが決めた法則がある。前世風に言えばテキストデータの上に画像を張り付ける事ができないような感じだ。
一方で魔法で生み出した水を飲めたり、温めた空気が上に向かうとかの部分は俺の知識の方が優位という状況にあるようだ。魔石が足りなかったんで今回は保留したが、魔法で作った水に二酸化炭素が溶け込むかどうかを今度実験してみたい。
そのあたりはともかく、魔術法則だか超自然法則だか知らんが、とにかく俺の知っている法則ではない、別の法則で働いているのが魔法だとすると、そこにちょっとした違和感がある。
魔法による攻撃が鎧にほとんど影響しないように、魔法の法則と物理の法則は本質的には違うもので、それが奇妙に、というか不格好に並立しているように思えるわけだ。
「そもそも、なぜ“魔”の“法”なのか」
そんなような意味の日本語に翻訳されているのかもしれないが、もし神がそれを教えたのであれば神術とか聖法とか、とにかくそんなような意味の言葉になるはずだ。
それが神とか聖とかではなく“魔”の字が頭に浮かぶという事は、必然的に神の影響下ではないという仮説が立てられる。
「それに……あ、いや、なんでもない」
危ない危ない。原魔力の事は一応まだ秘密だった。だが、ここを突き詰めていくともっと怖い想像も十分にあり得る。
魔法と呼ばれるものは、魔王や魔族の法であり、実はそれを使うこと自体が、原魔力の汚染を進めているのではないかという仮説だ。現時点ではまだ可能性というより想像という段階だが、ちょっと気を付けておく必要はある。
だがそうすると僧侶が使う僧侶系魔法の存在はどうなるのか。例の神託の件といい、ゲームでは敵キャラが使う回復魔法もプレイヤーと同じ名前と効果だったが、この世界でもそうなのだとしたら。
敵が僧侶と同じ回復魔法を使えるこの世界、神は神と呼んでいいのか。神や魔王というのは、あくまでも人間がそう分類しているだけなのではないだろうか。となると今度は魔物とは何ぞや。
がりがりと頭をかいて思考を一度打ち切る。
「すまん。俺の方が混乱してきた。ちょっとうち切ろう。悪いがこの道具類を片付けておいてくれ」
「はい」
「解りました」
リリーにメモしてもらったものを受け取る。最後の「なんでもない」まで書いてあってちょっと笑ってしまった。
片付けを家臣に任せて思索にふける、というと格好いいが実のところ頭の中が混乱しっぱなしなだけなのが何とも情けない。疑問点が増えた結果、かえって複雑にしてしまったような気がする。
先に自室に戻りメモを見ながら考えを進める。
今の段階では先にこの世界の法則があり、その上から魔法という別の法則が上乗せされているように思える。空気が温まると上昇するというルールが先にあり、魔道具で作られた一〇〇%大気がそれに勝てないようなイメージだ。
攻撃魔法で作られた火球や氷柱が戦闘が終わるころには消滅しているのも、法則が違うから長時間存在が維持できないと考えると一応筋は通る。
だがそうするとやっぱり魔石という存在が謎なんだよなあ。魔石から作られた水は存在していて飲むこともできるんだから。魔石法則とでもいう全く別の法則があると考える方がまだしも納得がいく。
いずれにしても、二種類か三種類か、ともかく複数の法則が変につぎはぎ状態になっている今のこの世界と、ウーヴェ爺さんのいった原魔力の汚染という言葉とが何だか奇妙に絡み合っているような気がする。
そして古代王国期に突然現れたという魔王という存在。このあたりに奇妙な一致があるような気がするのは気のせいだろうか。もし、別のルールを持ち込んだのが魔王だとしたら、その意図は何だろう。
「どうぞー」
「失礼します。ヴェルナー様、片付けが終わりました」
「ああ、ありがとう」
考えこんでいたせいでノックに対して気の抜けたような返答になってしまったのはスルーしてくれたらしい。リリーがお茶を淹れたワゴンまで持ってきてくれたんで思考中断。
「お疲れ様。そうそう、マゼルたちだが、元気そうだったぞ」
「そうですか、よかった……」
ほっとした表情を浮かべつつお茶を淹れてくれる。安心するのは解るがマゼルたちなら心配しなくていいと思うんだけどね。
「マゼルの方が進んでいるのはいいんだけどなあ」
「何か気になることがあるんですか?」
「謎ばっかり増えてる」
茶をすすりながらそれだけ答える。答えそのものは嘘じゃないんだけど、他の人に説明するのが大変に面倒くさいという問題もあったりするんでややこしい。今回やったのは理科の実験というレベルで、物理法則とか俺だって詳しくはないし、知識として知っていても証明するのは困難なものも多い。何より器材がないというのもある。
それに、魔法法則は今のこの世界では常識に近いものがあるだろう。極端に例えるなら天動説の時代に証拠がないと地動説を受け入れられないようなものだ。魔法の法則とそれとは別の法則がある、なんて言われても何が何やらに違いない。
そしてそれはもう一つの法則を知っている俺だからこそ気が付くことがあるわけで、俺みたいな、他の転生者がいない限りは難しい……他の転生者?
「あの、ヴェルナー様? どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもない」
うん、どう考えても何でもない口調じゃないよな。ポーカーフェイスも失敗していると思うし。だがちょっとこれは無視できない考え方だ。その可能性は今まで全く考えていなかったが、そもそもなんで俺がこの世界にいるのかって話でもあるわけで。
俺は少なくとも誰かに召喚されたとかそういうのではない。妙な表現だが自然発生的な転生者だ。神様の余計な茶々とか入ってるのかもしれないが、少なくとも俺は自分が望んでこの世界にいるわけでもないし、他人の影響でこの世界にいるわけでもない。
もし、魔王と呼ばれていた相手が別の時代の転生者だったとしたら。魔王が魔法を持ち込んだのだとしたら。異文化との争いと技術の発展は人類史の欠くべからざる一面だ。そしてこの世界、少なくともこの大陸には異文化は存在していない。
異文化、異質な技術や思考の持ち主という観点で見れば、この世界からすると俺と魔王は同じ存在なんじゃないのか?
ついに近所でコロナ患者が出ました……
症状は重くないそうですが、好んで病気に近づく必要もないですよね。
皆様もご注意くださいませ。




