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とにかく俺の目が届かないところでも何かあるだろう。そう思いながらセイファート将爵の発言を待っていると、将爵が手元の魔皮紙に視線を落としながら口を開く。
「まず端的に言うと、利益、金銭問題で卿に恨みを持っておるものがおる」
「はあ」
あれ、俺なんかやったっけ、と思っていたら予想外の方向から突っ込まれた。
「卿が商業ギルド経由で納品できるように手配した武器防具は優秀じゃ。それゆえに今まで王都で売っていたものが売れなくなっての。苦情が来ておる」
「鍛冶ギルドには別の物を頼んでいた記憶がありますが」
「鍛冶ギルドではなく、納品しておった商人じゃよ。騎士団に納品する際の手数料だけでも莫大じゃからな」
「あー……」
商業ギルドも一枚岩じゃないからな。商業ギルドで装備類御用達として今まで美味しい汁を吸っていた連中から余計なことをしやがってと思われているわけか。
ビアステッド氏を中心にギルド内部での争いはあるかもなあとは思っていたが、流れ矢がこっちにも飛んできていたのか。そこまでは想定してなかったわ。
「次にラウラ殿下の婚約者候補問題じゃな」
「その誤解、いい加減どうにかなりませんかね」
「卿はグリュンディング公爵からも高く評価されておるからの。それに、殿下と同年代の中で卿の功績は傑出しておる」
功績をあげたかったわけじゃあないんだけどなあ。というか、フィノイで功績をあげるように言ってきたのは公爵の方だろうに。分をわきまえているんですから公爵の口から誤解を解いてほしいもんだ。
「そこに勇者殿の妹君という点もある」
「リリーが何か」
「見目麗しい庶民の娘と両手に花じゃ」
「勘弁してくださいよ」
空想というか妄想を元にして俺を嫉妬するのは止めていただきたい。イェーリング伯爵が俺を挑発してきただけじゃなかったのか、と思っていたら将爵にちょっと呆れたような表情を浮かべられた。
「冗談はともかく、ラウラ殿下の心を射止めたいと考えておるものの方が多い。リリー君を正妻にという卿の方がむしろ例外に属するのじゃぞ」
「理解はできますが、俺にはリリーの方が大切です。それに殿下は高嶺の花に過ぎますし」
「卿の功績でそういう態度じゃから、ますます殿下の婿に要求される水準が上がっておるのじゃがな」
そう言われてしまうとぐうの音も出ません。けど、マゼルとラウラは傍から見ていてもお似合いだから、あそこに割り込む気にはならんし。
というか、最終的に魔王討伐という功績からすれば俺の功績なんか微々たるものになるんだが、今の段階ではまだそこまで達していないことは理解できなくもない。そこまで考えふと気が付いたんで聞いてみた。
「そもそも、陛下や王太子殿下は第二王女殿下に関してどのようにお考えなのでしょう」
「貴族としてどのように扱うかを常に考慮しておるよ。最悪の形であってもな」
「最悪、ですか」
「卿はマゼル君が魔王に勝つ事を信じて疑っておらぬようじゃが、必ずしもそう思っておらぬ者もおる」
ひやりとした。そう言われてみれば確かにそうだ。俺はゲームのシナリオを基準にしてマゼルがやってくれると信じているが、そもそも王太子殿下が無事な時点でそのシナリオさえ狂っている。
ましてゲームのシナリオを知らない人間から見れば、マゼルが返り討ちにあう事を考えることは不自然じゃないんだ。
「今の段階では各国それぞれに事情もあり、魔王討伐はマゼル君に任せる格好になっておるが、仮にマゼル君が斃された場合でも旗印とされるであろう。勇者と聖女の敵討ちとして、各国騎士団による総力戦を魔軍側に挑む形になるじゃろうな」
「そのようなことまで考えているのですか」
「外交的には水面下で各国騎士団を動かす際の条件等も話し合われておる」
俺はマゼルを信じているとはいえ、国がそういう準備を進めている事は理解するしかない。マゼルが負けることを前提にされるのは非常に不愉快だが。
って、そういう事か。さすがにポーカーフェイスを維持できなくなるのを自覚した。
「そのためにリリーがずっと王都に置いておかれているんですか」
「仮に勇者と聖女を失った場合、連合軍を纏めるために敵討ちの象徴が必要不可欠じゃからの。そうあからさまに不愉快な顔をするでない」
「不愉快になるなという方が無理です」
セイファート将爵がハルティング一家の担当総責任者である理由もようやくわかった。マゼルが国外に逃れられるのを防止するだけじゃなく、勇者が失敗した時に国が掲げるための旗印候補だからこそ、准王族級の高位貴族が後ろ盾になっていたのか。
あの決闘裁判でリリーを表に出したのも、マゼルが失敗した場合に備えて勇者の妹という存在を今のうちに世間に広める意図もあったわけだ。
「卿の怒りはもっともじゃ。それに、儂らとてマゼル君が魔王を倒してくれることに期待しておることは事実じゃぞ」
「国の考えとして理解していますが、個人としては腹が立ちます」
「卿はそれでよい。儂らは立場がありマゼル君にもリリー君にも政治的に接するしかない。卿のように人として接する存在が必要じゃ」
大きく息を吐いた。その発言が本心だという事を信じられたからだ。王太子殿下にしろ将爵にしろ、王族や貴族として振る舞い、他人にもそういう形で接するが、少なくとも味方を使い捨てる人じゃない。こき使いはするけどな。
前世の政治家マキャベリが「君主は恐れられ愛されるのが一番」とかそんな意味の事を言っていたが、恐れられ信頼されるってのは案外それに近いような気もする。
マキャベリはこの際どうでもいいか。リリーに関する件を正面から答えてくれたという事も含めて、そういう意図はあるが最後の手段だと思っていることも嘘ではないのだろう。俺としてはそんな事態にならないようにできることをするだけだ。
「……その件はひとまずわかりました。お答えいただけたことに感謝いたします」
「うむ。話を戻そうか。卿は今の状況をどう思うかね」
「はい?」
また妙な質問をされたな。魔王復活って事態で問題は積みあがっているとは思うが、そういう意味ではないような気がする。
「正直なところ、放置しておったものが想像以上に影響力があるようだと思い、警戒感を強めておる所じゃ」
「はあ」
「棺という集団での。一言で言えば、世界の終わりは近いと言っておる一団がおる」
何その終末思想。
「魔王は神の神託によって選ばれた勇者によって斃されたはず。その魔王の復活は神が人を見捨てたためである……とまあ、こんな理屈じゃな」
あー。神様が実在している世界だけに、神様から見捨てられたという考え方に走る奴が出てくるのか。俺ぐらい不信心だと神様は助けてくれないのが当たり前としか思わないが、神様の実在する世界だと魔王復活は俺の想像が及ばないレベルで衝撃的かもしれない。
そしてそういう終末論を馬鹿正直に信じてしまう人間もなぜか一定数出現する。にわかに信じがたい事だが、前世でも一九一〇年のハレー彗星最接近の際には、処女を生贄にして災害から逃れようとした宗教団体まで実在した。
正直、各自が信じるのは勝手にしろと思うが、ああいう連中はなぜかそれを信じない人間を攻撃してきたりするんだよな。
「そういう壊れた人間がいることは解りましたが、それが何か」
「儂らも相手にする価値はないと思っておったのじゃが、その考え方がじわじわと広がっておるんじゃよ」
「なんでまた」
「魔王復活という状況下でなお貴族は権力争いを繰り返し、民の統治をおろそかにしておる。神が呆れるには十分という事じゃな」
うぐっ。というか、別にすべての権力者が遊び惚けているわけじゃなく、むしろ可能な限り対応しているようにさえ見えるんだが。
「政治が悪く言われるのは世の常じゃ。仮に九十九個の問題を解決しておっても、残り一個の問題で失敗すればその失敗だけを記憶するものがおるのは避けられぬて」
「私は政治の場から遠ざかりたくなってきました」
「無理じゃな。諦めよ」
あの、そんな一刀両断切り捨てないで欲しいんですけど。
「法を軽視し誓いを破ることに躊躇せず、酒と薬物に溺れ、殺人を悪い事と考えなくなり犯罪が増加。いずれそれらが積み重なり、完全に神に見捨てられ世界は滅ぶと主張しておる。ああ、仕事に価値を見出せなくなるというのもあったの」
おや? マゼルの偽書類による裁判、決闘裁判の勝者である俺が襲われたのも法の軽視の範疇と見えなくもない。それに薬物ってのはひょっとするとクララの件でボーゲル子爵が関係していたあれだろうか。その上権力闘争だって起きている。
いや、一つ一つの事例を見ればいつの時代でもあるんだが、全部を繋げていくとどこか妙だ。なお仕事の部分はスルーさせていただきます。
「まるで教えが事実であると広めるために、そういう状況を作り出そうとしているように思えるのですが」
「陛下もそう見ておる。それゆえ、一斉摘発に乗り出したのじゃが、その途中で貴族にも広まっておる事が解ってな」
前世でも神秘主義とか、なぜか貴族の中で広まるんだよなあ。貴族の中で暇を持て余している人たちが、そういう異端な考えにハマりやすいというのはありそうだけど。
「面倒なのは、誰が内心でそれを信じているのかわからぬ、という事でな」
人間の心という奴は本当にわからない。頭がいい人間でも終末論を信じ込んでしまう事がある。ウーヴェ爺さん風に言うのであれば頭がいいにもいろいろあるという事だろうか。
つまり、頭がよさそうに見えても終末論を信じ込んでいる人物がいるかもしれないわけだ。逆に言えば、本来頭が良いと評価されるような人間でもとんでもなく愚かな行動に走る事さえ起りえる。狂信者という奴は手に負えん。
「思ったのですが、イェーリング伯、信じていませんよね」
「意図的に権力闘争を引き起こそうとしている様子はそう思えなくもないが、解らんとしか言えぬのが辛い所じゃの」
もし信じているのであれば、あの態度は自滅することさえ覚悟して市民の目に触れるように権力争いを起こしていることになる。思想テロとでもいうのかねこれは。
なるほどこいつは面倒くさい。今までとカラーの違う戦いだ。そして気になることがある。
「信じた人間が魔軍に通じるという考えもあるのでは」
「積極的に世界の終わりを近づけようと考える者が魔族側に内通する危険性はある」
国側も王都に魔族が入り込まないように手を打っていたはずだが、人間が魔族側に内通する可能性は排除していた。内通したところで最終的に魔族に殺されることは避けられないからだ。
だが、初めから生きることを諦めるような思想に染まっていればそんなことは気にならないだろう。どんな方法かは解らないが、王都の内情が魔軍側に漏れ始めているのかもしれない。
そしてそれ以上に気になるのは、ここ数日起きている露骨で稚拙、第三者に知られても構わないようなちぐはぐさを感じさせる陰謀。ひょっとするとこの一連の流れは。
「もしかすると、これらは魔軍側の謀略でしょうか」
「儂もそう思う。卵が先か大怪鳥が先かは知らぬが、世界の終わりが近づいているように見せたいのじゃろう」
「そして終末論を広めていこうという事ですね」
「終末論とは言い得て妙じゃな」
あ、そうか。この世界にはそんな言葉はないのか。本題じゃないからそれはいいか。
「卿には何かよい案はないかね」
「こればっかりは思いつきません」
最大の問題は俺の視点がこの世界の人と二重三重に違う事なんだよなあ。何より神様を信じていないし、終末論なんてばかばかしいとしか思えない。ついでにマゼルが魔王に勝ってくれることを信じてもいる。
理性的に判断しようとするとそういう終末思想を信じる人の気持ちがわからんのだよ。恐らく国の中枢にいる人たちもそうなんだろうとは思うけど。
「解った。この件は国で対応するしかないが、卿も十分に注意してもらいたい」
「承知いたしました」
多数ではなくても財力を持つ商人たちから恨まれ、一部貴族からは嫉妬されている。さらにもともと騒動が起きればいいというテロ集団がいて、その集団は最終的には魔軍の勝利を信じてもいる。俺なんか邪魔者以外の何物でもないだろうな。
そんなにあっちこっちまで手が回るはずもない。救いなのは国の側がこの件に対応していてくれる事だ。信じて丸投げしておきながら周囲だけは気を付けておくしかない。
「ひとまずその点は了解いたしました。それと、王都防衛策の方ですが」
「うむ、儂の方からも伝えておきたいことがある」
こっちもこっちで重要だ。やることが多いなあ。
結局その日も遅くに帰宅。外套をリリーに預けた所でノルベルトが近寄って来た。
「おかえりなさいませ、ヴェルナー様」
「ああ、何かあったか」
「はい。招待状が届いております」
招待状って何だ、と思いながら封を切って目を通す。さすがにちょっと驚いた。すぐに行こうかと思ったが、今日の話を聞いた後で俺一人がふらふら出歩くとあちこちから怒られそうだ。ノルベルトとリリーに声をかける。
「ノイラートとシュンツェルをすぐに呼び戻してくれ。すぐに出る」
「承知いたしました」
「ヴェルナー様、ご夕食は」
「恐らく軽く食う事になると思う。それとも、リリーも来るか?」
招待状の差出人を見せるとリリーも驚いた顔を浮かべたが、首を振った。
「いえ、私の名前はないみたいですから」
「そうか、悪い」
「いえ、いってらっしゃいませ。お帰りをお待ちしております」
ノイラートたちが合流したところで移動。重厚な外観で王都でもトップクラスの高級レストランに入り、招待状を見せる。このレベルの店員ですら一瞬俺の顔を確認したのは好奇心だろうなあ。
とりあえず何の問題にもならずに貸し切りの部屋まで通される。
「悪い、待たせた」
「気にしないで。急に呼び出して御免」
順序が逆だがまず挨拶をして、それから一礼。とりあえず全員無事そうなんで何よりだ。
マゼルたち勇者パーティーご一行様とこんなところで会う事になるとは一年前には想像もしてなかったな。




