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翌日からは地下書庫作業再開。随分時間をロスしたなと思うがこればっかりは仕方がない。マゼルをあんなくだらないことで王都に呼び戻すことになるよりましだ。
遅れを取り戻すため、ここ数日は地下書庫の作業に専念させてもらっている。何というか予定は未定状態だなあ。
書類作業の方ではとりあえず財政関係の提案書を出したりしたが、どこまで役に立つかは謎。謎と言えば通路の件に関しては今のところ進捗を聞かされていないが、こっちからあれはどうなりましたかって聞けるような話でもない。
一方の宮廷内では結構な嵐が吹き荒れていたようだ。証拠固めやらなんやらにはどうしても相応の時間がかかるから仕方がない所もあったが、ついに大掃除が始まったらしい。
何というか地下の書庫にいてその日の調査を終えて上がると誰それが逮捕されたとか聞くのはタイムトラベラー気分になる。
地下の方の進展はない。面白そうな本はいっぱいあるんだけど、興味だけで読んでるわけにもいかない、というかいろいろ都合が狂ってるからなあ。決闘裁判やらなんやらで二週間近く潰れてるわけで、焦る気持ちがないとは言えない。
「ヴェルナー様、それらしい本、こちらに置いておきますね」
「ああ、ありがとう」
リリーが何冊か本を持ってきてくれたんで、番号を書いた木製の栞をはさんでもらう。これはどこから持ってきたのかを確認するためのものだ。何せ書庫の中にリストとかがないので、うかつに積んでおくだけだとどこから持ってきたのかわからなくなる。
ちなみに今は俺個人の魔法鞄が腰に下がっている。別の仕事をしていたように見せるための偽装用書類とか、ここで使う記録用紙とかが入っているが、王宮内で必要以上の武器を持ち歩くのは見つかると問題になるので、そのあたりは執務室に置いてきてある。
本をこれに入れて持ち出そうと思えば持ち出せるかもしれないが、何かファンタジーなセキュリティがないとも限らん。万が一にでも外で無くしでもしたら大問題だし、それこそ見つかった時の問題が危険すぎるので、持ち出すような真似をする気はない。
調査は決闘の日に気が付いたいくつかの件を考慮して、方向性に少し修正をかけた。地図の載っている本を探してもらうのはそのままだが、神様に関する事が書かれている本も一緒に探してもらっている。
その一方、中を確認するのはもっぱら俺の作業だ。これは表現の違いを考慮するとどうしてもそうなってしまう。いくらリリーが読み書きができるといっても細かいニュアンスとかは難しいだろうし、言語の変化に関する問題まで把握するのはもっと難しい。
例えて言えば、前世日本でも昔は洪水を“出水”と書いていた事があるわけだが、それを知らずに洪水という言葉だけ探してもらうと歴史上の洪水災害記録を読み飛ばしてしまう事になってしまうようなものだ。
後はまあ何というか、リリーの記憶力に頼る所もあったりする。俺は一連のブランクでどこの書棚まで調べたのかわからなくなっちゃったんだよ。最初にこの書庫作ったのは誰だか知らんけど、ガイドぐらい作っておいてほしいもんだ。
一方、リリーは書棚の位置を把握している様子で、どこの通路の何番目の棚まで調べたとかをちゃんと覚えていた。事務能力高いな。
と言うわけで読むのは俺、探すのはリリーと分業制に。ある程度候補が溜まったらリリーにも読んでもらう予定。
小さな事件はあった。調べ物をしていたら突然リリーが「ひゃうっ!?」とか言う妙な声を上げたんで、急いで探してみたら真っ赤になっていて、俺の姿を見たとたん慌てまくるリリーの姿を目にすることに。
何だろうと思ったら、まあなんだ、前世でも春画の浮世絵画集とかって図書館にあるよなあ。今まで本に縁がなかったところでリアルな艶本の挿し絵とか見たらそりゃ慌てもするわ。っていうかなんでこんなもんまで収蔵されてるんだよこの書庫。
なお、さっさとそれに対応したら「何でそんなに慣れているんですか」とジト目を向けられた。これは誤解なのか風評被害なのか。俺は悪くない。
今日も調査という面では大きな進展はないまま書庫を出る。参考になる情報は何もなかったという書棚が増えるのは進展と言えば進展だが、ああ疲れた。
「クララさんの件はどうなったんでしょう」
「あー。一応俺なりの要望は出してあるが、どうなっているかな」
マゼルは否定しようがないぐらい主人公属性だったが、リリーも結構そういう所がある。人質を取られて脅迫されていたと事情を聞いたら怒るに怒れない、という態度を見せるようになった。そういう優しい所に文句を言う気はない。
一方の俺もやや複雑な気分だ。そもそも俺に対して敵意を持っていたボーゲル子爵だが、領地生産物の主要取引先がリリー誘拐未遂の時に取り潰されたバッヘム伯爵だったらしい。
SLGだと隣の領地が戦争になっても影響はないが、実際はその領地と交易をしていた商人たちには相応の影響が出る。
今回、ボーゲル子爵家はバッヘム伯爵が取り潰された結果、連鎖的に大赤字になり借金で首が回らなくなる事態に。その結果、多少の私怨込みで積極的に犯罪に加担することを選んだんだそうだ。
粗雑だったのは本人の気質の問題かもしれないが、領民の為に新しい取引先と支援先を求めていたという部分だけは理解できなくもない。相手にコルトレツィス侯爵を選んだのは見る目はなかったと言えるかもしれんが、腐っても侯爵家だし、経済面で見ればそんなに悪い取引先ではないんだよなあ。
そしてクララの父親はバッヘム伯爵に仕えていた使用人の一人で、伯爵家が騒動を起こしたときには運悪く王都を離れていたらしい。
結果、自分の手の届かないところで仕えていた先が潰れ、なおかつ本人も王家からにらまれたバッヘム伯爵の家臣という事で、肩身が狭いまま良い所に再就職ができなかった。それでも家族を養うためになれない仕事をしていたが心労で急死。
そうして一家の大黒柱を失いにっちもさっちも行かなくなったところでクララにボーゲル子爵が声をかけてきたらしい。あの殺されていた父親というのはどこの誰かも知らないそうで、ボーゲル子爵がどこからか酔っ払いを連れてきたそうだ。
問題がなかったわけではないが情状酌量の余地あり、という事で俺も書類を提出してはいる。貴族の殺害未遂だから無罪放免というわけにはいかないだろうが。
そんなことを話しながら執務室に戻ると、ちょうど法務の関係者がクララの件について俺に決定を伝えにきていた。書類を確認して頷く。
「手数をおかけした。直接会えるか?」
「可能ですが、これでよろしいのですか」
「クララあたりを相手に怒る必要性もないんでな」
同情もあるが、半分は事実だ。前世でも記録を読んでいると何でそんないい加減な対応なんだ、と思うようなことも多々あったが、実際にそっちの側に立つと、いちいちその程度で怒っていられない、という事があることがよくわかる。
とは言え、上司は怒ってその場で終わりにしたつもりでも部下はそのことを忘れないという事もあるんで、人間関係はとかく難しい。それはともかく、直接クララとその家族に会えるのであれば会ってみたい。足を運ぶ事にしよう。
「ノイラート、シュンツェル……と、リリーも来るか?」
「はい」
「解った、じゃあ行くぞ」
気にしていたようだし、その場で首を斬るわけでもない。リリーも連れて移動。相手側が全面的に罪を認めているため、裁判も何もなくいきなり罪状を言い渡す形になるので、法務関連施設の一室に入る。
俺が部屋に入るとクララとその母親、それに十歳になっていないぐらいだろうか、クララの弟が綺麗に土下座してきた。クララの母親や弟は顔や体に傷を負っている。捕まっている間に殴る蹴るという目にあっていたようだ。
多少の治療は行われているがさすがに治癒まではしていない。まあこんなもんだよなあ。
俺が言っていいのか、と法務担当者に視線を向けるとどうぞ、と視線で返されたので、俺が口を開く。
「クララ」
「はっ、はいっ! すべて私の責任です、どうか、どうか母と弟には寛大な……」
一応父親が貴族家に仕えていただけあって、俺の方から声をかけるまでじっと我慢をしていたようだ。ちゃんと貴族のマナーを理解している。俺は別にバッヘム伯に恨みも何もないんで、こういう形でなければ王都で仕事を任せられたのかもしれない。
そういう意味ではちょっと惜しいな。
「事情は解っている。貴族殺害未遂犯ではあるが、情状酌量の余地ありと認める。クララは労働民とし、併せて王都からの追放を命じる」
前世で言う所の奴隷落ちだ。王都ではない所での労働力として働くことになる。未遂とはいえ貴族殺害犯に対してはこれでも軽い方だ。
「あっ、ありがとうございます!」
クララより先に母親の方が頭を床に叩きつけるようにして下げた。実際、死刑になっていてもおかしくないのでこの反応も理解できなくもないが、何かされたわけでもない、初対面で親と同世代の大人に土下座されるのって別の意味で胃もたれするな。
「ロミルダ、それにカスパーだったな。お前たちに責任があるわけではないが、貴族殺害未遂犯の家族である以上、無罪というわけにはいかない」
「はい、承知しております」
ロミルダが頭を下げる。カスパーの方はというとまだよく理解できてないようだな。あの年齢じゃあしょうがないのか。
というか俺自身、家族まで罪に問われるのも前世知識から見ればいろいろ思う所はあるんだが、それは態度に出すわけにもいかないところではある。
「では処分を言い渡す。お前たち親子は王都からの追放とする。三日以内に王都を出ていくように」
「は、はい」
魔物が出没する状況で王都から追い出される、しかも行先に当てもないというのはなかなかにきつい罰になるだろうが、貴族殺害未遂犯の家族として文句が言える立場でもない。ロミルダが頷いた。
「ところで、だ」
しかつめらしい顔はここまで。しゃがんで視線を下げ、ロミルダに視線を合わせる。
「私は近いうちにツェアフェルト領で新しい事業を始める予定だ。そこで働く気はないか」
「は……?」
まあそういう反応になるわなあ。我ながら甘いと思うよ。
「新しい事業なので慣れない仕事も多くなるだろう。手が足りないこともあり得るだろうから、部下として今現在、仕事のない労働民をつけてもいい。引き受ける気はないか」
何を言われているのか理解に苦しんでいたようだったが、俺の視線が労働民になったばかりのクララの方を向いたことで意味が分かったらしい。ぶわっという擬音が付きそうな勢いで涙を流し始めた。
「お、お引き受けさせていただきます」
「よし、ツェアフェルト領までは護衛もつけよう。準備するように」
「ありがとう、ございますっ……!」
クララまで泣きながら頭を下げてきたんで、頷いてその部屋を出る事にする。実際、クララたち一家は巻き込まれただけなんで泣きながら感謝されるような事じゃないんだよなあ。
執務室に戻りながら軽く肩を回す。精神的に肩が凝った。そんな俺にノイラートが俺に話しかけてくる。
「あれでよろしかったのですか」
「甘いだろうな」
軽く肩を竦める。多分、甘いと評する人間が出てくるのは避けられないだろう。とはいえだ。
「あの三人を縛り首にしようが、ああやって生かして働かせようが、その結果に対する責任は取る必要があると思っている。法的にではなく、生き方としてな」
敵と味方、貴族と平民の命の重さが違う世界だが、俺自身の意識の中ではそうではない。俺は勇者でもなんでもないが、助けられる分は助けたい。自己満足だと解っているが、改めるつもりもない。
「同じ責任を取るのであれば、自己満足の結果にある責任を背負いたい。俺は結局俺らしい生き方しかできないんだろうな」
権力の怖さは嫌というほどわかっているし、武力はいつでも暴力に代わる危険性がある。だからこそ、俺が俺である部分を変えたくないんだよ。
「呆れたか?」
「いいえ」
「ヴェルナー様はそれでよろしいかと」
ノイラートとシュンツェルがそう応じ、リリーも頷いた。
「どこまでもお供させていただきますね」
「……俺が間違っていると思ったら言ってくれよ」
「努力いたします」
シュンツェルがそう反応して三人で顔を見合わせて笑顔を浮かべてくれました。まったく。
周囲にいる仲間に恵まれているという一点ではマゼルともいい勝負ができるかもしれないな。
新年特別編ですが、そのうち場所は移動させるかもしれませんが残しておきます。
感想とかがどうなるのかよくわからないのが怖くて、消すのも動かすのも躊躇しています(凹)
今更ながら残してほしいとたくさんの感想をくださいました皆様には御礼申し上げます。




