――186(●)――
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リアルがちょっとばたついているので短めです、ごめんなさい
ボーゲルがとっさに伸びてきた槍を受け流したのはいっそ見事であったというべきかもしれない。だが機先を制されていることは間違いなく、また周囲で仲間が切り倒されているような状況でもあり、完全に冷静さを失っている。
とっさに切り返そうとしたが間合いが合わず、大きく空振りした。素早く引き寄せて突き込んだヴェルナーの槍が二の腕を貫く。
ボーゲルは獣のような声をあげて大きく剣を振るが、粗雑な攻撃でありヴェルナーに軽く柄で払いのけられる。
「くそが!」
「言葉が汚いな」
どうせポーションで治せると、ヴェルナーは怒鳴りながら切り込んで来た相手の剣を打ち払い、そのまま槍を回して石突きを相手の頬に叩き込んだ。ボーゲルの口から折れた歯が二本ほど飛び出す。
「うがあああぁっ!」
「夜中に騒ぐな!」
発言だけ聞けば至極まっとうな台詞を返しつつ、相手の怒りに任せた一撃をヴェルナーが打ち払い、素早く槍を手元に繰り寄せ、鋭く突き出す。槍の穂先が相手の耳をかすめた。
手元に繰り寄せるタイミングでボーゲルが間合いを詰めようとするそぶりを見せたため、逆にヴェルナーの方が踏み込んだ。反射的に振られた相手の剣を柄ではじき返すと蹴りをボーゲルの腹に叩き込む。ボーゲルの口から空気と血と濁った声が漏れた。
「て、てめぇ、俺は子爵だぞ!」
「今更わかり切った事を言うな」
自棄交じりの反応をヴェルナーは一蹴し、躊躇しないでさらに突き込んだ。ボーゲルがかろうじて身を躱して反撃を試みるが、これもヴェルナーにはじき返される。
得意な槍という武器を持ち、両足を地につけた戦場で実戦経験の差もあるだろう。ノイラートとシュンツェルでさえ逃亡されないように周囲を見ているだけで、手を出す必要性を感じていない。
ボーゲルもこの世界の貴族であるからある程度は剣の腕前があるが、ヴェルナーの方が明らかに優勢に戦いを進めていた。
やがて、ヴェルナーの一撃を受け損ねたボーゲルの手から剣が落ちる。ボーゲルは身を翻して逃れようとしたが、その頃には既に周囲の仲間は地面の上に倒れ伏している。立ちつくした相手をノイラートとシュンツェルが左右から押さえつけた。
膝をついた格好になったボーゲルが憎々しげにヴェルナーを見上げる。
「本気で殺すつもりだったのか」
「はっきり言えばお前より、あの時リリーを呼び出そうとしていた男とかその親戚のケンペル司祭の方が大物だからなあ」
「んなっ……」
ボーゲルがいろいろな意味で絶句する。まさかケンペル司祭の名前まで出てくるとは思っていなかったのかもしれない。その様子を見ながらヴェルナーは軽く肩を竦めた。
「まあ殺してもいいとは思っていたが、捕まえた相手を殺すことまでは考えてねぇよ。大人しくしてろ」
「くそがぁっ!」
暴れようとしたところでもはやどうにもならない。騎士たちに纏めて連行される様子を見ながらヴェルナーは軽く息をついた。ボーゲルが落とした剣を拾う。ためつすがめつしてからそれもシュンツェルに手渡す。
「この国の剣じゃないな。そのあたりも後でまとめて確認することになるんだろうが」
「では証拠として提出いたします。よかったのですか?」
「いいんじゃないかなあ」
相手の黒幕がこっちの想像以上に力があればボーゲルも“病死”することになるだろうが、そこまではヴェルナーにも責任は取れない。黒幕にそこまで力がないのであれば、裁判になるが、無罪放免ということはないであろう。
要するにヴェルナーからすればわざわざここでボーゲルを殺す必要もなかったのである。とは言え、逃げられるぐらいならこの場で殺す、という覚悟を決めていたことも事実であったが。
「館の方は無事でしょうか」
「心配ないだろう」
ノイラートの疑問にはそう応じた。もともと館の周囲には警備のための兵が詰めている。その上、念のために遊撃兵力としてゲッケの傭兵隊から手配もしてあるのだ。
もっとも、想像より相手の人数が少なかったこともあり、まず館の方にまでは手が回っていないだろうと考えてもいる。
「しかし、今回の黒幕はケンペル司祭でしょうか」
「ボーゲル子爵が動いていたという事はその可能性が高そうだ」
ヴェルナーの認識で言えば、貴族としてはずいぶん粗雑でもある。何となくだが、頭では理解していても実践するには知識も経験も足りていないうえ、陰謀の知識に詳しい協力者が周囲にいない人間のような気がするのだ。
となると、現役の貴族ではない可能性が高いだろう。ケンペル司祭の名を出したのは証拠がないため半分はハッタリではあったが、あの様子では間違っていないようである。
「案外、ケンペル司祭も尻に火がついているのかもしれないな」
「そりゃ大変そうですね」
ノイラートが笑う。この世界では一般的ではない表現であるが、意図は通じたらしい。あまり変な表現を使っていると逆に自分がその表現の発案者のように思われてしまうかもしれないと一瞬だけ考え、すぐに思考を現実に戻した。
ただ、実際問題として毒をどこから入手したのか、という点になると単純に教会だけを疑うのも難しい。どちらが主でどちらが従かはともかく、陰謀に慣れている貴族と協力関係がないと不自然なのは確かだ。さらに言えば目的も今一つはっきりしない。
仮に今自分が殺されたらどうなるか、とヴェルナーは真剣に考えてみた。まずマゼルがどう動くか。魔王との戦いを継続する事にはなるであろうし、ルゲンツやラウラたちもそう言ってくれるだろうが、集中力は損なわれるかもしれない。
国の方はどうであろう。現時点で魔王討伐が最優先だとは考えるであろうし、今の段階で勇者の足を引っ張ることはしない。だが魔王を倒した後のことまで考えるとマゼルも危険視されることは十分考えられる。
リリーも恐らく政治の道具として振り回されることになるであろう。それもヴェルナーにしてみれば我慢ならない。
そこまでは予想がつくが、それらは魔王討伐後の話である。そうなるとなぜ今なのか、という点に関しては疑問が残ったままだ。ひょっとすると本当に何も考えていない、現場が暴走しているだけの可能性を考えてヴェルナーは頭痛を覚えた。
もしそうだとすると後先考えない輩が目先の結果だけを求める事態になるので、政治的な配慮などを考えている方が後手に回らざるを得なくなる。結果的に黒幕だけがおいしい所を持って行くことになりかねないのだ。どうしようかと考えていると、生き残りを捕縛したマックスが寄って来た。
「四名捕縛。こちらに死傷者はありません」
「ご苦労。衛兵隊に報告して撤収しよう」
「はっ」
とりあえず今日の件は今日の件として、まず処理を済ませることにした。本来は権限がない立場であるにもかかわらずここまで自由に動かせてもらったのだから、これ以上衛兵隊や法務の人間の面子を潰さないようにすることも必要だというのも事実である。
若干暴れ足りないというような表情のマックスに苦笑を浮かべつつ、ヴェルナーは全体に撤収指示を出した。後は衛兵隊と法務の人間に任せて一休み、というのが間違いなく今のヴェルナーの本心であっただろう。
ちなみに館に無事戻ったヴェルナーが最初に言ったのは「報告を聴く前にまともな紅茶が飲みたい」というセリフであった。




