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予定通り二日間は地下書庫で調査。その中で気になったのは王都の上下水道だ。
リリーが上水道と井戸の配置図や下水道の図をみつけて来たんで興味本位で二人で見てみたが、まるで模様のように都市全体にいきわたっている完成度の高さに驚く一方、上水道はどこから水が流れて来て、汚水の貯水槽の先もどこに流れていくのかが描かれていなかった。
確かに都市というか壁の外側まで図面を作る必要はないと思うが、そっちで事故が起きたらどうすればいいのかと。それに、普段でも問題は起きていないから上下水道にも対魔物用の結界は有効なんだろうとは思うが、ひょっとすると地下も警戒したほうがいいんだろうか。
もうちょっと精査の必要があるのかもしれないが、正直なところ手が回らんのでこの件もセイファート将爵に相談してゲブハルト水路局長官に丸投げ。誰になるのかもわからないが現場責任者には先にごめんなさいと謝っておこう。
しかしなんだな、ユリアーネ様の墓所の件、王都を守る大型結界、それにこの上下水道。施設や設備の完成度がこの時代にそぐわない。とすると、この王都は古代王国の遺跡の上に建っているんじゃなかろうか。案外、そのあたりに魔王が襲撃してくる理由があるのかもしれない。
疑念は疑念として、差し当たってやることとして貝の調査記録をもとに将爵に実験のお願い。意図を説明したらそのぐらいなら構わないと了解してもらえた。
そして三日目の今日は宰相閣下の指示で表の業務だったが、秘書役がいなかったことが本気できつかった。というか俺が専任の人の秘書みたいな立場だが。この日は王城内部の人事配置に関する業務だったもんで別の情報との照らし合わせが大変だった。
広い王城には一〇〇〇人近くの人間が居住している。部屋を割り当てられて居住している人間だけで一〇〇〇人だ。前世のヴェルサイユ宮殿には最盛期に居住者だけで三〇〇〇人を数えたというが、この中世風世界では一〇〇〇人でも多い。
もちろん中には独身の警備兵、住み込みで夜食の準備を専門に行う料理人、四人で一室というような最下級の使用人なんかも含まれるが、ともかくそれだけの人数がいて、予備がいる。
予備というのは例えば下級貴族の六女とか、どうあっても家を継げない人間なんかが使用人ポストで働ける機会をうかがっているわけだ。この予備が一〇〇〇人を下回らない。中には曽祖父が貴族でした、なんていう程度の人間もいるからな。
王城の使用人ともなれば生活は保証されているし、衛兵や廊下の掃除担当メイドでも王侯貴族の目に留まる可能性はゼロじゃない。そもそもただの騎士とか文官でも王城で仕事をしているというだけで社会的には上級職だ。
それこそ男女問わず貴族の目に留まって直臣として引き抜きをされたり、配偶者として選ばれたりすれば人生一発逆転もありうる。散文的な話になるが、王城のメイドがいつも姿勢と身なりが綺麗なのは、そういうワンチャンに賭けている人間が多いからというのもあったりするんだよなあ。
だから足の引っ張り合いも含めてポスト争いが常に熾烈。通いより住み込みの方が王城内で人の目に触れる機会が多いし、生活に不自由もしない。仕事は大変でも食生活が充実しているから健康管理もしやすい。
その結果、人事の噂は常に飛び交う。誰それが結婚して職を退くらしい、なんて情報が駆け巡ると、噂だけでその代役にはぜひ自分を、という希望を持ち込む人間が殺到する。
事実だったらどこから漏れたのかが問題になるし、中には観測気球的に噂を流す奴がいて、それを事実と思い込む奴が猟官運動を始めたりと、なんというかその辺は普段から百鬼夜行でございます。平常運転が百鬼夜行ってどういうことだ。
一方、例えば何らかの儀典祭典の際に、仕事があるはずの人間が「あいつの顔を見なかったな」なんてことになったら大問題。陛下ご臨席の儀式の場に担当職の人間がいなかった、なんてことになったら上司まで処罰されてもおかしくない。
そういう訳でさぼったり遅刻とかが許されない仕事ばかりなので、実力、意欲の有無も常に問題になるし、貴族家の推薦とかもしばしばあるからその背景も重要。
とあるお気楽貴族が通りすがりのメイドを酒に酔わせてお持ち帰りしたら、そのメイドが侯爵家の推薦だったんで大騒ぎ、なんて事件さえ過去にはあったりする。こういう場合、推薦って実は夫人にも内緒の隠し子だったりすることも多いんで。
要するに今日の職場はコネ入社が多い社員一〇〇〇人の人事部での業務、しかも書類は全部手書きというわけだ。手書きなだけに誤記がないかのチェックが重要になるから仕方がないんだが、書類の確認と整理整頓だけで脳細胞が疲労します。
面白い人間関係の情報もいくつかあったけどな。コルトレツィス侯爵家推薦の使用人もまだ王城にいたし。泳がせているのか気が付いていないのかはわからんが、念のためリスト化して宰相閣下に提出しておく。
そんな仕事を終え、寄り道をしてからツェアフェルト邸に戻った。上着を預けたときに溜息を吐いたのは悪くないはず。リリーに心配そうな顔をされたが、気を抜いただけだから。そう思っていたらリリーが口を開いた。
「あの、ヴェルナー様。執務室に『赤い花を飾っておきました』が、よろしかったでしょうか」
「いつも悪いな。そうだ、明日は青い色の『ハンカチを用意しておいてくれ』」
「解りました」
どこでクララが聞いているかわからないから、こういう符丁でやり取りをするのは打ち合わせ通りだ。予想通りにどうやらクララが手伝いたいと言い出したようだな。なおハンカチの用意というのは俺は深夜まで執務室にいるという意味。これで俺に食後の茶を持ってくるのはクララになるだろう。
ちなみに俺の執務室の花瓶には時々リリーが花を飾ってくれている。生花は高価なんだが母の許可はちゃんと得ているそうだ。
この世界の花は前世と違い季節感が乏しかったりするんだよなあ。前世だとポインセチアみたいな花が夏でも咲いていたり。ファンタジーだ。それともまさかゲームみたいにどの花もずっと咲いているんだろうか。
夕食後に俺の執務室でフレンセンと新製品に関する相談をしていると、予想通りにメイド見習いみたいな恰好のクララが茶を持ってきた。本人曰く、リリーの淹れてくれた茶を持ってきただけらしい。ほう、淹れたのはリリーだと言いたいのか。
カーテンを閉めるかと問われたら不要と答える予定だったが、そこまで意識が向いていないようで何も言ってこなかった。よしよし、好都合だ。
ここからクララは昼の間に邸宅内の誰かが教えたはずの動きを見せてくれた。まずはティーセットを乗せた盆を入り口近くの小さなテーブルに乗せ、毒味という事でフレンセンに茶を出す。フレンセンが飲んで頷いてから俺の分を準備する。
あそこに移動したあのテーブルは、俺の席からだとクララの背しか見えないようにしてあるが、フレンセンの席からだとクララの動きが窓に映る。そして体を使ってカップを隠すクララは俺の方を見る事ができない。
念のためこの隙に毒消しを飲んでおく。ゲームと違ってそれほど時間をおかなければ毒消しを先に飲んでおいても有効だ。このあたりは現実寄りだなとちらりと思う。
フレンセンの方を見ると、頷いて赤い背表紙の本を持ち、立ち上がると背後の棚に移した。これが合図になる。やっぱり茶にあれを入れたか。
「お、お待たせいたしました……」
「そんなに緊張しなくてもいいぞ」
手が震えているのを見るとやっぱり暗殺とかのプロではないな。苦笑して声をかけたのは別に演技じゃなく、疑われないかを怖がっているんだろうがガチガチに緊張しているんで苦笑してしまったという方が近い。ここで溢されると俺も困るし。
一口含んで、その時点でかなりきついのを自覚したが、我慢して一杯飲み干す。ポーカーフェイスを保とうとしたが無理だった。顔が歪むのを自覚せざるを得ないわこれは。
「クララ、すまないがノルベルトを呼んできてくれ」
「は、はい」
俺の表情を見たクララがほとんど走り去るように部屋を出ていく。それでもある程度我慢していたが、とうとうたまらず咽た。うああ、きつかった。思わずフレンセンに向かって愚痴を口にしてしまう。
「砂糖ならまだしも、塩たっぷりの紅茶とか二度と飲みたくないな」
「でしょうねえ」
苦笑いを浮かべながらフレンセンが自分の飲んでいた紅茶を差し出してくれたんでありがたく貰う。ああ、癒される。
普通、あの手の毒は無味だと説明を受けているだろうから、茶の味が変わっていると思われるとおかしなことになる。それを理解していたんで塩からい紅茶を表情を変えずに我慢して飲んだんだが、不味いこと不味い事。ちょっとした罰ゲームだった。
念のために飲んだ毒消しの方を口直しに取っておけばよかったとさえ思ったのは嘘でもなんでもない。普通の紅茶に思わず安堵のため息を吐いてしまった。
「小麦粉にでもしておけばよかったのでは」
「俺も今そう思っているところだ」
塩と入れ替えたのは失敗だった。次があったらそうする事にしようと内心で思いつつ指示を出す。
「さて、じゃあ手筈通りに後は頼むぞ」
「承知いたしました」
ヴェルナー卿はただいまから急病になりますよ、っと。




