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卿か、ブクマでの応援と感想や誤字報告いつもありがとうございます!
長文の設定の方にも感想ありがとうございます。
二日続けて長文更新したので今日は短めです
表側の仕事を済ませて意見書と一緒にファルケンシュタイン宰相閣下に提出。そしてその場に予定通り同席していただいているセイファート将爵にもご報告とご相談。
フェリ経由で依頼して調べておいた有名冒険者や傭兵団の現在位置や、拠点としている町のリストにちょっと引っかかった点があるんでこの点は早めに相談しておきたい。
「つまり、コルトレツィス侯爵家領に多数の傭兵や冒険者が向かったという事じゃな。魔軍が活発な現在、よくある事ではあるが」
「問題はそのうちの一件に教会からの同行者がいたという事です。先日ご報告した、行方不明になっている神託を受けられる人物が同行していた可能性があるのではないかと」
「ふむ……つまりこの件にもコルトレツィス侯爵家側が関係していると卿は言うのかね」
「そのあたりはまだ判断するのに情報が足りていません」
コルトレツィス侯爵家が密かに監禁している可能性はもちろんある。神託を受けられる人物が行方不明になる“事故”が起きたことでその結果、教会内部にも大神官のポストが一席あいたわけで、そこに自分の派閥の人間を送り込むことを目的としていてもおかしくはない。
一方、例えば、その集団が魔族に襲われて神託を受けられる人物が魔族とすり替わり、その姿でコルトレツィスを煽っている可能性もある。コルトレツィスから王が出る、とか偽の神託をばらまいていると本気にとらえる人間が出てくるだろう。
要するに現時点では情報不足、という事だ。教会側が行方不明を黙っている以上、情報が片手落ちになるのも避けられない。
「ただ、こっちと照らし合わせると気になるのも事実です」
そう言って俺が提出したのはアンハイムに赴任中、足取りを調べてもらったピュックラーに関する動向だ。これによると何度か神殿に足を運んでいたことが確認できる。
人間としてのピュックラー卿が神殿に行くのは別におかしなことじゃないんだが、もうその頃には魔将となっていた可能性もある。やはり怪しまざるを得ない。
「確かに、気にはなりますね。解りました。国の方でも調べておきましょう」
「よろしくお願いいたします。それと先日ちょっと起きたことがありまして……」
宰相閣下が納得してくれたので、今度はクララの件を報告して打つ手を説明する。手配と許可は承認してもらったが「卿は忙しいの」と将爵に笑われてしまった。俺は楽がしたいんだけどなあ。
「仕事というのはできる人間の所に集まってしまうものです。ですが、私としては子爵が集まった仕事をうまく配分できるようになってくれることを期待したいですね」
「……鋭意努力します」
宰相閣下にそんなことを言われてしまった。俺、まだ学生の年齢のはずなんですけど。そんなスキルまで期待されても困るというか。
その場を辞して念のため周囲を警戒しながら屋敷に戻り、まずノルベルトと短く打ち合わせ。今日は衛兵隊のガウターがクララ相手に事情聴取に来たらしいが、たいした話は聞けなかったらしい。まあそうだろうな。
「難民管理担当の方からは何も報告はなかったようです」
「わかった」
つまりあの死体はトライオットの難民管理下に属していない人物だったという事だ。王都のどこかから浮浪者でも連れてきたのかもしれない。
ちなみに前世の中世ヨーロッパ同様、物乞いや浮浪者、もっと露骨に言えば乞食は社会の最底辺ではあったが、社会活動を維持する貴重な階層でもある。といっても政治的にではなく宗教的にだ。
キリスト教では他人を助ける奉仕活動が神の御心にかなう行為であるとみなされていたんで、貧しく他人に頼らないと生きていけない人たちに施しを与える事が信仰心の表れとみなされていた。教会に無料で食事を出す宿舎が併設されていたのもこれになる。
この世界でもその辺は似たようなもので、自身に余裕がある人間は信仰上の安心を買うような形で彼らを助ける面がある。社会階層の一端を担う浮浪者には浮浪者なりの存在意義があるという事になるだろう。こんなところまで中世風なのは困るな。
「その点、ガウター卿は何か言っていたか?」
「確認処理が遅れている可能性もありますので、数日は様子を見ると」
確かに、報告書が上がってくるのが遅くなるということはあり得るか。慎重だな。判断として間違っていない。
「クララは奥で休ませております」
「二、三日はお客様扱いにしておいてくれ」
「かしこまりました」
表現は柔らかいが事実上の軟禁だ。その間にこっちも準備ができるしな。
難民管理担当の方から「そんな親娘はいませんでした、間違いありません」という報告が来れば全部嘘だとわかってしまう。クララは内心落ち着かないはずだ。数日の間、何もできない時間があって、その後でチャンスを与えれば飛びつくだろう。
その後に顔を出したマックスと手配状況の確認と打ち合わせをする。何やら妙にやる気十分でこんなことを言ってきた。
「久々に腕がなりますな」
「出番がない方がいいんだけど」
肩を竦めて応じてしまった。衛兵隊で処理できるならその方がいいんだぞ。今回はわざわざ伯爵家に工作員を招き入れる形で、伯爵家内部で起きた事件という形をとって家騎士団を動員する許可をあらかじめもらってきてあるからいいんだけどさ。
実際、今のところ何者かわからない黒幕の正体が大貴族だったりしたら、衛兵隊の内部から情報が洩れかねない。衛兵隊にも動いてもらうが、最終的には伯爵家の家騎士団も動かす。
「いえ、ヴェルナー様が武勲をお立てになった以上、伯爵家騎士団としてはそれに見合う働きをしませぬと」
「わかったから今の段階で大声を出すな」
アンハイムで何もできなかったことを後悔しているならまだわかるんだが、どっちかというとその場に参加していなくて活躍できなかったことを残念に思ってるっぽいんだよなあ。文官系の家騎士団だと軽く見られていたんだろうから気持ちはわかるが。
扉がノックされたんで入室を許可したらリリーが茶を淹れに来てくれた。途端にマックスが真面目な顔を浮かべる。
「これはお嬢様、わざわざ申し訳ありません」
「お気になさらないでください、団長様」
「もったいないお言葉です」
先日以来、マックスがリリーに対して貴族令嬢に対する態度をとっている。お嬢様って呼び方はどうなんだと思うんだが、若奥様と呼ばないだけ配慮しております、と胸を張って言われた。その場に突っ伏す羽目になったよ、うん。
リリー本人は初日こそせめて名前で呼んで欲しいとかの抵抗をしていたが、今は既に諦めたような雰囲気。オーゲンとバルケイはハルティング嬢と呼んでいるが、マックスを止める気はないらしい。というかあの二人、妙に楽しそうなのは気のせいか。
ノイラートとシュンツェルは普段こそリリーと呼んでいるが、マックスが同席していると同じようにハルティング嬢と呼んでいる。せめてそう呼ばないとマックスに怒られるそうだ。父上、何とかしてくださいお願いします。
「引き続き手配を頼むぞ、マックス」
「お任せください」
作業の手順と準備の相談を終えたマックスが出て行ったのを見送り、思わずリリーと顔を見合わせてお互いに溜息。何というかこの点だけは本当に困ったとしか言いようがない。
「あれで仕事はできるんだよなあ」
「頼りになると思いますよ」
と言いながら苦笑を隠し切れていないぞ? 気持ちはわからんでもないが。
「ところでリリー、アリーさんたちにあの紙をまた作ってもらえるよう頼める?」
「時間があればできると思います。材料はまだありましたから」
ならよし。大量生産は無理でも、もう少し数に余裕が欲しい。
「じゃあ悪いがもう少し作っておいてくれ。念のためではあるけどな」
「念のため?」
首を傾げたリリーに軽く笑いかける。
「あの紙は今の所ツェアフェルトにしかない。だからリリー、もし俺からどこかに移動するように連絡があったとしても、あの紙での証明がない場合は偽物だ。俺は必ず一筆書くことを覚えておいてくれ」
「あ……は、はい」
「リリーも何枚か持っておいてくれ。俺への連絡の際に使えるように」
「解りました」
ついでにリリーに何か絵でも入れてもらえればもっと偽造防止になりそうな気がするが、そのあたりは時間ができたらだろう。現状では紙だけでも偽造するのは難しいからこれで十分だ。
もっとも、リリーに移動してもらうような状況にならんような計画を立てないといけないわけだが、今回はともかく王都襲撃時はどうなるかわからんからな。さすがにまだ状況が読めない。とはいえそれを心配するのは先の話だ。
「それと、明日以降だが」
「はい」
「明日と明後日は書庫での調査をするが、その次の日は表の業務を入れる。リリーは館で勉強をしながらクララの様子を見てくれ」
「解りました。こちらから話しかけたほうがいいでしょうか」
「いや、それはいい。ただ、向こうから相談されたら応じてくれ。それと、念のためクララの出したものは口にしないこと。これも預けておく」
毒消しを渡しておく。クララが他に持ち込んだものはないと思うが、念には念を入れてだ。その他いくつかの打ち合わせを済ませておく。
さて、しばらくクララには篭の鳥になってもらうとしようか。
明日はお出かけするので更新できないかもしれません
できなかったらごめんなさい




