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―― 181.5(内政設定部分編) ――

世界設定というか社会背景の設定部分なので一話に全部突っ込みました。

前話から一応続いていますが、今回は全部飛ばしても本編に影響はありません。

 手元にあった戦時国債の分を終わらせたが、追加で処理作業があるらしく、書類をこっちに持ってくるらしい。という訳で待機時間というか思索時間だ。財政問題に関して何ができるかという問題があり、同時に何をしてはいけないかも確認しておく。


 まず財政の問題だ。借金代官だったからこそ気が付いた点として、代官が退任直前に職権乱用をして逃げる事ができてしまうシステムに問題がある。前代官も退任後、赴任地に一定期間留まるようにする制度改革をしないと不正の温床になりかねない。

 代官ばかり金儲けできる現状の制度だと国庫に与える影響が馬鹿にならん。この点は強調しておこう。


 対魔軍戦争継続のための予算としてはどうしても増税が前提となってしまう。「国を治めるということは、悪いものと最悪のものの中から選択するということだ」と言ったのはシャルル・ド・ゴールだったかねえ。


 ただこの中世風世界では、単純に新しい事を始めればいいというものでもない。計算とか文章作成とかを行える官僚的な人材層が少ないからだ。形骸化した部署に人材を残す余裕はない。

 そこで不要、というよりもはや老害となっているような古い部署を、魔軍との戦争継続という非常時を口実に予算カットし、老害にポストと給料だけ残し若い人材は別業務に回すように提案。後は新しい人材を入れなければその部署は自然消滅だ。

 ついでにギルドとの癒着も探り出す事ができれば罰金での臨時収入も期待できる。


 


 魔軍戦争は相手が人間ではない。だから勝ったところで賠償金とか領地が手に入るわけではないが、魔物の素材が手に入る。ただ物があっても金貨や銀貨が増えるわけではないから、価値のバランスが狂うかもしれない。

 そのあたりでは前世の知識はまるで役に立たないが、戦中戦後における税という事になると前世の英仏百年戦争とかあのあたりを参考に考えるしかないだろう。

 それより時代を進めるとなると戸籍謄本、金融システムなどの納税手段といった部分でこの中世風世界では対応できなくなる。


 税金そのものは前世の歴史的にみてもいろいろある。トイレ税とか髭税とかちょっと笑えるものもあるが、インドの乳房税あたりになると笑えない。下層階級の女性が人前に出る場合、胸を隠したければ税金を納めないといけないというあれだ。

 前世では通称ポテトチップス税とかツッコミたくなるようなのもあったが、貴族と大商人ぐらいしか肥満している人間がいないこの世界ではあまり役に立たないので措いておこう。


 この世界でも大雑把には直接税と間接税に分けられる。直接税は一人いくらの人頭税とか不動産など財産税が主。店舗税とかもこっち。

 財産税の中には土地や建物と共に宝石税とかドレス税とかもあり、実は所有しているだけで税がかかる。にもかかわらず貴族はそれらを複数所有しパーティーでそれを自慢するわけで、このあたりは前世一般人の感覚では正直なんとも言い難い。

 なおこの世界では何種類かの動物も財産税に含まれているので、若い貧乏な騎士は借家に住んで、馬を騎士団用の専用馬場に預けている人もいる。騎士として家より馬を優先しているわけだ。世知辛いねえ。


 余談だが前世同様、騎士は通常複数の馬を所有する。馬が病気になったり老衰した時のためだな。最下級の騎士でも二頭、それより上なら三頭から四頭所有しているのが普通。槍試合の時に馬を変える事ができるのは一人が複数の馬を所有しているからだ。

 馬を購入するときには所属している国か貴族から補助手当てが出る。とは言え最終的には税金で回収されるわけだが。荷馬と軍馬でも税が違うが、軍馬の中にもランクがあって補助手当てや税金の額が違う。

 ちなみに騎士が捕虜になっている間も馬の所有税も含めて税金が取られる。捕虜になった騎士の家族が身代金と税金の金策で親類縁者を走り回る羽目になったりすることもあったようだ。


 間接税は門で支払う入門税と荷物にかかる関税、売上税、市場税など。バザーの場所代も市場税の一種だ。売上税とか市場税とかはギルド経由で納税される。

 実は保存技術が発展しない、というか国で研究したがらない理由はここにある。貴族が領地で得た食料品を王都などの都市で長期保存できるようになると、その分、都市の食料品関連での売上税収が減るからだ。

 大貴族の大規模パーティーとかになると、その一晩でかかった費用の税金だけで小さな村一年分の人頭税に匹敵したりするからな。多分だが、魔法の冷蔵庫とか発明されたら高額の冷蔵庫所有税が発生するだろう。


 塩と酒、砂糖に税金がかかるのは異世界ですら共通なのが面白い。さらに地域にもよるがパンを焼く窯、機織り機、ワインを絞る道具、井戸掘りの道具なんかを所有していても税金がかかる。

 この世界にも石臼税と水車税があるが色々複雑なんで説明は省略。


 


 この世界らしいと思うのは魔法具所有税か。冗談のような話だが魔法鞄(マジックバッグ)や魔法の武器防具にも税金がかかる。そんなものを所有できるような貴族や上級冒険者なら税金もたくさん払えるよな、という訳だ。

 冒険者ギルドのランク制はこの考え方を含むから、ランクが上がると年会費も上がる。「いい武器(モノ)持ってるんだろ、その分払えや」という訳で何ともヤクザみたいな話だな。


 ランクが上がらないとリターンの大きな仕事を受けられないので、冒険者としてはランクを上げることを目指すが、高ランク冒険者は失敗すると治療費と任務失敗の罰金に加え、失敗した冒険者として評判が下がるのに高額の年会費があり、その上魔法具所有税まで必要になる事もある。本当にハイリスクハイリターンな生き方だ。

 かといって普通はギルドを経由しないとまともな仕事はない。そうなるともう犯罪者の片棒を担ぐような仕事ばかりで、次は刑法のお世話になる可能性が高くなるわけで……。うーん、冒険者も世知辛い。


 年会費と魔法具所有税が別なのは魔道具ごとに評価が違うので、一律で決められないため。錆びないだけの剣と、低級であっても攻撃魔法が発動できる杖が同じ税金のはずもない。

 これらは国の管理下にない魔道具がどこにあるか、という管理手段にもなっている。だから申告制ではあるけれど、隠し持っていたりすると重罪だ。犯罪者はもちろんだが、冒険者が不正魔道具所有罪で有期刑になることも決して珍しくはない。


 ちなみにギルドとして高性能の魔道具を保管している間は税金をギルドが支払う事になる。だからギルドはそれを嫌がり、積極的に王や貴族、領主に献上したり、現役冒険者や貴族、大商人に売りつける。

 引退する冒険者は税金がきついので、愛用していた装備を商人相手に売りに出すか、弟子に譲渡したり、定住地の領主に献上して覚えをよくしたりする。市場に魔法の武器防具類が流れるのはだいたいこれらから始まるパターンだな。

 流通する分は死蔵されないだけましなのかもしれない。


 余談だが上級冒険者が拠点にしている町の領主は高額納税者である彼らに便宜を図ることも多い。そのかわり税金を払う時はこの町にいてくださいお願いします、というわけ。領主の手数料も増えるし、町単位で高額納税をするとその分の政策支援金(みかえり)が出るからな。

 冒険者がどこで納税するのかというと冒険者ギルド。各町単位に冒険者ギルドがあるのは納税窓口という一面もあるんだ。冒険者にも旅商人同様に年に一度の人頭税がかかるから、その際に魔道具所有税も徴収されることになる。

 税の時期だけ移動する冒険者のブラックリストがあるのは貴族社会では常識。これだけは貴族の派閥とか一切関係なく共有されている。税を払わない、イコール信用できない犯罪者予備軍のリストだから、こいつらには重要性の高い依頼は行われない。

 冒険者ギルドも信用できない冒険者を抱えていると国や貴族からの評判が落ちるから、馬鹿な冒険者が税金を何度もごまかしていい気になっているうちに、ギルドと貴族が手を組んで死亡率が極めて高い危険な任務を押し付けられたこともあるそうだ。


 ちなみに、領主や貴族が冒険者をお抱えにするのは冒険者ギルドの領分を犯すことになるから基本的には行わない。冒険者を家臣に取り立てる、のはあり。この辺は不文律みたいなものだ。


 


 それはともかく、戦費調達という事で最初に思いつく税金はオランダ八十年戦争の印紙税だ。実際に戦費調達のために考え出されて、二十一世紀まで残るぐらい便利な間接税だが、やりすぎるとアメリカ独立運動みたいになりかねない。とは言え欠点だけ見ていてもどうにもならんか。

 同様に贅沢税という名の高級品に対する消費税の増税だな。これは英仏百年戦争でも両国で増税対象になっている。人頭税とは別に重要な収入源になったからこの世界でも考慮すべきだろう。

 これに関しては、ほどほどの値上げなら逆に高価なものでも購入できる、むしろ増税された高級品でございますと広告塔にする事さえできてしまうのが貴族のプライドの恐ろしさかもしれない。


 とはいえ、国政の全体像が見えない状態でどこからどこまでにこれらの税金をかけるかを俺が提案するのは無理だ。だからこういう形で税収を上げましょうという提案を出しておいて、こういう所になら課税できるのではないかと何種類かの例を記載。

 後は質問されたらそれに応じて答えられるようにしておくのが無難か。


 「魔軍対策に必要だとわかっていても増税論はやはり怖いな」

 「民からすれば理解できても税金は不満であり、理解できなくて税金を取られるのがさらに不満、両方がありますので」


 思わず口をついて出た愚痴にシュンツェルが真顔で応じる。それはそうなんだけどねえ。

 救いなのは相手が魔物で、そうしないとこっちが殺されるということが明確になっている点だ。対外国戦と違って妥協の余地がない。臨時税という形を守り常態化しなきゃ我慢してもらえるだろう。

 とはいえ、やっぱり経済を回さないと対魔軍戦争という閉塞感の中での増税はマイナス部分ばかり目立つよなあ。このあたりを考え出すと頭痛い。民の不満が爆発する前にがんばってくれ、マゼル。


 対応策の一つは減税、と言っても直接的な税金を減らすのではなく、労働などの税を減らす方法だ。前世の中世では日本を含む東洋、西洋を問わずに税金とは別の、労働力を差し出す必要があったが、もちろんこの世界でも存在している。

 これが領主によっては合計すると二月分とかを事実上のただ働きの時間として取られるので、負担としてはかなりの部分になる。ここに待命中の兵士を当てるのはどうだろうか。屯田兵の発想に近いが、魔軍が襲ってこない時に兵を遊ばせておく理由もない。

 兵を民の生活を守るためという事で労働に従事させつつ、参加する兵の側にも何らかのメリットがいるが、そこは休日を増やすとかの賞与という形で考えるしかないだろう。企業じゃないが目指せホワイト企業。


 ただ実はこの領主による領民の労働っていうのは貴重な出会いの場にもなる。あちこちの村から若い男女が仕事として狩り出されるから、別の村の男女が出会う場、いわば大規模なお見合いパーティーとなる面を忘れるわけにもいかない。


 領主の命令による労働では、肉体労働は男性、炊き出しや洗濯などを女性と分けて業務を割り振るから、男性のみならず女性も普通に呼び出されて税金としての労働に従事することになる。結果、多数の村の男女が同じ場所で一緒に働くわけだ。

 前世の中世で村と村に交流が行われていたのは、この領主による労働期間の間に近隣の村に住む男女が知り合ったというパターンが多い。村の中が血縁関係ばかりで血が澱まないようにするためには出会いと交流の場が必要だった。

 領主もその事を理解していて、労働期間の最終日は無礼講で酒も提供する。中には酔った勢いで同衾とかいうことも往々にしてあったようだが、そのあたりは労働に従事するぐらい若い男女だからしょうがないというか。


 この世界でもそのあたりの状況は同じだし、村人同士の出会いの機会を失うわけにもいかないので、地域ごとにバランスをとる必要があるだろう。魔物の被害地域とかでは労働での収入というのも無視はできないしなあ。


 


 現時点でやるわけにいかないのは農業改革。農業改革にはどうしたって人手がいる。輪栽式農業なんか実施条件に『多くの労働力』が明記されているぐらいだ。魔物が活発な現在でそんなことをすれば、人間を襲う魔物を呼び寄せることになりかねない。

 それに、農業政策では輸送力の問題を忘れるわけにはいかない。輸送力が変わらず、保存方法も確立していない状態で生産量だけ上がったら、運びきれない生産物が腐るか、狭い地域の中だけで生産物が溢れて価格の下落をもたらすだけだ。


 同様に生産品の種別という概念もある。前世の中世と同様、この世界でも保存技術が高いわけではない。その結果、市場・消費地である町に近い地域では足の速い野菜類、町より遠い地域だと長期保存のきく麦などの栽培が一般的となる。

 市場である大きな町から遠い地域で農業改革をするのが難しい理由がここにあり、地域に応じた作物を選ばなければならない。前世だと保冷トラックで輸送できたがこの世界じゃそうはいかないんだよなあ。


 ついでに言えば連作障害も怖い。この世界では兎肉だけでもウサギ飢餓が起きないように、前世と異なる部分もある。

 前世では問題のなかった作物で連作障害が起きるかもしれず、何のデータもない状態じゃ危なっかしくていきなり農業改革を大規模に行う訳にはいかない。


 ちなみにこの世界には品種改良という概念も乏しい。前世同様に接ぎ木の概念は存在しているが、生産性が高い作物を選んで育てるという事を積極的には行っていない。

 以前は単純に、遺伝法則とかが知られていなかったからじゃないかと思っていたが、今はこの世界に大規模自然災害がないからそういうことを考える必要がないせいなんじゃないかと疑っている。

 その癖、ニンジンは前世中世のように紫や黄色ではなく、俺の知るニンジン色ばっかりなんだよなあ。馬もニンジンを好んで喰うし。この辺はファンタジーというかなんというか。


 流通・輸送という面で考えると、道路ではなく運河の方が輸送力は桁違いに高くなる。西洋はもちろん日本の京都や江戸でも主流の輸送手段だったことからも明らかだ。北京(ペキン)が大都市になったのは運河が先に建設されていたからだし。

 ただ、運河というものは簡単にできないのが問題。建設に時間もかかるが、運河を作ると上流の領主と下流の領主にも影響が出ることになるから、一貴族家だけで勝手に始める訳にいかないというのも大きい。

 大事業になるし、地理的に運河が作れる地域と作れない地域とで物品の輸送効率と通行税での格差が出ると、それは貴族間の新たな火種となりややこしいことにもなる。国の許可があって初めて可能だ。でなきゃ初めから国家事業。


 そういった政治的配慮のほかに、工期中の労働者を守るための魔物対策の警備費用も考えると単純に人手と予算が倍以上にかかるから、膨大な初期投資費用が必要になる。

 何せ魔物がどこからともなく湧いて出てくるから、どうしてもそういう部分での人件費や食費その他諸費用がかかる。工期延長とかになると必要な予算が跳ね上がりかねない。運河に手を出すのに躊躇するのもわかる。道路工事の方がまだ楽。

 しかも、下手に運河を作ってそこに水の魔物が発生するようになるとそれもまた別の問題を発生させることになるだろう。前世のファンタジーRPGでは陸路ばっかりで運河ってあまり出ないなと思ったが、結構この辺に理由があったのかもしれない。


 「全ての道はローマに通ず、と道から作ったローマが結局正しかったという事になるんだろうか」

 「ローマ?」

 「独り言」


 こまごまとした書類整理をしていてくれていたリリーに聞こえてしまったらしい。とりあえず大したことじゃないよとアピールしつつ机の上に視線を戻す。ツェアフェルト領内にある村の一覧をサンプルとしながらどこにどんな手を打てるかを考えてみる。


 なお、ものすごい余談になるが、前世同様に町と町を結ぶ街道は馬車が余裕をもってすれ違える幅が基準。一方、村のメインストリートは人が三人並んで歩ける幅が基準だ。

 馬車の方は解りやすいと思うが、村の方はちょっと理由が暗い。棺桶を左右から人間が担ぎ、墓地まで運べる幅が必要だからというのがその理由だからだ。中世の村で一番広い道は街道か、隣の村か、墓地に繋がっている事になる。


 それはともかく道路も運河開発同様に時間と人手がかかる。つまり魔軍への対応を優先する現段階では無理。可能になるのはマゼルが魔王を倒した後で、兵士の人数を削減するときに労働力として吸収する場だろう。異世界版ニューディール政策だなこれは。

 実際、英仏百年戦争の和平締結時には戦争屋(コンパニー)と呼ばれる不正武力集団が、時に地方の小さな城まで占拠するような事態も発生している。

 農耕とかやりたくないと言う奴が出てくるのは避けられないが、解雇だけして吸収先のない場合、兵士は賊になるしかない。賊の発生が避けられないとしても規模を小さくする準備は必要だ。


 それはともかく、現時点では農業改革の前に必要になる輸送網の新設・改善整備計画は概要だけにとどめておく。農業改革はそれより後だから十年計画だな。

 並行して工事費の捻出に備え銀行業のような金融政策を都市部で行うのが望ましいんだが、それには計算に優れた人手が必要になる。その頃には難民を教師にして孤児院で教育を受けた子供たちが育ってきているだろう。あの子たちに丸投げするかなあ。

 今のうちに帳簿の重要性だけじゃなくつけ方も勉強させておく方がいいかもしれない。


 


 この世界ではまだ複式簿記はない。前世だと十四世紀ごろに発明され二十一世紀になっても使われている、世紀の大発明だ。これは是が非でも導入したいと思っている。


 前世での複式簿記の発生にはいろいろな理由があるが、実はキリスト教の影響も少なからずあった。

 キリスト教では労働を伴わない活動、つまり商売での金儲けは決して褒められたものじゃなかったし、清貧こそが神の御心にかなう道という事で教会が商売を目の敵にするような時代があり、教会に目をつけられないように商人たちは裏帳簿を作成するようになる。

 だが裏帳簿は後からチェックするわけにもいかず、作った時点で正確なものが求められた。そのため、正確に後から確認できるように帳簿技術が発達したわけだ。不正の為に良いものが作られたというのは皮肉というべきだろうか。


 この世界では神様というか教会が商業を問題視していないので、帳簿の発展が遅れている、というか個々の団体任せになっている。ギルドの中には覚書の大きなやつ程度の扱いになっているところも少なくない。

 同時に、教会が力を持っている理由の一つがこれで、教会が金貸し事業をやることが禁止されていない。信仰の問題があるんで利息幅は阿漕ではないが、地方の農民なんかは貴族や商業ギルドから金は借りられないため、教会から借りている。

 結果、地方経済の一端が教会がないと回らないという問題が発生してしまう。つまり国家財政と貴族の地方財政のほかに、教会が所有する神殿財政とでも称するものが複雑に入り組んでいるわけで、近世的な国家になれない理由もこれだ。


 逆説的に言えばこの中世風世界、帳簿がおろそかなザル勘定でもどうにか国家運営でさえできていたという事になる。

 別におかしなことじゃなくて、前世の大航海時代に大国だったスペインが没落したのは、王や貴族が国の収支を把握できていなかったから、と言われているぐらい権力者は財政というものに無頓着だった。

 有名なスペインのフェリペ二世なんか「私はよい帳簿と悪い帳簿(不正帳簿)の見分けはできない」とか堂々と言ってるし。権力者がそれを言ったら不正を働く奴が出てくるだけだと思うんだが。

 この辺、軍人が補給を軽視しがちなのに奇妙に似ている。


 だが現状だと魔軍との戦いで各国が受けた被害を立て直すためには財政を可視化する必要があるんじゃないだろうか。でも財政の透明化は抵抗めちゃくちゃ激しそうだなあ。やだなあ。これを国に提案するのはひとまず保留しておこう。

 とりあえずツェアフェルト領内のギルドから義務化していくのもありか。真っ先に領の財政を健全化させていけば他の領でも真似するところが出てくるだろう。

 マゼルが王なら国に対して提案できたかも、とは口が裂けても言えない。現王への謀反の意志だと思われる。貴族って奴は本当に面倒くさい。


 ちなみに前世だと複式簿記の貸借対照表と損益計算書の見方と書き方がIT関連の資格を取る際の試験でも出題される。表計算ソフトでいいじゃんかと文句を言いながら覚えたが、まさかこんなところで役に立つとは。


 


 帳簿はともかく、マゼルの魔王討伐前の現時点で行えるのは増税と限定的な経済対策という事になる。それに関しては先日のリリーが参考になるアイディアを教えてくれた。

 リリーに書棚から資料を持ってきてもらいながら、ノイラートとシュンツェルにも話しかける。


 「お持ちいたしました、ヴェルナー様」

 「ありがとう。ノイラート、シュンツェル、二人にも手伝ってもらうぞ」

 「倒しても倒しても出てきますから有効活用したいところですね」

 「俺もそう思う」


 魔物の爪とか牙って金属鎧さえ切り裂くんだから、形状によっては工具や農具に転用することだってできるよな。武器に使う事しか考えてなかったわ。俺もしっかり脳筋だったらしい。この世界にある素材や知識も生かしていくべきだとしみじみ反省。

 極端な例で言えば、硬い岩を相手にするとして、金属製の道具だと道具が曲がっても魔物の爪なら削り取ることができるのだから、これを有効活用しない手はない。ただ不思議といえば不思議だ。やっぱり魔力が影響しているんだろうか。


 あとこれは早めに探したいと思ったのは、砥石代わりに使える魔物の素材がないかだ。砥石そのものはあるが、いずれ必要になるだろう研磨力が高い砥石は少ない。案外、頑強な魔物の鱗とかに良いものがあるんじゃないかと期待している。

 鉈や鋸なんかでも魔物の素材が利用というか応用できるものがあるはずだが、そういった農具・工具面での改造提案を二人に任せる。これに使えないだろうかというようなリストを作ってもらってから選別すればいいので案だけ大量に出してもらう。


 技術者なら一つの技術にこだわって成功するまで突き詰めるのが許されるが、管理者はそうもいかない。Aが失敗してもBがあるというような技術者と共倒れしない手配が必要だ。

 そのためには大量の案から数種類ピックアップし、初期投資予算をその中で分配するのが無難でもあるし、必要でもある。実際の改良はギルドなり個人の技術者なりに丸投げしてもいいし、研究開発費という事で他の貴族が金を出すならそれでもいい。

 その上で便利で効果的な新製品が流通すればいろいろな形で市場の金が動くことになる。今はひとまずそれでいいだろう。


 今の段階ではまだこの世界にはない重量有輪犂に使えるかどうかはテストしてみないと何とも言えんなあ。重量有輪犂は俺も写真でしか見たことがないから、一度リリーに図にしてもらってから開発、そこに改良を加える必要があるだろう。

 ただ、あれは土壌の消耗も大きいはずだから保留……いや新地開発の時にのみ限定で貴族から農民に貸し出すようにすればいいのか。最初から欠点が解っているんだからそこを徹底させていくことにしよう。勝手に使う奴は後でしっぺ返しが来るだけだ。


 俺としては便利な道具が増えるという段階から生産量の向上、農業の多角化、人口増加を経て大開墾運動までの過程を段階を踏めるように橋渡しできればそれでいい。

 ローマ時代から言われているように、今ある畑を耕すのも大事だが新たな畑を切り開くのはもっと大事、という一面は認める。だが魔王復活後には国内流通の回復や被害の補償とか、やらなければいけない事の方が多い。改革はもっと後の話になるだろう。


 それに、俺が始めたやり方が百年後まで繰り返される必要はない。政策なんか時代に応じて変化していくものだ。変化が必要になった時に備えて、前世で問題になった点を「起きうる可能性」として書き残しておけばその時代の政治家が参考にするかな。

 そのあたりはとりあえず思い出したらメモをしておいて、後で一冊にまとめればいいか。



 そのあたりを今後の予定メモにまとめた所で扉がノックされた。入室してもらうと……うぐ、あのー、何でしょうかその書類の束は。


 「あ、あの、お茶入れますね」


 俺の絶望感に溢れる顔を見てリリーがそんなことを言ってくれた。気を使ってくれてありがとう。

 なんでも「ツェアフェルト子爵は文章を読めて計算も早い」という事で処理に困った書類がこっちに回ってくるらしい。俺の暗算能力なんてせいぜい高校生レベルだぞ。

 今度ソロバンでも作って布教しようかなあ。ソロバンなんか小学校の頃に触った記憶があるだけだけど。


 現実逃避していても終わらないんで茶を一杯飲んでペンを手に取る。やってやんよコノヤロー。

こまごまとした設定部分も読んでくださった皆様には御礼申し上げます。


冒険者に関する税金は中世から近世の武器所有税と旅芸人税を参考に考えてあります。

考えてみれば冒険者所持、つまり市井にある危険な魔道具を国がチェックしていないはずもないなあと。


古いRPGで水路を見ないなという点に理屈を考えていたら、流通量と関税の影響で貴族間のパワーバランスが狂うのと同時に、常時魔物が出没するから工事が大変という理由が一番しっくりきました。


改めまして設定回にもお目通しいただき、ありがとうございました。

明日の定時更新は通常通りに行う予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言]  道路を荷車や馬の背で運ぶと 今と違って沢山運べないし衝撃というか振動で荷が傷みますが 船で運ぶと傷まないという利点があり〼 舗装してないと雨でぬかるんで通行自体が妨げられるし 陸路は…… …
[一言] 大変参考になりました。<複式簿記。簿記ソフトは項目、金額、計算が手書きより早くできるだけで、基本、仕分け作業は”人力”で入力するもので、間違った時の修正作業が早くできるものです。手書きの場合…
[一言] >ちなみに前世だと複式簿記の貸借対照表と損益計算書の見方と書き方がIT関連の資格を取る際の試験でも出題される。 ITパスポートでは必須ですね。 あとIパスではブランディングも学びますね。 …
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