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昨年中はいろいろな形での応援、本当にありがとうございました。
改めまして御礼を申し上げますとともに、今年もよろしくお願いいたします。
エタらないように頑張る(むんっ)
総合評価が年末年始にチェックできなかった間に180,000pt超え、
ブクマも36,000件超えておりました、本当にありがとうございます!
昨日の夜の内にマックスたちを動かしていくつかの手配をしたうえでの早朝。早朝に貸し馬車を手配してもらい俺とリリーは馬車で王城へ出仕だ。突然の馬車での出仕にも関わらず、館の中に違和感を覚えさせないのは伯爵家というか父の力量だろう。
クララはお客様として奥に引っ込ませているが、どこからか見られていても問題はない。むしろ外から伯爵家邸を見張っているかもしれない相手に見られたくなかっただけだ。
「ヴェルナー様、本当にお気を付けくださいね」
「ああ、ありがとう」
俺の単独行動が気になるのかリリーがそんなことを言ってきた。今日は騎士の格好でも貴族の正装でもなく、久々に学園での学生服を着ている。久々なのが悲しい。
ちなみに騎士服やそれ以外の服は金貨と一緒に魔法鞄の中に突っ込んである。そろそろ変装道具一式セットとか準備したほうがいいんだろうか。
「そうだ、俺が戻るまでに調べ物を頼みたいんだけど」
「はい、何でしょう?」
「とりあえず貝の産地と王都での流通状況を調べておいてもらえると助かる」
そう頼んだらきょとん、とした表情をされてしまった。王都で貝は珍しい、というか水産物そのものが少ない。近くに海も大きな川もないせいだろう。
前世の中世欧州では鯨や海豚も食っていたし、海老、鱏、海象、海狗、牡蛎や帆立も中世で既に食用だった。ちなみに鯨は王や王妃が食べるのに相応しいとさえ記録されている。
ただやはり保存技術の問題で、多くは海に近い地域での食用。内陸では鯉や鱒、鰻や公魚といった淡水魚が普通。もしくは鰊や鱈の干物か塩漬け。
中世のカトリックでは祭日以外の金曜日を肉類を食べない日としていたが、彼らの観点では水産物は肉ではないので問題はない事になっていた。これは神様が差別したのか宗教が差別したのかどっちだろう。
この世界にはそんな教えはないので宗教は問題にならないが、流通の問題は避けられないうえ、海や川には固有の魔物が出没するため、前世の漁と比べても危険性が高い。
そのため、内陸の都市では海産物類は肉より高級品として扱われることも多くなる。それはともかく貝を調べているのは贅沢をするためじゃないんで任せても大丈夫だろう。
「じゃあ、俺が戻るまでノイラートやシュンツェルから離れないようにな」
「はい。お気をつけて」
人気のないあたりで素早く馬車から降りて横道に入る。ノイラートたちが護衛している馬車が王城の方に向けて走り去ってからも、しばらくその場に残り馬車をつけている人間がいないことを確認。少なくともそういう奴はいないようだ。
次の可能性があるとすれば、馬車から降りた俺を追ってくる場合になるんで、足を速めて移動。右に三回連続で曲がっても同じ奴が背後にいたら尾行されている、だったかな。
背後に気をつけながらラフェドの店に裏口から潜り込む。いつものようにラフェドが顔を出した。
「これはヴェルナー様、このような早朝からお早いおいでですな」
「時々思うんだが、お前さんは俺に監視でもつけてないか」
全く驚いていないラフェドに思わず皮肉を飛ばす。平然とした顔で応じられた。
「逃げ出す前にはぜひそうさせていただきましょう」
「逃げる時には俺とのつながりは消しておけよ、まったく」
「むしろヴェルナー様がどこか行きずりの女性に子供でも産ませた証拠を捏造しておいてですな」
「それはともかくだ」
ラフェドなら本当にできそうで怖い。不利になりかけたんで舌戦を中断し、例の毒を取り出す。
「こいつが何かわかるか」
「拝見しましょう」
臭いを嗅いだり慎重に指で触って確認したりして、最後には少し舐めている。大丈夫なのかと思ったが「この毒なら舐める程度危険はありませぬ。それにこの種類に効果のある毒消しも常備してありますので」との事。こういうのを見ると専門家に任せるのが一番だなと思う。
クララの似顔絵を一枚渡し、事情を説明。毒の内容を確認して、その毒消しに使えるポーションを複数購入。これは予備というか念のためだ。ラフェドの店で靴だけ取り換え、全身は襤褸マントで隠して店を後にした。
ひき続き背後の警戒を怠らないようにしながらベルトの爺さんの所に顔を出す。といってもこれは何かを依頼するのではなく、いろいろ情報を貰った分の礼のため。
最悪でも金だけは置いてくるつもりだったが、多少時間を取られたもののベルトの爺さんと顔を合わせる事ができたんでまず金貨を積んでおく。白い目を向けられるがスルー。
「礼も代金も不要だ」
「俺の方が落ち着かないんでな。いらなきゃそっちで適当に飲み食いなりなんなりに使ってくれ」
変に貸し借りを作ると怖いというのもあるが、こういう人たちは義理人情を重んじる。顔を合わせておくことも重要だ。裏社会では権力や制度が守ってくれないからこそ仲間を大事に思うし、仲間には損得なしで手を貸す。逆に言えば仲間の敵には損得なしで敵対してくるから、せめて中立を維持しておく。
それに、彼らにはだいたい彼ら独自の情報網や暗号がある。シャーロック・ホームズにも物乞いが物乞い同士で通じるマークを残す描写があり、警察はそれに気が付かなかった。こういう、彼ら独自にやり取りされる情報網というのは存外無視できないものだ。
とはいえ普通の貴族はそんなこと考えもしないだろうなあと思うと前世のマフィアとかヤクザの知識があることに感謝するしかない。
「あんたたちを金で買えるとは思っていない。金で解決できるものでもないということは解っている。だからこれは俺個人のこだわりでしかない」
「面倒な性格をしておるな」
「それもよく言われる」
清濁併せ呑む、なんて格好のいいことを言うつもりはない。この時代、この世界で彼らと最善の付き合い方を選んでいるだけだ。俺の方から犯罪を依頼する気は一切ないから、後から脅迫される心配もないし。
どんな名君賢者の統治下であっても世の中から弾かれる人間や犯罪者は出てしまうものだ。それらを押さえつけることもコントロールすることもできない。
だから彼らを彼らなりの組織であることを認め、国内の外国とでもいうように接する。安全を侵略されそうになれば武力で叩き潰すが、限度を超えてこちらを侵さないのであればむしろ積極的に評価する。そういう世界だと思うしかない。
「いずれ仕事を頼むかもしれないが、その時には前向きに考えてくれるとありがたい」
「考えておこう」
ふん、と鼻で笑われてしまった。けどこちらが買収に来たわけではないと理解はしてもらえたようなので、これで満足しておこう。貴族と裏社会は生き方が交わることはないが、だからと言って敵対する必要があるわけでもないからな。
爺さんの護衛からも殺気を向けられることはなくなっているのは多少の進歩だろうか。帰り際に彼らにも酒代を渡してベルトの爺さんのアジトを出る。頑張ってポーカーフェイスを維持したが精神的に疲労を感じるのは変わらない。ふう。
途中で靴を履き替え、学生服姿のまま数カ所寄り道をしてから孤児院に足を運ぶ。町中の美化活動の推進状況と教育の進捗を確認。どうやら父はいい教師をつけてくれているようだ。あの九九の表がこんなところに出てきてちょっと苦笑してしまった。
その後、奥で騎士服に着替えさせてもらう。寄付金を置いておくと共に、計算の授業を心持ち増やしてほしいとお願い。帳簿の必要性を教えておかないとなあ。
この子たちの美化活動はすっかり周知されているから、町中を歩き回っていても違和感がなく、子供だけに警戒もされにくい。第一、この子たちも文字の練習として日報を書いているだけで、俺の情報網の一環という自覚はないしな。
最近では子供たちがゴミ掃除するより早く町の美化活動が進んだり、ゴミ掃除している子供に小遣いを渡す大人もいるらしい。いい事だとは思うがそれに慣れてしまうと困るかもしれない。
冒険者ギルドの方はマックスに手配を任せてあるが、それでも王都のあちこちを歩き回ったんで昼過ぎどころか夕方の方が近いぐらいの時間になってしまった。調査が進まないと嘆きつつ、どうせ遅くなっているんだしと買い物をしてから王城に向かう。
執務室に入るとノイラートやシュンツェルと混じってリリーも何やら作業中だったが全員が立って出迎えてくれた。立ち上がらなくていいから、と言いたいところだが今日はもう一人いるからな。そしてその男性にも軽く一礼。
「お手数をお掛けして申し訳ない。ファルケンシュタイン宰相閣下に後で伺う旨、よろしくお伝え願いたい」
「かしこまりました。それでは失礼いたします」
昨日の夜に使者を出して宰相閣下へと願い出ておいた番犬ならぬ番騎士さんにお礼を言ってお引き取り願う。遅くなったのは申し訳ない。セイファート将爵にもお願いすることがあるからこの後では同席をお願いしているしな。
一息ついてノイラートたちに視線を向ける。
「お疲れさん。何かあったか」
「多少来客が来られましたが、宰相閣下直属の騎士が同席しているのを確認すると、ほとんどの方はあいさつ程度で退出されました」
「何名かはリリーに贈り物をという方もいらっしゃいましたが、伯爵様を通してほしいとお持ち帰りいただいています」
「露骨なことで」
今日は俺が出仕していないと聞いて予定変更した奴もいたんだろうなあ。公然と勇者を国が庇うようになったからリリーにいいところを見せておきたい奴が増えたのは理解できる。貴族の中には暇を持て余している奴がいることも事実だ。
俺の年齢で忙しいってのはさすがに珍しいんじゃないかという気もするが。中世貴族は政治や武芸訓練にも忙しかったはずなのでこのあたりになると中世よりも奇妙に近世に近く、やっぱりなんかこう、継ぎ接ぎ感が凄い。
……継ぎ接ぎ。つぎはぎ?
「ヴェルナー様、いかがなさいましたか」
「いや、何でもない。貝の方は調べられたかな」
「こちらに纏めてあります」
呼びかけられたんで思考を引き戻す。受け取ってぱらぱらとちょっとだけ確認。よし、これなら伯爵邸に持ち帰っても大丈夫だな。こっちは戻ってから読み込むとして、持ち帰れない仕事を済まそう。
「役に立ちそうだ、ありがとう。後で確認する。とは言え遅くなったし、まずここで俺の作業が必要な書類を回してくれ」
「はい。こちらになりますが、あの、ヴェルナー様……申し訳ありません」
「ん、何かあったっけ」
十枚ほどの書類の束を持ってきたリリーがどうしても気になると顔に書いたような表情で話しかけてきた。はてなんかあったかな。
「あの、この後で宰相様にお会いになるのですよね。騎士服に皺が」
「ああ……」
魔法鞄につっこんだせいか。そう言えばそこまで考えていなかった。失敗したなと思ったらリリーがにっこり笑って手を差し伸べてきた。
「魔道アイロンをお借りしておきましたので、上着をお貸しください。すぐ皺を伸ばしますね。宰相様のお部屋に足をお運びする前に御髪の乱れと靴の汚れも落とさせてくださいね」
え、準備してたの。俺なんか気にもしてなかったのに。
なんで王城にアイロンがあるのかというと、城内に住み込みで仕事をしている人員に貸し出したり、パーティーの際などでテーブルクロスをテーブルにかけた後でアイロンをかけるから。前世の中世だと炭を入れるタイプの火熨斗だが、用途は同じ。
貴族家でも一定以上の家の場合は朝晩テーブルクロスは取り換えてそのたびにアイロンで皺を伸ばす。朝食と夕食で違うテーブルクロスを使うんだから贅沢なことだ。アイロンと洗濯もメイドの毎日の仕事で、リリーもアイロンの方をやっていたはず。
「すまない。頼む」
「はい。それでは、その間にこちらの書類を確認お願いします」
埃をブラシで払ってから別の机で当て布を用意しているリリーを横目に見て席に座る。ちなみに霧吹きはないので口に水を含んで霧状に吹き出すやり方か、手を湿らせて水を飛ばすか、別の布を湿らせてその湿りを移してからアイロンをかける。これも前世の中世と同じだ。
リリーは布を使っているが、貴族の服や騎士服にアイロンを使う時はだいたいそうらしい。ヤカンなどの蒸気を使う事もあるらしいがここにはないし。なお霧吹きストロー、というかベルヌーイの定理は多分知られていない。
この世界で前世にあった霧吹きって結構売れそうな気がするんだが、中の仕組みがどうなっているのか俺はよく知らない。知っていたら売り出せたかもしれない。残念。
ノイラートとシュンツェルが笑顔を浮かべてこっちを見ているのを意図的に思考の彼方へと追い出し、頭を切り替えて書類の内容を確認。今日の表の業務は戦時国債に関する問題か。俺の発案だけに俺に対応が回って来たっぽい。うぐぐ。
とりあえず関係書類にざっくり目を通す。
戦時国債を婚姻の際に女性の持参金として認めるかどうかねえ。今回はマゼルが魔王を斃すまでの間だが配当がいつになるかは不確定だし、妙な前例になっても困る。家と家との関係としてはお勧めできんな。どうしてもと言うなら両方の家が納得したという証明書を添付するように推奨しておこう。
こっちは教会への寄付に戦時国債を持ち込んだ話で、こっちは不動産を基準に国債を強制的に割り当てるという提案か。後者は却下したほうがいいだろうな。前世でも同じ提案があったが、国債の購入を嫌がる人間が不動産を教会に寄付する例が多発し、結果的に教会の力が増してしまった。王権側としては避けるべき事例だ。
ちなみに前世での教会への寄付は死後の救済が目的だったが、この世界では怪我や疫病発生時の優先的治療行為を受ける権利とか、魔法治療の先払いみたいな感じだ。魔物が出没する世界での現世利益そのものなので教会へ寄付をする人間も少なくない。
前者はどうするかな、教会に受け取ってもらいつつ、配当までの時間差分を別の形で補填するのが無難か。申請を優先的に処理するとか、何か参考になりそうな話があったはず。確認しておいてそれぞれに意見をつけておく必要がありそうだ。
「終わりました。こちらにかけておきますね」
「ありがとう。その後で右の棚にある緑の背表紙の本を取ってくれ」
「はいっ」
面倒な問題が多いな。まだ用件もあるしさっさと済ませたいんだけど。
それにしても連想が三段跳びぐらいした結果、妙な事に気が付いてしまった。これはちょっと実験しておきたい。とはいえ、とりあえずはクララの件が優先なんだよなあ。まずそっちを処理しないと。
特別編の方、お正月中はネットに上がらない人もいらっしゃるかと思いますので
松の内はそのままにしておきます。
「削除したら感想がずれるのでは」というメッセージを頂きまして、
途中に地図を挿入した時にそんなこともあったなあと今頃気が付いた次第です。
(ご心配ありがとうございます)
正直そこまでは考えていませんでした。どうしよう(汗)




