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大掃除と平行作業で更新も頑張りますー
ツェアフェルト邸に戻るとまずノイラートにマックスを呼びに行かせる。風呂を準備させ、数人のメイドにクララを「全身洗ってやれ」と指示を出し、小声で確認事項を伝えて風呂に放り込ませた。リリーに着替えたらすぐ父の部屋に来るように言っておく。
ノルベルトからメイドに別の指示を伝えてもらうよう言っておいて、シュンツェルと父の部屋に向かった。今のうちに父とも打ち合わせを済ませておきたい。複数のメイドと一緒に風呂の中じゃこっちの話は立ち聞きできないだろう。
「わざわざ問題を持ち帰るな」
「申しわけありません。この件は私が対応いたしますのでご容赦ください」
事情を簡単に説明したら父に怒られた。けどそんなに激怒しているという訳でもない。むしろ狙われていることは想定しているような態度だ。リリーに少し遅れてノイラートとマックスも入ってきたところでもう一度短く事情を説明する。
ちなみにうちの馬車が遅れたのは途中で人を轢きかけたかららしい。向こうから飛び出してきた、というのが御者の言い分。誰が、はともかく、馬車の足止めを狙っていたんだろうから多分事実だろうな。
「彼女を怪しんだのはどこでですかな」
「リリー」
試験官、もといノルベルトの質問をリリーに投げる。リリーがちょっと驚いた表情を浮かべたが、すぐに頷いて応じた。
「は、はい。脇道に行ったヴェルナー様が戻って来られて、殺人だ、とおっしゃられた時、クララさんは動揺した様子を見せませんでした。難民の親娘としては淡泊すぎるのではないかと思いました」
予想したより落ち着いている。魔物がうろうろしているようなこの世界では俺の前世よりも死というものが近い。だからといって怖がらせる気はないんでちょっと心配していたが大丈夫そうだ。
「ノイラートとシュンツェルはどう見た」
今度は俺が二人に問う。二人は顔を見あわせてから頷いて、まずノイラートが口を開いた。
「仮に犯人が四人もいて、話を聞いてしまったクララが逃げたのだとすると、四人全員が父親を襲っていたのは不自然ではないかと。四人のうち最低一人はクララを追っていたはずです」
「ヴェルナー様のお名前を聞いた時の反応も心なしかわざとらしかったように思いました。ヴェルナー様に話しかけた時に『お貴族様』と呼んだ件といい、顔を知っていたようにも思われますね」
「脇道を覗き込んだ時点で血の臭いがした。殺害後に時間がたっていたからだろうし、リリーが俺の名を呼んでいるのには反応していなかったのもある。そもそも俺は有名人だからな。台本通りに話しかける事だけを考えていたんだろう」
シュンツェルがそう続け、俺も肩を竦めつつ言葉を継ぐ。全員よく見ていていてくれたようで何より。
もっとも俺が予想していた、というか疑っていた理由は以前にも思ったように、相手側の最高指揮官が部下を統率できていない様子があるからだ。あいつが成功したんで自分も、とか考える奴が出てくる可能性は考慮していた。
とはいえさすがに昨日の今日来るとまでは予想していなかったけど。
「トライオットの難民は五家族一組で管理する政策をとっている。クララの行き先も秘密にしてあるから本当にあの家族がいなくなったのならすぐに訴え出て来る組があるはず。すぐに事実かどうかは解るだろう」
マックスが頷く。
「それと、あの父親という男の死体もおかしい。まず防御創がなかった」
「防御創?」
こっちの世界じゃ一般的ではないか。リリーが首を傾げたので簡単に説明しておくことにする。
「他人に刃物で切りつけられそうになったら、普通は手で庇おうとするんだけど、その際に手や腕に傷がつく。その傷を防御創というんだ」
他にも自殺の際にできる躊躇い傷も防御創になるんだが、今はそこまで説明する必要もないな。それにしても某少年探偵漫画万歳。
「手はまっさらで、防御創はもちろん、血もついていなかった。恐らくだが最初の一撃、その時点で男性は命を落としている。後は死体を傷つけたんだろう」
「なるほど」
「そこまでは解った。それでこれからどうする」
マックスがもう一度頷いた後で父が確認のためという表情で俺に問いかける。
「まずリリー、クララの顔を描いてほしいんだけど」
「解りました」
「ただ、見ながら描かなくてもいい。むしろあまり似せすぎないで。何となく似てる、ぐらいでいい」
「は、はい?」
不思議そうに小首を傾けているんで、軽く説明だけしておこう。
「そっくりすぎると、逆に別人じゃないかと思いやすくなるから。似てる人を見たことがある、ぐらいの方が情報が集まりやすいんだ」
「そうなんですね。では何枚か描いてみます」
「頼む」
これも前世の知識だが、警察の使う人相描きというのは事実こういうものらしい。目撃者が覚えていた特徴は他の人にも目に留まる特徴だというのもあるんだろうな。リリーに頷いて父に向き直り、口を開く。
「黒幕はトライオットの難民でしかも身寄りのない女の子なら、俺がしばらく身柄を預かると思ったんでしょう。本当に親娘で難民かどうかさえ怪しいですが」
「そうだな」
「後は」
とまで言いかけたところで部屋の扉がノックされた。父の許可を待って入室してきたメイドの一人がノルベルトに何かを手渡し耳打ちをしている。
「クララの服の内側に二重になった部分があり、そこにこれが縫い込まれていたそうです」
「薬包か」
俺が女性の服を調べるのもさすがに何なので、クララを風呂に入れている間に調べさせるように頼んでおいたが期待通りだ。
触ってみると小さく膨らんではいるが、随分薄い。ほどほどに高級な魔皮紙のようだな。これだけでも難民が持ってるようなものじゃないが、黒幕が持たせたものだとすればそいつは間違いなく貴族かそれに近い立場の人間だろう。
包みを開いてみると白い粉が入っていた。刑事ドラマだと舐める刑事がいそうだが、毒物だろうからそんな真似はしない。本当の捜査でも証拠品なんでその場で舐めたりはしないらしいが。
ちなみにこの世界ではポケットも割と普通だ。前世では近世近くにならないとポケットは女性の服はおろか男性の服にさえついていなかったが、この世界ではポーションとかを持ち運ぶ冒険者の発案から始まったらしく、ポケットがある服も多い。
とはいえ布地そのものが貴重なこともあって、一般市民の服にはついていないものも多いな。もしこの世界でポケットが一般的じゃなかったら便利な服の発明と商売ネタにしたのになあ。
「中身だけ塩か何かに入れ替えて、薬包はもとに戻しておいてくれ。クララが風呂から出るまでに頼むぞ。中身はこっちで調べておく」
「入れ替えられたことに気が付きませんかな」
「多分、薬包のまま手渡されていると思うけど、入れ替えに気が付いたのならそれでもいいさ。飼い主の所に慌てて戻るだろうから手順が早まるだけだ」
マックスの疑問にそう応じる。薬の方はラフェドに任せれば種類や入手先も調べてくれるだろう。扱いに困る奴だがこういう点で優秀なのは確かだ。
「相手が本職の暗殺者なら俺に疑われるような真似はしない。先日の今日じゃタイミングも露骨すぎる。恐らく、クララの主は自分で何かを企んでいる下っ端だ。とは言え大物の手がかりにはなるだろうから尻尾は捕まえたい」
「なるほど」
「中身が強力な毒物か、発熱程度でおさまるものかによって相手の意図が変わると思いますが、ひとまず父上や母上もご注意ください」
「解った」
この世界では毒消しの魔法とかもあるが、毒で命を落とす人間も一定数いるのが現実だ。これに関する限り貴族であろうと平民であろうと関係がない。平民の場合、蛇などの毒で死んだのか魔物に食い殺されたのかわからんことも多いけど。
貴族の場合は表向き病死と発表されていても毒殺だった例もある。
「その上で、手配をしておきますが……」
薬包を持ち込んだメイドさんも交えて計画を説明し、マックスたちとも手早く打ち合わせを済ませる。
ついでに父に借金申し込みをしたらさすがに白い目を向けられた。いくら子爵としての俸給が出るからといっても自室に金貨が積んであるわけじゃないし、明日現金が必要なんでごめんなさい。
年末らしからぬ内容になってしまいました…
どうぞ皆様よいお年を。




