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――179――

感想等での応援、いつもありがとうございますっ!

無理しない程度に頑張りますー!

 駆け寄ってきた子をぱっと確認する。武器は持っていないし魔法鞄(マジックバッグ)もない。走り方も素人だから少なくともこの女の子が刺客って事はなさそうだ。

 俺がそれを確認している間にノイラートが誰何(すいか)の声を上げる。


 「助けてほしいとは何があった」

 「お、お父さんが、襲われて」


 駆け寄ってきた少女に応じた発言を聞いて、ノイラートとシュンツェルが顔を見合わせた。けど動かないのは俺の護衛としては正しい。ほっとくこともできんか。


 「ノイラート、シュンツェル、お前たちはここでリリーたちを守れ。父親はどこだ」


 後半は女の子に聞く。ノイラートたちが顔色を変えた。


 「危険です。まさかご自分で」

 「そのまさかだ。俺が戻るまでリリーから離れるな。父親はどっちだ」

 「あ、あの、あちらの脇道……」


 それだけ聞くと馬を飛び降りて走る。もしこれが罠で、狙われているのが俺なら今のリリーからは距離を取りたい。槍は魔法鞄(マジックバッグ)に入っているが、槍でドレス姿のリリーと徒歩のメイドの二人を巻き込まないよう庇いながら戦うのは正直なところちょっときつい。

 また、リリーが目的ならノイラートとシュンツェルが二人がかりでリリーを庇い、時間を稼いでいる間に俺が後方から行けば挟み撃ちにする事ができる。両方とも俺の思い過ごしで、事実襲われているのであればその男性を助けるだけだ。


 脇道を覗き込むと血の臭いと共に一人路上に倒れているのを確認した。リリーたちの方にも視線を向け、どちらにも他の人影がないのを確認してから近づく。年齢は中年ぐらいで、あの女の子もそうだったがこの男性も身なりは綺麗ではない。

 傷は深いだけではなく多い。相手は複数だな。路面が血に濡れているが、乾いていないところを見ると確かに襲われてから時間は経っていないように思われる。既に呼吸は止まっているようだ。手を確認したが何もない。


 周囲を見回す。犯人の物らしい遺留物は見当たらないし、血を踏んだ足跡もない。もう一度周囲に他の人間の気配がないことを確認してから一度先ほどの場所に戻る。

 メイドの手を借りたんだろう、リリーも馬から降りているのを目にしたが、まずやることは別だ。


 「ご無事でしたか」

 「ああ。シュンツェル、俺の名を出していいからその辺の貴族家に行って使用人を借り、町の衛兵隊に連絡してもらってくれ。殺人だ」

 「直ちに」

 「ノイラートは念のため周囲の警戒を怠るな」

 「はっ」


 とりあえず衛兵隊が来るまでここで待つ。リリーだけ先に帰すことも考えたが、途中の安全性が確保できないので我慢してもらおう。

 ドレス姿が目立つから俺の上着を肩からかけると、ちょっとはにかむように笑顔を浮かべたが、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


 「あの、ヴェルナー様、嬉しいのですがこの人のほうに」

 「ああ、そうだったな。ノイラート、すまないがこの子に上着を貸してやってくれ」

 「解りました」


 ノイラートが上着を貸して女の子が頭を下げている。その隙にリリーが真面目な顔で小さく俺に耳打ちしてきた。軽くうなずいておく。

 シュンツェルも戻って来たのでひとまず衛兵隊が来るまで待機、しようとしていたら女の子が俺の方を向いて話しかけて来た。


 「あ、あの、お貴族様」

 「なんだい」


 俺は騎士服だがリリーのドレスを見れば貴族だと想像してもおかしくないが、貴族様、ときたか。内心を隠すポーカーフェイスで視線を向けると、その子が俺の方に深刻な表情で訴えかけてきた。


 「貴族様はツェアフェルト様をご存じではないでしょうか」

 「どうしてだい」

 「ええと、その」

 「いや、衛兵隊の人が来てから聴く事にしよう」


 とりあえず全員を道路の脇に寄せる。いくら貴族街で夕闇が濃さを増してきているといってもそこそこ人の視線を感じるようになってきた。俺もリリーも先の一件で有名人だから奇異というか好奇心を感じる視線が痛い。

 幸いと言うか、それほど待たずに衛兵隊の集団が駆けつけてくる。


 「衛兵隊だ! 何があ……ありましたか」


 先頭を走っていた隊長らしい男が声をかけてきた。年齢は二十代半ばぐらいか。どうやらこの様子だと殺人が起きたとしか聞いていないようで、俺じゃなくてリリーの方を見て態度を変えた。

 どこかの貴族令嬢に見えるから、そこで態度を変えたのは露骨すぎるだろうと思う反面、気持ちは理解できなくもない。


 「ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトだ。ご苦労」

 「し、子爵閣下でしたか、失礼いたしました! 衛兵隊のガウターと申します!」

 「礼儀は気にするな。事情はこれから聴くところだが、この子の父親が殺害されたらしい。あの横道の奥だ」

 「はっ。何人か調べてこい」


 俺に気がつかなかったのは暗くなっているからだと思っておこう。ガウターが部下に指示を出して現場を調べに行かせるのを横目で見る。

 いきなり死体に近づいた俺が言うのもなんだが、鑑識とかそういう技術はこの世界ではまだ未熟。どの傷が致命傷かとかは解るだろうが、おそらくそのレベル。

 もっとも、平民以下の人間が殺された事件でちゃんと捜査が行われるかどうかは担当者次第になってしまうのも事実。残念ながらここはまだそういう社会だ。なお俺の名前を聞いて女の子が声を上げたが、今はとりあえずスルーしておく。


 ちなみに前世の中世同様、この世界でも妙齢の女性殺害の場合は罪がものすごく重い。人頭税は子供にも同じように税金がかかるから、単純に人口を増やす必要も含め、子供を産める年齢の女性を殺害する事は実質二人分の命を奪うのと同じ罪状になる。

 若い女性殺害犯の中には、犯人の孫世代まで一族で毎年罰金を払わされ続けるという、一〇〇年間分割払いの罰金刑が与えられたことまであったほどだ。むしろ男性の殺人事件の方が軽く扱われてしまう事も珍しくない。今回はどうなるかね。


 「では、事情をお聴かせいただけますか」


 相手の子はどう見ても貧民層だが丁寧に聞いているのはこのガウターの素か、それとも俺が傍にいるからだろうか。なんせ俺は民衆にやさしいと評判になっているらしいし。


 「は、はい。私と父は、お貴族様からのおこぼれを頂こうと思って、ここに来たのですけど」


 貴族や大商人の館でパーティーとかがあった場合、その家の使用人や食材を卸した商人の下働きなんかからもパーティーの有無とかは広がり、その残飯を裏門で貧民向けに配られることを期待する人間が館の裏に集まる。

 館の主の方も残った食材やそういったものを貧民に施すのは当たり前、という程度の認識で、結果として貴族街といっても時間帯によっては食うのに困った貧民がいることは珍しくない。

 そういう情報が広がるあたり、貴族の耳とは別に民の耳というのがあるのはこういう所からも理解できるがそれは余談。


 「その、途中で道を間違えてしまったらしく、あの横道に入ったら刃物を持った男の人たちが、ツェアフェルト……様が通るとか、襲うとか言っているのを聞いてしまいまして」


 男たちは俺の方を呼び捨てにしていたのかもしれないが、この場ではさすがに貴族を呼び捨てにはできなかったか。躊躇したのはそのせいだけでもなかろうが。


 「その男の人達が剣を持って襲ってきたので、お父さんが逃げろと……」

 「襲ってきた人数は」

 「よ、四人、でした」


 武器を持っていた人数が四人か。ガウターが頼りになるかどうか、いやそれ以前に敵か味方かもこの時点では判別し辛い。ここは様子見だな。

 その後の話を要約すると襲ってきた相手の顔は覆面をしていたので見ていない、父娘二人とも旧トライオットからの難民で家族は他にいないとの事。ふむ。


 「なるほど、承知しました。他に聴きたいこともあるかもしれないし、ひとまず衛兵隊の詰め所に」

 「いや、ツェアフェルトの名を聞いて襲われそうになっているのだろう? ならうちで預かろう」

 「は、いや、しかし閣下」


 俺が割って入るとガウターが驚きの声を上げた。むしろそれが正しい反応である。真面目でよろしい。


 「衛兵隊の詰め所に女の子は少々辛いだろうしな」


 これは嘘でも口実でもないんだよなあ。言っちゃなんだが詰め所なんてむさくるしいし。困った表情を浮かべているガウターも多少は自覚があるようだ。ただこのぐらい反対するという事は彼は少なくとも敵方じゃなさそうだな。


 「とりあえず今日はツェアフェルト邸で泊まらせる。それ以降はまた明日相談させてもらおう。質問等はツェアフェルト邸に来てくれればすむように手配しておく。今は時間も時間だしな」

 「……わかりました。お手数をおかけいたしますが閣下にお任せいたします」

 「お嬢さん、名前は」

 「く、クララといいます」


 軽くうなずいて応じる。時間も時間、というのも嘘ではない。実際、女性を一人で帰らせるのは無理なぐらい暗くなってきている。ガウターに衛兵隊の人間を一人貸してもらい、ツェアフェルト邸の方に先触れを出してもらった。

 クララが襲撃されるかもしれないので、ツェアフェルト邸に泊まることは秘密にするように、とガウターにも頼んでおく。


 「では戻ろうか。ノイラートとシュンツェルは前後を警戒してくれ。クララは悪いが徒歩でついてきてもらう」

 「はっ」

 「承知しました」

 「は、はい」


 本当の被害者なら馬に乗せてあげるけど、今日は貴族らしく平民を馬の上に乗せる気はないという態度で行かせてもらおうか。勇敢(ディスベルト)の上に跨り、リリーだけを引っ張り上げる。結果論だが馬車じゃなくてよかったかもしれない。

 ちょっと感心したのは、うちのメイドさんがさりげなくクララと名乗った女の子の背後についている事だ。もし何か怪しい動きがあればすぐに声を上げて注意喚起をする事ができる。さすが母のお気に入りと言うべきだろうな。


 ノイラートたちに周辺を警戒させながら馬をゆっくり歩ませていると、前に座っているリリーが振り仰いで視線を向けてきた。


 「あの、ヴェルナー様」

 「ん、何かあったか?」

 「いえ、そうではないのですが、その、笑っていらっしゃるので」

 「おっと、気をつけよう」


 危ない危ない。表情に出ないように気をつけないとな。

 相手がわざわざ駒を投げ込んできてくれたんだから、有効活用しないと。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あからさまな釣り餌と笑うヴェルナー 溜息ばかりなヴェルナーだけど確かにこの感じは策に溺れ兼ねない危うさがあるなぁ 閣下はよく見てらっしゃった [気になる点] 女性なおかつリリーと年齢が近い…
[一言] リリーへの態度とクララへの警戒心&対抗心。 最初は能力が高いが為に使い潰されそうな哀れな中間管理職臭がしてたヴェルナーに渋みとダンディズムが増してきてステキ。
[一言] ここまであからさまならこちらの性格を見込んでバレてるの知ってて送り込んでるんでしょうね。次の手は何だろうねえ?
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