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その後二、三の報告や俺からの提案をしてから、時間差で人前に出る必要があるという事で王太子殿下が先に書庫を出て行った。俺はしばらく書庫の中で待機だが、その間に頭の中を少し整理したい。
椅子に座り、行儀は悪いが机の上に足をのっけて思考の海に潜る。
まず今日の大きな情報として、先代勇者関連だ。勇者という人類統一の旗頭を失ったことで戦国時代というか乱世が到来したとする。そしてそれにヴァインツィアールの人間が関係していたとなると、めったなことで外に漏らすわけにはいかない。
それはその通りなんだが、もしそうだとしてもユリアーネ様、一応王室のご先祖関係者っぽいので様をつけておくが、ともかくユリアーネ様の墓所が隠されているのは正直よくわからん。何か勘違いしていないだろうか、と思うんだが情報不足だ。ひとまず違和感を忘れずにおこう。
前世の中世から近世辺りだと、意図的かそうでないかは別にして情報操作は成功してしまう事がある。日本で言えば徳川家康以前の江戸がドが付くほど田舎だったとか、北条早雲が元祖浪人だったって話は江戸時代から平成あたりまで定説扱いだった。
ジャンヌ・ダルクの家族はジャンヌの処刑後、罪人の家族として文字通り村八分にされていたらしい。王に見捨てられて火刑にされた本人もだが、フランス人から差別、冷遇された家族も哀れだな。例外はジャンヌに助けられたオルレアンの住人で、市を挙げて資金を出しジャンヌの家族を引き取った記録がある。
そのあたりはともかくとして、乱世の最中に正確な記録が失われたり別人の逸話と混同したりすることもあるし、そういう意味ではこの世界で意図的な情報操作が行われていてもおかしくはない。
とはいえ、正直なところヴァインツィアールの先祖が勇者をどう扱ったかはどうでもいい。少なくとも今の王家がマゼルを切り捨てないのなら先祖が何をやっていたとしても気にしない。
そもそも綺麗な王族なんぞ存在しない、とは前世の知識からの考えだが、この世界でも同じだろう。敵から見れば王太子殿下だって十分腹黒いし。いやほんと、あの人を敵に回したくないです。
それはおいておいて、以前から引っかかっていることがある。王都襲撃イベントを敵方から見た理由だ。魔軍は何を目的として王都襲撃を考えたのだろうか。
今日の話を聞いたときはユリアーネ様の墓所が目的なのかと一瞬考えたが、以前、セイファート将爵が見せた様子は魔軍が狙ってくる何かがある事を予想していたようにも思えた。という事は知られていなかった墓所は関係がないという事になる。
将爵の予想が間違っているということもあり得るが、やはり何かこう、パズルのピースがいくつか足りていないような気がするな。
あれこれ考えているうちにそこそこ時間が経ったので俺も退出。毎度思うんだがこのメダルのセキュリティ、破ったらどうなるんだろう。
好奇心だけでいえば試してみたいものの、発動するのが致死性のトラップだったりすると冗談にもならないからやる気はないが。
そういえばこのメダル、何個ぐらいあるのかね。この書庫に本を運び込むのは魔法鞄でもできるだろうが、あの冊数を棚に並べる手間を考えると何十人も入室する事ができそうな気もするんだが。
考えても意味のない事を考えながら執務室に戻り、ノイラートとシュンツェルに合流。アイクシュテット卿の件などは軽く説明をして今日は引き上げることにする。
前世の社畜イメージがあるとこれでいいのかという気もしてしまうが、遊んでるだけの貴族ってのもいないわけじゃないからこれでいいんだろう。自分でも忘れそうになっているが、俺、まだ一応、学生のはずだし。
王城を辞去する前にリリーが帰りに乗る馬車を回すようにツェアフェルト邸に使者を送り、シュラム侯爵家の前までは騎乗で移動。馬が通行できるルートも決まっているが、このあたりなら問題はない。
ただ、途中で俺を知っている通行人が指さしてきたり、たまに礼をしてきたりするのが対応に困る。幸い上位貴族の方はいなかったので軽く目礼だけで済ます。笑顔で手を振りかえしたりするのが似合うのは勇者だしな。
「ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトだ。侯爵令嬢の茶会はどうなっているか伺ってもよろしいだろうか」
「少々お待ちください。確認してまいります」
侯爵邸の近くまで到着すると、手前で下馬してから近づき中の状況を聞く。終わっているかと聞くと早く終わらせてほしいという催促になってしまうので、状況を聞くのがマナー。夕闇の時刻なんで終わらせてほしいというのも間違いじゃないけど。
ただ馬車がまだ到着していないんだよな。急ぐ必要もないのは確かだ、と思っていたら奥からリリーとシュラム侯爵令嬢と……あの、侯爵本人が何でいらっしゃるんですかね。
当主が客を見送るのは、普通は相手の方が同格から上位の時だし、ガームリヒ伯爵の件もあるのに侯爵が邸宅にいるとは思わなかった。それともその件があるからこそここで警戒していたのだろうか。
「久しいな、子爵」
「お久しぶりでございます。侯爵閣下にはご無沙汰しておりまして申し訳ありません」
多少困惑している俺に侯爵が呼びかけてきたんでひとまず一礼。これは俺に対する顔つなぎかね。続いてローゼマリー嬢が礼をしてくる。以前よりもカーテシーが上手になっていると思ったのは間違いではないと思う。
「またお会いできまして嬉しく思います、子爵様」
「恐れ入ります。本日は当家の客人をお招きいただきましたことに私からも御礼申し上げます」
正規のお辞儀で礼を返す。この時点ではリリーの名を口に出してはいけないのが本当に面倒くさいな、と思っていたら。
「いいえ、リリー様にはぜひまたお話をお伺いいたしたいです」
「恐れ入ります」
あれ、名前で呼んでる。しかもリリーまで笑顔でなんか随分親しげな。絆されたのか懐かれたのかは判断が難しいが、相性はよかったようだ。
「歳は少々離れているが娘の良い友人になってくれているようで私もうれしく思うよ」
「私に姉はいなかったので、嬉しいですわ」
「きょ、恐縮です」
侯爵に続いてローゼマリー嬢まで笑顔でそんなことを言っている。とはいえこの娘は生粋の貴族として教育を受けているはずだから、額面通りに受け取るべきかどうか、ちょっと悩むな。
いままでの態度で状況は大体わかった。少なくともシュラム侯爵家はリリーに悪印象は持っていない。なるべくなら自分の側に引き寄せたいという意向もあるようだ。俺もリリーもローゼマリー嬢を利用しようとか考える気はないからいいんだけどさ。
とはいえさりげなくであってもぐいぐいと確実におして来ている。あんまり押し続けられるとこっちが不利でもあるし、ちょっと礼儀からは外れているがこっちも行動させてもらおう。
「なにぶん今日は時間が時間でもあり、このあたりで失礼させていただければと思います」
「あ……その、本日はありがとうございました」
「そうであったな。だが馬車がまだ来ていないようだが……当家の馬車を貸し出そうか」
リリーが俺の声に応じて傍に寄ってくると、侯爵がそんなことを言いだした。閣下、うちの馬車が遅れているのは閣下が手を回したからじゃないでしょうね。侯爵家の馬車なんぞに乗っていたら派閥色が鮮明になりすぎます。
「いえ、貴族街ですし、これで帰りますよ」
「え? きゃ……」
リリーは小柄だし、この程度なら俺でもできる。ややわざとらしくリリーを引き寄せてから両手で勇敢の上に持ち上げ、鞍の上に横座りさせた。
侯爵だけでなくノイラートたちも驚いた表情を浮かべている。もちろんリリーもだが、さすがに鞍の上で暴れるのは危険だとわかっているんだろう、大人しくしている。いや、あわあわしてるのは混乱しているだけか?
「それでは失礼いたします」
「あ、し、失礼いたします」
馬上から見下しているように見えるから非礼と言えば非礼だが、やったのは俺だからリリーを責めるのも違う。俺ももう一度一礼し、リリーの後ろ側に飛び乗った。手綱を取りながら侯爵と令嬢の方に視線を向ける。
俺の“取らないでくださいね”という意味を理解し侯爵は苦笑いしていた。ローゼマリー嬢が目を輝かせているのはお姫様を横座りさせている騎士物語の挿し絵でも思い出したのかもしれない。このぐらいの子ってそういうの好きだよな。騎士役が俺なのは申し訳ない。
もう一度礼をしてから、同行しているメイドさんが徒歩になってしまったので、ついてこれるようにそのままゆっくり馬を進ませる。
うん、やっている俺が言うのもなんだが、町中での騎乗ぐらいならまだしも、前にドレス姿の女の子乗っけてゆっくり移動するのって結構恥ずかしいな。
ところでこの世界、たまによくわからん魔法の品がある。いや開発意図は解るんだけど。俺から見てその最たるものが“一人で着けられるコルセット”と“パニエなしで自然に広がるスカートのドレス”だ。開発までの話は半ば伝説になっている。
前世だとコルセットは一人でも着けられるが、大体は他の人の手助けを必要としていたし、スカートを広げる補助器具である籠は重いし座るのに邪魔。という訳でどちらも令嬢や夫人には必須だったけど、やむなく使う事が多かったそうだ。
貴族の女性でもメイドや女性使用人に肥ったのを把握されるのは嫌だったらしく、頑として一人で着けることを選んだ人もいたらしい。その意味ではこの世界の女性は少し楽になっているのだろう。
この魔法のコルセットおよびドレスだが、もともとは騎士団の発案で“誰に対してもサイズが合う革製手袋”と“どんな天候でも翻る軍旗”の研究が魔術師隊に依頼されたことから始まった。
ところがその噂を聞きつけたやんごとなき身分のご夫人やご令嬢方が“一人で着けられるコルセット”と“パニエなしで自然に広がるスカート”それに“着ると肌が美しく見える布”の三つを先に開発するように、と魔術師隊の本部に大挙して押し寄せ、数日間のそれはそれは壮絶な押し問答の末、当時の魔術師隊隊長が折れて先に開発されることになったらしい。
ただどうやっても“着ると肌が美しく見える布”だけは開発できなかったそうだが、これは「購入できなかったご婦人に恨まれかねないから開発できなかった事にしよう」と魔術師隊の中で口裏合わせが行われたに違いない、という噂。噂ったら噂だ。
ちなみに肝心の手袋の方は、フィットさせている間ずっと魔石の魔力を使うために効率が悪すぎるため廃棄処分。コルセットも使用中は魔石を消費するんだが、そういうのが必要な女性に勝てる男性というのは世界中にいないんだ、うん。
スカートが広がるドレスも広がっている最中は魔石を使用するが、これは風の魔道具で内側から風を作り出しスカートを広げているらしい。ダンスの際には見ごたえがあるのは事実だ。軍旗は現在も騎士団や王宮などで儀典の際に使用されている。屋内でも華麗に翻るから映えるんだが、ゲームでいつも旗が翻っていたのはこれが理由なんだろうな。
「寒くない?」
「はい、大丈夫です」
「茶会の方はどうだったかな」
「侯爵様のご家族は皆様よくしてくださいました。あ、でもヴェルナー様からのご注意はとても参考になりました」
「やっぱりか」
ちょっと苦笑。例えばローゼマリー嬢が「姉が欲しかった」とか言ったときに「自分も妹が欲しかった」なんてリップサービスを口にしていたら、侯爵家の方からリリーが養女になることを希望していたとか言い出されかねない。
ましてローゼマリー嬢は貴族として育ってるからなあ。年齢や無邪気ささえ武器にするのが貴族家だ。油断も隙もありゃしない。相手もそういう目でこっちを見ているんだろうけどさ。
現実逃避気味にそんなことを考えていたが、気配を察して手綱を引いた。驚いて小さく声を上げたリリーを軽く支える。ノイラートとシュンツェルが周囲に視線を向けるのと同時に裏通りから人影が飛び出して来た。
その人影はまっすぐこっちに向かって駆けてきた。一人で、武器は持ってない。というかお世辞にも綺麗な格好をしていない女の子だ。年齢的には俺より同じかちょっと上ぐらいか。
その子が俺たちの方を見て声を上げる。
「た……助けてください!」
明日からはコミケですね。
参加される方はお体には十分にご注意くださいませ。




