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「それと、先日の通路の件だが。隠し通路が見つかった」
王太子殿下がさらっと爆弾放り込んでくださいました。この世界に爆弾はないけど。というか、それも含めてこの地下書庫で話をすることにしたのだろう。確かにここなら他人に盗み聞きされる可能性は低いな。
反応していいのか悩むところだが、聞かない方が不自然か。
「その通路の先には何がありましたか」
「まず、通路を抜けた先に最初にあった部屋には美術品が収蔵されていた」
殿下の傍にいた騎士の一人が魔法鞄から取り出した箱に入れられた首飾りを見せてくれる。
派手ではなく落ち着いた感じで細工が細かくセンスはすごくいいのに使われている宝石は大きい。一流の職人が落ち着いたデザインにまとめた逸品という感じだな。俺が見ても手の込んだ逸品だと思うが、手に取るのは控えた。
「これはほんの一例です。宝飾品のほかに器や絵画などが」
「絵画?」
「ほとんどは風景画でした」
何とも判断しがたい。首をかしげていたら殿下が小さく笑いだした。
「卿は美術品にはあまり詳しくないようだな」
「申し訳ありません」
人文学スキルと同様に彫刻・絵画・音楽に関する理解力も貴族にとっては重要な知識なのだが、前世一般人の俺はこの辺がどうにも苦手。前世の中世貴族ほど芸術方面への知識が重要視されていないのは脳筋世界のありがたい一面だ。
「それはそれで構わぬ。このデザインは古代王国期の装飾なのだ」
古代王国の人たちだって人間なのだから、芸術にも興味はあるだろう。コンピューターRPGだと宝箱の中身は宝石とか武器防具がほとんどだが、絵画や彫刻、魔法と関係のない嗜好品としての楽器があってもおかしくはない。
それ自体はおかしくないんだが、いろいろ気になる点がある。一番の疑問はなんでこの国の王族がその通路とその奥の部屋を知らなかったんだという点だが、なんとなく聞くのは憚られるなあ。ありきたりの対応にしておこう。
「古代王国の芸術品倉庫ですか」
「美術品だけならそれで済んだのだが、衣類なども保管されている。それに奥にもう一つ扉があった」
「では墓の前室……いや、副葬品室、ですか」
「我々もそう見ている」
この世界で地下墳墓などの場合、墓室の前に副葬品室があることがある。といってもそれは相当な大物の場合限定だが。そう言えばこの世界では教会の地下に埋めるという例はあまり聞かない。魔法の存在から神がもっと身近だからだろうか。
それにしてもなんとも中途半端な返答だな。副葬品室だとするとその先には墓か棺でもありそうなものだが。思わず不思議そうな表情を浮かべてしまう。
「その先は調査が滞っている。奥にあった扉の先で通路が崩落しているのだ」
ここ、王城の地下ですよね。通路の崩落と聞いて思わずここの天井を見上げた俺は悪くないと思う。殿下やお付きの騎士さんも咎めなかった。
「崩落がさらに拡大するのか、上層に影響がないのか、崩落した石や土砂をどのように排除するのかなどで調査が中断している。場所が場所だけに調査を任せられる人間も多くない」
すぐそこに宝物庫があり、この書庫もあり、なにより王城を守る結界室がある。確かに、まず状況を説明できる人間が限られているから調査が滞るのも仕方がないのか。
急かすわけにもいかないんで納得しておくしかないんだが、それはそれとして気になる点があるのは確かだ。とりあえず騎士さんになら質問しても構わないだろう。
「目録のようなものはございますか」
俺がそう聞くと騎士さんは一度殿下の方に視線を向け、殿下が頷いたのを見て箇条書きになっている魔皮紙を取り出して見せてくれた。
装飾品、宝石、絵画、食器、衣類と書かれているが先ほどの宝飾品も女性向けの雰囲気だったし、恐らくドレスだろう。そして内容物が化粧品らしい容器など。数もかなりの数だな。
「仮に墓だとすると、その通路の先に眠るのは女性ですか」
「一人だけとは限らないが、少なくとも女性が一人は葬られているのは確実だ」
ますます謎が深まるな。一瞬、初代国王の本当の墓なのかと思ったが、この国の初代国王は男性だったはず。なぜ女性の墓が王宮の地下に、それもわざわざ隠されているんだ。
「メーリング。万が一にでも誰かに聞かれると困る。卿は書庫の外で見張れ」
「……はっ」
王太子殿下と本来の意味で一対一。殿下がお付きの騎士を書庫の外へ警戒に出した、というより、側近の騎士にさえ聞かせたくない事を話すつもりらしい。
「ヴェルナー卿、卿はウーヴェ老から古代王国の件を調査していたな」
「はい」
これは確認というより、同じようにこの件に関しては他言無用という意味だな。俺ならわざわざ口に出して他言無用という必要はないと評価してもらっているようだ。
「この国の建国に関わる話だ。古代王国の件も含め、卿はどの程度知っている」
「古代王国が魔王に滅ぼされ、その後に勇者が現れて魔王を斃したという事と、その後の混乱期に国が複数乱立した中から我が国が最大の国家になったという程度には」
ヴァイン王国は古代王国の貴族の家から出た、とされている。事実かどうかという点ではよくわからん。名門出身だと自称するのは前世でもよくあった事だしな。
乱世期には確か最多時点で大陸中に十四ヵ国ぐらい乱立していたはず。もっとも都市イコール国を名乗るような弱小国家もあっただろうが。その頃の記録ってあんまりないんだよな。
「ほぼ学園の教科書通りだな」
その通りです。他に参考にするような史料もなかったもので。そう思っていたら淡々とした口調の爆弾発言が俺の耳に飛び込んできました。
「魔王を斃した勇者の名はイェルク・ライゼガング。その妻となった女性の名はユリアーネ・ルトリシア・ヴァインツィアールと言う。初代国王陛下の姉君にあたる」
「え」
「そして勇者ライゼガングの墓はどこにあるのか、既にわからなくなっている。我が国にも全く記録はない」
「……その、ユリアーネ様の墓所は」
「同様に不明だ」
怪しい。と同時に胡散臭い。いや、考えてみれば『勇者が魔王を倒した』という話は残っているが、その過程とか、勇者がその後どうなったのかとか、世間一般に伝わる話や学園で教えている内容そのものからして情報が欠落していたような気がするぞ。
それに俺たちが誰も違和感を持たなかったことも不思議と言えば不思議だが、何より、もし我が国の王族が勇者の親族の末裔だったとしたら、それをアピールしてもいいはずだ。勇者直系の子孫じゃないとはいえ……勇者の、子孫?
「先代勇者に子孫はいるのでしょうか」
「いない、とされている」
また微妙な言い回しだな。妻の名前は解っているのに子の方は“とされている”とか、えらくぼかしている。とはいえここまで話していただいているのに、ここだけぼかす理由もないか。
「伝わっていないのですか」
「消されている、という表現の方が正確だろう。私も魔王復活後に少し調べたことがあったが、奇妙なほど魔王を斃す前後に関する文献が乏しい。少なくとも我が国ではな」
「わが国でスカイウォークに関する資料が欠落しているのが不思議でしたが、古代王国関連の記録そのものが何らかの細工をされているという事になるのでしょうか」
「そう考えるのが自然だろう」
遠回しに細工と言ったが、よく言っても隠蔽、悪く言えば隠滅だよなこれ。それも関係資料まで丸ごと焚書でもしたんじゃないかと疑いたくなるレベルで。
この書庫への入室許可がやたらと厳しい理由はそれもありそうだ。ここにあるのはその当時には処分する必要があったが、偶然にも処分を免れた本なのかもしれない。そしてそこまでしても隠す理由は何か、というと、どうしても疑わしいのはその点になる。
魔王を倒した先代勇者ライゼガングが危険視されて排除された、という可能性。そしてここまで隠されているのは、それにその妻が関係しているからかもしれないという疑念も同時に浮かぶ。
仮にではあるが、我が国の王族の先祖が先代勇者の殺害に関与していたなんてことになったら、統治や外交上とんでもないことになりそうだ。当時は恐れる理由もあったのだろうが、今のこの時代では勇者は人類を救った英雄なんだからな。
そういえばゲームだといわゆる最強装備である勇者の剣・鎧・盾はそれぞれ別のダンジョンにある。考えてみればおかしな話だが、勇者が旅に出て行方不明になったとかの理屈をつけて、その装備を別々に隠蔽した結果と考えればいいのか。
だとするとあの装備類、よく呪われていなかったな。
この情報、他国ではどうなのだろう。知られていたとしても切り札になりそうだから軽々しく振りかざしたりはしないとは思うが。それともすべての権力者同意のもとで勇者は処分されたんだろうか。そしてその情報は一斉に処分されたとか。
っていうかこんな超の字がつきそうなトップシークレットを教えられても困るんですが。
ひとつ大きく深呼吸して質問を重ねさせていただく。
「殿下はあの先にあるのがユリアーネ様の墓所であるとお考えなのでしょうか」
「断定する証拠がないので最有力候補というところだ」
だよなあ。しかしそうだとするとますます調査を躊躇することになるのは避けられない。実は先代勇者も埋葬されていて、そこに勇者暗殺の証拠とかが一緒に出てきたりしたら、それを知った人間全員の口をふさぐ必要さえ出てくる。
少なくとも俺はこれ以上首を突っ込まない方がよさそう。先代勇者の妻の名前を知っているぐらいならまだ何とかごまかしようもあるが、その先の仮説まで行くとかなりやばい。これは確かに軽々しく話をするわけにいかんか。
俺に聞かせたのは今後の調査の過程で関係記録が見つかった際に備えて、先に語っておく気になったんだろう。
だが、そうすると古代王国期の記録まで消し去ろうとした理由は何だろうか。当時の国王が判断したのだろうが、それも多分勇者の墓所同様に伝わってはいないのだろう。となると考えても無駄なんでそのあたりはとりあえず保留。
もしリリーがこれを知ったら殿下はどうする気なのかとか、疑問と判断に悩む事が多すぎる。とは言え沈黙を続けるわけにもいかないか。
「お教えいただきありがとうございます」
「何かわかった際には報告を頼むぞ」
「はっ」
何を期待されているんだろうか。いや逆にどんな情報を見つけることになるのやら。考えていたら胃が痛くなってきた。
「そうだ、もう一つ頼みがある。卿がアンハイムから連れてきたアイクシュテットだが、私に預けてもらえぬか」
「はっ、御意のままに」
意外な申し出だが、厳密に言えば俺の部下じゃないし、優秀な人材だと思うので我が国で働いてくれるなら嬉しい。正直に言えばそこまで手が回らないというのもある。特に断る理由はないな。
年末進行でバタバタしている中で一気書きしているので前回今回は後日書き直すかもです。
(展開は変えません)




