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感想、評価、ブクマなどでの応援いつもありがとうございます!
寒くて辛いですが更新は頑張りますー!
それとエッセイの方も週間で10位に入っていました。
こちらも評価してくださいました皆様に御礼申し上げます。
「お疲れのところ申し訳ありません」
「かまわない」
帰宅後の父に面会を願い出た。今日は執務室ではないので母とノルベルトもいる。ノルベルトもこれについては知っているから構わないか。なんかこう、微妙に笑顔を浮かべているのはなんだろうね、まったく。
ひとまずリリーと一緒に部屋に入る。
「見ていただきたいものがございます」
「なんだ?」
決闘の件は言及されなかった。あるいは母に長時間説教されていたことを知っているのかもしれない。それはそれで怖いんだが、ひとまず考えるのは止めよう。
「こちらです。いずれ領の産物にできればと言う事で。リリーが作ってくれました」
まず普通の白い紙を見せる。リリーがというセリフが効いたのか父だけではなく母も興味深そうに触ったりしていたが、父がやがて視線をこちらに向けた。
「用途は?」
「十年後ぐらいには記録用紙としての用途になると思います」
「いずれは、か。今は条件が揃わないという事だな」
さすがに鋭い。それにもう一つの問題も指摘はしないが気が付いているようだ。
安定供給もそうだが保存性、耐久性、安全性の実験の必要もあるし、何より今現在、魔皮紙を使っている人がこちらに乗り換えるかというと難しい。魔皮紙の方が値段が安く質も悪いわけではない。要するにこのままだと売れない、と言うシンプルな問題。
「その間はどうする」
「はい、このように」
その質問は想定済みなので用意しておいたものを差し出す。それを見た父が初めてほう、といいたげな表情を浮かべた。
「模様を描いたのか。これをどうする」
「このように使います」
ざっくりとではあるが数枚の紙に絵を描いてもらい、一枚は広げたまま見てもらった。そしてもう一枚はというと、とりあえず手元にあったペンを包んで持ってきたものになる。リリーから包みのまま父に手渡してもらった。
「このように、贈答品を飾る際に使う事から始めてはどうかと」
「なるほど」
端的に言えば包装紙だが、この世界には包装紙という概念がないからそういう言葉もない。そもそも高価な贈答品を贈る際にも、高価な布に包むか袋に入れるか、宝石とかなら宝石箱ごと贈るぐらいだ。
ただ、箱という形状だと値段はともかく、品物によってはどうしようもない。例えば花束だとリボンがせいぜいだという具合。
だが、包装紙という形にすれば、貴族なら画家に贈る相手それぞれに相応しい絵、例えば家紋などを描かせることもできるし、箱を包装紙で包むということもできるから、それにより相手にあわせた模様を描いた唯一無二の装飾とすることができる。
別に前世のメーカー包装紙じゃないんだから統一の模様にする必要はない。統一模様が必要なら版画を考えるが、むしろ大きい紙を作る方法を考慮する必要があるだろう。
この世界だとまだ画家は貴族のお抱えがほとんどだが、市井にも絵の才能がある人物はいるはずだ。紙漉き職人と並んで絵の才能のある人間に工房のような形で職を与えることができるようになれば、派生の業務が行えるようになるかもしれない。
日本でいえば、室町時代に蒔絵の下絵に大和絵が使われるようになったが、この世界でも絵を原画にした彫刻などを作る余地はあるだろう。将来的には伯爵領にそういう品を専門にする産業系専門学校でも建てられれば面白いと思うがさすがにそれは先の話だ。
ついでに言うと油絵具だけではなく水彩絵具も前世の中世同様に存在しているし、絵具に使う固着剤になるマメ科の植物は伯爵家の領内でも生産されている。
これは本来は儀式の際に使うお香の固着剤として使うためのものだが、転用は可能なはず。そっちの売り上げも伸びるなら領の財政としては好都合だ。
「模様や絵を描いたこれで宝石箱を包んで、飾ってから贈ることもできるでしょう。それとこれです」
一緒にメッセージカードのサンプルも差し出す。これにも軽く模様を描いてもらい、華やかな感じになっている。
「感謝の言葉や恋の言葉を一言書いて贈答品と一緒に相手に贈るのです。手紙ほど長く書く必要はないですし男女どちらにも使えます。最初からこの大きさで作れる事が長所です」
羊皮紙もそうだが魔皮紙も小さく使うためには大きなものから切り出さないといけない。結果、切り取られた残りが無駄になる事が問題になる。
貴族の価値観としてはそんな端材は大したことはないんだが、サイズのバリエーションという問題は生産と流通面から見れば重要だ。最初から大きさがある程度自由というのはそれだけで強みになる。
ちなみに羊一頭から取れる羊皮紙は前世でいう所のA4サイズで六枚分ぐらい。魔物の方が数が多いから単体からとれる枚数は少なくても結果的に流通量が多くなっている。
「何か香りがしますね」
カードを見た今度は母が口を挟んできたので先にそれに答えておこう。
「魔皮紙や羊皮紙と違って香りをつけるのが容易という特徴があります。本来なら香水がよいかと思いますが、今日の所は柑橘類の皮を使い香りをつけました」
「ひょっとしてリリーに香水の一つも買ってあげていないのですか」
うぐ、藪から大蛇を出したっぽい。とはいえ、忙しかったんだというのは俺の都合で、何もしていなかったのは確かに俺が悪い。以前のあれは香水じゃないし。
横でリリーがフォローしてくれているけど俺のせいだから申し訳ない。
「文字を書かせるのか」
ここで説教が始まると困るのだろう。父が助け舟を出してくれた。そして文字“も”ではなく文字“を”という言い方から気が付いているようだ。これのメインは実はカードの方で、書きものに使えるという事を周知させるためのものだという事に。
贈る側と贈られた側、両方が書きものに使える事を知れば双方の家庭で話題に上る。書くための道具としても便利だと自然と話が広まるだろう。よくないものは売りようがないが、長所があるなら付加価値をつけて売ることができるというわけだ。
多少は自衛の面もある。浪費子爵の評判がある嫡子が領の事を何も考えていないような態度だと、事情を知らない伯爵家の領民が将来を不安視して統治が不安定になる。
かといって俺が内政で他地域の既得権益を脅かすような何かを始めると、また変なところから横槍が入りかねない。俺が注目されているのは否定しようがないが、領の内政面でも目立つ事をすると、別の問題まで抱え込みかねないからな。
ちょっと珍しい高級品ぐらいで領の財政も考えているし、周囲とは軋轢を生まない、ぐらいで留めておきたい。少なくともしばらくは。
「意図は解った。後は生産量と材料費によるな」
「はい。生産するための人材のほか、伯爵領で材料が生産できるか、他領からの買い付けになるかにもよります」
「そのあたりの計画はできているのか」
「正直に言えばこれからですが、特に職人を育てるのには時間がかかります。育成の予算と時間を考えると、まずはこの品そのものが父上のお目にかなうか、評価をお伺いしたいと思いました」
途中で売れません無理でした、となると職人育成にかかる時間の他に、その人の時間も無駄に使う事になってしまう。技術習得のために使う時間はその人の人生の一部なのだから、産物として期待できないのならば最初から諦める方がいいこともある。
そのあたりははっきり分けて置く必要があるんで先に伯爵家当主である父に確認を取らなきゃならないだろう。そう思いながら見ている俺の視線の先で、父はしばらく紙を見てから頷いた。
「もう少し質を上げる必要はあるようだが、大筋ではよいだろう。これは何と名をつける」
「そうですね、植物から作っていますので植飾紙とかどうでしょうか」
羊皮紙とか魔皮紙とかいろいろあるから名前も必要だ。そのうちただ紙と呼ばれるようになるんだろうか。この世界だと魔皮紙が安いからどうかな。仮にこれが一般的な紙になるとしてもずっと先だろう。それこそ俺のひ孫の世代とかになるかもしれない。
「これは機を見て陛下のお目に掛けよう」
「王室に提出するまでにはもう少し良いものを作れるようにしておきたいものです」
「ノルベルト、必要な材料に関する情報を集めておくように」
「かしこまりました」
父にそう言われたノルベルトが頭を下げた。ってあれ、リリーの相談に乗っていたという事は、もうある程度予測は立てているんじゃなかろうか。なんかうまく誘導されているような気もするぞ。
そのリリーは俺の横で驚いている。大事になったとでも思っているんだろう。けど領の新しい産物を王室に献上するのは貴族としてのルールでもあり、同時に実力を見せるための物でもある。
真面目に統治してますよ、こんなものも作れますよ、この点では他の貴族より優れています、あまりうちを軽く見ないでくださいねというアピールでもあるわけだ。この世界では貴族は貴族として実力をつけないといけない。
やりすぎると今度は睨まれるので加減が難しいけど。
それはそれとして、産物として考えると今日の段階ではこれ以上は話を進めようもない。品質改善とか大量生産に必要な資材とか職人育成の方法とかやることは増えたが、それはむしろいい人材を探して任せた方がいいだろう。
領の産物を増やすことに一から十までかかわれるほど余裕があるわけじゃないし。時間もそうだがさすがに頭の容量というか処理能力が足りない。
それに漠然とだが他にも考えている事があるんで、王室相手には領の技術アピールとしての用途を強調しておくという考えの方が強い。
「お時間をいただきありがとうございました」
「いや。……お前がこのような事を言い出すとはな」
妙な反応をされたんで一瞬リリーと顔を見合わせた。正面に向き直ると父の視線が一瞬リリーの方を向く。ああ、そういう事か。
「ありがとうな、リリー」
「え? は、はい。どういたしまして?」
リリーが困惑したように反応してくる。解らないのも無理はないし、俺が解っていればいいことだ。
俺はまず王都襲撃の事が最優先だったし、その後もせいぜい主人公の魔王討伐までだった。だが、国内の諸問題にしろ、いま話をした領の新しい生産物にしろ、魔王討伐以後に来るだろう話だ。今までなら適当に先送りしていたような問題。
魔王討伐後の領政を本気で考えるようになったのは、リリーがこれからずっと隣にいるからだろう。両親もそう思っているはずだ。これは俺の成長と言っていいのかね。
そんなことを考えていたら慌ただしく扉がノックされた。父が許可を出すとフレンセンの代わりに執事補になった男が入室してくる。その男の表情だけを見て父がまず声をだした。
「ご苦労だった。ヴェルナーとリリーは下がってよい。クラウディア、お前も下がれ」
「はい」
「失礼いたします」
俺が一礼するとリリーも横で頭を下げる。こういう状況で動揺しなくなっているのはさすがに少し慣れてきたようだ。
そしてノルベルト以外の全員が一旦退室したが、すぐに俺だけノルベルトが呼び戻しに来た。何か問題でも起きたっぽいなあ。
「ヴェルナーです」
「入れ」
声に応じて父の部屋に入ると出仕するような服に着替えている。狼狽えたりはしていないようだが、この時間にその格好という事は何かあったことは確かだろう。
「私はこれからマックスを連れて王宮に出向く。帰宅するまで館の方の警備を任せる」
「解りました。何があったかお聞きしても?」
「先ほど、王宮から使者が来た。ガームリヒ伯爵が病死されたそうだ」
はい? え、昨日の今日だぞ。っていうかその病死を強調しているってのはつまり。
「正確な状況はこれから王宮で確認するが、ただ今からガームリヒ伯の妻子を含め家族全員が病中として扱われる。そのように心得ておけ」
伯爵だけでなく一族死亡って事か。しかもこれだけ周囲が固められている状況で、なお館を警備しろという事は、状況は極めて胡散臭いという事だ。集団自殺か他殺なのか。
とは言え表向きには一伯爵家が「病気になっただけ」なので大々的に警戒するわけにもいかない。現在では第一報の段階であることも事実。これ以上は父も詳しくは知らないだろう。言われた通り万一に備えるとするか。
「オーゲンには館で泊まってもらいましょう。バルケイは念のため館の外部で待機してもらいます」
「うむ」
それこそ万が一の時、バルケイには館の外で寝泊まりをしている騎士たちを率いて援軍に来てもらう事になる。今日は二人とも徹夜になりそうだ。
「リリーが招待されている明日の茶会も予定通りだと思っておけ」
「承知いたしました」
どうやら当面は知らぬ存ぜぬで通さなきゃいけなくなるらしい。俺の方も対策を考えておかないといけないな。
日本では卑弥呼の時代、中国では筆記用具ではなく銅鏡などをを包装するために紙が使われていたらしいです。パピルスを知っていた西洋との違いなのかもですね。




