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削除し忘れへの注意喚起もありがとうございます、今週中に削除します(汗)
試合が終わってもはいそれまで、とはいかないのが決闘裁判だ。決闘後、こちらの言い分に則った書類が目の前で作成されるのを確認したり、後から揚げ足をとられないよう言い回しに問題がないかどうかを確認してからサインしたりと、やることは多い。
書類はセイファート将爵の手配してくれた法務の方が確認してくれているが、最後に確認のサインが必要なので、終わるまではその場にいるのは仕方がない。
「ご苦労じゃったな」
「いえ、それよりも閣下にはご足労をおかけいたしました」
「何、興味深いものも見れたからの」
簡単に治療を終えてその間将爵とのお話タイム。というか情報共有と確認の場に近いなこれは。なおリリーの周囲にもアネットさんや複数の騎士が護衛についてくれているはずだ。
「ダヴラクたち何人かも護衛につきたいと言っておったが帰らせたわ。話には聞いておったじゃろうが、初めて間近でみて見惚れておるものもおったぞ」
多分父から俺とリリーの事を聞いているはずの将爵閣下が楽しそうにそんなことを言ってくださいます。どう反応すればいいんですかそれは。
「卿らの結婚式には儂も参列させてもらおうかの」
「気が早すぎます。それに閣下ほどの高位貴族がという気もしますが」
「新郎が大臣の子息じゃぞ。大臣に対し陛下の信任が厚ければ陛下とは言わぬが王族が参加してもおかしくないのが政治じゃて」
その点を持ち出されると反論の余地もない。せめて学園卒業まで待ってください。
「それに、神殿の側は間違いなく大神官が立ち会うじゃろう」
「やっぱりそうなりますか」
俺やリリーにじゃなくてマゼル向けにな。この一件でマゼルの教会に対する印象は多少なりとも悪化したはずで、神殿側は勇者の印象改善のためにもその家族も大切にしているところを見せる必要がある。最高司祭様はともかく、大神官クラスがやるのは避けられないだろう。何となくレッペ大神官が自薦してきそうな気もする。
そういう意味では相手が爵位と無関係でもやっぱり結婚という儀式は政治の産物というわけだ。面倒くさい事で。
なお、この場には飲食の提供の申し出があったが俺も将爵もさりげなく辞退している。さっきの今じゃ当然だと思う。
「それはともかく、終盤、相手側の様子はどうなっておったかね」
「痛みを感じなくなっていたようですし、思考力も低下していたように思えます。ただ勝敗がかかっていることは理解していたように思えましたね」
「ふむ」
一転して真面目な表情で将爵も考え込んでいる。さすがにあのような事は前例がないらしい。
「さすがに魔物が入れ替わっていたとは思いませんが」
「教会も相手の確認はしておるじゃろうからの。既にこの決闘裁判が起きてしまった事で騒動を起こしておる。ここで失態を繰り返すことはできぬ」
「確かに。とすると、薬物ですか」
「そう考えるのが自然だとは思うが、相手方の意図が読めぬな。この場で卿を殺害することが目的にしてはやり方が稚拙じゃし、単に騒動を起こすだけにしても規模が小さすぎる」
そう言われてしまうと何とも言えない。実際、俺を殺すならほかにやりようはいくらでもあるはず。もし薬物ならこの件が表に出れば教会の評判を落とす結果にしかなっていない。王国側が審判をやった教会の評判を落とすために一芝居打ったという可能性の方が高いぐらいだ。
「それはそれとして、対戦相手のあの男は今どうなっているのでしょう」
「教会で治療中じゃ」
俺が思いっきり肩に槍を突き刺したから治療優先は仕方がないのか。ガームリヒ伯爵も今は館に戻っているらしいが、その辺も含めて後日には状況が判るだろう。
ふと思いついて聞いてみた。
「もし私が負けていたら勇者の旅の方はどうなっていたでしょう」
「次は外交問題として処理することになっておったよ。我が国だけでなく、複数の国からデリッツダムに対して外交官が向かうことになったじゃろう」
「例えば、デリッツダムの中枢にまだ魔族がいる可能性はあるのでしょうか」
「一度は魔族をあぶりだす方法を相談はされたが、その後の対応までは解らぬ。それに、一度排除してもまた入り込まれておる可能性もあるしの」
なるほど。ゲームなら一度排除すれば問題はなかったが現実だと繰り返される危険性がある。ヴァイン王国はそのあたり今でも警戒を怠ってはいないようだが、他の国まで面倒を見ることはできんしな。
とは言えデリッツダム内部にいる魔族ぐらいじゃ四天王を斃せる今のマゼル相手じゃ戦っても勝てないだろうし、足止めがせいぜい。俺は俺で負けるつもりもなかったが、負けてもマゼルの旅にそれほど影響は出なかったと。とするとますますわからんな。
「どのみち外交問題にはなるのじゃがな」
「でしょうね……」
将爵の笑顔に思わず冷や汗。釘を刺すだけにするのか、外交的に何か相手から引き出すのか。その辺は国の偉い人たちの決めることだけど怖いねえ。
「卿には悪いがこの一件は利用もさせてもらっておるしの」
「何があったのですか」
「トライオットの亡命貴族たちに罠をしかけたのじゃよ」
よくわからなかったので聞いてみると、滅びたトライオットの亡命貴族はヴァイン王国だけではなくデリッツダムにもいるらしい。それはそうか。ヴァイン王国とトライオットは友邦国だったが、だからと言ってヴァイン王国にだけ逃げ込む理由はない。
身も蓋もない分類をすると、ヴァイン王国に協力を仰いで領土奪還を目指す派閥と、デリッツダムの武力を借りて失地回復を目指す派閥という言い方もできるだろう。
そしてデリッツダム側が先に兵を出しそうだ、という噂をわざと我が国にいた亡命貴族たちの中に流した結果、我が国を出てデリッツダムに移動した貴族が何人もいるらしい。
「領地を取り返したいというのは理解できるが、そのためなら相手を選ばないというような連中に恩を売っても役に立たんでな。早めに出て行ってもらった」
「ごもっともです」
そういう連中の中にはこの決闘裁判の評判が立ったとたん、やっぱりヴァイン王国に戻りたいとか言ってきた者もいるらしいが、当然ながら我が国の方は拒否している。
いずれトライオットにも復興してもらわないといけないだろうが、その際に信用できない相手に協力する必要もない。なるほど、デリッツダムにそういうのが行ってくれれば後々で楽になるな。
「一部がデリッツダムにいる勇者殿や第二王女殿下に面会を申し出ておったそうじゃが、さすがの勇者殿も会わなんだそうだ」
「あー……」
案外、単に魔王に奪われた領地の奪還に協力してほしいと泣きつかれていたらマゼルの性格なら協力していたかもしれない。また、国の側がそういう連中の相手をしなくてもいいと言ってもあの主人公属性は話ぐらいは聞いてしまうだろう。
話を聞いた結果、協力する気になってしまう事も十分にあり得たが、この決闘裁判の話を聞けばさすがのマゼルもそっちに協力する気にはならないはず。むしろそんな奴に繰り返し面会を申し込まれるぐらいなら、デリッツダムでやることを終えたらさっさと国を後にするだろう。
そうなれば結果的にマゼルの魔王討伐の旅路は途中で停止せずに先に進むことになる。この国からマゼルの行動まで誘導してたのか。
ちなみに我が国の西側にありトライオットとも国境を接しているのはザルツナッハという国だが、ザルツナッハにあるトライオットに最も近い町であるスブルリッツは最初に魔軍に滅ぼされているので、トライオットに対応するどころではない。
「外交の方は陛下や外務の者に任せておけばよかろう。それとも卿はそちらにも興味があるかね」
「興味がないとは申しませんが、積極的に関わり合いたくもないです。向き不向きで言えば不向きなので」
「なるほどの」
頷かれた。正直ほっとした。向き不向きもそうだがそこまではいくら何でも手が回らん。そしてついでなので以前から気になっていた疑問に対する仮説を将爵に相談してみることにする。
「ところで、話を変えさせていただきたいのですが。実は以前から気になっていた件の仮説なのですが」
「ふむ、何かね」
「飛行する魔物の戦い方です。知恵があり魔法が使え、飛行できる魔物もいるのに奴らは高い所から一方的に魔法を打ち込んでくることはありません」
以前、ラフェドを捕まえる時に疑問に思ったことだ。ゲームではなぜか剣や槍といった接近戦武器が飛行系の魔物にも届く。
相手が接近戦しかできないならともかく、知恵があり攻撃魔法も使えるのなら、武器が届かない所から魔法を打ち込み続けていてもいいはずだ。その疑問に対する仮説がこれになる。
「以前、人体に内包している魔力と、世界に漂う魔力が違うという仮説を立てました」
「範囲魔法対策の実験の時じゃな。報告書は儂も読ませてもらっておる」
「同じことが魔物にもあり得るのではないかと考え、さらに飛ぶのにも魔力を使用しているのではないかと思ったのです」
魔法のある世界だからあのサイズの羽でも飛べるんだよ、と言われれば反論の余地もないわけだが、逆に言えば飛行できないようなサイズの羽で飛行している魔物は魔法を使っている、つまり魔力を消費していないとおかしい。
という事は、普段飛行している魔物も攻撃魔法を使おうとすると、攻撃魔法の威力を高めるために飛行高度を維持できなくなるのではないか。
まったく飛べなくなるわけではないとしても、攻撃魔法に多くの魔力を使用する分、飛行するために使用できる魔力が少なくなり、結果として接近戦武器が届く高度まで下がってくるのではないか、と。
「ただ、現在は仮説です」
そもそも俺は魔法が使えない。勉強して訓練すれば使えるようになるはずだが、正直今更という気もするし。だから俺には再現実験は無理なわけで、将爵の部下とか騎士団とか魔術師隊とかに将爵からの指示で研究してほしい。
「確かに簡単には調べようがないの」
「ただ、この仮説が正しければ城壁を超えてくる魔物と魔法攻撃をしてくる魔物、それに地上から城壁を突破をしようとする魔物に分ける事ができるはずです」
「それぞれに対応策を変えていけばよくなるわけじゃな」
飛行中の敵には基本的に接近戦を気にすればいいのだし、それまで高い位置を飛行していた魔物が地上に降りて行けば大型範囲魔法を使う準備と判断できる。常に範囲魔法を気にしなくてもよくなるのはメリットとしては小さくない。
それまで結界が維持されていれば更に相手の攻撃手段は限られることになるだろう。魔軍がどのように王都の結界を破ったのかがわからないのが今のところネックだが、それでもこちらの備えるべき準備が変わってくる。
仮説が正しければという前提で王都防衛戦での策を説明したら将爵が片眉を上げた。しばらく考え込んでいたが、やがて頷いてくれる。
「なるほどの、承知した。調べさせておこう」
「ありがとうございます」
仮説が間違っていたらその時はその時で新しい策を考える必要があるが、この仮定を前提にする場合はぶっつけ本番にしたくもない。できる人に頼って任せるのが一番ベストだろう。
その頃になってようやく書類の方が終了したらしい。将爵にご挨拶して席を立ち、書類を読み込み、確認して代理人としてサインする。はあ、今日は長い一日だったな、とその時は思っていたんだが。
全部終わった時には決闘から半日経ったんで、当然ながら試合での言動は全部母の耳にも入っている。結果、帰宅した俺は典礼大臣の息子として問題がありすぎるとものすごい勢いで説教された。
「ツェアフェルトだけではなく、文治派貴族は品がないと言われるかもしれないのです」と言われたときは反論の余地もなかった。忘れたかったけど今となっては俺も派閥の一員扱いなんだよな。
ながーいお説教が終わった後にリリーが淹れてくれたお茶はおいしかったです、はい。




