――171(◎)――
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しばらくの沈黙の後に走り出す馬の速度に合わせるようにして観客からの声が高くなり、馬蹄と歓声の響く中で四度目の激突。
双方ともに実際に使う武器を使用しているため、槍が折れ飛んだりはしないが、鈍く重みのある音が周囲を圧倒し、激しく金属がぶつかり合う音と同時に観客席から空気を震わせるような大声援が上がる。
多くの場合、馬上槍試合の場合は三本勝負である。だが今回は決闘の場であるため、今日は回数は問われない。仮に馬上戦から地上白兵戦に移っても同じで、どちらかが負けを認めるか戦闘不能になるまで続くことになる。
再び両方の馬が会場の端まで移動し、次のタイミングを計る。
両者が会場の左右に分かれたタイミングでセイファート将爵が視線を向けると、王太孫が文字通り手に汗を握るという態度で会場のほうを注視していた。あの年ごろでは仕方がないであろうか。
顔を動かすと、視線の先にいるリリーは黙って目をつむり手を組んでいる。怯えたり不安を覚えている表情ではない。怪我だけを心配している様子で、見ようによっては祈りを捧げているように見える。
随分と信用されているものだ、とセイファートが内心で肩を竦めている横で、他の面々も論評を始めた。
「卿はどう見た」
ここまでの勝負をどこか面白そうに見ていたダヴラク子爵の問いにクレッチマー男爵が応じる。
「馬上戦はツェアフェルト子爵の勝ちだろう。子爵は上手いな」
「同感だ。武器を選ばない単純な戦闘でいえばガームリヒ側の方が強いかもしれんが、あれでは馬と手が持たぬ」
クレッチマー男爵の発言にミッターク子爵が続けた。元々の体格が違う上に常にガームリヒ側が仕掛けている。最小限の動きと反応で攻撃を受け流しているヴェルナーに比べると、常に騎士が馬上で大きく動くため、馬の疲労はガームリヒ側の方が大きい。
もともと鎧を着た人間のような重いものを乗せて全力疾走と停止を繰り返すのだ。ただ走り続けるよりも馬への負担は大きくなる。
また、片手は手綱を握りながらの勝負になるので、どうしても槍を持つ手の側に負担がかかる。ヴェルナーはスキルがあるので槍の重さによる負担が最小限になるが、相手はそうではない。そろそろガームリヒ側は腕に疲労を感じ始める頃合いであろう。
「挑発したのも駆け引きであろうな」
「じゃろうな。自分が相手にどう見えるのかをうまく誘導しておる」
ミッタークの発言に対してセイファート将爵が独りごちた。
相手から冷静さを奪い、実力通りの力を出させない。あるいは空回りさせることで疲弊させる。もしくは、最初に相手を優勢にさせておき、相手が油断したところで反撃に転じる。
自己評価が高くないのがヴェルナーの個性と言えるが、自分が強くないことを自覚して戦い方を選んでいるのだ。決して実力が低いわけでもないし、努力を怠っているわけでもないが、それ以上に相手を欺くのが上手、というのがセイファートの評価である。
「優秀ではあるが策に溺れる危険もある。もう一皮むければ良いのじゃが」
「閣下」
セイファートがもう一度呟いたところで直属の家臣が近づき、小声で何かを報告する。セイファートは片方の眉を上げると呆れたような顔で応じた。
「解った。あまり騒ぎにならぬように対応してくれたまえ」
「かしこまりました」
息子である王太孫が会場に行って試合を見たいと言い出した際に、父である王太子は王族が一方に肩入れしているように見せるわけにはいかないので、お忍びならよい、と応じていた。
だが同時に、お忍びで行く王太孫を警護するためという口実で警戒の人員を多数配置するように指示を出してもいる。いわば公的なお忍びの為に多数配置された警備網は、何かを企んでいる怪しい人間がいれば当然ながらそれを察知した。
武器を用意しているらしい怪しい集団に対し、セイファートは短く排除の指示を出すと、もはや会場の勝敗に興味がなさそうな表情で顎を撫でた。
「さて、よほどの愚か者でなければ直属の部下はいないはずじゃが、どの程度の獲物がかかったのかの」
ヴェルナーは最初の交差後、二回目には大きく槍を振り回し、まだ余裕があるかのように会場の反対側にいる相手に見えるようなアピールをしていたが、三回目以降はそれをやめている。
そして今回は槍先を下げたまま、ややもたついたように馬を移動させると、相手は予想通りに馬を変えることを宣言せずにこちらに向き直った。だが先ほどまでと異なり、ガームリヒ側もゆっくりと疾走開始場所まで移動している。
この決闘では馬を換えることは禁止されていない。希望すれば馬を換える事も可能ではあるが、ヴェルナーは自分自身も含めて馬を換えないように配慮している。
ガームリヒ側騎士の方が図体がよく、鎧もしっかり着込んでいるため馬への負担が大きい。一方のヴェルナーは馬も本人自身も力を温存しながら、相手の槍にこちらの槍を当てて衝撃と力を受け流すだけにしていた。
最初のうち、ガームリヒ側は怒りに任せて頭を狙っていたが、そろそろ向こうも冷静になる頃だろうと内心でヴェルナーは判断している。
ガームリヒ側が走り出した。ヴェルナーも応じるように馬腹を蹴る。蹴る強さの違いがあったのに気が付いたのか、勇敢は今までよりも速いペースで走り出した。
四回も走れば敵味方の攻撃範囲を把握できる。ヴェルナー自身、槍同士で長時間の戦いをしていなかったため今まで理解してはいなかったが、《槍術》スキルには相手の得物が槍ならその間合いまで自信をもって把握できるという特徴もあったようである。
ガームリヒ側の構えが先ほどまでと違っている事を確認し、ヴェルナーは途中でもう一度馬腹を蹴った。スピードを上げて一気に距離を詰める。
あえて相手の槍を受け流す形だけにしてきたが、四回も繰り返せば、相手の方もいい加減頭に上った血が下がる。冷静になったつもりの状態で、元気だと言うアピールをしなくなり、槍先を下げたままのヴェルナーは疲労しているように見えた。
ガームリヒの構えは“猪の牙”と呼ばれるまっすぐに相手に槍先を向けた形。馬上槍試合などでよくあるあの体勢である。ヴェルナーは頭を狙うのではなく、体を狙い馬から落としに来ていることを確信した。
相手の槍が勇敢の顔の横側に来たところで、ヴェルナーは槍先を勢いよく持ち上げ相手の槍にぶつけた。槍を跳ね上げられた相手の体勢が崩れた。
同時に疲労している相手の馬が踏み込みを乱し、相手が馬上で踏みとどまるのがやっとなぐらい体を傾ける。
そのまま槍の柄同士を擦らせるような形で、相手の槍に沿わせるように槍を滑らせた。敵の槍の柄がヴェルナーの刺突のためのガイドレールとなる。
ヴェルナーは相手の槍を利用して持ち手の体に向かわせながら、ほんの少しだけ角度を変える。ぐっ、と股に力を入れて馬腹を締めると、理解したかのように勇敢が力強く駆け抜けた。
「なっ!?」
「おうりゃぁぁっ!」
いままでと違う音が会場に響き、ヴェルナーの腕を衝撃が襲った。攻撃を当てた側のヴェルナーですら体が傾ぎ槍が持っていかれそうになる。それでもかろうじてヴェルナーは体勢を立て直し、馬の足を止めて振り向いた。
同時に重たいものが地面に落ちる音が響く。勢いに押され激突位置よりもヴェルナーの側に落ちている。沈黙が会場を支配する中で、相手が馬上から落ちたことによるルールにのっとり、ヴェルナーは馬から降りた。
勇敢がそのまま会場の端まで走り去り、その場にいたノイラートに抑えられる。ガームリヒ側の馬も騎士が落馬したまま同じように会場の端まで走りぬけ、その場で騎士に抑えられた。
一瞬の沈黙。微かにリリーが安堵の息をついた途端、ガームリヒ側の騎士が小さく身じろぎした。
「ぐぐぐ……」
「あの一撃でまだ起き上がるの?」
地面に落ちたガームリヒ側が小さく唸りながら立ち上がり、リリーの傍にいたアネットが思わずといった感じで口走った。その発言にかぶせるようなガームリヒ伯爵の大声が審判席の反対側で上がる。
「そうだ、ツェアフェルトごときに負けるな! その小僧を倒せ!」
「やれ、やってしまえ!」
コルトレツィス侯爵家の嫡男クヌートが続けて声を上げると、それに応じるように起き上がったガームリヒ側が器用に右手だけで剣を引き抜く。観客席から歓声があがる。
地上戦に移行すると判断したヴェルナーが黙って槍を地面に刺し、剣を抜いた。ここからは剣と剣の勝負となる。
本当かよ、というのが本心だ。俺の一撃は左肩に食い込んでいた。相手は左手は使えないはず。立ち上がるぐらいはまだしも、相当な激痛を感じているだろうから戦えるとは思えないんだが。
ローマの剣闘士も相当な怪我でも戦う事をやめなかった事があるとは知っていたが、まさか肩に穂先が食い込んだ後でも剣を抜くほど根性があったとは。
「負けん……負けん……負けんんんっ!」
「何っ!?」
次の瞬間、一気に距離を詰められ一撃。かろうじて剣を両手で持つことでその一撃を受け止めた。右手だけの一振りとは思えんほどの衝撃が両手に襲い掛かる。
妙だ、としか言いようがない。左肩からは血が噴き出し銀色の鎧の上に赤い流れを作っている。にもかかわらずこの一撃だ。こいつ痛みを感じていないのか?
「うがあああああっ!」
「くっ!」
力任せに押し込んでくる相手の剣を流した。距離を取るため一歩下がるが、更に相手が無造作に距離を詰めてきて、再び振るわれた一撃をかろうじて躱す。髪の毛の数本ぐらいは持っていかれたかもしれない。
魔将と違って恐怖は感じない。代わりにあるのは違和感だ。大きく踏み込んで剣を突きだすとそれを弾かれる。手に衝撃が伝わって来た。すれ違うように移動し距離を取る。
「ふぐぅー……ふごぉ……」
「おいおい、人じゃないみたいな声を出すなよ」
人というより野生の獣って感じだ。一瞬、こいつ実は魔族なのかと思ったがその考えはすぐに捨てた。今の王都に魔族が入り込めるとは思っていない。王国もそこまで大きなミスはしていないだろうと信じられる。とすると何だろうか。
「うごおおぉぉっ!」
「くうっ!」
客席から悲鳴のような声が上がった。打ち合ったとたん、体重をかけて押し込んできたせいで、俺の体勢が崩れたからだ。肩口に剣が当たったが、鎧のおかげでかろうじて傷は負っていない。
受け流すように剣を逸らしたが、次の瞬間、自分が吹っ飛ばされたことを自覚した。蹴り飛ばされたと判断するより早く地上で数度転がり跳ね起きる。そのまま剣を横薙ぎに振るうと相手の胴に当たり火花が散った。
相手の位置を剣で確認できたのでそれから離れる方向に身を躱す。
「ぐっ……!」
「ヴェルナー様っ!?」
悲鳴が上がる中で俺の名も呼ばれたようだが誰の声かを理解する暇もない。ギリギリで躱し損ねて額が切られた。幸い深くはなさそうだし流れ出た血が目に入ることもない。むしろ冷汗の方が目に入りそうになる。
口の中が砂っぽくなったのはさっき転がった時のせいだろう。唾を吐く。そう言えば例の拡声魔法もいつの間にか止まっているな。
少しだけ視線を動かし奴の背後にある審判席に視線を向けると、大神官の服を着た二人が何か話をしている。片方はレッペ大神官、もう一人がこの裁判書類の手続きを受けたマラヴォワ大神官だろうか。どうやら中断にも邪魔が入っているようだな。
いっそ相手の外見が魔物のように変化していれば中断したのだろうが、今の段階では様子がおかしくても中止するのには決定的な要因ではないという事か。
少し意外だったのはガームリヒ伯爵が沈黙している事だ。伯爵は武断派の一人だから自分も武術の心得があるはず。自分の側の騎士がおかしいのにも気が付いているのだろう。その近くでやれだの切れだの言ってる奴はうるさいな。
リリーが蒼白になってこっちを見ている。額の傷は血の量が目立つからな。とは言えさすがに無事をアピールする余裕はない。それらを一回で視界に捉えると、その視線の端で将爵は軽くうなずいた。最悪の場合、殺してもよいという事だなと俺も納得する。
なるべく殺さないようにするのがこの決闘裁判だが、向こうが普通じゃない状態としか思えないし、確実に殺しに来ているのだからやむを得ない。呼吸を整えて剣を構えなおす。
「ふごぉ……うごぉー……うおおおおおっ!」
呼吸を整えていた相手が再び右手一本とは思えない勢いで剣を振り下ろしてくる。両手で受けたが衝撃が凄い。鍔迫り合いのような恰好になると、相手が涎を垂らしながら俺に顔を向けているが、視線は俺を見ていないことがわかる。
それ以上は考える暇もない。左足を逆に踏み込んだ。体を傾けると同時に左手を柄から離し、今度は俺の剣に添わせるようにして相手の剣を受け流す。
そのまま、相手は片手で持っているため、俺が握りこむスペースが開いている相手の剣柄を左手で抑え込みつつ、懐に飛び込み刃ではなく柄頭を相手の顔面に叩き込んだ。
「ごあっ!」
「おらあっ!」
顔面を叩かれた相手が半歩だけ後ろに下がる。その距離がむしろベストだ。右足を振り上げて股間部分に正面から踵を叩き込んだ。相手が思いっきり前のめりになる。
大きくできた隙だが、かろうじて自制した。ガームリヒ伯爵家に好意はないが、この男に恨みがあるわけでもない。この状況について後で話が聞きたいという事もある。俺は剣の平を相手の首筋に叩きつけた。
前のめりになった姿勢そのままに、相手の男がその場に崩れ落ちた。
しばらくの沈黙の後、審判役のレッペ大神官が静かに声を上げる。
「ガームリヒ側の騎士は立ち上がることはできない様子である。この勝負、ハルティング側の騎士の勝利と認める。ゆえにこの裁判はハルティング側の主張を正しいと認め、マゼル・ハルティングの無罪を宣言する!」
大歓声があがり、拍手が会場を覆いつくした。俺は大きく息を吐きだし剣を掲げて一礼。勇者側の勝利、勝ってほしい側が勝ったんだから大歓声も当然か。
俺は一度観客席側に手を振ってアピールすると、もう一度拍手と歓声があがった。
審判席の前に向かいそこでレッペ大神官に一礼。あっちで俺を睨んでいるのはガームリヒ伯爵と、その近くでさっきから騒いでいたハンサムさんはコルトレツィス侯爵家の若様ですかね。
遠目で見てもわかるほど安心したようなリリーの顔を見、ちょっと笑顔を浮かべてわざとらしく一礼。歓声があがり続ける観客席に対し、手を振りながら控室に戻る。
マゼルの裁判とかいう馬鹿馬鹿しい件はひとまずこれで終わりだろうが、まだ貴族間のアレコレとか王都襲撃問題とか、肝心の所は全然終わってはいないんだよなあ。とはいえ大物貴族相手に俺の出る幕はないと思うけど。次は何があるやら。
ヴェルナーが決闘場を去った後、熱気に包まれたままの客席を一度だけ見やり、その場を立ち去りながら男が不愉快そうな声を隠しきれずに小声でつぶやく。
「とんだ茶番だ」
「は……」
「これ以上この問題を長引かせると王室が教会に干渉してくるだろう」
王国側に利用される結果に終わった事に不快感と不満が隠しきれていない。表情に出さず声は抑えつつであるが、傍に従う男に短く指示を出した。
「こちらのほうは早急に処理せよ」
「承知いたしました」
全体の流れは変えませんが後日書き直すかもです(推敲の時間が…)




