――170――
応援、評価、感想等いつもありがとうございます!
ブクマも増え続けていて本当に嬉しいです!
誤字報告もありがとうございます、本当に感謝いたします。
とりあえずまずは更新頑張ります!
「ツェアフェルト子爵、子爵は貴族としての誇りはないのか」
今度は会場の参加者側での交戦ならぬ口戦の番か。これも会場全体に拡大されているようだ。相手から声を発したのはあれだろうか、告発側の方を優先とかいうルールでもあるんだろうか。いずれにしてもとりあえず沈黙しておく。
対戦相手の情報はある。こいつはガームリヒ伯爵の実弟で、俺とマゼルのせいで廃嫡された男の叔父にあたる人物だ。現在はガームリヒ伯爵家で家騎士団の団長という立場であるらしい。なるほどと思うぐらいにはごつい体格をしている。
ただ、本来の団長だった人物はあの魔物暴走の際に猪突して戦死したそうだ。そういう意味では実力的にはナンバーツー。とはいえ、このおっさんもがっしりした鎧を着ていて、騎士らしい外見。脳筋世界でもあるし実力も当然あるんだろう。
俺が何も言わなかったことをどう考えたのか知らんが、相手が自分たちの正しさを主張するかのように大声を張り上げる。
「そもそも子爵は普段の態度が問題がありすぎる。浪費子爵などと言う噂が流れること自体、青い血でさえない様子」
会場の風向きが予想と違っていると判断したんだろう。マゼルやラウラをではなく、俺個人を攻撃する方向に切り替えてきたようだな。その判断自体は間違っていない。
なおこれもややこしいが、“青い血”というのはこの世界だと蔑称になる。
前世だと労働する必要がない肌が真っ白な貴族を指し、高貴な血筋を表す時に使われていたが、なにせこの世界では貴族の中にも魔物退治に参加し剣を振るう人間がいるのが普通。むしろ運動しておらず肌が白いのは自慢にならない。
その上、青い血や紫色の血を持つ魔獣や魔物がいて、そいつらは人間を襲い、人的被害も出る。そのためこの世界で『お前は青い血の持ち主だ』と言うのは『魔物のように残忍だ』とか『魔物のように野蛮だ』とかそんな意味になるわけだ。
もっとも魔物の場合、その血の色が違うのは魔力のせいらしいんだがその辺は詳しく知らん。この“青い血”という表現の違いに最初は俺も戸惑ったがここだとこれが普通。
なのでさっきの台詞を翻訳すると「金遣いが荒いだけで戦うことさえできない、魔物以下ですな」とでも言ったところか。この辺の言い回しは本当に複雑だ。
しかし魔物以下ってのが相手に対する恐怖ではなく侮蔑の表現になるのは脳筋世界の一面だよなあ。とはいえ、俺に対する誹謗中傷なら別に気にもしないが言われっぱなしは都合が悪い。そろそろこっちからも反撃させてもらおう。
「臭い」
「何?」
突然口を開いた俺の一声に、何を言われたのかわからないという反応をされたんで言葉を継ぐ。
「口が臭い。近づくな」
「な……」
絶句された。まあそうだろう。普通は自分たちの正しさを主張するのがこの時間であるはずだ。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
だがこっちはそれで十分だ。ここでたたみかける。
「口を開くな、近づくな。せめて風呂に入って出直してこい」
顔の前で片手をひらひらさせる。観客席からくすくすという笑いが漏れ始めた。観客からは臭いのが事実かどうかわからんしな。
「勇者殿や聖女様に何も問題がない、という事もわからないほど目や頭の中身も腐っているのだろうが、口まで臭いのはたまらん」
相手の怒りで赤く染まった顔を見て、今度は大げさに肩を竦める。
「観客の前で事実を指摘されたからと言って赤面するなよ。恥ずかしい」
「この恥知らずの小僧、殺してやる!」
おーお、随分直接的なお言葉でございますこと。会場に聞こえてるぞ。誇りを重んじる貴族や騎士だけにすっかり頭に血が上ったみたいだ。どすどすと勝手に自分の馬の方に歩み去ってしまい、ガームリヒ伯爵が告発人席で憮然としている。離れた所で見ていれば挑発だと解るからな。
だが、言葉よりしぐさや視線で相手の感情というものは伝わるものだ。だから目の前の相手は俺が小馬鹿にしているという感情をストレートに受けて激怒し、遠くのガームリヒ伯爵は挑発に乗った弟に憮然としているのだろう。
そしてそれは観客も同じ。なまじ視線や表情が見えていないからこそ、あの程度の挑発に乗るなんて、と相手を馬鹿にする方に思考が働く。この場合むしろ俺が観客の思考を誘導しているというべきだろうか。
審判席とこっちを見ているリリーに軽く一礼して俺も自分の馬のもとに向かい、ノイラートから手綱を受け取る。さっきセイファート将爵が呆れたように首を振っていたのは、他にもっといい手はないのかとでもいいたかったんだろうなあ。
品がないと言われたら反論の余地はないので、将爵の表情はひとまず忘れておく。
この世界の決闘だとルールとして双方が合意すれば盾を使う、使わないを決められる。今回は両方とも盾はない。
試合でも決闘でも頭を狙うことは認められているが、揺れる馬上で頭のような、小さな動く的を狙えるのはよほどの熟練者だ。普通は胴体を狙う。俺もさすがに頭を狙うつもりはない。
前世、馬上槍試合の場合は盾を使う事が多い。あれに当たって試合用の槍、通称“平和の槍”が砕けるのが馬上槍試合の醍醐味といえる。
実際、試合としての馬上槍試合だとあまり騎士が落ちるという事はない。前世での記録で、とある騎士はその大会中に平和の槍三〇〇本を砕いたものの、馬上から相手を突き落とせたのは六人だけだったらしい。
とはいえ平和の槍と言いつつ試合でも死人は出る。目に当たって死んだフランス国王アンリ二世が有名だろうか。笑えない例としてはご婦人の前で格好つけて鎧を脱がずにいたせいで熱中症で死んだ騎士とかの話もあるらしい。そういう死に方は勘弁してほしいもんだ。
馬上、鞍に跨り槍を受け取る。鐙に足を乗せるが、普通はこの時あまり深く足を入れてはいけない。落馬時に足だけ抜けずに大変なことになる。かといってしっかり踏みしめないと武器の威力がでない。鐙の高さ調整とか足の位置とかはもう本当に経験の産物だ。
上体を起こして胸を張り、膝は真下に落として深い騎座姿勢で鞍に座る。鞍にしっかり座っていないと反撞で体が大きく上下するたびに鞍に尻餅をついて馬の背に体重による衝撃を繰り返すことになり、衝撃を嫌がった馬が勝手に速度を落としてしまう。
白状すると学生の頃、俺はこの上体を起こしておくのが下手だった。逆に仰け反ると手綱を引く形になるんで、手綱を引かれた馬が速度を落としてしまうんだ。疾走しているときの鞍はほとんど上下に動かず、前後に動くという方が近いのもある。
ちなみに全力疾走させる場合は、前傾になって太腿で鞍を押さえて尻を鞍から浮かせておくこともある。競馬の騎手の姿勢と言うとわかりやすいだろうか。ただ、あの姿勢を長時間続けるのは人間の側もかなりきつい。短距離疾走用だな。
そんなことを考えながらゆっくり会場の端まで移動。向こうはもうやる気十分の様子なのが遠目でも解るが、表に出さないようにしつつもやる気十分なのはお互い様だ。何より俺は負けるわけにはいかないんでな。
木製のラッパから出るような、不思議な感じの開始の音が響く。この世界に住む巨大山羊と言う、背中に人間が六人ぐらい乗れそうなサイズがある魔物の山羊角を使った楽器の音だ。
この魔物の角は山羊のくせに鹿のように先端に行くにつれ途中から枝分かれする。実にファンタジーだ。主目的は肉と革だが、角の先端側には空洞になる部分があり、加工することで吹奏楽器として使用できるようになる。
ただ、魔物の素材から作られるため品質のばらつきが大きく、いい音が出る山羊角笛は宝石よりも貴重品。
わざわざこんなものを持ち出して来たのは、恐らくどこかで見ているだろう各国の大使館職員を相手に、我が国はお金持ちでございますというアピールのためだろう。この会場、ほぼすべてが演出だ。
一瞬そんなことを考えたが、砂煙を上げて走る相手を確認しすぐに自分も馬を走らせる。最初の一発目は俺自身の確認のため。相手と交差するあたりで速さを槍に乗せるためにタイミングを計りたい。
だがそれはそれとして観客席の皆様に喜んでいただかないと。
「うおおおおっ!」
「はあぁっ!」
最初の交差。重く、がしっという振動が手に伝わると同時に、周囲から大歓声が空に向けるように響き渡る。
金属と金属が勢いよく激突したため火花が散り独特の臭いが一瞬だけ鼻につくが、すぐに馬の勢いもありその場から遠ざかった。相手もさすがは伯爵家の家騎士団長だな。手に多少の痺れが来る。
だが冷静さを失っていて、怒りに任せての一撃だから強さはあっても命中精度という意味では低い。挑発に乗って予想通りに俺の頭を狙ってきたから、相手の柄に俺の槍の柄を当てて逸らすことができた。
体勢を崩すことなく一度闘技場の端まで走り抜け、そこで馬を回して再び中央を向く。軽く馬を撫でると落ち着いている。今更ながら勇敢はいい馬だな。
「よし、次もよろしく頼むぜ」
馬の首筋を軽く叩き、声をかけてから大きく槍を振り回す。相手がまた会場全体に響くような怒声を上げて馬を駆けさせたのを見計らい、俺も軽く馬腹を蹴った。
今日は(数日かけて書いていた)エッセイの方も上げたので
ご指摘の矛盾点等は後日確認しますー(汗




