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歓声の中、決闘裁判の会場である闘技場に出て会場全体を見回す。会場の左右両端から馬を走らせるとちょうど中央で交差するとして、その交差する所を真横から見る形になる所に審判席がある。審判席の周囲が貴族用の席で客席全体のほぼ半分。残り半分が平民用……って。
驚いて吹き出しそうになるのをかろうじて堪えた。今回、王族は誰も会場に来ないと聞いていたんだが、平民席の最前列でお忍び貴族感が隠しきれてないのは王太孫殿下とシュラム侯爵令嬢じゃないか。周囲には護衛らしい人たちもいる。
デートに連れて来るにはここはちょっと殺伐としていませんかね。それともこの世界だとこれも普通なんだろうか。とりあえず俺は考えるのをやめた。
向こうは変装しているつもりなのだろうから俺も気が付かなかったふりをしておこう。
馬は先に会場入りしていて、ノイラートが手綱を預かっている。これもこの世界独自のルールで、シュンツェルが相手の馬を確認に行くのと同時に、相手の騎士の一人が俺の馬を調べに来る。馬に変な装備を付けていないかどうかの確認をしに来たらしい。
俺は考えたこともなかったが、前世でも戦場で馬に鎧を着せた事があるんだから、魔法のある世界なら馬に何か装備させることを考える人がいてもおかしくはない。この辺りの世代間相違ならぬ世界間相違とでもいうものはこの歳でもまだ時々まごつくなあ。
ちなみに王家からの賜りものであるため馬の名前を変えるような真似はできない。だからこの馬の名前は報酬としていただいたときから勇敢のままだ。俺の方が名前負けしてるような気がするのは気のせいだろうか。
リリーの傍にアネットさんがいてくれるのを確認してとりあえずひと安心。今のところ何もないみたいだな。その近くにセイファート将爵がいるのは空気が読めない奴の牽制をしてくれているのだろう。
武器を一度預けて審判席の前に俺と相手の騎士が並び、その場で片膝をつく。前世の決闘の場合、ここで定型文だが形だけでも審判が和解を勧告する。神は争いを望まないので話し合いで解決しろとかそんな言葉だが、この世界ではそんな形式はない。これ以前の段階ならともかく、ここまで来てから「はい和睦します」って言う事は前世でもあんまりないんじゃないかと思うけど。
「双方、最後の主張を述べることを許す」
前触れも何もなくレッペ大神官の発言が会場全体に響いた。これはフィノイでもあった声を拡大させるやつか。よく見るとここで使われているのは魔法かと思ったら魔道具のようだ。って、あれ?
信仰の中心地であるフィノイならまだわかるが、ここは王都だ。王都で陛下が臨席する閲兵式みたいな場でさえ使わないものを神殿が使っている。誰も違和感を持っていないようだが、それほど神殿には力があるのか。
あるいは、俺が思っているよりも神殿には古代王国関連の技術があるのだろうか。ひょっとして宗教か神殿関係の記録から調べていくと古代王国を調べるとっかかりになるんじゃないだろうか。どこから調べるかさえ決めかねていたんだから、ヒントにはなるかもしれない。
「そもそも、王族の一人であるはずの第二王女殿下が……」
あ、余計なことを考えていたら立ち上がっていたガームリヒ伯爵の主張と言うか演説が始まってた。うっかり最初のあたり聞き飛ばしていた。
前世だと神に対して自分の正しさを主張するのがこの演説の目的なんだが、この世界では何が目的なんだろう。罰を与える際の理由を先んじて公表しておくとか、その辺が目的なのかもしれない。密室裁判よりは健全なのか。
途中から聞き始めたが、伯爵の言い分は意外なほど抑制された内容だ。もっとマゼルを貶めようとするかと思った。とは言え今の段階でそれをやると会場のそこかしこからブーイングでも起きそうな気配ではあるんでさすがにそこまで鈍くはないか。
余談だがブーイングという言葉そのものは一八〇〇年代の物だが、紀元前六世紀ごろの古代ギリシャでは既に聴衆が不快感を示す際に口笛を吹いたり大声で叫んだとされている。野次を表すhootという言葉は一二〇〇年代あたりからあるな。
「ゆえに貴族である私は、王族に対する危機と判断し、今回、平民を訴えたのである」
ぱらぱらと貴族席の一部から拍手が起きるが多くは無反応。俺の背中に目はないが、平民たちの側からは白い眼が向けられているような気もする。解りやすすぎるデマって逆効果だしなあ。
あと“貴族”“平民”の所に妙に力を込めていたのはリリーを牽制したつもりなのかもしれんけど、俺とリリーは王太子殿下がお前さんたちに怒ってるのを見てるから効果ないぞ。
……あの怒り、本心だったんだろうか。まさかこういう場面を想定した演技じゃないよな? 貴族にとって怒りもまた武器だ、と父に言われた経験があるだけに何かちょっと背筋が冷たくなるものを感じる。
「代理被告人、主張を」
「はい」
今度はリリーの番。緊張しているようだったが、俺と目が合ったんで頷いてみせる。リリーも頷き返し、決意を込めた様子で立ち上がった。無実をアピールするため、白系色を基調にした服が貴族のカラフルな集団の中で逆にひときわ映えている。
その光景を見て、ようやく王太子殿下がマゼルが戻らないうちにこの決闘裁判を開催した理由の全体像を理解し、かろうじて舌打ちを堪えた。
「私は、マゼル・ハルティングの妹である、リリーと申します。このたび、兄への誹謗に対して、皆様にお伝えしたい事がございます」
この決闘の場、訴えられたのは勇者であるが、マゼル本人も聖女もここにはいない。代理とはいえ、被告人席に座っているのはリリーだ。この光景、この場面を見れば何も知らない民衆や騎士、一部貴族でさえこう思うだろう。『あの貴族、勇者がいないところでその妹を晒しものにしている』と。
この印象はかなり大きい。前世中世での一部裁判のように、訴えられた側の傍に火あぶり処刑用の薪の山でも積まれていたらもっとその印象が強くなったかもしれない。それこそ、噂は目立つ所だけ切り取られて広がるものだ。
「私も兄も、生まれた家を失いました。魔物の襲撃によって、焼かれてしまったからです。それでも、兄は今でも魔王討伐のための旅を続けています」
そしてこの裁判、実はコルトレツィス侯爵家が裏で糸を引いていたものだと後から知ればどうか。勇者に冤罪をかけ、その妹を晒しものにしたうえ、自分たちは他の貴族の影に隠れていた大貴族。解りやすい悪党というレッテルを貼ることができる。今後、そういう噂を流していくのだろうし。
その後で王家がコルトレツィスを処罰することを発表したら、市民はむしろ拍手して賛成するだろう。魔軍対策の軍事行動と異なり、国と貴族との戦いとなると民からすればあまり関係はないから、こちらが正義ですという印象操作は有効だと言える。
「ですが、何かを失ったのは、私たち兄妹だけではないと思います。多くの人が、魔軍に大事なものを、大切な人を、奪われてるはずです。今この時も、どこかで。兄はそれを食い止めるため、戦っています」
それだけではなく、この世界でも貴族や騎士は夫人や令嬢を重んじるというか、敬意を払う事が普通だ。つまり本来ならリリーを庇う側に立つ事こそ騎士の誇りとさえいえる。そんな中でこの状況が引き起こされたことでどうなるか。
今現在、コルトレツィス侯爵に近い貴族がいたとする。その貴族が今後、王家の側へと寝返ろうとした場合には『勇者の妹君、かつ女性を、虚偽で晒しものにした侯爵家には、騎士としてこれ以上ついて行けません』と言うことができる。負けそうだから寝返ります、とかいう恥をかかずに済むのは貴族の面子から見れば大きい。
つまりこのシーンを演出した真の目的は、侯爵と近い貴族たちに裏切るための口実を準備したわけだ。この決闘裁判で王家側は侯爵側の貴族をリスト化しただけでなく、切り崩し寝返らせるための下準備を終えたことになる。
しかもこの後で民衆の評価を受ける形で誣告側に処罰を加えることで、他国も含む潜在的な敵に対しても釘をさす事ができる。勇者に妙な真似をすると民衆も敵に回るぞ、という実例として。
「兄は王女様たちと戦いを続けています。でもそれは、自分のためにではありません。まして王女様に非礼を働くようなことは絶対にありません。どうか、王女様と兄を信じてください。そして、兄の旅に皆様のお力をお貸しください」
深々と頭を下げて入るリリーに拍手が起きたが俺の耳には入っていない。けどリリーに対しては頷いて笑顔を浮かべておく。こういう時はポーカーフェイスの方がよほど楽だな。
計画としては悪い策じゃないと思う。コルトレツィス側に対する印象操作と言うか、レッテル貼りとしてだけでも十分だ。とはいえ俺が囮になるのはかまわんのだがこの状況は釈然としない。
国としてはこういう手段もあるという程度には理解しているし、この裁判の件を放置しておくともっと大きな問題になった可能性の方も大きい。今後の布石になるのも政治の観点から見れば解るんだが、そこは理屈じゃなくてな。
大きく深呼吸。感情に負けると試合に負ける。
馬に似合いそうな名前ってなんだろうとさんざん悩んだのはここだけの話です。
描写が秀逸な映画『最後の決闘裁判』は面白かったですが、
私の筆力だとあれを文章で表現するのは難しいですねー。
とは言え雰囲気はすごーくよくわかる映画でした。
個人的には小説より映画の方が好きかな?




