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大変ご心配をおかけいたしました。
現在進行形でまだ私生活の方が混乱しておりますが、ひとまず更新再開いたします。
お待ちくださいました皆様には心からの御礼を申し上げます。
休んでいる間にたくさんの応援、ご心配のコメント、それに二件のレビューまでいただきました、本当にありがとうございます!
決闘を二日後に控えての昼。会議室に集まった各大臣たちは国王、王太子、宰相らが入室するまでの時間に雑談を交わしていた。
「そう言えば明後日に決闘ですな。皆様は行かれるので」
「行かぬよ。勝敗が見えているのに興味はない」
「儂は行かぬわけにいかんがの」
セイファート将爵の発言に何人かが笑い声をあげる。だが実際、多くの大臣たちからすればこの決闘には多少の興味はあってもわざわざ足を運ぶ必要性は感じていない。ハルティング一家の責任者である将爵のみが例外である。
「わざわざ馬上騎馬からの開催にしたのだ、行く必要もあるまいが」
そもそも国と勇者との関係がある。間違ってもここでヴェルナーに事故死などされてはヴァイン王国としては困るのだ。そしてヴェルナーが《槍術》スキルを持っていることは国として把握済みである。
決闘と言うと何か公平なような印象を持つが、実際はそのようなものではない。以前には王の側近を勝たせるためにその得意武器である斧だけしか使ってはいけないというルールで行われた例さえある。審判側で内容を変えることができるのだ。
デリッツダムが偽造書類を用いて来るのであれば、こちらはルールを決める側の特権を利用しただけであり、この世界での駆け引きという観点で見ればむしろ常識的な方である。国益の立場からみればこの程度の細工は細工の内には入らないであろう。
知らぬはヴェルナーを含む当事者たちだけであったかもしれない。
「演出としても馬上一騎打ちと言うのも庶民受けしますしな」
「それは否定できぬ」
遠くの勇者より近くの貴族である。勇者への誹謗中傷に立ちはだかる存在は国としても派手に勝たせたい。そのためには決闘場の中央で打ち合いをする近接戦闘で始めるより、決闘場全体を使う形となる、走る馬から始まる馬上一騎打ちの方が絵になるのだ。
ヴェルナー自身は撒き餌と自覚していたが、それは貴族に対する撒き餌であると同時に民衆に対する看板でもある。それはこの場にいる全員が理解はしていた。
「王太子殿下は時期が早くなりすぎたと不満を言っておりましたな」
「早くなったというだけで計画通りではあるのじゃよ」
馬上一騎打ちの場合、勝敗には馬が大きく影響してくる。衝撃を受け止めた際に馬が動揺すると馬上の騎士が態勢を崩してしまうからだ。臆病な馬だとすれ違う直前に逃げる方向に動いてしまい、騎士の狙いや間合いが狂う事もある。
「だからこそ王室はアンハイム戦の報酬としてヴェルナー卿に馬を与えたのですな」
「ヴェルナー卿の相手も、もう少し大物を狙っておったのかも」
あの時点で既にこの流れを想定していたのか、と何人かが苦笑する。展開の速さや相手に計算外の要素があったものの、全体からみれば予定通りのイベントであるのだ。
いわば出来レースに近いものであることを悟られないような細工はしているが、ツェアフェルト伯爵家当主はこの場で無表情のまま口をつぐんでおり、コルトレツィス侯爵家側は情報収集力が低下している事もあってそれも問題となっていない。
「ガームリヒ伯爵側は欺瞞情報に引っかかっておるようですが」
「隠されていると思われる情報を手に入れた時は事実だと信じたくなるものだからな。子爵は巧くやっている」
ヴェルナーが流している話はシンプルにガームリヒ伯爵の元嫡子が学園でやらかした事実と、その際に勇者がいた事だけだ。ただ、マゼルがいた事に関しては「あの時はマゼルがいてくれたから助かった」という点を強調しているだけである。それも嘘ではないだろう。
だが見栄えばかりの鎧を発注したという情報や、個人的には目立つ武功がないという事実と合わさるとそれらが一つの流れとなる。個人としてのヴェルナー・ファン・ツェアフェルトは強くないだろう、という方向に。
皮肉なことだが、事態が早く進みすぎた結果、ヴェルナーが魔将と直接対峙したのを見た事がある人間のほとんどはアンハイムに残っている。
数少ない例外であるゲッケの傭兵隊は現時点でヴェルナーとの契約が維持されているため、雇い主に対する不利な情報を漏らすことはない。情報操作という面では事態が早く動いたことがプラスに働いていたのである。
「国王陛下、御入室です」
話を続けようとしたところで国王と王太子、それに宰相が到着したため全員が立ち上がり一礼する。全員を着席させるとすぐに王が口を開いた。
「皆、ご苦労。外交の方から始めよう。勇者の件、西方二国はどのような反応か」
「両国ともいまだに魔軍に苦しめられていることもあり、デリッツダムに勇者が留まりかねないという状況に対しては憤慨しておりました」
外務大臣であるエクヴォルトがそれに応じる。事実、ヴァイン王国の西側にある二国はまだ勇者らが足を運んでいない地域であり、デリッツダムのとった行動に対しては怒りを覚えている。だがその一方で別の不安を抱えていることも事実だ。
なお大陸中央にあるヴァイン王国では、大雑把に『西方二国』『南方二国』『東方三国』という言い方をする事もあるが、無論それぞれの国にはそれぞれの国際関係があり、ヴァイン王国から見て同じ方向にあるからといって仲がいいとは限らない。
また南方二国のうちトライオットが滅んでいるため、現在では南方はデリッツダム一国となっている。
「ただ、ヴァイン王国が勇者を抱え込む点に関しては難色を示しているのも事実です」
勇者をヴァイン王国が“貸した”形になると、ヴァイン王国との間に外交上の貸し借りが発生してしまう。西方二国がそれを危惧しているとの外務大臣の発言に、王も頷いて理解を示した。
「今は魔王対策が最優先じゃ。勇者への謝礼は勇者本人に届けよう、と余の言を伝えておけ」
「かしこまりました」
国としては謝礼を求めない、という意味である。その一方、妙な謝礼、例えば姫や令嬢などを贈ってきたら送り返すぞ、という意味でもあるが。
「東方三国は」
「レスラトガは我が国と共同歩調をとるとのことです。北のザーロイス島国は条件を付けてまいりました」
「条件とは」
「魔軍四天王との戦いで大型船を多数失っており、交易に差しさわりが起きているようです」
内容を聞き、王は少し考えると頷いた。
「解った。我が国からの交易船の便数を増やすことを認める。ただし関税に関しては妥協をするな」
「ははっ」
「我が国からの便は複数の貴族家に割り当てよ。交易の利が偏在せぬように」
単純に船の便数だけ増やせばいいわけでもない。この世界、海の上にも魔物は出るので、戦闘員を乗せる必要のある船の交易にかかる負担は決して軽くないのだ。
その意味ではハイリスクハイリターンな役目であり、特定の貴族にのみやらせると労多く利の少ない役目に不満がたまるか、交易が大成功して周辺との領政バランスが変わるような問題が生じる。そのあたりの調整を宰相に命じた。
「かしこまりました」
「東南ファルリッツは今のところ返答がございません」
「現在のファルリッツ王妃は確かデリッツダムの王女であったな」
「その通りでございます」
王太子ヒュベルが確認の意味で問いかけ、外務大臣が頷く。王がしばらく沈黙して頷いた。
「よかろう。ファルリッツはしばらく放置する。現状で五対一じゃ。少なくとも積極的にデリッツダムの側に立つこともするまい」
「ははっ」
「西方二国とザーロイスが同意した後、デリッツダムに対し五か国連名で抗議文を送る。後は相手の出方を待つことにしよう。今の段階ではその件はそこまででよい。次に国内問題であるが」
「コルトレツィス侯爵家の件ですが、一つ気になる点が」
王太子が口を開き、全員が視線を向ける。
「騎士団長、コルトレツィス侯爵家を攻めるとなるとどの程度の期間が必要となる?」
「魔軍対策のため出陣準備は整っているものの、城塞攻略となると予定が変わるため時間も必要です。侯爵家の抵抗次第としても移動にかかる日数も考えれば二か月は見ておく必要があると思われます」
「同感です。魔軍対策用の戦闘準備とは異なりますし、侯爵夫人は簡単に降伏しないでしょう」
第一、第二騎士団長の返答を確認し、王太子が頷く。
「二か月間、王都から騎士団がいなくなった場合、ウーヴェ老の申しました“予言”の方が危惧されます」
「騎士団が留守の間に、魔軍が攻め込んでくると申すか」
「その可能性を考慮しなければなりますまい」
王の疑問に応じた王太子の発言にセイファート将爵が頷く。
「確かに、あり得ますな。魔軍が裏で糸を引いていたとすれば、この時期にコルトレツィス侯爵家が暴走したのも解ります」
「ではまずは他の貴族家にコルトレツィスを攻めさせるか?」
「いや、どの家も魔軍対策の方が優先だろう。拒否はしないであろうがずるずると続くことになりかねん」
騎士団長や宰相らからしばらく意見が飛び交ったが、当面は予定通りにするという形で落ち着いた。王都襲撃の可能性を考慮すると、人手が足りないのである。
コルトレツィス側を弱体化させる方向で動き、焦った相手側が手を伸ばしすぎたときにその手を掴んで引きずり出すという事で、相手の動きを待つことになった。
「ここはヴェルナー卿のやり方に倣って、情報のほかにコルトレツィス領の精密な地図を作っておこうか。斥候を多く出し図を作っておくように」
「ははっ」
「そう言えばツェアフェルト伯爵襲撃未遂犯の件だが。犯人は何か自供したか?」
「今の段階では何も」
この事件に関してはヴェルナーはおろか、インゴの妻であるクラウディアの耳にも入っていない。ヴェルナーの知らぬところで起きた事件であり、ヴェルナーが知らぬまま国の方で処理されていた。
そもそも、この時期にツェアフェルト伯爵を襲撃しようと考えるものなど限られているし、意図も明白であるが、証人だけでなく可能であれば証拠が欲しい。
そしてヴェルナーがしばしば言及しているように、この世界では犯罪者の人権というものはなきに等しいのである。王が口を開く。
「余の信任する大臣を狙ったのじゃ。必ず背後関係を探り出すように。だが証人ゆえ死なせないようにな」
「かしこまりましてございます」
「次、魔軍の被害地域への援助計画についてだが」
「はっ、勇者殿の活躍があった東方国境方面は魔軍の損害にも減少傾向がありますが……」
「損害地域に補償金を出すだけではこの年を越す事しかできまい」
王の問いに宰相が応じる。
「一時金のほかに賦役労働を減らすとともに、牛馬といった家畜を村落ごとに貸与し、育成の費用を国が負担するという形で定期的な賃金を出す方向で調整しております」
「減税は無理か」
「魔物対策にかかる予算を考慮すると難しいかと」
「致し方あるまい。方向性はそれでよいが、一部に偏らぬような対策を。西方は」
「まだ魔物の影響も強いため、兵を駐屯させるとともに、臨時の駐屯費用を地域に落とす形にしております」
「その予算はどこから出す」
第一騎士団の団長が口を挟んだ。ただ駐屯させるだけでは現地で兵の損害が増えるか、悪くすれば士気が下がり乱暴になった兵が民に向けて暴力を振るいかねない。
予算が天井知らずでも兵は堕落するが、予算の最低額では士気を維持するのが困難になってしまう。民と兵を両立させなくてはならないのだ。
「軍に物資を納品する商人に捻出させる予定です。優先的に西方に販売を許可するという形にして、粗悪品を納品し兵に損害が出れば自分たちの首を絞める事にすればいかがかと」
「悪くないと思うが、問題点もあるな」
この日の会議も長引いたが、会議が終わるとすぐに各大臣たちは己の執務室に戻った。国の方向性を決める会議とは別に、自分たちの管轄範囲における業務も多いのである。
彼らに決闘を見に行く暇がないのは無理もない事であったかもしれない。




