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「なるほど、妙な格好だ」
「事情が事情なので」
ノイラートやシュンツェルと後方を確認したりわざと遠回りをしたりしながら目的の場所に移動。前世と違い夜の町が暗いから隠れるのは難しくないのだが、その分、追跡慣れしている相手に追われていたりすると気が付けないかもしれない。だからと言って全く警戒しないわけにもいかないのが面倒なところだ。
そしてまず顔を出したのはゲッケさんの傭兵隊が定宿にしている建物。この格好だと敬語不要、という事で先触れには伝えてある。ゲッケさんたちも何も言わずに中に通してもらえた。俺が追われていないかどうかを確認している人がいるのはさすがと言うか何というか。
「という訳でして」
「私が言うのもなんだが子爵は退屈しない人生を送っているな」
「迷惑ではあるんですけどね」
事情を簡単に説明した反応がこれだ。本心で言えば楽がしたいです。そんなことは口が裂けても言えないが。
それにしても、貴族としてはよくないのかもしれんが、この人相手でもつい敬語が出る。まあこれから頼む内容が内容なのでこの方が似合っているとも言えるか。
「で、わざわざ私にそれを説明した理由は」
「まず一つ。訓練をつけていただけませんか」
「なるほど。槍とは別だからな」
なるほどってこっちの台詞だよ。やっぱりこの人はうわさ通り元貴族家出身だ。決闘がどういうものか解ってる。
時々、市民レベルだと馬上試合と決闘は混同されていることがあるが、この二つは決定的に違う。
馬上試合なら相手を馬から突き落とせば勝ちなんだが、決闘の場合相手が降参するか戦闘不能になるまで続く。最初は馬上で始めるが、馬から突き落とした後で徒歩戦闘になることも珍しくはない。なお馬上から落ちた相手に馬を使っての追撃はルール上禁止。
そのため、前世では最後には鎧を着たまま拳での殴り合いになった例もあるし、鎧を着たまま使える格闘技もある。そしてその辺りの技術に関しては学園で習ったレベルでしかなく、実戦でそうなると俺はかなり不利だ。
「それにしても、騎士に習った方がよいのではないか」
「長期的にはそうでしょうけど、基礎からやるにはちょっと時間が足りません。今回は次の決闘で勝てればいいので」
「わかった。コツぐらいなら数日で教えてやれるだろう。子爵の実戦経験は下手な貴族より豊富だしな」
開催までには数日の時間がある。それは会場の準備とか書類上の手続きと言うことになっているが、なるべく多くの人の耳に入るようにと言うのが主目的だろうな。だが逆に言えば時間はそれしかないとも言える。短期講習でないと意味がない。
それに、騎士としての戦い方は相手の方が慣れている可能性が高い。だが傭兵の戦い方は相手にとってはほとんど経験が無いはずだ。慣れない戦闘になればそれを想定しておいた方が有利になる。非対称戦闘の発想だ。
「もう一つは、私の事を噂にして欲しいのです」
「傭兵にそれを頼むのはおかしいのではないか。口のうまい者ばかりではないぞ」
「いえ、事実の一部を伏せてもらえればそれでいいです。集団戦の事に関してはいくらでも話してください」
相手も情報の裏取りぐらいはするだろう。その結果、俺の個人戦の戦果に話が及ぶとどうなるか。フィノイでもアンハイムでも魔将を打ち取ったのは勇者であって俺じゃない。個人の武勲と呼べるものはほとんどないのがこれまでの俺の戦果だ。
個人の武勇は全く話題に上らない、となれば自然とそっちは苦手なんじゃないかという方に話が移る。噂には勝手に尾びれ背びれがつくものだし。
「評判にならなかったことを評判として利用する、か。子爵は策士だな」
「卑怯者なので」
「偽悪趣味は嫌われるのでやめた方がいいぞ」
うぐ。
「……ともかく、明日からお願いします。なるべく秘密で」
「承知した。傭兵の格好で来るといい」
なんか負けた感が半端ない。ノイラートとシュンツェルも笑ってんじゃねえっての。
続いて俺たちが顔を出したのはラフェドの店だ。こいつは俺が来ることを予想していたようで、すぐに俺たちを迎え入れてきた。
「予想済みか」
「それはもう。勇者殿が聖女様を手籠めにしたとかとんでもない噂も出ておりますからな」
なんだそれは。いくら何でも尾ひれつきすぎだろう。
「それ、信じられているのか?」
「まさか。流したものが袋叩きにならないことを祈るばかりでございますよ」
つまり誰かが意図的に流しているという事か。まあ誰であるかはそのうちわかるだろう。
そんな馬鹿でもわかる噂を流して信じる奴がいるとでも、と思ったが、前世でもフェイクニュースの中には流した側の知的レベルを疑うものもあったな。そしてなぜかそれを信じる奴もたまにいる。ああ世の中は面倒くさい。
ともかく事情を短く説明する。ラフェドの反応はこうである。
「いやいや、格好の話題になりますなあ」
「何の話題だよ」
「平民出身で魔王と戦う勇者と美しい王女、そこに嫉妬した醜い貴族。そしてその貴族と戦う勇者の親友である若い騎士。絵になるではありませんか」
「俺も貴族だが」
「民にはそのようなことは関係ありませんよ。話題と言うものも噂と同じで、都合のいい所だけ切り取られるものです」
解るだけに頭が痛い。俺は話題になりたくないんだけどなあ。とりあえず目的を果たそう。
「イェーリング伯爵家に関しては何かわかったか」
「能力はともかく血縁的には中心人物になっております」
「血縁的」
「母方で見るとコルトレツィス侯爵家の女性を妻に迎えておりますのがイェーリング伯爵ですな。イェーリング伯爵の妹御がガームリヒ伯爵家に嫁いでおります」
この場では俺しか知らんだろうが今なんかすげぇ懐かしい名前を聞いた。血縁が母方だったから気が付かなかったのか。
「ガームリヒ伯爵ねえ」
「何かお心当たりでも」
「本人は知らんが名前に覚えはある」
「勇者殿を訴え出たのはコルトレツィス侯爵家なのは明白ですが、書類上はガームリヒ伯爵になっております」
「納得した」
ガームリヒ伯爵って学園で俺とマゼルがぼこぼこにしてやった奴の実家じゃないか。勇者とは言え平民のマゼルのせいで嫡男を廃嫡させられたと考えていてもおかしくない。
実際に廃嫡させたのはむしろ俺のような気もするが、貴族同士なら隙を見せたほうが悪いとも言える。あの当時は学生同士だから貴族だからとかは関係ないか。どっちにしても俺もガームリヒ伯爵に恨まれていておかしくない。
「いや、逆だな。ターゲットを伯爵に絞るか。ラフェド、ちょっと頼みがあるんだがな」
「はあ、何でございましょうか」
どうせなら信じたくなる噂を流しておきますか。ラフェドにちょっとした噂を流してもらう事を頼む。了解したラフェドが突然話を変えた。
「それと一つだけ、どうも気になる話がありまして」
「なんだ」
「神殿に神託を受けられる人物が何人かいるのはご存じで?」
「聞いたことはある」
なんでまた突然そんな話題が。
「エリッヒ殿の知己と言う方が子爵に伝えて欲しいと。噂ではその神託を受けることができるうちのお一人が行方不明になっているとか」
「神殿は何か言っているのか」
「外部には秘密にしておるようですな。ただその神託を受ける事ができた女性ですが、先日辞任した大神官の直属だったようでして」
思わずノイラートやシュンツェルと顔を見合わせた。二人がまず口を開く。
「辞任ではなく責任を問われたのか」
「気になりますね」
「解った。国には俺の方から伝える。調べられれば調べてほしいが今はまだ首を突っ込むな」
「解りました」
後で父経由で国に伝えておこう。それにしてもこの忙しいときに何でこう問題が発生するんだよ。誰かが計画を立てているときには誰かが陰謀を企んでいるとは言うけど。
とは言え目を広げすぎると足元をすくわれる。まず一騎打ちに勝つ。後はそれからだ。




