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我ながら誤字が減らない事を嘆きつつ更新頑張ります!
城内で何人か人を借りて先触れを出し、手を打ってから城を出る。すっかり暗くなっているんで戻りは馬車だ。伯爵家の馬車ではなく借り馬車だが。伯爵家の馬車についた家紋は飾り枠が付いてるから、簡単には使えなくなっているんだよなあ。
とは言え大臣である父にはむしろちょうどいい気もする。それに何というか格好いい紋章とか家紋とかって、ちょっと憧れがあるのは否定できんし。
「あの」
とりあえず外を見ながらいろいろ頭の中で思考していたらリリーが声をかけてきた。どこかすまなさそうな声なので先手を打つことにする。
「ありがとうな」
「え?」
「いや、あそこで俺以外の名前が出ていたら落ち込んでたと思うし」
「そ、そんなことはしません!」
茶化してそう言ったらものすごい勢いで否定された。ちょっと冗談が過ぎたか。とはいえ俺を信じて選んでくれたことは本当に嬉しい。この話の持って行き方は我ながらちょっとずるいとは思う。
「で、ですが、決闘って」
「なんというかよくわからんルールだよな」
法制度の欠落と言うか何というか。とは言え法律より権力者の言うことが通ってしまう世界だ。そう言うものもあるだろう。この世界でもシステムだけが前世の中世と同じように、法廷による最終決着手段としての決闘が許されている。
この世界の場合は微妙に脳筋思考が発揮された結果のような気がしなくもないけど偏見かなあ。
これが前世だと教会が間に入り、「神の裁きである。神の前で祈ってから戦った結果であり、神のご加護があった方が正しい」とか言う話になるんだが、俺にはそっちはそっちでさっぱりわからん。この感覚は前世が日本人のせいだろうか。もっとも日本でも古代には盟神探湯なんかがあったんだが。面倒くさくなると神様に投げるのが人間なのかもしれない。
ただ、決闘もこれで色々複雑だ。漫画なんかだと白い手袋投げつけて「決闘だ!」と宣言すると、大体次のページでは決闘場になっていたりするんだが、実際はそんなわけにもいかない。そりゃそうだ、まず会場の準備がいる。
しかも実はその前後の手続きがまた面倒くさい。手袋を投げつけた後、今度は形式を踏んだ書類を双方提出し、裁判官の前で日付や使える武器などの決闘の条件を取り決め、決闘の日に備え馬具などを手配する。当日の朝にも両方の闘士は自分の主張が正しいことを宣言し、勝者の言い分を認めることを誓う。
当日の裁判官は形だけでも和平を提案し、その場にいる騎士たちは介入すれば手足を切り落とされることを宣言する。ちなみに騎士なら片手で済むが従卒だと首が飛ぶ。いや比喩じゃなくてね。
この辺は前世の決闘と奇妙に似ている。似ていないのは十字架に祈るところがないことぐらいか。余談の余談だが、なぜか前世中世での決闘は火曜日にやるものと決められていた。正直これに関しては本当に理由不明。俺が知らないだけかもしれんけど。
それはともかく、本来はそういう準備がたくさんあって俺もかなり時間を取られることになるはずだったんだが、今回はセイファート将爵がそのあたりの手続きを全部請け負ってくれた。代行が許されているのはこの世界だからだろう。将爵クラスを相手に偽造を疑える奴はいないだろうし。
ただこれも裏を考えるといろいろねえ。
「ただ、リリーにはすまないが、俺はそんな格好いい男じゃなくてむしろ卑怯者でね」
「はい……?」
「そんなわけでちょっと寄り道をしていく。悪いけど付き合ってもらうよ」
首をかしげているリリーを横目にもう一度思考の海に沈む。今回の俺の立場は手品で言う所の「客に見せる側の手」だ。裏事情には関知しないで済むのはいいけど、どうやって振る舞うかなあ。胃が痛い。
「これはこれは子爵様、お待ちしておりました」
「たびたびすまないな、ビアステッド」
今日寄ったのは商業ギルドだ。リリーだけ馬車に残すのは危険なので同行してもらう。だからビアステッド氏も二人でいるからってそういう目で見るなっての。その考えが伝わったわけではないだろうが、表情が真面目になった。
「お話は使者の方から伺いましたが、よろしいのですかな」
「どうせ大々的に公表されるさ。決闘なんて見世物そうそうないしな」
「なるほど」
発表前に決闘の話を聞いたことに裏があると考えているようで、慎重に俺の発言を吟味してるようだな。この様子なら俺の意図も理解してもらえるだろう。
「そこで頼みがある。なるべく強そうに見える鎧や盾の飾りが欲しいが用意できるか」
前世日本で伊達政宗の三日月兜なんかが解りやすいが、西洋でもああいう兜飾りがある。ただ馬鹿みたいに大きいものがあり、むしろ休憩時間にここにいますよアピールとして使われた方が多い。どっちかと言うと行軍中や団体騎馬試合前にご婦人方に見せるためのものだ。
「はて、そのような派手な飾りはお嫌いかと思っておりましたが」
「今でも嫌いだ」
「……なるほどなるほど」
伝わったようで頷いている。むしろ横のリリーが首をかしげており、ビアステッド氏が説明してよいかと目で聞いてきた。ビアステッド氏にしてみれば俺が勝つ方が有り難いはずなので、余計なことは言わないだろう。
頷いて了承し、奥から店員が持ってきた盾に描く絵のカタログを流し見る。どうせ使わんけど。
「その、大変失礼ながら子爵様の評判はお聞きになられたことがございますかと」
「え、っと……」
そんなにこっちを気にしなくていいから。事実だし。言いにくそうなんで俺が答える。
「浪費子爵とか、そう言う奴だな」
「で、でもそれは」
「とりあえずそれはいいから」
そして話が逸れそうなんで戻す。ビアステッド氏が頷いた。
「人と言うものは時に自分の信じたいものを信じるものでございましてな。浪費子爵が更に見た目だけ立派な鎧を手配した、などと言う評判は相手の耳にも入りましょう」
と言うか、聞こえるように噂を流してもらうのも俺の依頼の一部だが、その辺は理解しているはずだ。といっても相手の耳に届かなくても気にはしない。損にならんと言う程度だ。
「軽んじてる先入観を持っている御仁が聞けば、武器より鎧を注文した外見だけを気にする軟弱者、という印象を持つでしょうな」
「あ」
リリーも理解したらしいが、そういう事。これはあくまでも欺瞞情報だ。相手がこっちを馬鹿にしてくれるならありがたい、という程度だが、こういうのは打っておくと意外と有効だったりするんだよなあ。特にこの世界だと。
なお俺の槍はマゼルから貰った魔将との戦いにさえ耐えられる代物。魔法の品でこそないが、王都にこれと同レベルの槍はそう多くないはず。武器の手配なんぞ要らんのよ。むしろ直撃が入ると殺しかねんぐらいだし。
ぱたんとカタログを閉じてリリーを促す。
「頼むぞ」
「承知いたしました。今後ともよろしくお願いいたします」
さて、今日はいろいろやることが多いぞ。
ツェアフェルト邸に戻りまだ父が戻っていないことを確認。どうせ城の中で説明は受けているだろうが。
先触れが呼び出してくれたんでフレンセンだけではなくノイラートやシュンツェルもツェアフェルト邸で待機中だ。ノルベルトに平服を用意してもらい、準備が整うまで一服。今日はティルラの淹れてくれた茶だが、相変わらず名人芸だなあ。
「まさかこのような騒ぎになるとは」
「しかし、相手がはっきりわかりましたね。これでこちらも反撃の機会が」
「王太子殿下や宰相閣下がそんな甘いわけないだろ」
ノイラートとシュンツェルの会話に割って入り、室内にいた全員が驚いた顔を浮かべる。理解不能と言う顔だ。うん、俺も思考を追い続けてようやく殿下や宰相の考えに行き着いたよ。脳細胞が沸騰しそう。
「どこから説明するかな。この件をわざわざ決闘なんて騒動にした件からにするか。どう思う」
全員に問いかける。口を開いたのはフレンセンだ。
「まず、この一件が表に出たことになりますね」
「今更もみ消すこともできない」
「そう、勇者や聖女を不当に扱おうとしている一派がいる、と皆が知ってしまった。これは正直、事故の一面はあると思うが」
この状況でケンペル司祭が自分の欲を優先するところまでは他国を含め誰も計算していなかっただろうし、ましてそれが他の部署の人間の目に留まってしまうとは思わんだろう。そこまで想定できたらそれこそ神様だ。
「それに対し密室的な裁判ではなく、決闘と言う観客が多数入れる場を用意した。これでどうなる」
「勇者に対する冤罪裁判が多くの人に……なるほど、デリッツダムを含む周辺国にまで評判が広がります」
「フレンセンが正解だ。恐らくだが、他の国だって多かれ少なかれマゼルを利用したかっただろう。だがそれに対してヴァイン王国は国全体で立ちふさがった。自国貴族の馬鹿さ加減を晒すデメリットを承知でな」
むしろここまでしてでも勇者を守るぞ、それでもまだ利用を考える気か? と強烈なアピールをしたことになる。これで今後マゼルの魔王討伐の旅を邪魔する真似をしたら国際問題を覚悟しなきゃならなくなった。しかも、だ。
「それに、マゼルたちにこの噂が耳に入ったら、どう考えるだろうか」
自分たちが利用されようとした、という所まで思考が行くまで時間はかからんだろう。ラウラやエリッヒは政治的判断もできるし、フェリの勘の良さは異常だ。マゼルたちがこの噂を聞いたらデリッツダムへの印象は相当に悪化する。
最悪、デリッツダムは魔王討伐後でもヴァイン王国に変な真似をしたら、勇者たちが最前線に立ちふさがるというリスクさえ抱え込むことになった。
「もう一つは、こういうとなんだが、王太子殿下ほどの方が勝ち目のない勝負を挑むと思うかだ」
この件の肝はそこだ。考えてみれば、裁判が始まる前にデリッツダムの暗躍に言及できているという事は、もう裏の事情まで調査しているんだろう。ひょっとするとデリッツダム関係者の証拠さえ握っているのかもしれない。
むしろ、証拠を握っているからああして殿下自らが前面に出ているんじゃないかと考えて、外交的にヴァイン王国側が強気に出られる準備が整っていると判断したほうが筋が通る。
つまり、この問題をわざわざ決闘と言うオープンな場に持ち出し、しかも王太子と言う立場の人物が前面に立ったのは、デリッツダムを利用し、大陸全土に『勇者はヴァイン王国の庇護下にある』と同時に『我が国から勇者を奪う覚悟があるのか?』と宣言した格好だ。
先に国を挙げて勇者を囲い込みます宣言をしてしまったうえ、裁判の結果がどうであれ、理由が冤罪なんだから文句もつけにくい。
勇者は一国の支配下にあるべきではない、という事を言い出しかねない教会に対しても、裁判に教会が絡んでいるという事実がある以上、強烈な先制攻撃だ。馬鹿なことをしてくれた、とこの問題の関係者を教会側が恨むこともあるだろう。
今頃デリッツダムの連中の方が顔色を変えているかもしれないな。虎の尾を踏んだ格好だし。
「では、すぐに今回の責任者を処断するでしょうか」
「しないんじゃないかなあ」
ノイラートの発言に否定的に応じる。この点を言及するのは俺の立場がそう言うものだと理解することになるんで、何とも複雑な気分になるんだが。
「なんでわざわざ決闘にしたのか、国内問題編だ。先にヒントを出そう。政治の場なら皆どこかで警戒はする。だが祭りだとどうしても気が抜ける。特に、目の上の瘤が恥をかきそうな祭りの場とかだと、どう動くと思う」
「祭りならば、仲間内で集まって負けるさまを見て盛り上がろうとするでしょう」
フレンセンがそう呟き、その発言でようやく気が付いたように俺以外の全員が顔を見合わせた。
「客席が自然と色分けされる、と?」
「そう考えるのが筋だ。王太子殿下や宰相閣下の“目”も決闘の会場には顔を出すだろう。だが決闘の結果なんぞ気にもしないでマラヴォワ大神官の周りに誰が群がっているか、侯爵家関係者の周囲で誰がおべっか使っているかを確認するだろうな」
そして今度はその周囲の人間に監視の目を付ける。そいつがまた誰かを訪ねる。芋蔓式に相手の派閥関係者のリストが出来上がり、という訳だ。大物だけでなく小物まで一網打尽にする準備が整うことになる。
問題を起こす人間と交流がある連中のリストを作る足がかりとして、この決闘は格好の素材だ。その観点で言えば俺の勝ち負けは全く問題にされていない。開催された時点で、王太子殿下の前には物事の軽重を理解できていない馬鹿者リストが完成するから。
「多分だが、国はしばらくの間、コルトレツィス侯爵家だけの問題のように振る舞うと思う。その上で証拠を握ってから教会関係者を含め、全部まとめて一気に掃除をするだろう」
俺とマゼルが宰相閣下と将爵の前に呼び出されたとき、宰相閣下は『機を見て少なくとも半分近くを処理したいとは思っている』とはっきり言っていた。掃除をすることはすでに予定にあったわけだ。
それに夜会開催の際にリリーを呼んだこともある。マゼルの踊る相手が誰であるかを混乱させる意図があったはずだから、マゼルとラウラが旅をしているという事を使い煽る予定もあったはず。
そう考えると、王太子殿下の言った油断というのは、煽る前から他国の笛で踊りだしたコルトレツィス侯爵夫人を想定していなかったことかもしれないなあ。
それはともかく、一部の人間が暴走気味に踊りだした今の段階で処罰すると、一部しか処罰できずに根が残る。“半分以上を処理”するリストを作るため、起きてしまった裁判問題を決闘というセンセーショナルなイベントにすることで、逆に利用しているってわけだ。
むしろこの問題をここまで利用しつくす王太子殿下、本気で怖いわ。
という訳で非常に寂しいことに、庶民からすると格好の話題であるはずの冤罪裁判に対する決闘の場は、政治的には馬鹿を釣り出す釣り堀で、俺はその餌でしかないのですよ。自覚すると切ないなあ。
恐らく、決闘で俺が負けた時の事も想定はされているだろうがそれはそれ。俺としても負けられん理由はあるからな。
「ヴェルナー様、平民の服の手配が整いましたが」
「解った。ノイラートとシュンツェルも付き合え」
「はっ」
さて、ここまでの俺の戦果も十分に役に立ちそうな気配だが、もう一手ぐらい打っておきますかね。




