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皆様、いつも感想、評価等ありがとうございますー!
やっぱり感想が一番続きを書く力になります!
翌日も調査が終わってないとかで立ち入り禁止。予定が狂った。特にリリーは俺の補佐とは言えこうなるとやることがないので困る。しかし思ったより時間がかかっているな。かなり面倒な調査になっているんだろうか。
そう思っていたらリリーが歴史の勉強の続きができませんか、と希望を述べてきたので、貴族が使う方の書庫を整頓するという事で作業をしたいと宰相閣下に願い出て許可を貰った。俺もちょっと調べてみたいこともあったし、ちょうどよかったと思おう。
名目的には俺の協力者と言う事にして休暇明けのノイラートとシュンツェルも同行。アネットさんがいてくれればなおよかったが、俺の部下じゃないからしょうがない。
「そう言えば二人は書庫に入ったことはあるのか」
「どちらかと言えば苦手です」
「私は以前は何度か入っておりましたが最近はほとんど入っておりません」
おいノイラート、苦手ってなんだ。本は襲ってこないぞ。この様子じゃほとんど入ったことがないようだな。
シュンツェルもか、と思ったが騎士だと体を鍛える方が優先なのかもしれない。どっちにしても調べ物の補佐としてはあまり頼りにはならないか。
「よし、解った。二人とも、俺に何かあっても気にせずリリーから目を離すな」
「はっ」
「解りました」
書庫で騒ぎを起こす奴はいないと思うけど、念のため。
読書用の机の一つで落ち合う事にして、リリーは歴史系の方に、俺は貴族の名簿資料の棚に向かう。そこで公開されている資料をいくつかピックアップ。紙の本でも重いのにこういう本は重すぎるっての。内心で文句を言いながら机まで運ぶ。
この世界でももちろん機密に近い情報ってのはあるんだが、そう言うのは調べるのに金もかかるし、命の危険性もある。特に命の危険という意味では割とシャレにならんし。という訳で重要視すべきなのはむしろ公開情報だ。
この世界、どこまでが情報上重要かという点の理解が甘いとも言えるんだが、公開情報に関する限りは前世、現代史の時間軸でさえ有名な事例がある。
第二次世界大戦の直前、スイスの記者がドイツ軍の編成をまとめて出版した。軍事機密だと大騒ぎになりその記者はドイツ軍に逮捕されてしまったんだが、情報源を詳しく調べると全部公開情報だった。
「ナントカ師団の師団長が夏季休暇で旅行に出発」とか「ドコドコ連隊の隊長がパーティーで挨拶」とか言う情報を丹念に拾い集めて整理し、ついに機密レベルの編成表まで作り上げてしまったわけだ。
ナチスの警察がぐうの音も出ずに無罪放免せざるを得なかったという事で、メディアの勝利だと当時の欧州ジャーナリスト界で有名になっている。これ以降そういう情報は公開されなくなったんだが、一つ一つが大したことのない情報でも集めると重要情報になることがある、という実例だ。むしろ公開情報だけに危険性は高いよなあ。
机に戻ってくるとリリーはすでに座って何か読みふけっている。俺も向かいに座り資料に目を通していく。名簿から教会と縁の深い家をピックアップしつつ周辺を警戒していると、視線を感じてため息が出てしまった。やれやれ。
「ちょっと他の資料を見て来る」
「はい」
リリーにそう声をかけて奥に向かう。視線の相手はのこのこついてきたな。俺の方が目的ならまあいいんだが。書棚に資料をしまっていると近づいてきたそいつらが早速声をかけてきた。
「これはこれは、子爵閣下ではありませんかな」
「お初にお目にかかるのではないかと思いますがどなたですか」
厭味ったらしい声に澄まして応じたらむっとした顔を浮かべられた。いや存じあげておりますよ、ボーゲル子爵殿。
「名乗りもせず失礼した。ヴォータン・スベン・ボーゲルだ」
「子爵閣下でございましたか。これは失礼いたしました。ヴェルナー・ファン・ツェアフェルトです」
年齢は二〇代前半ってところか。それで取り巻きは二人、と。申し訳ないが三人に囲まれても威圧感ゼロだな。魔将の爪の垢より存在感ないわ。さて用件はどの件ですかね。
そらっとぼけて礼をすると、ボーゲル子爵殿がそこそこに整った顔にうすら笑いを浮かべ皮肉っぽく口を開いた。
「アンハイムの代官ではご苦労でしたな。そして現在は侍従とは、大変ですなあ」
「そうでもありませんよ。なにせ有名になれましたからね。無名よりはるかにいい」
副音声で降格されてどのような気分だ、と問われたんで、有名になれたしあんたの名前なんぞ聞いたこともなかったから俺の方が上よ、と応じてやるとなんか額に青筋立てていやがる。煽り耐性低いな。
「……聞くところによると、子爵は第二王女殿下と親しくしていただいているそうで」
「ほう、私程度で親しくしていただけているという話が出ているのは光栄です」
そっちかい。ちょっと話した事がある程度ですよ、そしてお前さんは声もかけてもらえない立場なのね、と目で笑ってやる。
「殿下が王都の邸宅にも泊まられたことがあったとか」
「私は留守にしておりましたので伯爵夫人である母の客でしょう。ご希望なら確認しておきましょうか」
伯爵家に喧嘩売る? と聞いてみる。ここで父の客、とか言うとややこしいことになるが同性である母の客と言う事ならぎりぎりあってもおかしくない範疇だ。そろそろか。
「ご興味がおありなら後日我が家にご招待いたしましょう。それではこれで」
「ま、待たれよ子爵、まだ話が」
「時間稼ぎもできない無能者と言われたくないでしょうが忙しいので失礼」
直球をたたき込んで一蹴し、絶句した三人組の横をすり抜ける。足早に机の所に戻り、警戒しているノイラートたちを無視するようにリリーに近付いている男が口を開くより先に俺が声を出した。
「リリー、悪いけどちょっといいか」
「あっ、はい」
声をかけられたリリーが立ち上がり、振り向いた男が驚いた表情で俺の方を見て口をぱくぱくさせている。いや、もう少し部下を選んだ方がいいぞ、あんた。
「何をすればいいですか」
「ああ、ちょっとこっちに」
ノイラートとシュンツェルに牽制する位置に立つよう視線で指示を出しながらリリーを連れて地図帳の棚に移動する。そう憎々しげな表情で見るなって。とは言えボス猿のあいつは本当に見覚えがない。後で調べておこう。
「あの、ひょっとして、何かあったのですか」
「何かある前の煙に水ぶっかけただけ。火傷させたくないからね」
「……ありがとうございます」
過保護かなあと一瞬思ったが、リリー自身、まだ力不足なのを自覚しているみたいで素直に笑顔を向けてくれた。今日はこれで良しとするか。
それから数日は地下の書庫での作業。まだ通路に関する連絡はない。俺やリリーがここに出入りしていることを知られたくないというのもあるのかもしれないが、俺たちの作業時間とは別に何かやっているような気がする。
廊下の空気がこう、多数の人が出入りした後と言うか、最初に来た時と違ってるんだよな。
考えていてもしょうがないんでとりあえず書庫の調査を進めることにした。書庫全体の図面作成だけで一日費やしたがこれはもう諦める。事前準備をしっかりしておく方が後々楽になったりするし。
とりあえずリリーには地図のある本を探してもらうことにした。歴史書とかには正確かどうかは別にしても大体地図が描いてあることが多い。文字を追うより図を探す方が早いだろう。
俺自身は魔法系の資料を流し読み。興味はあるんで単語を拾うだけにしないと読みふけりそうで怖い。冊数が多すぎるんだよ。
「しかし、何度見ても変な配置だよなあ」
「そうですね……?」
一休みしながらふと手元の図を見ながらつぶやくと、何かメモを取っていたリリーも顔を上げて応じてきた。番号と何かのコメント、チェックマークがついているところを見るとどこの棚を調べたかを記録していてくれているようだ。後で見せてもらおう。
それはそれとしてこの書庫だ。通路の幅も規則的とは言えないし、棚の列もきれいにそろっていなかったり。中には明らかにずれている棚まであったりする。倉庫といわれればまだかろうじて理解できるんだが、書庫って感じじゃあない。
「考えてみればこの絨毯も違和感あるしな」
「そうですね、伯爵様の邸宅にある絨毯の方が立派なような」
絨毯というよりフロアマットというか。湿度とかが一定に保たれているのはこの絨毯のおかげなのかもしれないけど。少なくとも実用一辺倒で王室関係者のために作られたものじゃない感じだ。
「こうなってくると、宝物庫の中もどうなってるのか見てみたい気もする」
「見てみたいですけど、無理ですよね」
俺がそう言うとリリーが苦笑した。俺も実際無理だとは思う。けど最初から宝物庫だったのか、それともこの部屋同様に実は別の目的の部屋を宝物庫に流用したのかで回答に近づきそうな気はする。
と言うか、現時点ではただの想像でしかないんだが、ここって本当に『書庫』のような気がするんだよなあ。閲覧所においておける本の数は限界があるから、そことは別に本をしまっておくためだけの場所。例えて言うなら図書館とその倉庫との関係だ。
だがそうなると、ここにあるような古代王国の印刷物が収蔵されている閲覧施設、それも王家でさえ気が付いていない施設がこの近くのどこかにあるかも、という仮説が成り立ってしまう。知っているなら今更隠したりはしないだろうし。
それが今は宝物庫として使われている部屋で、そこにあった本も全部ここに仕舞われている、ならいい。そうではなく、宝物庫はもともと宝物庫でしたという事なら、すぐ近くにまだ誰も知らない図書館クラスの遺跡がある可能性さえ出て来る。
まあその辺は深く考えないことにしよう。さすがにこれ以上面倒を抱え込みたくない。本心です。
そう思っておりましたが、その日の作業を終えて城を退こうとしたら呼び止められて会議室に来るよう頼まれた。
てっきり地下通路の件かと思っていたんだが、会議室に入ると王太子殿下に宰相閣下、セイファート将爵、それにはて、確か大神官様の着る衣装を身にまとっていらっしゃる方まで。殿下たちがものすごい不機嫌な顔をしているんで空気が重い。
その大神官様が暗い顔で重い口を開き、頭を下げてきた。
「申し訳ない、私の力不足だ。マゼル・ハルティング君が訴えられている」
……はい?
中世食事ネタはどこかで使えたらいいなあと思います
他にも色々ご希望を戴いておりますし、
ゆるーい内容ばかりの外伝とか面白いかも?
本編の更新もあるので時間ができたらですが……




