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翌日は別件の作業。王太子殿下の総指揮であの通路を調査という事になり、調査担当以外の人間は出入り禁止と言うことになってしまった。なんか肩透かしくらった気分だが、結果は教えていただけるという事で我慢、その間俺は別の業務を担当することに。
というのも、宰相付き侍従に任命されたのはいいが、毎日地下の書庫にいるとなると普通の貴族からは「あいつはどこで何をしているんだ」状態に。しかも書庫の存在そのものは秘密なのだから、ますます何をしているのか疑われかねない、とのこと。
もっともなので反論もできず、今日の仕事になったわけだ。
これからも三日に一度ぐらいは他の仕事をして欲しいと言われてしまった。何かあったら書庫を優先してよいと言われ、要するにいつでも抜けられる作業を割り振られることになった。
理由は納得できるんだが時間的な面から考えると頭痛がする。何とか書庫を効率的に調査する方法を考えよう。
そして今日は食器倉庫の臨時整理責任者である。今日中に終わらなくてもいいという事で、表向きの仕事なので適当にやっといてという空気がある。まるで漫画とかに登場する、裏でスパイをやってる表向き役立たず社員みたいだな。
ちなみに書庫業務でないという事になったので、リリーは朝からツェアフェルト邸でお勉強。母が午前と午後で歴史とダンスの家庭教師をよんでいた。歴史はともかくダンスに関しては俺は役に立たんので頑張ってほしい。
「食材の管理状況は私が確認しなくてもいいのだな」
「はい、専門の者が行うことになっております。子爵は食器類の指揮をお願いいたします」
「解った」
この世界は全体としては中世風世界だが、宮廷内は近世に近い。正直有り難い。
なんせ前世の中世、と言っても時間の範囲が広いが、中世中期ごろまでスープ以外は指で食べる。テーブルマナーの描写に「その女性は皿の中に指を入れてもそう指を濡らさない」とか書いてあるのが称賛の表現なぐらいだ。
そのぐらいならまだしも、当時のテーブルマナー本には「小指は調味料用に使わないように」どころか「テーブルクロスで鼻をかんではならない」なんて指南が書いてあるものもある。そのぐらい中世と近世だとテーブルマナーに対する認識が違う。
また衛生面でも問題が多く、皇帝の飲むワインに蛙が浮かんでいて、それを出した貴族が皇帝を毒殺しようとしたのではないか、との疑いを持たれる前に蛙を飲み込んだという逸話もある。そう言えば日本の江戸時代にも幕府の将軍と芋虫だったが似たような話があったな。中世ってそういう世界。
もし今生きているこの世界がそういう世界だったら、仕方がないとあきらめはしただろうが、そんな絵面を好んで見たいとは思わない。都合のいい所だけ近世風の貴族社会だが、それで俺も満足しているから文句を言うと罰が当たりそう。
「よし、では班分けして各自調査を行う。器の欠けや、銀器のくすみにも注意して確認してくれ」
「はいっ」
この辺りはどうも軍隊式を取り入れてしまうな。磁器類は男性、銀器類は女性に分けてさらに班分けし順番に箱の中を調べさせる。銀器類は小分けされているんで女性でも運びやすい重さだからこれでいいんだ。魔道ランプで明かりに苦労しないのは有り難い。
王宮の食器の数って奴は本当に多い。典礼大臣である父の直属部下に専任の担当者がいるが、以前ちょっと聞いたところによるとこの人たちが管理しているのは磁器類だけで六〇〇〇点、ナイフなどの銀器類は一〇〇〇〇点を超えているとのこと。
国家の力を示すために、国際式典などではグラスが使われることもあるわけだが、それも数千点あるそうだ。数えたり磨いたりするのにどれぐらい時間かかるんだろうね。
燭台なんかも普段はここに仕舞われているが、一番大きな燭台は何と三〇キロを超えている。重すぎて振り回せないから武器にはなりません、と管理責任者に冗談めかして言われたが、笑っていいのかそれは。
「銀器類の本数に問題は?」
「先の騎士叙勲式後に変動はありません」
担当者と数の確認。余談だが、大体において、いろいろなパーティーの後に小さなティースプーンなんかを大量発注することになる。この辺りも前世と同じで、小さなティースプーンぐらいだとポッケに入れて持ち帰っちゃう奴がいるんだ。
貴族や騎士がそんなことをするのかと思うかもしれないが、実はあんまり珍しくない。金銭的価値じゃなくて記念品としてなんでちょっと気持ちはわかる。
とはいえ貴族相手に毎回持ち物チェックするわけにもいかないんで、どうしても催事後の小物発注は定例行事化してしまう。本来は無駄な予算だけどそんなところまでがちがちに縛る管理社会にしたくないしなあ。
可動式組み立てテーブルなんかもこういう所に仕舞われている。馬と鞍のテーブルとか言われるもので、脚立の上に上板を乗せて使うものだ。
この上板は持ち手もあるが装飾が施されていて、組み立て式の席ではあるが格下の席という訳ではない。確か某有名騎士物語でガウェイン卿が座ったのもこの席じゃなかったかな。長方形や楕円形など、種類が多いのは用途が異なるから。
他にテーブルクロスをかけた後にもう一度使用される小型のアイロンなんかもあるが、面白いのは長いロープがあることかもしれない。これは長テーブルに並べたときに、全体の食器やナイフ類の頭が揃っているかをチェックするのに使う。意外とローテクである。
「まて、収納の配置と位置を変える。よくこの部屋を使うものは手を上げて立ちあがってくれ」
しょうもないことを考えていたら元の所に機械的に戻そうとした奴がいたんで、慌てて一度作業を中止して、普段使う担当者を選別。身長の平均はこのぐらいか。
「よし、この高さと、この高さの棚によく使うものを入れる。使用頻度の高いものは」
「こちらと、こちらが」
「ではその二つの箱からだ。使うものが使いやすい位置に移動し、何が入っているのか見てわかるように箱に印をつけておけ」
貴族の方が食生活がいいから、使用人と管理者との間に身長差が発生しやすい。よく使うものが手前の方がいいのも当然だ。この辺は注意しないとな。
午後には一転して財政会議の資料運搬・掲示役。俺の年齢で国家の財政問題に口を挟めるはずもないんで参加だけしておけという事だ。以前、難民対策会議の場にいた文官の立場になったわけだな。
「こちらの資料が次の議題のものとなります」
とは言え準備は他の人が既にやっているので配布とか掲示するだけ。思考する時間はあるがこの時間を他に使いたいと思わなくもない。
時々、ちらちらこっちを見て来る奴がいるのは、俺が王室直属の代官から宰相付き侍従に異動したからかもしれない。少なくとも表向き、というか宮中評価的には格下げなんだよなあ。
借金代官でアンハイムの城壁も破られた、騎士団がいなければ防衛面でも危なかった危機管理能力のない奴が左遷された、とでも思っているのかもしれない。
あれ、これってひょっとして釣り目的で、わざと俺が人目につくようにこの業務を手伝わされているのだろうか。考えるのはやめておこう。
魔軍との被害状況や財政事情とかの諸問題にどう取り組むかが話し合われているが、ちょっと聞き捨てならなかったのは貨幣価値の引き下げが議題に上っていた時だ。
前世でも財政問題発生時にはよく行われた話ではある。日本だと江戸時代にやったのが有名か。西洋でも百年戦争時とかに行われている。金貨や銀貨に混ぜ物をすることで国家財政に息をつかせる方法。短期的には確かに有効。
ただ長期的にはインフレになるのは避けられないし、島国だった前世江戸時代と違い、流通が容易なこの世界では近隣国との貨幣価値が変わることでトラブルの種になる。
さらに、一度それをやってしまうと役人が『前例があるからまたやればいい』と言う安易な結論に行きつきかねない面もある。前世とは違い魔軍相手ではあるが、戦時中の貨幣価値引き下げは楽で短期的に有効なだけに甘美な遅効性の猛毒なんだよな。
何より、中世とかだと貨幣を一度に交換させるということができないので、どうしても併用期間がある。その間ずるずるとインフレが進み、ある時にどーんとその弊害が表に出るんだが、歴史的にはそれは大体五年後とか十年後ぐらいになることが多い。
俺は二十代あたりでそんな面倒くさい問題に対処したくないぞ。この場で俺には発言権はないから、後で提案書を出しておかないと。
ただ、反対意見だけなら多分聞き流されてしまうだろうし、その財源をどこから引っ張り出すかだ。代官時代の経験でいえばギルドからの徴税が上手くいってない部分があるからそこから攻めるか。どういう文章にするかなあ。頭痛い。
食器の数は中世ではなく近世以降における王宮の数です
中世料理の面白ネタとかもあったのですが長すぎてカットしました
鹿の睾丸が調味料扱いされていたとか、体験はしたくないかも…




