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想像していたよりもたくさんの棚と本を前に茫然としていたが、そんなことをしていても時間が過ぎていくだけだ。なるほど下見だけでもしておいて正解だな。
「あの、ヴェルナー様、とりあえず一冊見てみていいですか?」
「いいよ。あ、出したら同じところに戻してね。多分同じ種類のものがまとまっていると思うから」
「はい」
まとまってなかったら怒るぞ。一瞬そんなことを思いながらリリーが一冊の本を取り出すのを横目に見ながら、何とも言えない違和感の原因を探るため周囲を見回す。
「わ、凄い、ページ一枚一枚が凄く薄いですよこの本! それに文字の大きさがみんなおんなじで読みやすい!」
おうっ、驚いた。なんかリリーが感動してる。見てみると俺の知ってる紙によく似た物だった。羊皮紙や魔皮紙に手書きのものしか見ていない段階からいきなり紙を見るとこういう反応になるのか。
「あの、ヴェルナー様、これどうやって書いたんでしょう?」
「あー、多分書いたんじゃなくて印刷だね」
「いんさつ?」
その言葉からか、と思うが村の宿屋とかじゃ縁がなかったからしょうがない。とはいえ輪転機とか言葉は知ってるが詳しくは知らない。版画レベルの説明しかできんぞ。
「ええっと、まずね」
焼き印を例にして鏡文字のハンコのようなものを作り、それを平らになるように並べてインクを塗り、そこに上から紙を置いて、押し付ける形で紙に写し取る、というように活版印刷の方法を簡単に説明する。身振り手振りが多くなったのは許してほしい。
「文字が読みやすいだけじゃなくて、一度そうやって原版を作ると同じものを何度も作れる利点があるんだ。間違いも繰り返されちゃうけどね」
前世で有名なのは十戒の「汝、姦淫してはならない」から“not”が抜け落ちて「汝、姦淫しなければならない」になってしまった姦淫聖書だろうか。間違いのスケールがでかすぎて配布されるまでだれも誤植に気が付かなかったんだからすごいよな。
しかしあれ、国王が全部焚書にするように厳命したはずなのに何で数冊が後世まで残ったんだか。というか回収漏れがはっきりしている一冊はともかく、隠し持っていたという数名の貴族は何を考えていたんだろうねえ。
「何で今まで広まらなかったのでしょう?」
「活字と紙の問題だろうと思う」
活字はある程度丈夫じゃないといけない。それに獣皮紙とかだと微妙な凸凹とかがあるんでやりにくい。インクの向き不向きもある。というあたりまでは何とか知っているがじゃあどんなインクが向いてるのかとかまではさっぱりだ。
「この薄いページって何で出来ているんでしょうか」
「植物だったと思った」
「植物から作れるんですか!?」
「俺の知ってる作り方と少し違うと思うけど」
この本の紙は洋紙だと思うんだが俺が知ってるのはドキュメンタリー番組で見た和紙の作り方。同じものにはならないだろうけど、と断ってざっくりと説明する。そもそもこの世界楮や三椏はあるのだろうか。
うろ覚えで紙を作る方法を説明したらリリーに感心されたり驚かれたりした。紙漉きなんて他に使うことないから貴族が知っている方がおかしいのかもしれない。
ちなみに前世の中世だと十二世紀ごろには西洋まで製紙技術そのものは伝わっていたんだが、木綿のくずが主原料だったんで作るのに手間がかかる上、ごわごわしていて意外と使いにくかったらしい。
この世界だと魔物の皮で作る魔皮紙の方が何より手っ取り早い事もあるんだろうけど、紙の生産をしているのを見たことがないな。
「ヴェルナー様は本当に物知りですね。何でも知っていてすごい……」
「偶然だよ」
ただ単にテレビで見た知識だっただけです。しかしよく考えてみると前世ってのは本当に情報過多だったんだなあ。ドキュメンタリー番組を流して見ていただけでもこうやって感心されてしまう。この世界は情報不足すぎる気もするが。
それはともかくあんまり期待値上げると後で墓穴掘りそうな気がする。話を逸らそう。
「一度全体を回ってみようか。どのぐらいの広さがあるのか確認したい」
「はいっ」
二人で並んで歩きながら広さを確認する。小さな図書館ぐらいの広さはありそうだ。棚も大きいし本の数も多い。しかしなんだ、妙な違和感があるなあ。
「どうかなさいましたか、ヴェルナー様」
「あーいや、なんか違和感があってね」
きょろきょろしているのが不思議に思われたんだろうか。正直にそう言ったらリリーがちょっと首をかしげてから意外なことを口にした。
「違和感……ですか。棚のせいじゃないでしょうか」
「棚?」
「はい。その、書庫の棚に見えないんです」
そう言われて俺もようやく気が付いた。確かに王室のための書庫の棚にしては芸がなさすぎるというか無機質で、人目につかない倉庫とかで使う棚の方が近い。前世の記憶で言えば、本じゃなくてファイルが突っ込まれているような棚を流用しているような感じだ。秘密の書庫だからだろうか。
よく考えてみれば分類の目印もない。一部の棚に使った人が残した覚書のような形で『魔術』とか『下水』とかの木の板が置かれているだけだ。図書館みたいに棚ごとに説明があってもよさそうなんだが。
「なんか、ここに移動させただけに見えるな」
「はい。仕舞っただけ、みたいに見えます」
俺の感想にリリーもそう応じた。確かに、書庫じゃない部屋に書物を突っ込んだという方が近い気もする。もしそうだとなると、分類もしっかりされていると思わない方がいいのだろうか。
冊数を考えるのをやめてぐるっと回っただけなんだがなんか疲れた。これはひょっとして棚の配置図を作るところから始めた方が結果的には早くなるかもしれない。そして時間が解らない事に気が付いた。時計がないのはうかつだったな。
「とりあえず今日は戻ろうか」
「は、はい」
何だろう、何か気になるんだろうか。
「何かあったのかな」
「いえ、あの……あの、ヴェルナー様、宝物庫の方に行ってもいいですか。中に入れなくてもいいので」
はて。なんか表情が興味とかそういう感じじゃないな。
「案内人の人に許可を貰おうか。俺からもお願いしてみるよ」
「ありがとうございます」
拒否されなかったことに安心したのか嬉しそうに言ってきた。だからその子犬が尻尾を振っているのが幻視できそうな顔は破壊力が大きいから勘弁して。
俺たちのメダルでは宝物庫には入れないらしいが、扉の前までなら構いませんよ、という許可を得て案内人さん同行で宝物庫の前までてくてく移動。なるほどこっちにも何かパネルのようなものがある。鍵が違うという事になるんかね。
そして扉の前できょろきょろしたり手を広げたりしているリリー。うん、案内人さん、何をやっているのか俺にもわからないんで俺の方見るのやめてください。
「やっぱり。ヴェルナー様、ここ、おかしいです」
「え?」
「あの、ですね」
唐突にそう言ったリリーにいきなり手を掴まれて引っ張られた。こんな態度は珍しい。案内人さんが驚いてるから。そのままずるずる引っ張られるように十字路の真ん中に戻ってきた。そこで左右の通路を見渡す。
「あのですね、ここから見ると、左右の通路の先にある扉って同じ大きさに見えますよね」
「うん? ああ、そうだな」
「扉の大きさ、違うんです」
はい?
「扉の大きさは違うんですけど、ここから見ると、左右の扉、同じ大きさに見えるようになっているんです」
「え、ちょっと待って」
扉が派手すぎて大きさとか全然気が付かなかった。わざわざ扉の大きさを変えている?
後から追って来た案内人さんが不思議そうに問いかけてきた。
「ええと、つまりどういうことですかな」
「ここから見ると、等距離に“見える”ように、錯覚する設計がされていると」
「はい。正確には計らないとわかりませんが、通路の幅も扉に近づくにつれ少し変わっていくように思いました。ここの十字路の中心から扉までの距離は左右で違っていて、しかもそれを隠してあるんです。理由は解らないのですけれど」
単に設計上そうなったという事であれば隠すような必要はないはず。確かにおかしいな。
「王太子殿下に報告は上げておこう」
「はっ」
それは案内人さんに任せておけばいいや、と思っておりました。
結構遅くなっていたので、報告だけあげて戻ろうかと思ったら王太子殿下の使者が追ってきて話を聞きたいと言われたので城内に逆戻り。待つこともなく王太子殿下の執務室に招き入れられたんで、またリリーががちがちに緊張している。
そっと背中を支えたら硬い表情だがそれでも笑ってくれたんで良しとしよう。俺でも緊張するからしょうがない。
「なるほど。話は分かった」
そんなリリーに視線を向けることもなく王太子殿下が顎に手を当てて考えていらっしゃる。沈黙が下りた部屋にいた騎士の一人が口を開いた。
「何かの間違いではないでしょうか」
「今の段階では何とも言えん。だが、書庫に行くときは書庫にしか入室しないし、宝物庫に用がある時は宝物庫にしか足を向けない。今まで両方の距離や扉の大きさを気にした事がなかったのは事実だ」
殿下がこつこつとテーブルを指で叩いている。それをやめると俺の方に視線を向けてきた。
「卿はどう見る」
「通路の距離を変えてそれを隠したという事は、理由は部屋の中ではない可能性が高いかと」
「うむ。部屋の広さが違うのはおかしい事ではないからな」
だよなあ。部屋の広さの違いなら別に隠す必要もないわけで。そうなると結論はこれしかない。
「つまり、あの通路のどこかに何か隠されている可能性が高いのではないかと考えます」




