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ツェアフェルト邸に戻ったのは日が落ちてからになった。王都観光を兼ねて大回りしていたから仕方がない。馬車を監視していた連中もこれから戻るんだろうから大変だな。
リリーを先に館に入れて御者と会話をしているとアネットさんが近づいてきた。暗い表情から大体何が言いたいのかは理解できる。気にしなくていいんだけどなあ。
「ツェアフェルト子爵、その……本日は失礼を」
「ああ、気にしないでいい」
わざと軽くひらひらと手を振って応じる。俺がいうのもなんだが、借金は事実だし褒められたことでもないことは確かだ。俺や王太子殿下はその話を利用している一面さえあるんだから、騙した側が騙された側に謝罪されるのもなんか違う気がする。
俺はそう思うんだが、表情が晴れないのは非常に困る。真面目だなあ。
「解った。なら、今後もリリーの身辺に気を使ってもらいたい」
「は、はい。解りました」
今度は意図的に強めの口調で言ったらようやく納得してくれたようだ。はあやれやれ、と思ったところでアネットさんから出てきた台詞がちょっと聞き捨てならなかった。
「子爵の借金については教会の方から伺いまして、その」
「教会?」
「はい、ケンペル司祭様から。今にして思えば、その、リリーの耳に入るようにしていたのではないかと……」
そっちかよ。ケンペルって確かノルベルトの報告にあった、母に毎回追い返されてる司祭だったな。相手を悪く言えばこっちを向くかもしれないとかどこのストーカー論理だ。
あと、アネットさんはそんな申し訳なさそうな顔しなくていいから。
まあ教会だから綺麗な人ばっかりって事もない。聖職者による犯罪なんかこの世界だけじゃなくて前世でもあるし、目的も様々。毒殺やら金銭詐欺やら、なまじ記録がしっかり残っているんで中世犯罪史研究の資料になるぐらいだ。
前世中世での偽聖遺物なんか数えるのも馬鹿馬鹿しいぐらいで、キリストの揺りかごの木片あたりはまだしも、キリストを刺したローマ兵が使っていたサイコロとか、なんでそれが聖遺物なんだよとか言いたくなるものまでリストにはある。どう考えても本物じゃないだろうに高値で売れたらしいから本当にわけがわからん。
面白い例では前世の十四世紀、イギリスで実在したとある奇跡のキリスト磔刑像なんかだろうか。木造のキリストが涙を流し、目をまわして口から泡を吹く『奇跡』が起きて無数の治癒まで生み出した。
ところがある日、男が教会に忍び込みこの像を裏側から見たら、からくり仕掛けの像であることを発見して公表、その後奇跡も起きなくなった、と言うものだ。病気が治ったという話のほとんども教会による“関係者の伝聞”だったらしい。
発覚までの数十年間、その教会には多額のお布施があったらしく、関係者は豪勢な生活を送っていたそうだ。ここまでくると見事な詐欺師だと感心するべきかもしれん。まあそれは余談。
「解った。とにかく今日の事は忘れる。これからもリリーを頼む」
「はっ」
とりあえず話を打ち切る。それにしても相手の意図が見えん。いや教会としては勇者を派閥に取り込みたいって事なんだろうが、それが目的にしては行動がちぐはぐって言うか。
この手のパターンで一番面倒なのは、総大将が部下を統率できていないせいで、部下が勝手に動き回ってる時なんだよな。手柄目当ての暴走とかが発生しかねないし、そんな交通事故みたいな事件まで予測するのは不可能だ。先に探っておくか。
御者に父とリリーへの伝言を頼み、この間とは別の古着屋でまた古着を購入し着替えてから酒場を経由。酒場では小銭を払って裏から出させてもらい、後をつけられていないかを警戒しながら遠回りしつつ目的の場所に。裏口から店に入る。
偽名で貸店舗とはいえ、もう店を開いてるあたり、商人としては確かに優秀だな。
「これはこれは子爵様、今日はまた一段と風情のあるお姿で」
「館から出るときには十中八九、後をつけられていたからな。元気そうで何よりだな、ラフェド」
「生活に困らない程度の予算をいただけておりますれば。ご温情あっての事でございまして、これもすべて子爵様のおかげでございます」
相変わらず変に芝居がかっている。歯の浮くようなお世辞言うなっての。今日はなんかそんな日なのかね。
「そのあたりはいい。調査を頼みたい」
「何でございましょうか」
「教会とイェーリング伯爵家に関してだ。今のところつながりがあるのかどうかはよくわからない」
そう言ってから今日入ってきた情報をざっくり説明。ラフェドが首を傾げた。
「そのお話だとイェーリング伯爵家とアネット嬢に連絡があったようには見えませぬが」
「アネットがリリーの友人になったことまでは偶然だろう。だが教会とイェーリング伯爵家がつながっていたとしたら、伯爵家から情報を得た教会が俺の悪い噂を流すのに利用しようとした可能性はある」
「なるほど。現時点では伯爵家はあえてアネット嬢に近づいていないわけですな。最後の一押しの時に顔を出すつもりですか。ふむ」
少し何か考えるそぶりを見せた。あてがありそうな感じだな。
「バッヘム伯爵家に出入りしていた頃にイェーリング家の噂も多少聞いたことがございます。解りました、調べてみましょう」
「頼む」
「予算がかかりますが」
「そこはしょうがないな。金は明日届けるんで手配を頼む」
借金があるにも関わらずまた出費か。王太子殿下からの借金は今の段階で返す必要がないとはいえ、思わずアネットさんに言われたセリフを思い出し苦笑い。
とはいえ、こういう情報収集は時間がかかるから早いうちから手を打っておかないとな。
またぐるっと遠回りをして、途中で元の服に着替えてわざと人通りの多いところを通りながら帰宅。途中から俺ですら気が付くぐらい尾行されていたが気にしない事にする。
帰宅したらちょっとだけ心配そうなリリーに出迎えられた。苦笑して上着を預け、着替えた後で両親の部屋に行くことを伝え、緊張しているらしいリリーに笑いかけて大丈夫だからと伝える。
最悪の場合は親類の誰かに伯爵家を継いでもらえばいい。そこまで考えて父の部屋を訪ねた。
「入れ」
「失礼いたします」
部屋に入ると両親が揃っていた。母もいるのは好都合とも言えるか。
「どうした」
「お二人にお許しをいただきたく」
睨まれてるわけではないにしても鋭い視線を向けられる。正直、多少緊張はしているが、今更動じる気もない。ここで動揺したらあれだけ勇気を振り絞って思いを伝えてくれたリリーにあわせる顔もない。一気に言い切る。
「いずれということになりますが、リリーを妻に迎えたいと思っております」
少し沈黙。両親が一瞬だけ顔を見合わせた。なんか二人して苦笑を浮かべたような気がしたが気のせいか。一瞬そんな疑念を持ったが、その前に父が口を開く。
「問題や困難がないわけではないぞ」
「承知しています」
「今のあなたなら上位貴族家の令嬢からも声がかかりますよ」
今度は母がそんなことを言ってきたがそれこそ今更だな。
「気にしません」
「そうでしたね」
あれ、今度は呆れたようなため息をつかれた。いやまあ、ご婦人方の問題とかで母に迷惑かけているのは知っているが。その母が珍しいぐらい柔らかい顔で口を開いた。
「変なところだけ旦那様に似ていますね、あなたは」
え、そうなの。父に視線を向けるとこれまた珍しく肩を竦められた。その父が口を開く。
「お前がそんな顔をして私たちに何かを言ってきた事は初めてだ。それだけの覚悟があるのだろう。その覚悟を貫き通してみるがいい」
「……はい」
「だが、まだ許可はできん」
まあ、そうだよなあ。俺自身も含めてやらないといけないことが多いし。そう思っていたら父が意外な事を言ってきた。
「貴族家同士の婚姻であれば気にはせぬが、お前がリリーを選んだのはそのような理由ではあるまい」
「はい」
「今はまだ国内外に問題が多い。隙を見せることはできぬ状況でもある。魔軍だけが問題ではないことは解っているだろう」
それは確かにそうだ。実際、教会の動きとかも読めない。
「ゆえに貴族家として認めることはできぬ。過度の決意も恋愛の緩みも許されぬ情勢だからな」
浮かれるつもりはなかったが、決意を持ちすぎることも思考の硬直化につながるって事か。確かに、意識してはいなかったが認められようと無茶をする危険性はあったかもしれない。
ちょっとひやりとしていたが、それこそ珍しく父と母が普通の笑顔を向けてきた。
「だが、一人の親としては、お前がそこまで決意を持ったことを嬉しく思うぞ」
「リリーがいい子なのは解っています。だからこそ、あなたも自分をもう一度見直しなさい。誰かと共に歩むという事は、背負うものが増える事でもあるのですから」
「……ありがとうございます」
かなわんなあ、ほんと。




