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「お姫様みたいなドレスでしたけど……いいのでしょうか」
「ああ、必要経費さ」
リリーがそんなことを言ってきたんでこの程度は当然、という顔で応じる。お姫様みたいって程でもなく、むしろ落ち着いたドレスだと思うんだが、比較対象の知識がないとそう思ってもしょうがないか。この辺りは感覚の違いがどうしてもあるな。とはいえこういうのはむしろ慣れと経験だからなあ。
ビアステッド氏の人選や配慮は適切だったと素直に思えるんだが、別れ際のいい笑顔は別の期待があるようだ。提案書にも一度目を通してコメントぐらいはつけるかねえ。
リリーをエスコートしながら店外へ。馬車を店の前まで呼ぶこともあるが、今回は理由もあるんで少し離れた所にとめてある馬車まで向かう。御者は伯爵家の人間だから心配はしていない。
馬車の扉を開けて待っているのでリリーを先に乗せつつ声をかける。
「何かあったか?」
「子供が二人ほど寄ってきましたので、伯爵家のお名前で小銭を恵みました」
「解った」
このやり取りはちょっとした符丁だ。大人ではなく子供と言う事は監視されているが相手は武器を持っていないという事。人数はそのままで俺の名じゃなく伯爵家と言ったのは相手はどうやら貴族家絡みのようだという事になるし、小銭を恵んだというのは相手の見張りにこっちも尾行はつけたという意味。
まとめると「この馬車を監視しているのは武器を持っていない二人組でどこかの貴族家の家臣。相手の監視員にはこっちの尾行をつけたので相手がどの家かは後で判明します」という事。襲撃の可能性がないならまあいいか。
監視している側は自分が監視されているとはなかなか思わないもんだ。わざわざ馬車を離して待機させたんで相手も気が緩んだようだな。
「リリーに町を見せたいからちょっと大回りをしたい」
「かしこまりました」
御者が俺に応じて魔道ランプの位置を調整するようなそぶりを見せるが、これはルート変更の合図。この馬車には前後に合計四人、目立たないように警備の人間がついているんでそっちに向けた指示になる。もし何か緊急事態が疑われる場合は鏡の合図があるはずなんで、それまでは警戒は任せて大丈夫だろう。
アネットさんは御者席なので俺はリリーの後から馬車の中に入った。リリーが何か聞きたそうな表情をしているがそれには気が付かないふりをしておく。
「途中で店も見て回るか」
「……はいっ」
さて、女の子が喜びそうな店か。うーむ。
大回りで王都観光。とは言うものの、王都そのものは半日で回れるような広さじゃないし、時間帯も含め馬車だと逆に入れない場所もある。そのあたりの兼ね合いがあるのはしょうがない。
「凄いですね、これ」
「こういう細工は本当に手が込んでるよなあ」
どこの世界でも女の子は光物が好きだねえ。今日は見るだけだから、と説得して宝石店に入ったらやっぱり夢中になってるよ。
しかしこの世界、宝石のカット技術は妙に進んでいる。ローズカットぐらいならまだしも、なんで近世以降のプリンセスカットやオーバルカットがあるんだ。魔法でカットできたりするんだろうか。それとも宝石職人とかいうスキルでもあるのかもしれない。
メイド服のデザインもそうだったし、難しく考えるのはやめにする。似合えばいいんだ。
「リリーのドレスに似合うのも選ばないとなあ」
「え、あの」
ドレスのデザイン画は見たんだが似合う宝石のデザインとかは解らん。デザインベースで似合いそうなものを見繕う依頼はしたが、詳細は後日専門家を呼んでの相談だ。
「そういうものだから」
「うう……はい」
小さくなってそう言いつつ宝石からは目が離せないでいるのが「待て」を言われて我慢している子犬みたいに見えてしまう。後、一応護衛の為に入店したアネットさんがちらちら宝石を見ているのに気が付き、リリーと顔を見合わせて笑いを堪える事になった。
「え、この建物全部お店なんですか」
「そういう店もあるんだ」
五階建ての建物を前にリリーが驚いている。さすがに多くはないものの、各階ごとにそれぞれ別の店に貸し出して簡単なデパートみたいになっているような店は前世の中世以前で既に存在している。建物の持ち主は裕福な商人って事が多い。
とは言えエスカレーターもエレベーターもないし階段も狭いんで、上の階に行くほど客が行きにくくなるという問題もあるんだが。
商品を持ち上げるのも大変なんで最上階で販売しているのは布の端切れとか、それなりに高価で軽いものが多い。一階は陶器とかの重い物、三階辺りは木工品、と言っても市民が普段使いするスプーンとか容器類。大きいサイズの物はまた別の木工専門店になる。
ちなみにコップは使用人であっても個人の持ち物という扱いになるんで、お気に入りの物を選ぶのに時間をかけるのが普通だ。リリーとアネットさんが色々見ながらあれこれ言っているのを耳に入れつつ窓から外に目をやっておく。
窓ガラスはないんでストレートに道を見下ろせる。人通りはそこそこだな。
「ヴェルナー様?」
「ん、なにかあったか?」
呼びかけられたから向き直ったが特に欲しいものがあるわけではないらしい。折角だからとカウンターの奥に飾ってあった木彫りの枠にはめ込まれている顔を映すサイズの鏡をリリー用に購入した。ガラスも高価なんでやたら遠慮されたがまあこのぐらいはいいだろ。
四階が前世でいう所の文房具店になっていたんで、興味がないかを聞いたが、今屋敷で使っている物でいいらしい。まあ貴族家にある物だしそれもそうか。
むしろ布の端切れの方が興味があるらしく、何に使うのかと聞いたら両親が使う普段着の補修布に欲しいとか言われたんで配慮不足を猛反省。元平民のリリーや両親はその辺を我慢していたのか。その分は手配しておくからと言って欲しい物だけ探させた。
リリーの両親だけじゃなく使用人全体のそういった部分の見直しも母と相談しよう。
にぎやかになった露店のあたりを散策しながら一つの店の前で串焼きを二本注文。慣れた手つきで焼きながらこっちを向いてにやりと笑ってくる。
「よう、今日は美人の彼女連れじゃないか」
「うっせぇよおっさん。早くしてくれ」
屋台の店主に軽口をたたいていたらリリーに驚かれた。苦笑交じりで焼けた串を片方手渡す。受け取ったリリーが思い出したように口を開いた。
「あ、あの、毒味を」
「よくできました、という所だけどここは気にしなくていいから」
本来なら使用人が一口食べて俺のと交換するところなんだが、あの店なら気にしない。貴族が通う学園ではそのあたりチェックされていて、この露店での買い食いなら学園側も黙認しようというリストが回ってくるんだ。
何となくだが、国が金を出して店を開かせている、貴族の子弟に庶民生活を楽しませるための模擬露店なんじゃないかという気がしている。あのおっさん、元は国の兵士かなにかなのかもしれない。
もちろん時々そんなのを守らない学生もいるんだが、それでも問題になったのは聞いたことがないのは王都の治安だからだろう。飲み過ぎる奴が出る騒動は別として。アネットさんが何も言ってこないのはそのことを知っているからだろうな。
「この串焼き、マゼルとよく買い食いしてね」
「そうなんですか」
「勝負もしたな」
コインの裏表、当てた方が奢るとかそのレベルだが。ちなみにこの店では俺の方が負け越している。と言うか全体的にあいつの方が強かったような。そんな事を思い出しながら礼儀作法を無視してかぶりつく。
驚いて見ていたリリーがちょっと笑って自分の串肉を小さく噛んだ。
「美味しい」
「変な味付けしてないから逆に食べやすくてね。学生の中では人気だった」
肉の味にびっくりしたような顔のリリーを見ながらもう一口。なんかすげぇ懐かしく感じるのはここ数か月が怒涛のような日々だったからだろうなあ。ふとそんなことを考えつつ周囲を軽く見まわしながら肉に噛り付いているとリリーがこっちを見ている。
「どうかした?」
「あ、いえ、何でもないです」
ぱくっと串焼きをもう一度小さな口に運んでいるときには、もう普段の顔に戻っていた。
リリーから王都を高い所から見てみたい、という要望があったんで城壁の登れるところに移動する。警備兵はいるんだが俺の顔を知っていたらしくほぼフリーパス。リリーの方を興味深そうに見ていたのはうん、まあ、しょうがない。
上には人がいないとの事なので、アネットさんも下で待っていてもらう事に。
「気を付けて」
「ありがとうございます」
当然だがこの時代の城壁って観光用じゃなくて軍事施設だから女の子が登りやすいようにはなっていない。手を貸して階段を上る。とは言え前世なら息を切らしていたかもしれないが、この世界は男女問わず体力あるよなあ。
夕方なんで風はやや強めか。
「あれが大貯水池ですね」
「よく知ってるね」
城壁に上ったリリーが指さした先に、大きな人工池がきらきらと光を反射している。元々は軍事用の貯水池だったらしいが、今はほとんどイベント会場で真夏にはあの周囲でナイトパーティーも開かれる。
あれがいつでも一杯だったから水不足なんか考えもしなかったんだよなあ、と思いながらさらにその先に小さく見える水道橋に目を向けた。
「あっちに大神殿があって、向こうにあるのが競技場ですか」
「そう。詳しいなあ」
競技場と言ってもローマのコロッセオほど大きくはない。ただ騎士選抜試験の一騎打ち部門とか馬上槍試合とかはやれる程度の広さはある。まあイベント会場と言う意味では貯水池と似たようなものか。しかしよく知っているな。
髪を押さえていたリリーが遠くを見るような眼をして王都を見ていたが、俺の視線に気が付いたのか、静かに口を開いた。
「憧れだったんです」
「憧れ?」
「王都とか、お姫様とか。兄が学園に行ってからは特に」
納得できるところはある。アーレア村が居心地よかったのかどうかという問題もあるが、それとは別に王都みたいなところはやはり一種の憧れはあるだろう。考えてみるといつの時代にもそういうのがあるのは不思議なもんだな。
「だからちょっと羨ましかったんです。その場にいたら楽しいだろうな、と思いながら、兄からの手紙があるたびに、何度も読み返しました」
そう言うとくすりと笑った。
「ヴェルナー様の事も、たくさん書いてありました。学園生活とか、勝負した事とか……あ、兄と二人で下着泥棒を捕まえた時の事とかも」
「余計なことを書くなよあの野郎」
うわ恥ずかしい。ドヤ顔でシャーロック・ホームズをパクったんで黒じゃないがかなりグレーな記憶だ。俺の憮然とした顔を見てくすくすとリリーが笑っていたが、ふいに真顔になり遠くを見る。
「手紙は全部、燃えちゃいましたけど。だからなおさら思い出すのかもしれません」
前世でも生家がなくなった記憶とかはない。だからその喪失感とかは正直俺にはよくわからない。ただ口をはさむべきじゃないと思い、最後まで聞くことにする。
「それでも、あの時、ヴェルナー様に助けていただいて、貴族様のお屋敷で働かせていただいて……王都で生活できて」
ふうっ、と息を吐く。
「全部、憧れでした」
俺の方に向き直る。不覚だが綺麗だと思って見とれてしまった。
「でも今日、ご一緒させていただいて、違う事を知りました。ヴェルナー様、町の中でも、ずっと周囲を見ていて……私を守ってくださっていましたよね」
それとなく振る舞っていたつもりだったがばれてたか。
「それだけじゃありません。町中で生活している人たち、みんな、手紙の中の事ではなく、現実なんだと。そして、ヴェルナー様が普段から、皆さんの命や生活も守っている事……私の傍にいる方は、空想や憧れじゃないんだ、という事を」
憧れと現実か。俺はそれほど大層なことをしているつもりはなく、ビアステッド氏が褒めすぎただけだとも思うが。
「ヴェルナー様」
「ん?」
「……お慕いしております、ヴェルナー様」
好意を持たれていたことぐらいは気が付いていたが、決意を込めた表情を浮かべてはっきりそう言われた。
「今はまだ、お傍にいさせてくださいとは言えません。私はまだ何も知りません。それでも、少しだけお待ちいただけませんか。きっと、きっとヴェルナー様のお傍にいられる私になってみせますっ……」
視線は俺から逸らさないが、手も声も微かに震えている。否定されるのが怖くてもどうしても言わずにいられなかったという事だろう。
自分の内心に問いかける。他の女の子をリリーを見るように見れるだろうか。俺はリリー以外の子にこの感情を向けられるだろうか。
その回答を自分で出したとき、これほどまっすぐ俺を見てくれている子に、ここまで言わせてしまった事に小さくため息をついてしまった。
「解った」
「……!」
「だけど、一つだけ訂正させてもらう」
一瞬不安そうな表情を浮かべられるが、ここは俺としても譲れない。
「待つのはいい。だが、その時が来たら俺がリリーを俺の隣に呼びにいく」
「え……」
「その時は俺の方から聞かせてもらうよ。俺と一緒にいてくれるか、という質問の答えを」
「……は、はいっ!」
恥ずかしそうに泣き笑いの表情を浮かべないで欲しい。思わず抱き寄せてしまった。
この時から、俺にはリリーを、ではなく、リリーと幸せになる義務が発生した。




