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貴族も来る店の場合、奥という表現を使うが二階が上客を招き入れる場となっていることが多い。服であれば高級な布を見る場であったり採寸をするための部屋もあるし、宝石類であればこれぞ逸品というような品は二階で商談を行う。
これはセキュリティ的な理由もあって、万が一、多数の暴漢が客を襲うため店の中に侵入してくるようなことがあった場合、店員や警備員は階段にバリケードを作って籠城するための目的もあるわけだ。
貴族の館が籠城できるようになっていることも含め、前世の中世もそうだがこの中世風世界、意外と血なまぐさい所もある。
「何かお飲み物を用意いたしますかな」
「いや、いい」
「わ、わたしも遠慮させていただきます」
リリーがそう応じてその後ろでアネットさんも頷いている。正直、呼ばれた理由がよくわからん。
「さようでございますか。それでは、あまりお時間をいただいてもなんでございますので、用件のみ申し上げます」
まあ毒味だなんだとめんどくさいからね、貴族に飲食物出すのは。と思ったらビアステッド氏がいきなり頭を下げてきた。え、何事。
「私が代表で恐縮ではございますが、子爵様には謹んでお礼申し上げます。これは私のみならず、王都全ギルド共通の意思でございます」
「あの」
俺が口を開くより先にリリーが困惑した声を上げたんで俺が動揺してるのは見つからずに済んだ、と思う。えーと、何のことだ。
「王都に魔族が潜入しているのを看破なされたのは子爵様とお伺いしております。万一の事があれば、手前どもばかりか従業員や家族、更には町そのものさえ犠牲となっていたでしょう。それを未然に防ぐ形になった子爵様には、みな感謝しているのでございます」
あ、その事か。そう言えば別に口止めとかしてなかったなあ。さすがにすぐ漏れるような情報じゃなくてもこれだけ時間がたてば耳に入る人には入るか。
「それに、孤児や難民に日当を出して清掃活動をさせた件もツェアフェルト家の発案だとか」
「あれはこちらにも理由があってのことだ」
「何の理由もなしに行ったとは思っておりませんが、まじめに働いた孤児や難民が労働力を求めていた者たちの目に留まったことは事実。また、あの後で貴族の方々が石畳や建築物の補修をされた事などを考えあわせれば、その恩恵を我々市民が授かっていることは容易に想像がつきます」
毎日の生活がある市民にとっては理由よりも結果の方が大事、か。それはまあ理解できなくもない。ただ、別に隠していたわけじゃないんだけどこういう場で言われるのは表情の選択に困る。
「それにアンハイムの件もありますれば」
「ギルドはアンハイムでも商売をしていたのか?」
「商売の件とは別でございます」
はて。
「魔将襲撃前にまず農村の民に対する避難計画を立案され、補償まで先にご用意されていたとか」
「ああ、確かにそれはやった」
「被害を受けたものに対する補償ならいざ知らず、先に補償まで用意し、他領に避難時の依頼までしておいたという例はほとんど聞いたことがございません。先にそこまで民の事を考えて兵を動かした人物はまずいないかと」
こっちから敵を引っ張り込むんだから当然だろうと思うが、その辺を考えないような奴もいるのは確かだ。それにこっちから敵を動かしたから準備期間があったし、というのは俺の理屈。結果や評判という視点で見ればそうも見えるか。
「それに借金の評判も、ですな」
「事実だが」
「商人には商人の目があり、民には民の耳がございます。借金は事実かもしれませんが、その金品で子爵様が浪費のための嗜好品を買いあさったわけではないことぐらい、目端のきく者たちはみな把握してございますとも」
「……そうなのか」
「己の見たいものしか見えないものもおりましょうが、借金をしてまでの魔軍対策、知っている者は皆知っております。僭越ながら物資購入の際には、私以外のギルドもご協力させていただきました」
さらっと今一部の貴族をディスらなかったか。商人にとっては情報そのものが戦争って事なんだろうか。俺が想像しているよりも俺の行動は把握されているようだ。そしてようやく王太子殿下の見ている盤面が俺にも見えてきて一つ溜息をついてしまう。
俺や国の中枢に近い立場の人間から見れば、勇者が魔軍四天王を斃したとか言うのは大ニュースだ。だがこの国で、日々の生活をしている市民にとってはどうだろうか。前世で言えば「国外で大きな賞を取りました」というような話題だろう。
だが路面改修と言った生活に直結するメリット、治安維持やアンハイムのような国境の争いなんかは自身の生活に近い範囲での話だ。現実感が違う。あえて言うのであればメディア系有名人のマゼルと、現実に近いスポーツ選手の俺と言ったところだろうか。
もしマゼル一人に民衆の人気が集まると、為政者から見ればプラスマイナスどっちから見てもリバウンドが怖い。最悪、国は何もしていなかったとかの不満さえ出るかもしれない。
だが国境の侵略者と戦った騎士団、民政に気を配っている国、そしてそういう形で話題になるのは非常に不本意だが、借金をしてまで国のために尽くしている貴族という存在が近くにいれば、勇者“だけ”が市民の話題になるという事態からは避けられる。
その意味では俺に借金が残っているままの方が話題性があるわけで、王太子殿下が借金をそのままにしてくれと言ったのはそれが狙いだったのか。貴族相手の釣り針だけじゃなくて民を相手にした分割統治の道具という訳だな。借金の件ですら無駄にしないなあ、あの方は。
「わかった、その話はもういい。彼女の服の件だが」
「おお、これは失礼いたしました。一番優秀な店員に対応させますとも」
普通、ギルドは縦割りだ。町や場所にもよるが、布と手工芸と服飾のギルドが別なんて例も珍しくない。一方で貴族の御用商人は横断的にどのギルドにも顔が利くことが多い。そうでないとたまに発生する貴族の無茶ぶりに応じられないとも言う。
もちろん専門分野では各ギルド専門の商人が直接売買をするんだが、そこは貴族に紹介するほう、された方お互い面子もあるし、ビアステッド氏のように商隊を運用できるレベルの人物の面子を潰すと店の方もその後の商売に差しさわりが出る。
ビアステッド氏がここまで言ったという事は、店のエースどころかギルド全体のエース級が今日だけこの店の店員になっている可能性も否定できないな。
「それではお嬢様はこちらに」
「念のためアネットもついて行ってくれ」
「は、はい」
近づいてきた女性店員さんにリリーを任せる。多分あの身のこなしは貴族家で教育は受けているな。任せても問題はないだろう。二人を任せ、見送ってからビアステッド氏にジト目を向けてしまう。
「で、そんなことをわざわざリリーにまで聴かせた理由は」
「これほど国民の為に働いていらっしゃる子爵様が誤解されていてはと思いまして」
「よく言うよ」
思わず憮然として応じてしまう。途中からリリーがどんな顔しているのかは見てなかったけど、そのためにわざわざこんなところに呼ぶはずないだろ。年長者にからかわれやすい顔でもしてるんだろうか俺は。
「むしろ後ろの女性騎士様に多少の揺さぶりを、と思いましたのです」
「なに?」
意外な発言に思わず眉をしかめた。アネットの方が目的だったのか。
「アネット・メルダース殿は母方をたどるとイェーリング家の遠縁でございますれば」
「イェーリング」
思い出すのにしばらく時間がかかった。イェーリング伯爵は確かグリュンディング公爵の敵対派閥だったような。
「リリーの傍にいるのは意図的だと思うか」
「アネット様ご本人は政争には縁遠い性格です。イェーリング家の方も今のところは忘れている程度には遠縁でございますが、いずれはどうなるか」
「今日明日でどうこうなるようなことでもないか」
頭が痛くなるような情報が入ってきたんで思わずもう一度溜息。今日は難しいことを考えるのは止め。何よりも余計なことを考えていたらリリーに悪い。
「貴重な情報感謝する」
「子爵様がお考えになるよりも、子爵様のお味方は多うございます。それをお忘れなく」
「解った」
難しいことは明日以降に考えよう、うん。




