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たくさんの感想嬉しかったです!
次の合戦シーンが始まるまで一人称に戻ります。
前世の中世もそうだったが、この中世風世界でも町の中心近くには大きな広場がある。夏には祭りの中心地となり、交易商人が来た際には市が立つ。時には市民が集まり政治集会の場となり事件現場となったり、見世物の舞台にもなる。
前世と違うのは町の中心に宗教がない事で、広場に面した場所に町一番の教会が立っていないことかもしれない。広場に噴水があったりなかったりするのはこの世界だと魔道ポンプで水をくみ上げる必要があるからだろうか。
「よし、斬れ!」
俺がそう大声で指示すると三人の兵士が処刑人として、処刑台の上に拘束されていた三人の男の首を斬り飛ばす。ダゴファーとかいう男の首が特に大きく切り飛ばされ、見物人から歓声があがった。
処刑された三人の首を槍先に突き刺して捧げるようにしながら兵が移動し、その周囲を町の住人たちが取り囲みながらついて行く。見ようによっては前世日本で御神輿を囲む祭りのように見えなくもないが、神輿じゃなく首なのだから殺伐としてるよな。
今回に関しては被害者の知人や親族もいるんでなおさら人出が多くなった一面はあるが。
もともとは高貴な者を死刑にするときは斬首、そうでない人間は縛り首という区分があったらしい。前世の中世日本で武士は切腹、そうでない場合は斬首という具合に分けていたのもそうだが、地位で処刑方法が異なる事はどこの世界でもある。
だが今回はあえて斬首刑にした。縛り首だとその後しばらく死体をそのままにして晒すのだが、今回は首だけを晒すことを命じてわざわざそのための台まで作らせた。前世日本の獄門台でさらし首にした発想からだ。もっとも獄門台なんぞドラマの時代劇でしか見たことはないが。この世界では珍しいやり方だったから逆に興味を引いたようだ。
日本人としての記憶があるせいか死刑を娯楽にしている市民をちょっと冷めた目で見てしまうが、顔に出さないように気を付ける。この世界ではこれが普通だという考えは間違ってはいないが、違和感と言うかもやもやする感覚も事実。
人の命を自然科学的にいうのであれば“命は平等”だが、政治的、軍事的な観点で見れば味方の命と敵の命は平等じゃない。そして俺は後者の視点で考えなければならない立場だ。
身近な人や大切な人の命を守るため、であっても敵の命を奪うというのは内心思う所がないわけじゃない。だがこの生き方を選んだ以上は人前でそれを見せるわけにはいかないし、この感覚は忘れたくもない。理性と感情は違うって事だろうか。人間は矛盾の生き物だな。
気を取り直して執務館で誓約人相手のやり取り。協力的な人たちに対しては感謝と報酬の約束をする。同時にさらなる仕事の依頼をして、ついでに難民にも仕事を回すように手配を頼んだ。これから人手が必要になることがあるからこそ単純労働は多くの人に回したい。
一方、非協力的だった連中に対して。脱税に関してはベーンケ卿が既にきっちり証拠までそろえて纏めていてくれたんでそれをもとに処分。罰金が随分たまったな。マンゴルト関連に関しては譴責処分だけに済ませるかわりに一つ手を打った。
誓約人たちがおとなしいのは首を斬られた上に晒される、というこの世界にない刑罰を見せられたことに警戒しているんだろう。高い地位での処分をしながら一転して低い立場の扱いにされるとか、相手の立場で考えてみれば性悪かもしれない。
腹の探り合いを含めてそっちが終わると、王都と近隣の各領地に使者を送って情報共有を行う。ついでと言うと語弊があるが鋼鉄の鎚に王都のツェアフェルト邸に父宛の手紙と届け物を依頼。
それが終わると今度は賊討伐の報酬関係の処理だ。これもおろそかにできないんでさっさと仕事をする必要がある。
「……問題はないかと思われます」
「よし、では兵士宛ての報酬はシュンツェルに実務を任せる。後ででいいがゲッケ卿の傭兵隊にはノイラートが代わりに持って行ってくれ」
「はっ」
「フレンセン、こっちの書類は箱に纏めておいてくれ。被害者への補償に関するものだから忘れていたら後で声をかけてほしい」
「かしこまりました」
ケステン卿にも確認してもらいながら戦功を確認しつつ報酬を決定していく。武器だったり現金だったり、騎士が相手の場合は馬だったり。前世で言えば高級自動車が報酬みたいなものだから馬って事はそうは多くないけど。
前世の戦国時代の話を読んでると、時々そんなものが報酬になるのかと思ったこともある。頭巾とか履物とか。けど実際に人の上に立つ側になると、まずその働きを見ていたぞという事を言葉と形にすることが絶対に必要なことがよくわかる。
人心掌握のためには金銭報酬ではなく名誉報酬としてでも、形あるものを出さなければならない。その意味では皿一枚、手袋一つだって王直属の代官からの報酬となれば金銭以上の価値が生じる。馬鹿にしていい物じゃなかった。前世の戦国武将ごめん。
と、必要性は解ってるんだが仕事としては面倒くさいんだよ。不公平だと別の不満が出るし。内心で文句を言いながら手早く書類を確認しサインしては机の隅に積んでいくのを横で見ていたベーンケ卿が感心したように頷いた。
「子爵はこのような事務処理もなかなかの手並みで」
「卿がまとめてくれていた分もあるしな。軍務に関しては慣れているだけだ」
実際、内務関連の書類に関してはベーンケ卿は相当に優秀だ。戦功に対する業務はフィノイの後にもやったし、そもそも前世でこういった書類関係の仕事だってなかったわけじゃない。効率的に仕事を進める基本的なノウハウぐらいは流石に持っている。
そう思いながら作業を進めていたがベーンケ卿の台詞に咽せそうになった。
「いえ、子爵のお歳ではそもそも書類作業が面倒で嫌だという方も多いので。伯爵の教育がよろしかったのでしょうな」
「父にそう言っておくよ」
そうか、考えてみれば本来なら学生の年齢だもんなあ……このやり取り、どっかでやったなと思ったら同級生に勉強の効率がいいと言われたときか。マゼルは例外として男女問わずいろんな奴から勉強の相談受けたっけ。
対価は前世だったら昼飯おごりとかだが、この世界の貴族がそれもなんだからと地元の名産情報とか宮廷の噂話と引き換えに教えてやったなあ。社会人になると学生時代の勉強できる時間って貴重なんだと知ってるだけに、学校に戻れるかどうかは気になる。
いやとりあえずそれはこの際どうでもいいっていうか回想している場合じゃない。意識を現実に引き戻す。
ちょうどその時に扉がノックされた。フレンセンが応じてこちらに向き直った。死体の処分に意外と時間がかかったな。あの人出じゃ当然か。
「ヴェルナー様、ラフェドと、ゲッケ卿、それにお呼びした方が来ておりますが」
「ああ、かまわない」
そう言って承認するとラフェドたちと一緒に先ほど処刑に関わった下級兵士の鎧を着た男が入ってくる。年齢は俺より年長だが十歳は離れていないだろう。俺もとりあえず書類を除けた。
「済んだのか、アイクシュテット卿」
「子爵閣下のご厚意には御礼の申し上げようもございません」
いきなり平伏までしやがった。やめろっての。閣下と呼ばれることさえむず痒いんだから。ベーンケ卿やケステン卿、フレンセンにも一応説明はしてあったが、改めて簡単に紹介だけはする。
「話しにくいからやめてくれ。皆、彼がアイクシュテット卿だ。トライオットで伯爵家出身らしい」
「亡国の死にぞこないでございます」
「卑下を聞きたくて呼んだわけじゃない。立ってくれ」
内心、相手の方が年上で一応元伯爵家令息って相手にこの態度はどうかと思うが、国がなくなるってこういう事だ。山賊やっていたことも含め、あっちは年少の俺に平伏さえする立場だし、俺はそれを受け止めなければいけない側。
今のアイクシュテット卿の姿は、王都防衛から逃げていた場合に訪れていた俺の姿と言えるのかもしれない。
「あの程度しかできず済まないな」
「いえ、感謝の申しようもございません」
蜂に刺されても必ず死ぬわけじゃないとはいえ、よくあの状況で息があったもんだ。執念だけで生きていたんだなあと改めて感心する。と同時に全部治しちゃうポーションすげえ。
「気が晴れた、とは言えないだろうが一つ済んだことには間違いはないか」
「はい。これで妻と娘にも合わせる顔ができました」
何と声をかけるべきか悩んだ俺は無言で頷く。元々アイクシュテット卿の命を救ったのはあの丘でどのように飲料水を得ていたのか、尋問したかったからだ。正直誰でもよかったことは否定しない。
だが話の流れでなぜ賊になったのかを聞いて協力する気になった。なってしまったというべきだろうか。
あのダゴファーとかいう奴はトライオットの滅亡時に脱出を図った自国の民も襲撃していたらしい。そしてアイクシュテット卿のいた避難民の集団もダゴファーの集団に襲われ、母親は斬られ、まだ一歳だった子供は賊の一人に文字通りの意味で蹴り殺された。
またその時に拉致された奥方に関しては、発見した際の事を言葉にしようとした所で泣き崩れてしまい何も聞けなかったが、ろくなことはなかったのだろう事は想像に難くない。話を聞いていた俺たちですら何も言えなくなってしまった。
父親である伯爵はトライオット滅亡時に王宮にいたはずという事で恐らく生きていないだろうとの事。
賊になった理由は他の賊を油断させて、うまくダゴファーと合流してから酔い潰し、その場で刺し殺すつもりだったらしい。腕力に自信がないアイクシュテット卿は他に手が思いつかなかったんだそうだ。俺自身、自分の大切な人がそんな目にあったら間違いなく復讐を考えるだろうと思うから、それを責める気にはなれない。
それらを語った上で「死刑は覚悟している。ただダゴファーより後にして欲しい。奴の死を見てから死にたい」と泣きながら頼まれた時点で俺はこの人にダゴファーの死刑執行役を任せる気になった。今回斬首刑にしたのはむしろその方が理由としては大きかったかもしれない。
ちなみにアイクシュテット卿のいた賊集団で首領をやってたゼーガースとかいう奴は針鼠になっていたんで、他の賊を代わりに処刑した。
「さて、ではあの地に拠点を構築することを選んだ卿に話があるわけだが」
「何でもお話しいたします」
「どうせなら死ぬ前に役に立つ気はないか」
そう言ったら怪訝な表情を向けられた。俺は賊には容赦しないと言われてるらしいからそういう反応は当然か。だが実際協力者が欲しい。その協力者にちょうどよさそうな感じなんだよなこの人。
「言うまでもないがトライオットを滅ぼしたのは魔軍だ。卿がそのような状況になったのも魔軍の仕業だと言える」
「それは……その通りではございますが」
「その分も復讐してやるのが筋じゃないか?」
アイクシュテット卿は一瞬沈黙し、次いで不思議そうな顔で口を開く。
「閣下は何をなさるおつもりですか」
「私の目的か。差し当たっては」
俺と言いかけたんで一呼吸入れる。胃が痛いが作戦計画を言わないわけにもいかない。一息で答える。
「こちらからトライオットに侵攻する」




