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「アンハイムでのツェアフェルト子爵のやりようには問題がございます。ぜひとも、詳しく調査を」
「解っておる」
法務で部局長級の地位にいる子爵がしばらくそう主張していたが、王も宰相もそれに直接の言質を与えずにその場を下がらせる。
退出後の会議室には何とも言えぬ空気が広がった。典礼大臣でありヴェルナーの父でもあるインゴが頭を下げる。
「愚息がご迷惑をおかけしております」
「かまわぬ。部局長が器に相応しい地位であることが分かったというだけの事」
国王マクシミリアンが特に感情を浮かべずにそう応じ、他の同席者も頷いた。宰相であるファルケンシュタインが冷静に応じる。
「中堅貴族にいささか人材不足がございますな」
「少し政務を増やし様子を見るとしようか。それでよろしゅうございますか、陛下」
「よかろう。多くの貴族に役目を振り分けられるように」
王太子ヒュベルトゥスの提案に王も軽く頷き指示をだした。それでこの件は終わりである。
本人のあずかり知らぬところであるが、ヴェルナーは一種の評価基準のような扱いをされていた。まだ若いヴェルナーをどのように扱うつもりであるか、という観点でヴァイン王国の上層部は中堅貴族たちを採点していたのである。
現在の大臣級貴族たちから見れば、ヴェルナーの扱いはどのように「使う」か、という一点での判断になる。もし目的が一致できるのであれば同僚として扱うか、部下としてその才幹を振るえるように手配をする。
一致できないのであれば、どうやって取り込むか、あるいは自分たちと利害関係の異なる職務で全体として国のためになるよう働かせるかを考える。
最悪、宮廷内で敵対する立場になったとしたら、別の政敵と噛み合わせて双方を疲弊させる。
国の重鎮である人間から見れば、優秀であればあるほどどう使うか、どのように自分と国の利益に結び付くかを考えて人事を行う。またそう考えられなければ大国の大臣など務まらない。まず競争相手の足を引っ張ることを考えるような貴族は、国家の役職という観点ではせいぜい中級職どまりという評価にしかならないのである。
その意味で、先ほどの部局長にしても、アンハイムへの転属を望んだ貴族の振る舞いも、現時点では落第という評価に成らざるを得ない。将来的には彼らの多くは逆に自分たちが地方転属という形になることも大いにありえる。一方でそれらの貴族たちの再教育も同時に考えねばならないのが大臣たちの立場だ。
人材は多くなければならない。不慮の事故や病気で失われることはありえる。家を維持することが貴族の権利なら、国を維持するために多くの人材を育てるのは大臣級貴族のいわば義務であり、義務を軽んじる人間はこの場にはいなかった。
またそのような人物を大臣として任命している王の目も優れていると評してもよい。
実のところ、ヴェルナー本人も気が付いていたように、ヴァイン王国としてはアンハイム領の失陥さえも可能性の一つとして考慮に入れていた。アンハイムが敵中に落ちても別の形で挽回すればよいと考えていたのである。
魔軍の強大さを理解している国家首脳はアンハイムを失った場合の計画も立てており、時間をある程度かければその後の回復は可能だと判断しているが、ヴェルナーを失うことはむしろ今後の勇者との関係上望ましくはない。
だからこそヴェルナーに飛行靴を複数預けているのである。あえて断じるのであれば、すべてを守ることはできない以上、どこを守りどこを切り捨てるかを判断するのが政治であるとさえ言えた。
唯一、認識のずれがある部分は、ヴェルナーがこの後の四天王王都襲撃イベントを知っているのに対し、王や大臣たちはそれを知らなかった事であろう。
四天王襲撃時に魔将との二面作戦になる危険性を考えたヴェルナーは逃げる気も負ける気もなく、アンハイムで確実に魔将を斃すことを前提に行動している。一方で王都襲撃が確実に起きるとは誰にも言うこともできないため、黙々と魔将対策をこなしているように見えてしまう。それが国に対する忠誠心の高さと見えているのは皮肉というべきかもしれない。
軽く王太子が笑う。
「しかし面白い手を打ったものだ。あの工作員を使うとはな」
「対象が勇者殿のご家族であったとは言え、拉致未遂犯ですからな」
未遂なので匙加減一つでどうとでも扱うことができる。極端なことを言えば、ラフェドがマゼルの家族に謝罪し、家族の側がそれを受け入れれば国としてはそれ以上口を挟む必要はなくなる。無論、勇者の家族を狙ったと厳しく罰することも可能だ。
「戦いに勝てば敵国の人間ですら使いこなしたと評価される。負ければ罪人一人ぐらいの問題など気にしてはいられぬ。それでいながらこの登用は貴族社会に対しての牽制になる。子爵は存外食えぬの」
「陛下も随分とご機嫌が良いようで」
「駆け引きができるのは良いことだ」
内務大臣であるアウデンリート伯爵の問いに王はそう応じた。性格上、駆け引きができない人間というのは確かにいる。そのような性格の人間に国の中枢を任せるのは難しい。これは能力というより適性の問題である。
だが、やろうと思えば駆け引きもできるとなると評価は変わる。いざという時には駆け引きができるのだから、要職に据えることも可能なのだ。貴族が国を相手に駆け引きを仕掛けてくることなど珍しい事でもなく、この程度で機嫌を損ねることもない。
ヴェルナーに対する評価が上がったとまではいわないが、合否で言えば合の評価を継続すると言ってよいだろう。
さらに王室にはヴェルナーを重用する別の理由もある。貴族出身で本人が優秀、なおかつ勇者の親友というその存在そのものの価値が高いのだ。
この世界、王は独裁者ではないし絶対権力者でもない。仮に貴族の過半数が「魔王と戦える勇者は危険であるから排除せよ」と言い出した場合、王室としてはそれを考慮する、少なくとも考慮する格好を見せる必要が生じてしまう。どれほど勇者が国の看板としての価値があるとしても、である。
勇者と言う強力な個人はそのように貴族たちが一方に流れる危険性も内包していたが、その流れを乱しているのがヴェルナーの存在であった。
二人が親友と言っていい関係であることはよく知られている。もし勇者を排除するような真似をしたら、最悪の場合にヴェルナーが他国へ亡命するかもしれない、となると国として大きな人的資源の喪失である。
大臣の子息で伯爵家嫡子の亡命など国にとって恥であるし、他国にあの才能を用いられたらその国が強大化する危険性もある。勇者への過剰な警戒感があったとしても隠さざるを得ない。
また逆に、ヴェルナーを排除した場合、国やそれを主導した貴族を勇者が敵視する危険性があるとなると、それも簡単に実行に移すわけにはいかない。既に魔将二人と四天王一人を斃せるだけの戦闘力がある相手であることはわかっているのだから、一貴族家が単独で敵対して戦闘状態にでもなればまず間違いなくその本人の命はないだろう。
ヴェルナーを消す、という選択肢は恐ろしくて取れない。
勇者一人ではなく、勇者と貴族の二人が存在しているため、不満や嫉妬があるにしても、危険であるから排除してしまえという行動や、冤罪などを用いての処分と言う単純な方法を選びようがないのである。
王家もこの状況を利用している。王は勇者に期待し、その立場を庇う姿勢をしばしば示す。一方、王太子はヴェルナーを評価し、かつ将来を嘱望している事を態度で示している。二人が別々に、どちらか片方に肩入れをしているのだ。
このため、親友である二人が協力して反旗を翻したらどうするのか、と思っても口は出せない。その意見を口に出した途端、「王と王太子、二人揃って人を見る目が節穴」と評しているのと同じことになってしまう。そうなるとさすがに王宮に本人の居所がなくなるだろう。己の立場も考えれば自然とその考えを捨てるしかないのだ。
ただその結果、別の人物が本人の意思と無関係に重要人物となってしまっていることも事実であるのだが。
「ところでツェアフェルト伯爵、勇者の妹はどうか」
「は、その件で実は陛下にご相談が」
インゴが表情を変えずに口を開き、最近の問題について説明する。話を聴き終え、王が憮然とした表情を浮かべた。
「解った。余からも釘を刺そう」
「力及ばず面目もございません」
「一貴族家でどうにかなる問題ではないゆえ卿が気にせずともよい。それ以外はどうか」
「今のところ、国家として動く必要があることはございませぬ」
王が頷く。代わって王太子が口を開いた。
「魔軍の動きは」
「西方国境の方に小集団がおりましたが現地の兵力で鎮圧した模様。他には変わった報告はありません」
「引き続き警戒を。外務の者は他国の動向や情報収集を怠るな」
「はっ」
「かしこまりました」
「次に……」
魔物の出没はヴェルナーのいる地域だけではない。そのため、他の地域で何か問題があった場合は迅速に各地の状況を調査し必要に応じて兵を動かさなければならない。国内の難民や魔軍の被害にあった者たちへの対応もある。
また、人類最大の敵は魔軍ではあるが、魔軍との戦いで消耗したところで他国が手を出してこないという保証もない。考えることはいくらでもある。
御前会議はしばらくの間、続くことになった。
まだちょっと微熱はありますがだいぶ回復しました、
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