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ヴェルナーらが賊の討伐作戦を展開していた頃、アンハイムの教会施療院の奥まった一室に十人ほどの人間が密談のために集まっていた。
教会施療院は本来、貧しい者たちの救護所として教会が運営している施設である。普段は旅の途中で病気になったものや貧民、老人や身寄りのない者たちが病気の治療をしながら体を休めたり、互いに協力しながら生活をしている。篤志家が生活費を出す慈善施設として各地の町にも存在しているので、町の有力者やその部下が足を運ぶことも珍しくはない。
だが、この日は全く別の目的で集まっていた。
「まったく、我らを無視しすぎである」
「うむ。若いからとしばらく自由にさせてやっておれば調子にのりおって……」
何人かが口々に不満を述べる。この場にいる者の多くは新人代官であるヴェルナーに冷遇された者たちである。誓約人もいれば、町の顔役とでもいう立場の人間、町の下級役人の一部は割を食った人間であると言えるだろう。中にはヴェルナーに娘を犯罪者扱いにされた顔役や、林業ギルドの長などもいる。
ヴェルナーが木材を多く使い何かをしていることは解っており、大工ギルドや木工ギルド、金属加工ギルドなどは活況を呈しているのだが、木材の多くを他の地域から購入しているため、林業ギルドの人間には利益が回ってこない。
彼から見ればなぜ地元で調達しないのか、と言いたくもなるだろう。ただしこの林業ギルド長の弟が件の難民婦女暴行犯の取り巻きであったこともあり、評判はどちらかというとよくはない。
そのほか警備隊の副隊長もいる。警備隊長は新代官であるヴェルナーの連れてきたケステンという男に完全に屈服してしまっているのだが、彼は必ずしもそうではなかった。ヴェルナーの締め付けが厳しすぎるというのがその不満の理由である。
もっとも、体格はいいが年寄りだろうと甘く見てケステンに挑んで醜態をさらした後は、陰で不満を口にする程度の事しかできていなかったのであるが。
「何より、裁判を独断で進めたことが気にくわぬ」
と口にした人物がいるのは無理もないかもしれない。この世界、事件の多くは罰金刑になる。監獄などがないことも理由になるのだが、それ以上の理由がある。裁判の結果、代官が得るものが大きいからだ。
仮に、何等かの事件で加害者に銀貨一〇〇枚の罰金が言い渡された場合、被害者には一割から二割、裁判を担当した者にはそれぞれ一枚前後の参加費、残りはすべて代官の収入となる。その結果、代官の懐には七割を超える銀貨が入ることも珍しくはない。
自然、代官は罪を問うのに熱心になるし、裁判を担当する委員たちも犯罪者を裁判にかけるたびに臨時収入が入るのである。罰金を支払えなければ労働民となり、安く使える労働力を手に入れられるので、委員には美味しい業務と言えた。
さらに独自の理由がある。クナープ侯爵領であった当時は侯爵領独自法により、裁判に参加した者には領からの特別手当が出ていたのだ。
隣国トライオットとの国境に面した都市であったため密輸入に関する裁判が多く、その分時間がとられるためであったのだが、トライオットが滅びた後もクナープ侯の戦没などの事情が重なり、その法が生きていた。クナープ侯が任命した代官は特に劣悪という訳でもなかったが、他の裁判にもそれらの権利を行使することに抵抗はなかったのである。結果、アンハイムでは国内全体の平均より多くの裁判が行われていた。
だがこの点、ヴェルナーは侯爵領ではなくなったことを理由に特別手当をすべて削減し、更に裁判そのものも即断という方が近い形で自ら処断してしまう。一方で軽めの罪に関してはわざわざ裁判を開かずに労働刑などで処理してしまう。
代官独断で処断された場合の多くは裁判と言う形にならないので、裁判委員会に任命された者たちはいわば儲け損ねているのだ。もちろん代官にはその権限があるのだが、普通の代官はそこまで手を出さない。ヴェルナーは地方の有力者を無視していると言われても反論できなかったに違いない。無論、そこには別の意図があったわけだが。
「いっそ、少し困らせてやりますかな」
「そうですなあ。賊は討伐してもらわなくては困りますが、多少の苦労は必要でしょう」
「物資が遅れて届くなど、よくある事ですしな」
「大丈夫なのですか」
心配する声も上がったが、初老の男が笑い飛ばす。
「心配はなかろう。この場には居られぬが神殿長も我らと同じように思っておるからこの場を貸してくださっておるはずだ。代官と言えども神殿には容易に手は出せまいて」
「いえいえ、そうでもありませぬよ」
突然の声に、その場にいた一同がぎょっとした表情で扉に視線を向ける。そこにはどこか奇妙にたるんだような商人風の男がおり、その背後に無数の武装した人間が揃っていた。
「な、何者だ、貴様」
「これは申し遅れました。わたくし、ツェアフェルト子爵の下で働いておりますラフェドと申します」
態度だけは恭しく一礼。だが、顔を上げた途端、皮肉っぽい表情を浮かべた。
「今までのお話は聞かせていただきました。もちろん、神殿長様の許可を戴いての事でございますが」
沈黙が下りる。一方は顔色も変えず、もう一方は赤くなったり青くなったりしているが、そのうちの一人がかろうじて声を上げた。
「ま、まて。我らはまだ何もしていないぞ。確かに、代官殿に不満があるように聞こえていたかもしれんが……」
「それはまた別件でございましてな」
軽く肩をすくめてラフェドが言葉を続ける。
「ツェアフェルト子爵が赴任前に調べていた資料に、マンゴルトへの資金援助が行われていた件に関するものがあったそうで。その中には随分いろいろなお名前があったとか」
誓約人でもあるギルド長たちが顔色を変えた。確かに、その事実はあったためである。だが、うち一人が意識して声を荒らげた。
「だとしても問題はあるまい! あの当時、マンゴルト卿がクナープ侯の御一族であったことは事実なのだ!」
「それはその通りではございますが、ヴェリーザ砦への強襲を企んだ際、王に無断で兵を集めたことも事実でございます。これは立派な罪でございまして、その予算がどこから出ていたのかには確認の必要がございますなあ」
情報の落差があったことは否定できない。王都での評判と異なり、アンハイムと言う国境沿いの町では、父が戦没したなら子が跡を継ぐのは当然と考え、“次期・クナープ侯”に早いうちからいい顔をしておこうと考える人間が出て来るのは当然ともいえる。またマンゴルト自身、発言や行動が暴力的ではあったが、その程度なら貴族として珍しくないという事実もあった。
とはいえ、町の権力者からの献金や資金援助は正規の税収とその色合いが異なるのは確かであるが、それだけで罪に問えるかというと難しい。だがその無断で兵を集める目的で使われる事を知っていたかを確認するために数日間身柄を確保されるぐらいはあり得るし、その間は好き勝手な動きは取れない。
要は数日の間大人しくさせておくことだけが目的なのである。逆に言えば初めからそれが目的なのだから理由はどうにでも付けられるのだ。先手を打たれた、と誓約人側が理解するのに時間はかからなかった。
更にラフェドは頭を下げる。慇懃無礼というよりもどこか舞台役者のような態度である。残念ながら役者になれるような外見ではなかったが。
「ああ、それと、一部のかたは別件での取り調べもさせていただきます。侯爵没後の混乱に乗じ、ギルドの売り上げを偽り税をごまかしていたとか」
「な、何を。どこにそのような……」
「わたくし、不満を持っている人間を見つける目には自信がございまして。ギルドと言うのも一枚岩ではございませんもので」
ギルド長に不満を持っていた内通者の言質を得ている、という意味の発言に何人かが蒼白となったが、ラフェドの合図とともに雪崩れ込んで来た兵の数に観念したのか、大人しく連行されていった。代わってその場に姿を見せたのはケステンと神殿長である。
ラフェドが神殿長に頭を下げた。
「ご協力、誠に感謝いたします」
「いえいえ、子爵様には聖女様から直筆の書状で力になるよう頼まれましたので」
にこやかに笑いながら神殿長はそう応じる。王都冒険者ギルド経由の依頼で鋼鉄の鎚がアンハイムまでやってきた理由の一つはこれであったのだが、その挙句が蜂採集である。のちに鋼鉄の鎚メンバーは「王都から手紙と荷物を運ぶだけの楽な仕事だと思ったんだが」とこぼしていたという。
少し話をして神殿長が出ていくと、代わって支援隊を率いていたケステンが皮肉っぽい目でラフェドを見た。
「随分熱心に仕事をしておるな」
「実のところ命が惜しいというのがありましてな。それに……」
「それに?」
「勇者様のご友人と言うだけでなく、聖女様から直接協力するように依頼されるような御仁をこれ以上敵に回したくはありませぬよ」
大陸中の教会全てを敵に回すようなものですからな、と感心とも嘆きともつかない、奇妙な口調でそう言ったラフェドに、ケステンも苦笑いしつつ頷いた。




