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近隣の村に冒険者たちだけではなく騎士や兵士まで到着した、と手下から聞いたゼーガースはすぐに副将格のアイクシュテットを呼び出した。
「おう、アイク。予想通り連中来たらしいぞ」
「……そうらしいな」
アイクシュテットの顔色は優れない。というよりも、どこかあきらめに似た表情を浮かべている。そんなアイクシュテットを見てゼーガースは笑い飛ばした。
「お前の予想通りじゃねぇか。これなら何とかなるだろう」
「予想通りだからこそ、早くこの場を離れるべきだった」
首領の気楽な発言にアイクシュテットは短くそれだけ応じた。有利な地を得て一時的な拠点とした所まではよかったが、別の小規模な賊との小競り合いで一方的な優位を収めたことから、ゼーガースはこの地に根を生やしたように動かなくなってしまったのである。
それだけではなく意思疎通に齟齬も生じていた。アイクシュテットは他の集団と合流して別の地域に移動するべきだと考えていたのだが、ゼーガースはまず自分に従え、という態度の使者を他の集団に送ってしまったため、完全に孤立してしまったのである。皮肉なことだが、単純で利用しやすいと思っていた人間が単純すぎて客観的な視点を失ってしまったが故の現状であるとも言えた。
また食料不足も悲観的な方に思考が向かう原因でもある。冒険者の集団が村に入り、そこから食料を得られなくなった時点で飢えることは解っていた。にもかかわらず、周囲を見下ろすことができるこの丘の優位性に拘泥し、ゼーガースは移動を拒否し続けたのだ。
ゼーガースとアイクシュテットにとってもっとも不運だったのは、彼ら自身の態度が災いし、ダゴファーやグラナックの生き残りも彼らに助けを求めなかった事であろう。結果的に情報面でも彼らは孤立していたのだが、本人たちが知る由もなかった。
「お頭、連中が来ます」
「来やがったか」
暗い表情のままのアイクシュテットを放置して建物を出、急造した柵から丘の下を見たゼーガースは不思議そうな表情を浮かべた。
「何だあの緑の板と、後ろの塔みたいなものは」
「解りません」
手下の一人が首をかしげるが、誰もそれ以上応じない。無理もない事であろう。山賊や元平民では投石機など名すら聞いたことがないものの方が多いのである。ましてその下半分が隠されている状態では“木の何か”としか思えなかったに違いない。
だがしばらくその周囲で兵が動き回っていたかと思うと、巨大な音とともに子供の頭ほどもある石が柵の中に飛び込んできたことでにわかに賊の内部が騒がしくなる。
「なっ、なんだあれは」
「投石機……あんなものまで持ち出して来たのか!?」
大きな音に驚いて駆けつけてきたアイクシュテットが物体の正体を確認し驚いた声を上げた。その直後、飛んできた二つ目の石が柵の外側に落ちて地面を凹ませる。
「あぶねぇ……」
「だ、だけど狙いはよくなさそうだぜ」
「おいアイク、いっそ打って出てあれを焼き払うか」
投石機の射程は二〇〇メートルほどであるのに対し、長弓の射程は四〇〇メートルを超えていたとされる。だがそれは手入れの良い弓と射ち手があってのことだ。山賊程度が使う弓ではここから投石機まで届かない。
そのため、ゼーガースは打って出ることを考えたのだが、アイクシュテットは首を振った。
「だめだ、板の影にいる兵は弩弓を用意している。近づく前に損害が大きくなる」
「ちっ」
舌打ちしたゼーガースだが、やがて少し気を抜いた表情を浮かべ始めた。何個も飛んでくる石が意外なほど人的被害を出さないためだ。柵の中で右往左往していた山賊たちも石が落ちてくる瞬間にこそ気を付けてはいるが、最初ほどの動揺はない。
「思ったより、危なくないな」
「もともとは城壁などを破壊するためのものだからな。複数ならともかく、一基だけこんなところに使ってもあまり意味はない」
それだけになぜこんなところに投石機を持ち込んだのか、とアイクシュテットが疑問を抱いた時に、新たな影が飛び込んで来た。拠点のほぼ中心に落ちたそれが、ばきっという木が割れる音を出して砕け散り、直後、騒々しいほどの羽音が周囲に響き渡る。
音の正体を理解した複数の賊が絶叫を上げた。
「は……蜂だああぁぁっ!?」
ゼーガースとアイクシュテットですら凍り付いた。地面に叩きつけられて樽の中にあった巣を破壊された蜂の群れが、黒い塊となって怒りに羽を振るわせ周囲の人影に襲い掛かる。たちまちのうちに周囲が阿鼻叫喚の渦と化した。
「痛っ、いてぇっ!!」
「たすけてくれぇぇぇっ!」
剣を振り回しても役には立たぬ。全身に群がる蜂には皮鎧など意味をなさぬ。顔面に針を突き立てられ、鎧を着ていない手や足に激痛が走り、足をとられて転倒した男の悲鳴が上がる。助けを求めて仲間に駆け寄るが、近寄られた側も同じように襲われてしまい自ら転げまわる有様だ。
人を殺すことを躊躇しない山賊が狼狽えて走り回り、武器を捨てて逃げ出そうと右往左往する。だが逃げ場などは存在しない。柵に囲まれた彼らの砦はそのまま彼ら自身を捕らえる檻となっていた。
「な、な、な……」
ゼーガースもアイクシュテットも急転した目の前の状況にとっさに対応方法さえ思いつかない。茫然としているうちに蜂の群れが向かってきたのを見て、二人は事態を理解するより先に顔を恐怖に歪めた。
「残しておいてもしょうがないし全部ぶち込むか」
「蜂蜜は甘味として貴重品なのでもったいないですね」
ヴェルナーの指示にそう応じながらもシュンツェルが合図をすると、投石機を動かしていた兵がひきつった表情のまま中から羽音のする樽を設置する。
そのまま、さっさと遠くに行ってくれといわんばかりの速さで兵士たちが投石機を操作すると、新たな樽が賊が立てこもっていた柵の中に飛び込んだ。新たな悲鳴がここまで聞こえてきたような気もするが錯覚かもしれない。
蜂の巣入り樽が遠くに飛んで行った事により、兵士たちが安堵のため息をついているのは事実である。
「蜂の巣を打ち込むなど聞いたこともありませんよ」
「そうか?」
呆れたようにホルツデッペが呟き、ヴェルナーが首をかしげる。前世では疫病を蔓延させるために投石機で城内に死体を放り込んだ例さえあるほどなので、ヴェルナーからすればさほどおかしなことをしている自覚はない。
とは言え蜂の巣を丸ごと樽に入れて運んできてほしい、と依頼された冒険者たちには別の言い分もあるだろう。熟練の戦闘集団であるゲッケの傭兵団員ですら何ともいえない笑いを浮かべているので、彼らも冒険者たちに同意するかもしれない。
「蜂の巣を燻すと蜂が逃げたりおとなしくなるとは知りませんでした」
「俺も聞いたことがあっただけだけどな。それに煙で死んだりするわけでもないらしいし」
より正確に言えば前世の蜂の巣駆除をしているテレビ番組で見ただけである。普通なら危険としか言いようのない作業であるが、この世界にはポーションや回復魔法があるので、蜂に刺されたぐらいでは冒険者は死なないだろうという奇妙な自信はあったことは否定できない。
「巣ごと樽の中に落とせば巣の中にいる女王蜂の所に帰ってくるからな。後は夜間に蓋をしてそのまま運んでもらっただけだ」
「だけ、ではないと思います」
うろ覚えの記憶だが上手く行ったようでよかった、とヴェルナーは安心してもう一度賊の建てた柵に目を向けた。シュンツェルの何ともいえない表情は無視している。確かに貴族らしくない知識だという自覚はあるので、それ以上指摘されたくなかったヴェルナーは話を変えた。
「しかし、投石機は準備に時間がかかるな」
「慣れもあるとは思いますが」
命中精度も人サイズの物を的にすると期待はできない。地盤次第では動かすのも意外と面倒だという事も理解した。弾丸となる石を準備し打ち出すのにも時間がかかる。初めて使用する兵士ばかりであったことを差し引いても、威力はあるが意外と使いにくいというのが現場で使用した率直な感想である。
設置型の用途で使うほうが無難かと内心で評価を下していたヴェルナーの視界に、賊徒が作った柵に設置された扉が開き、蜂に追い立てられて逃げだして来る人影の集団が目に入った。
「弩弓用意」
「用意よし」
「撃て!」
蜂から逃亡してきた賊が、ヴェルナーが命令を出す必要もなく、前線にいたノイラートの指示による弩弓隊の一斉射によって針鼠と化す。ばたばたとその場に倒れた賊徒を横目に見ながら、ヴェルナーは松明の準備を指示した。
「後始末が大変なんだよな」
「蜂蜜残ってますかねえ」
「残ってたら掬って食っていいぞ」
さすがにあの状況では蜂を焼くしかない。賊よりその方が手間かもしれないが、自軍の被害という意味では油断しなければ大丈夫であろう。ノイラートの軽口にこちらも軽く応じながら、ヴェルナーは兵士に周辺警戒の指示を出し、蜂が疲労し動きが鈍くなるまでの時間を頭脳労働で過ごすことにした。
実際問題として、事実上壊滅しているであろう賊よりも、被害を被っていた村への補償問題の方が今のヴェルナーにとっては重要だったのである。
そして数時間後、蜂を排除しながら賊の拠点を確認しているさなかに、彼らは何人かの生き残りを捕虜とすることになった。
※敵城の中に蜂の巣を打ち込んだ事は実際にあるそうです




