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――128――

 「ツェアフェルト子爵、お見事」

 「ツァーベル男爵、手数をおかけして申し訳ない」


 ツァーベル男爵は三〇歳になったばかり。代官としては若いと言われてもおかしくないが、ヴェルナーの存在があるためそれほど目立っていないのは皮肉と言うべきであろうか。

 本人より目立つのは身長よりはるかに長い斧槍(ハルバード)であろう。三メートル近いそれを自由に振り回せるスキル持ちであり、長身と相まって一種の威圧感がある。

 お忍びで町を歩いていたら冒険者ギルドからスカウトされたという逸話を持つ体格の持ち主で、騎士としては一騎討ち(ジョスト)を好む。どちらかというと民政より軍事を好むと言っていいだろう。


 旧クナープ侯爵領に配属された三人のうち、全体の責任者はグレルマン子爵であり、この場の二人は一応同僚ということになる。爵位で言えばヴェルナーの方が、年齢と経験的にはツァーベル男爵の方が上ということになるものの、お互いの人柄もあり、口調はツァーベル男爵の方がくだけている。


 実のところ最初に挨拶のため顔を合わせた際に、まず手合わせを希望されたヴェルナーの方は頭痛を覚えたのだが、大人しく勝負をして実力を認められてからはむしろツァーベル男爵の方から親交の空気を纏っている。やや年の離れた友人関係と言ってもよいかもしれない。


 「何、こちらは逃げ回る相手を叩き潰すだけの楽な仕事よ。卿の方はまだ終わっていないのだろう?」

 「あと一集団、数は多くないのですが面倒なところに居座られていますよ」


 もっとも動かない相手なんで手は打ちやすい、と内心でヴェルナーは付け加える。


 「兵を貸そうか?」

 「いえ、ご心配なく。ところでそちらの方はどうなっておりますか」

 「ああ、糧食、矢、馬は予定通り集まっている。王都から騎士団が補給なしで駆けつけてきても補充できる状況だ」

 「安心しました。兵のほうは」

 「旧トライオットの生き残った貴族や兵士による部隊もだいぶ整ってきたな。グレルマン子爵のほうも同じように編成が進んでいるはずだ。それにしても」


 何を考えているのか、とやや窺うような表情でヴェルナーを見やる。ヴェルナーの方は笑顔を保っていた。


 「そちらが最前線になるはずだろう。兵力は卿の方が必要のはずだ。本当に良いのか」

 「ええ、私がやるのは機動戦ではありませんので」


 旧トライオット戦闘経験者がいれば訓練の手間などは少なくなるだろう。一度はヴェルナーもそういった亡命貴族や兵たちを編成することを考えた。だが相手が他国のとはいえ、貴族階級を籠城軍に加えた場合、指揮系統が割れる危険性を考慮し断念したのである。命令を無視し勝手に打って出られて、そこから全体が崩れるような事態になるのは避けたかったのだ。

 露骨な言い方をするのであれば、そういった危険性のありそうな人物を第二陣という形でグレルマン子爵やツァーベル男爵に押し付けたとも言える。


 その後に二つ三つ状況を報告しあう。特に旧クナープ侯爵家の本拠を監督しているグレルマン子爵との連携も今後重要になる。基本的な作戦計画に変更がない事や、やや不足気味の物資手配などをこの場で打ち合わせた。

 ラフェドの件に関しては「事情は分かったが寝首をかかれぬように気を付けたほうが良いぞ」と男爵が笑い飛ばし、ヴェルナーを苦笑させた。


 「それにしてもあの地図はよくできているな。今後もあれを作成した人物に協力を求めたいものだ」

 「それはおいおいという事で」


 探るような男爵の発言に応じたヴェルナーの返答は苦笑交じりである。正確には作成した図のさらに模写なのであるが、それでもこの世界の水準で言えば際立っているのは事実だ。余計なことを言うとややこしいことになりかねないという程度の配慮は働いていた。男爵も軽くうなずく。


 「では我々は賊の残党を叩きながら戻るとしよう。子爵も気を付けてな」

 「男爵も」


 そのまま男爵は自軍の指揮に戻る。話が終わったと見てノイラートとシュンツェルが近づいて来た。男爵の手勢が一糸乱れぬ動きを見せて遠ざかるのを見てノイラートが呟く。


 「見事な統率ですな」

 「いざという時のアンハイム救援役でもあるんだろう」


 そう応じはしたが、それ以上に、アンハイムが時間を稼げなかった時の第二陣として期待されているんだろうな、と内心でヴェルナーは肩を竦めた。

 国の側もヴェルナーなら絶対大丈夫などと楽観視はしていないだろう。というよりもそこまで甘いとは思っていない。二の手、三の手が用意してあると考える方が自然である。無論、ヴェルナーは自分の所で食い止めるつもりではあるが。


 「よし、休みを取ったら死体処理を行いながら移動するぞ」


 死体が直接不死者(アンデッド)になったところを見たことがある人間は一人もいないのだが、一般的には死体を放置しておくと魔物化すると言われている。またそうでなくても死体を放置しておくと疫病発生の危険もある。

 強襲から追撃戦と連戦を行った結果、賊の死体がかなり広い範囲に散らばってしまっており、その始末をしなければならない。前世と異なりこの世界では魔物が徘徊するため、戦闘能力のない人間に作業をさせることができない。戦後処理も軍の役目である。


 「装備は金属製品は回収。鎧は綺麗なものだけでいいがあまり期待はできんだろうな。なるべく状態のいいものを複数確保してくれ。賊の財貨は一度全部確認してから倒したものに報酬として支払う。それ以外は死体と一緒に焼くぞ」

 「はっ」


 戦闘よりも戦後処理の方が大変なのである。特に精神的に。ヴェルナーは大きくため息をついて自身も作業に参加するため足を向けた。


 


 休みと戦後処理に数日の時間をかけ、最後の一集団を視界の端にとらえる村に移動したヴェルナーたちは、その地に先に到着していた冒険者たちと、搬送されてきていた荷を含め合流した。

 荷の一部を受け取った兵が引きつった顔をしているのは仕方がない。気を付けるようにと伝言を残し、村長などからの挨拶を軽く流しておいてから、ヴェルナーは冒険者たちに会うことにした。


 「もう子爵様からの依頼は受けたくないですよ」

 「悪かったって」


 村の一軒に寄宿していた鋼鉄の鎚(アイアン・ハンマー)の文句にヴェルナーは苦笑交じりに応じる。実際、下手な魔物討伐の方が楽であっただろう依頼をしたので文句を言われても仕方がないというのが本心だ。貴族としてあまり人前に見せていい態度ではないが。

 ひとまず金品での報酬をこの場で手渡しして、数日前からいる彼らから直近の情報収集に努める。


 「賊の連中、村には?」

 「冒険者だけで二〇人もいればさすがに近づいては来ないですね」


 水は別の方法で確保できていたとしても食料は無理だろう。食べることもできる野草などはあるかもしれないが、腹を満たす程の量ではないはずである。多少は飢え始める頃か、とヴェルナーは判断した。賊が暴れだす前に間に合ったのは幸運だったと内心で安堵の息をつく。


 「俺たちも賊のいる丘を見に行きましたが、なんか砦みたいになってますよ」

 「あんまり変なことをしないでほしいもんだ」


 その目撃談にヴェルナーが肩をすくめて応じる。実のところ、ヴェルナー自身、あの丘を戦略的に使いたいと思っていたのである。賊あたりにあまり余計なことはされたくなかった。


 「ノイラート、シュンツェル、ホルツデッペ卿とゲッケ卿を呼んできてくれ」

 「かしこまりました」

 「皆はすまないが、引き続き村の護衛を頼む」

 「解ってます。戦争は子爵にお任せしますよ」


 冒険者勢に引き続き村の方を任せておいても問題はないだろう。むしろ荷の扱いの方が大変である。賊にこれ以上余計なことをされたくもない。生物の動きが悪くなるのもよくないだろう、との判断からヴェルナーはすぐに準備を始めることにした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おやおや 勇者の家族という以外に嫁の価値が高まっていくな
[一言]  魔物か獣を放つのかな?
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