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賊の首魁の一人、グラナックは移動しながらもアンハイムから離れるべきか、それとも代官の軍を迎撃すべきか、悩んでいた。
同じトライオットで賊をしていたが、グラナックはダゴファーとは多少異なる。やりすぎると討伐隊が送られてくるという事を解っていたグラナックは、主に酪農をしている村などを襲い、人を直接襲うことは少なく、襲う時も身代金狙いの方が多かった。
積極的に人命を奪うようになったのはヴァイン王国に入ってからである。それもどちらかというと新しく集まってきた者たちが襲いだしたことから始まり、なし崩し的にグラナックも襲うようになったという方が近い。
グラナックは腕力もある種の人望もあるが、流されやすい性格であったのかもしれない。今回もアンハイムから代官の軍が出撃してきたことから移動を始めていたが、遠くに移動するか、有利な地点で迎撃するかを決めかねていた。そして事態はグラナックが決断するより早く動いたのである。
軍と違い移動中の夜営も雑魚寝で済ませていたグラナックは、見張りの上げた大声に目を覚ました。東の空がやや明るくなってきており、顔の判別に苦労はしない時間帯である。
「お頭っ」
「何だ、騒々しい」
本来、皮鎧であっても着たまま眠ることは難しい。だが魔王復活後には以前よりも魔物が闊歩する状況となっており、皆が苦労しながら鎧を着たまま夜を眠るようになっていた。
警戒のための歩哨は立てていたが、それでも稀に魔物に襲われ被害がでることもある。だが襲ってくる魔物の強さがまるで違うため、グラナックもトライオットに戻る気にはならなかったのだ。
駆け寄ってきた手下にグラナックは怒鳴る。その声に驚き、周囲の者たちも目を覚まし始めた。
「そっ、それが、ダゴファーの奴が……」
「奴がどうした?」
まさか代官の軍が出撃したどさくさに紛れてこっちを襲いに来たのか、と一瞬でも考えたが、その疑いはすぐに別の問題にとってかわられる。手下が周囲にまで聞こえるほどの声を上げたからだ。
「ダゴファーの奴が負けたらしいです! その生き残りがさっきからうちの集団に駆け込んできて、助けを求めてきてます!」
「ま、まて、なんだと?」
「ですんで、ダゴファーの奴が負けて、その残党が……」
グラナックの驚きを手下の方は理解できなかった。聞こえなかったのかと誤解し、同じことを繰り返そうとする。その手下の声にグラナックの怒声がかぶさった。
「馬鹿野郎! 全員起きろ! 武器を整えろ!」
「お、お頭?」
「敵が近くにいるって事だろうが! さっさと……」
「敵襲ーっ!」
グラナックが言い終わる前に絶叫が響いた。逃げるダゴファー勢の残党を隠れ蓑にするような形で追い立てていたホルツデッペの率いる騎兵が突入してきたのである。
ここまで追い立てられていた敗残の生き残りたちは、寝ぼけ顔のグラナック集団の中に助けを求めて駆け込んできただけでは済まなかった。後方から騎兵に追われていることを知っていた彼らは恐怖にかられてグラナック勢の中で奥へ奥へと走り込み、あるいは少しでも人数の多い方へと逃げまどい、意図せずして混乱を引き起こす。
何が起きたのかもわからないままつられるように走り出す者、とっさに武器を探す者、集団に統一性がなくただ目の前の状況に翻弄され始める。その状況下で騎兵の突入を許したのだ。瞬く間に集団全体に混乱が拡大した。
「狼狽えるなぁっ! 奴らの数は少ないぞ!」
グラナックが怒鳴るが、もはや本人にさえその声ははっきりとは聞こえない。恐怖の悲鳴、動揺の絶叫、逃げ惑う足音や切り斃される絶命の声が周囲を圧し、混乱した者がいたずらに武器を振り回し味方を傷付けるほどだ。
騎兵は途中でとどまることなく賊の集団を中央突破し、突破されたことで混乱が深まった所に、遅れて到着したヴェルナーの率いる歩兵が一丸となって突入した。
「確実に仕留めろ!」
ヴェルナーが鋭く指示を出し、三人一組になった兵の一組が賊一人に三本の剣を突き立て、次々と骸に変えていく。ここまで休みなくダゴファーの残党を追撃してきた兵はその最中に槍を捨て剣に持ち替えている。身軽にならないと追撃は難しいためである。いまだに槍を使っているのはヴェルナーぐらいであろう。
だが、賊の残党を囮に使う形で乱戦に突入した兵士たちにとっては、槍より剣の方がより便利で有利でもあった。乱戦向きの武器を混乱の中で躊躇なく振るい、賊の体が大地に斃れ伏していく。
賊の手の中で手入れを怠っていた鉈が砕け、剣の柄が折れ、それと引き換えに血飛沫が上がる。馬蹄に踏みつけられた男が地面の上でのたうち回り、盾ごと左腕を切り飛ばされた男の絶叫が追撃の一閃を受け途中で中断した。
数は賊の方が多いが混乱し逃げる事を優先しており、稀に反撃をする男もいるが、それは個人的な勇敢さであり組織だっての抵抗戦ではない。ヴェルナーがヴェリーザ砦の救援作戦の際に述べたように、混乱した集団には指示が届かないのである。
混乱が拡大した最中に時間差で到着したゲッケの傭兵隊が最も大きな賊の集団に突入し、次々になぎ倒していく。もはや賊の集団は四分五裂して逃げ惑うだけである。茫然としていたグラナックが殺気を感じて躱したのはむしろ見事であったとさえ言えるだろう。
「この野郎!」
とっさに躱したグラナックが剣を振るうが、槍の柄にはじき返される。グラナックの目に映ったのは、外見だけで言えば学生ほどの年齢でありながら、年齢不相応に不敵に笑うヴェルナーの顔であった。
グラナックはもう一度剣を振った。だがヴェルナーは槍の長さを生かして牽制し、そもそも剣の間合いに入らない。踏み込もうとすると槍の穂先が横に薙ぐようにして襲いかかってくるため逆に後ろに下がらざるを得ず、柄を切り払おうとすると槍を手繰り寄せて逆に突き込んでくる。
「くっそこの、卑怯な」
「賊のお前が言うか」
ヴェルナーが皮肉っぽく応じつつ、数度連続して突きを繰り出した。微妙に突きの速さを変えることでグラナックを翻弄する。その状況で一歩間合いを詰められたグラナックは逃げられないことを悟った。おそらく身を翻した途端、背中に槍の穂先が突き刺さるに違いない。
グラナックはヴェルナーが手元に槍を引き戻すタイミングを見て猛然と前に出た。もし彼がもう少し冷静であればこのような誘いには乗らなかったであろう。だが早朝から一方的に翻弄され、周囲からは悲鳴が聞こえ、自身も追い詰められている。冷静になれなかったのは仕方がなかったかもしれない。
一気に距離を詰めようとしたグラナックを見ていたヴェルナーは槍を引き寄せた動きのまま柄の中ほどを持ち、石突きを下から掬い上げるように振り回した。下顎を襲われたグラナックが思わずと言う形で仰け反るように体を崩す。
その直後、ヴェルナーが振り上げた槍を、今度は全身の力を使って振り下ろした。鈍い音と確実な手ごたえが腕に響く。
肩を撃砕される勢いで槍を叩きつけられたグラナックが激痛に耐えかねてその場に崩れ落ちた。周囲で他の敵を寄せ付けないように牽制していたノイラートが素早く捕縛する。
「お見事です」
「いや、剣で戦えば多分こいつの方が俺より強いぞ」
ヴェルナーは謙遜したわけではない。周辺の戦況や精神的な状況が相手から冷静さを奪っていただけである。逆に言えば、個人の戦闘力を十分発揮できない状況に敵を追い込んだ時点で、既にヴェルナーは勝っていたのであろう。
「ヴェルナー様、敵を追撃しますか」
「ひとまずこっちの兵を纏めろ。怪我人がいたら治療を。さすがに丸一日駆け通しだしな」
「承知しました」
兵の基本は歩く事であり、基礎運動量が賊と比較しても圧倒的に違う。軍と言うのは時に無理ができる訓練をしている集団の事を言うのだ。今回のヴェルナーは正規軍と傭兵隊だけで固めていたこともあり、必要な場面では強行軍を躊躇しなかった。
とは言え疲労を無視し続けることもできない。どうせ放っておいても逃げられるわけでもないという状況を作っていたヴェルナーは、無理な追撃をして自軍が受ける損害の方を恐れた。魔軍の方が主敵であり、賊で損害を出すのは避けたいというのも本心だ。
また、冷めた言い方をするのであれば、少数で逃げる賊など魔物の餌食にしかならない。追撃する側にとっても少数で追撃することの方が賊より危険な事さえあるのがこの世界である。
アンハイムの町を出る際に連絡をつけておいた、ツァーベル男爵の率いる軍が散り散りになっていた賊の残党もほぼ壊滅させた、とヴェルナーたちが聞いたのはその日の夜であった。




