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――126――

※ここからしばらく三人称になります。

 代官の討伐軍がアンハイムの町を出たと知ったダゴファーは、それを一旦やり過ごすつもりで街道から離れた窪地に集団を移した。


 ダゴファーは元々はトライオットで傍若無人にふるまっていた山賊集団の頭領である。トライオットの王都が魔物に襲撃されて落城した際には、逆にそこから逃亡する自国の避難民を襲撃し、財宝、糧食だけではなく人も襲い命を奪ってきた。行動だけ見れば魔獣と比較しても差を感じない。


 ところがその後、旧トライオットでは魔獣の狂暴化が止まらず、更には見たこともない種類の魔物も増加したため、身の安全を確保する意図をもって魔物の弱いヴァイン王国の領地に移動しながら、己の欲望を満たすためになおも襲撃を繰り返していたのである。


 ダゴファーが悪辣だったのは、ヴァイン王国の領地に入ってからしばらくの間は、主に旧トライオットの難民を相手に襲撃を繰り返していた事だったであろう。難民でも多少は金銭も持っているし、貴金属なら相手が賊と承知の上で買い取る者もいる。

 そしてヴァイン王国の側、正確に言えばクナープ侯爵も自国民ではないという事で対応が後回しになってしまう。ダゴファーはこの地域の統治者であるクナープ侯爵の騎士団がほぼ壊滅していたことを知らない。ゆえに自分たちのやり方が成功していると思っていた。


 しばらくの間はそのような形で好き放題やってきていたのだが、徐々に同じようにヴァイン王国に逃亡してきた他の賊を吸収したり、逆に難民の中から賊に参加する者が出てきたりもして、そのやり方では追いつかなくなっていく。

 一方でダゴファーのもとに集まる人数も三桁に達したことにより、増えた人数を養うためにもついに村落を襲撃する側に回ったのである。


 「王都からきてまだひと月程度の代官なら、こっちの方が地理に詳しい。場所のわかりやすいゼーガースか、うろうろしているグラナックの方に行くだろうぜ」


 村を襲撃して得た肉を齧りながらダゴファーは嗤う。獲物を独占したいと考える型の男だ。同じように旧トライオットから入り込んでいた、他の集団における首魁であるゼーガースとグラナックの二人はむしろ代官に倒されてくれと思っている。

 特にゼーガースの集団は有利な拠点を手に入れたから自分たちに従え、などと言い出した連中である。もしゼーガースが代官の軍と激突して両方とも消耗したら、代官より先に襲ってやろうかとさえ考えていた。


 「この辺りは水がないですから明日辺りには移動しなきゃいけませんがね」

 「そのぐらいは」

 「んぎゃっ!?」


 我慢しろ、と言いかけたダゴファーの言葉を断ち切るように悲鳴が上がった。何事だ、と周囲を見回した途端、更に数人が悲鳴を上げて倒れる。


 「お頭、あっちです!」


 手下の一人が丘の上を指さす。稜線上に一〇人程度の人間が並び、丘の上から立て続けに投石紐(スリング)で石を投げ込んできていた。


 熟練した投石紐(スリング)による石の有効射程は二〇〇メートルにもなる。そこまで熟達していなくてもただ投げるより飛距離があり、相手が皮鎧なら十分に効果的だ。山賊程度の鎧では、当たり所によっては致命傷にすらなりえる。ちなみに熟練者になると一〇〇メートル離れている人間の頭を狙って当てることもできたという。


 拳大の石が無数に飛んでくることにより、既に何人かが戦闘力を失いその場に倒れ込んでいる。兵士なら盾などもあるだろうが賊にそんなものを持っている人物は多くない。何より、丘の上という地の利を得たことで一方的に投石紐の方が有利なのだ。さらに数人が石の直撃を受けて倒れた。


 「このやろおっ!」

 「ふざけるなこいつら!」


 寄り合い所帯であったことが災いした。ダゴファーが何か言うより先に、何人もの男が剣を抜いて丘の上を目指し走り出す。だが身を隠すことのできない坂を駆けあがるのだ。盾でも持っていなければ無謀と言うよりほかにない。

 まずその男たちが次の投石を受けて悲鳴を上げながら次々と倒れた。肩を直撃されのたうち回っている男は運がいい方で、顔面に石が直撃した男は仰向けに倒れ込んでぴくりとも動かない。


 「あのバカどもっ!」

 「大丈夫でさあ、お頭。奴ら大した武器持ってませんぜ」


 傍にいた手下にそう言われ、見直すと確かに投石紐(スリング)を振り回してはいるが、弓も盾も持っていない。よく見ると鎧にも統一性がない。うち一人は投石紐さえ持っていない。


 「どこか襲撃した村の奴らが狩人でも雇ったか?」

 「かもしれやせんね」


 この地域で活動していた人間であるなら地の利に詳しいのも納得がいく。舌打ちしたダゴファーはすぐに決断した。元々血の気が多い男だ。こちらの方が人数が多い上、丘の上から一方的に攻撃される状況で守りに入るわけにもいかないという事情もある。

 剣を抜くと周囲を圧する大声を上げた。


 「野郎ども、あのハエどもをぶっ殺せ!」


 そう言うと自分が先頭に立って丘を駆け上がりだす。遅れて部下たちも走り出した。それに対し丘の上にいた、武器を持っていない男が明後日の方向に手をかざす。ちかちかと手に持っていた金属板が光った。長く二回、短く二回。

 駆け上がってくる賊から身を隠すように、丘の上にいた投石紐の集団が一斉に稜線の向こう側に駆け降りる。次の瞬間、入れ替わるように稜線上に無数の槍が林のように起き上がった。中腹辺りまで駆け上がっていた賊たちがぎょっとしたように足を止める。

 同時に、右手の方から悲鳴が上がった。


 「騎兵だ、騎士団だ!」


 声に応じて皆が砂煙を上げて駆け込んでくる騎兵の方を向いたのは人間心理ではあっただろう。だが、すぐに自分たちが悲鳴を上げることになった。丘の向こう側に伏せていた槍兵が一斉に稜線を越え、喊声と共に駆け下りてきたのである。

 たちまちのうちに無数の悲鳴と絶叫が丘の斜面で上がり始め、薄汚れた皮鎧を着た人間が叩かれ、殴られ、貫かれ、地面を赤く染める。隣で吹きあがった鮮血に怯えて逃げ出そうとした賊の背中に容赦なく槍が突き刺さり、男は声もなくその場に崩れ落ちた。


 丘の上から坂を駆け下りつつ槍を繰り出す歩兵が賊の集団そのものを突き落とすように窪地に追い落とし、そこに時間差で雪崩れ込んで来た騎兵が馬蹄と武器で蹂躙し始める。あっという間に阿鼻叫喚の混乱は一方的な戦況へと移っていった。


 「馬鹿な……」

 「集中力が足りない」


 冷たい声でダゴファーのつぶやきに応じながら目の前に立ったのは、貴族ではないが鋭く磨き抜かれた刃のような男である。ダゴファーは背筋に冷たいものを感じながら、それでも剣を構えなおした。


 「て、てめえ、な……」


 何者だ、と言葉すら続けられぬ。鋭く切り込まれてきた相手の剣を受けるのがやっとである。周囲で部下たちが次々と絶叫を上げ倒れ込む中で、山賊として少々暴力に慣れていても、より実戦慣れしている傭兵を相手にするのには荷が重すぎたようだ。

 闇雲に振り回した剣を下からはね上げられると、剣が手から離れて大きく宙を舞う。武器を失った、と思った瞬間にダゴファーは身を翻して逃げ出そうとしたが、走り出した途端、無数の石礫が飛んできてうち一つが太腿を直撃した。


 野太い声を上げてダゴファーがその場に倒れ込む。投石をやめるように合図をしたシュンツェルが近づいて捕縛するように指示を出しながら話しかけた。


 「お見事です、ゲッケ卿」

 「斬る方が楽だったのだがな」


 実際、ゲッケの実力であれば殺そうと思えば殺せたはずである。実力差がありすぎたので生かして捕らえられたと言ってもいいだろう。

 出自はともかく現在は傭兵であるゲッケにしてみれば、名乗ってから戦うような礼儀もないし、生かしておいても身代金をとれない山賊などは斬る方が早いに違いない。

 雁字搦めにされている山賊の首領を見ながらゲッケが口を開いた。


 「石ならこちらを甘く見るというヴェルナー卿の判断は正しかったな」

 「軍でも石はよく使うのですが」


 とは言え、騎士団や国の兵士なら弓を使うだろう、と考える人間が多いのも確かである。普段、力を誇示し暴れていた賊にとって、弓矢ならともかく投石でやられたというのは仲間内の評判に関わるという問題もあったに違いない。

 諸々の理由からまず投石紐(スリング)での攻撃を指示したヴェルナーの策が見事に的中したと言える。


 「ところで、そのヴェルナー卿はどうしている」

 「既に槍兵を率いて追撃戦に入っております。降伏は一切許さず、例の方向に追い立てろと」

 「予定通りだな、解った」


 ゲッケが自分の隊に装備を整えるように指示を出し、シュンツェルも最後尾から残った賊にとどめを刺しつつあとを追う旨を伝え、二人はすぐに分かれた。

ヴェルナー「俺、台詞もなし?」

作者「ごめん、話の区切りがいい所がここだった」

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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字報告の内実は知らないけど、煩わしいだけなら一度止めるのもありでは? 注意が届かないってことは作者のことなんて考えてなくて、自己満足で機能利用してるって人もいるのかも。
[良い点] 台詞ない主人公もしょうがない(笑)
[一言] しゅじんこう
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