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レスラトガの工作員だったというラフェドという男を全員に紹介し、他の参加者の反対意見を聞くだけ聞き置いてから、槍を慣らしたいと側近たちを連れて席を立ったヴェルナーを見送り、ベーンケたちは椅子に沈み込んだ。
特に反対したベーンケに対して「わが国の兵を斃した敵国の騎士に対して、我が国に仕えよと求めた例もあるだろう」と言い張ったあたりで、他の面々もわざとらしさは感じており、結局その人事に反対するのをやめたのだ。
その後、ゲッケもすぐに傭兵隊に戻り、ラフェドという男はまず薬師ギルドに顔を出してから薬草ギルドの品ぞろえを確認したいと退席しているので、ベーンケ、ケステン、ホルツデッペの三人のみがこの場に残っている。
「卿は知っておったのか、ベーンケ卿」
「犯罪者をこちらの地方で監督したい、と王都に書状を出したのは知っておりました。まさか他国の工作員だった男だったとは」
ホルツデッペの疑問にベーンケが苦笑交じりに応じる。詭弁はあるが嘘は言っていない。監督するとは言ったが行動の自由を認めないとは言っていないからだ。彼らに反対される前から決めていたとしか思えない。ケステンが腕を組んだ。
「陛下はご存じなのであろうか」
「わかりませぬが、少なくとも王太子殿下か法務関係者には内々で許可を得ていると考える方が自然かと」
ただ、なぜ秘密にしているのかに関しては一考の余地はございますな、とベーンケが口調に冷静さを取り戻して応じ、その言葉を受けてホルツデッペが疑問を呈する。
「それにしても解せん。王都の借金代官などの評判といい、この人事といい、子爵はまるで意図的に自分の評判を落としているようにも見えるが」
「まったくだ」
ケステンも頷く。実際、直接接している彼らから見れば、魔将襲撃の予測があるとは言えヴェルナーはむしろ真面目で働きすぎなぐらいである。
新兵訓練はケステンに、町政はベーンケに丸投げしているものの、町の住民からもよく話は聞くし、王都からの物資を扱う仕事もあり雇用を生み出している。犯罪者に対しては苛烈とも言える姿勢を見せる事もあるが、厳しい所はあるものの気さくで悪い代官ではない、という評価がアンハイムでは普通となりつつあるのだ。
少なくとも贅沢や放蕩からは程遠く、年齢も考えれば平均より上という評価を受けてもおかしくない。もっとも、生き急いでいる、とまで言うと大げさすぎるが、何かに追い立てられているようには感じている。
事実、彼らの見立てはそれほど間違いでもない。ヴェルナーにしてみれば目の前の魔将も問題ではあるが、それ以上に四天王の王都襲撃までには王都に戻りたいと考えているので、ある意味で追い立てられているとは言えるだろう。
「ベーンケ卿はどう見ておるのか」
「さようですなあ……」
顎髭を撫でながらベーンケは少し考え込む。やがて口を開くと、複雑そうな笑顔を浮かべて語りだした。
「まず一つには、王都に戻るための下準備とも思えますな」
「王都に戻るため?」
ホルツデッペが怪訝そうに応じ、ベーンケが頷く。
「卿らもご存じのように、魔将が攻めてくることは予想されておりますが、その後は別、という事です」
「ふむ……?」
「戦いに勝ちこの地をうまく治めすぎているとどうなりますかな」
「引き続きアンハイム地方を治め続けさせるのが最善、という声が上がる事も……なるほど」
顔を見合わせホルツデッペとケステンが頷く。続けたのはケステンである。
「だが王都での評判が悪ければ、当然召還という話も出て来るであろうな」
「その上、子爵が強敵を倒しておれば今後の対魔軍作戦は楽になる。そう考えれば交代したがる者も出て来るでしょう」
「そこまでして王都に戻りたいのだろうか?」
「若い子爵にここは退屈かもしれませんな」
ホルツデッペの疑問に応じたベーンケの台詞に苦笑が浮かんだ。色町はもちろんあるにしても全体として落ち込んだ雰囲気だったアンハイムである。現在活気が出てきているのは戦争特需のようなものであり、確かに若者向けの町ではない。
とはいえヴェルナーが遊び人型の人間ではないことはよく知っている。やや皮肉がこもった冗談と言っていいだろう。ケステンが組んでいた腕をほどいてベーンケに向き直った。
「まずと言ったが、他にもあるのか」
「単純に評判が悪いと、婚約だのなんだのという話が減るというのはありそうですが」
「婚約者がいるというのは事実なのか?」
「聞いたことはありませんな」
さりげなく三人の視線が交差する。あの噂に人為的なものを感じたのは事実であるが、だれが流したのか、という点に関してはそれぞれが疑問に思っている所である。一つ咳をしてケステンが話を戻した。
「実際、他に理由はあるのだろうか」
「子爵がここまで考えているかはわかりませぬ。これは考えすぎかもしれませぬが、皆様ご内密に」
そう言ってベーンケが口を開き、彼自身の予想を話し始める。話が進むうちにやがて他の二人は難しい表情を浮かべ始めた。
通常、貴族家にとっては血よりも家名である。家という存在が残ることが優先され、その意味では分家ができることは家名の存続という可能性が高くなるため望ましい。
つまりこのままヴェルナーが分家として、独立貴族であるツェアフェルト新子爵家となることも、ツェアフェルト全体から見れば立派な報酬となるのである。もちろんヴェルナー自身にとっても若くして一家の長となる実力を認められた、という事で名誉な話であるはずであろう。
だが、ヴェルナーは伯爵家嫡子として家を継ぐ立場だ。それを分家とする以上、本家はどこからか養子を取らなくてはならない。もちろん年齢的な候補はいくらでもいるが、家紋に飾り枠を許された名門ツェアフェルトに相応しい人物となると限られる。
しかし、格好の人物が一人いる。もちろんそれは魔王討伐が成功したら、の話であるが。少なくとも武功としては誰からも異論は出ないであろう人物。
勇者マゼル・ハルティングを勅命でツェアフェルト伯爵家の跡取りとして養子に迎え入れさせる。
相手が勇者、内容は勅命であればツェアフェルトにとっては名誉以外の何物でもないはずだ。その上で、勇者としての功績にこれまでの家としての評価を認め、例えば第二王女殿下と婚約させたとしたらどうであろうか。
国は勇者を家と血の二つで縛ることができる。ツェアフェルト家は王女を迎え入れるという名誉まで受ける。一方でマゼル・ツェアフェルトとなった勇者は貴族としての振る舞い等には慣れておらず、貴族家としての政治力はむしろ低下する。
他方、ヴェルナーのツェアフェルト新子爵家は、独立して領地を得たとしてもいかんせん当主が若すぎる上に、家を支える家臣団が存在しない。家臣団を育成するのに十年はかかるだろう。
つまり、外面的には功績に応じてツェアフェルトは大きくなるが、当人は評価されているものの力は弱い分家と、領地も名誉もあるが貴族としての能力には疑問符が付く本家に分割という形で、実質弱体化させることができるのだ。
ただこれには条件がある。ヴェルナーが分家当主に相応しいという条件が。そのヴェルナーが借金を大量に作り、その上他国の、しかも国に害を与えようとした罪人を幕僚としていたとなると、はたして分家当主としてふさわしいと言えるかどうか。
極端な例ではあるが、マンゴルトのような伯爵相手に怒鳴り散らすような問題児でも、魔族絡みの失態がなければ家を継げたはずだった。評判が悪くてもヴェルナーがツェアフェルト伯爵家を継ぐことはできるだろう。いろいろ言われはするだろうが。
だが分家当主にする、つまり新しい貴族家を増やすとなるとその評判からは抵抗が生じるに違いない。借金まみれで犯罪者を抱え込んだ貴族家を新設、などという悪い前例を作るわけにはいかないからだ。
誰かがツェアフェルト家を分割統治しようとしていたのであれば、あのラフェドという男を部下にして働かせた事だけでもその計画には楔が撃ち込まれた格好になる。反乱や反抗という形ではないが、一方的に利用されるだけではないぞと牽制したとも言えるだろう。扱いやすいとヴェルナーを軽く見ていた貴族には今回の行動に驚愕が走ったかもしれない。
「子爵家程度の家格で、分家を庇うはずの本家が政治慣れしていないとなれば、これほど利用しやすい相手はいない。卿の考え方を積極的に働きかけていた家があったかもしれん」
「うまく左遷させた、と思っていた貴族家から見ても確かに衝撃的だ。子爵家当主ならいざ知らず、評判が悪かろうと伯爵家嫡子をいつまでも地方に置いておくわけにもいかない。必ず王都に戻ってくる」
「これはあくまでも想像。そのようなことを考えていなかった場合もありえますがな」
ベーンケは主語をさりげなく口にしなかった。貴族社会が分割統治を考えていなかったとも、ヴェルナーの行動がそこまで考えていなかったともとれる言い回しである。考えていなかったとは思えないのは事実だが、他の二人もあえてそこは言及を控えた。ホルツデッペが首をかしげながら口を開く。
「それほど伯爵家当主の座が欲しいのだろうか」
「むしろ、悪評を被りながら勇者殿を政治の場から庇おうとしているように思えますな」
仮に勇者が別の貴族家、例えばフィノイ攻防戦前に滅ぼされて現在空位となっているフリートハイム伯爵の後を継ぐような形になった場合でも、ヴェルナー自身が伯爵家を背負っていれば宮廷内で後ろ盾になることができる。どこまで狙っているのかは別にして、ヴェルナー自身の欲よりも他人のための行動である様子が垣間見えるのである。そう評したベーンケの台詞に二人も頷いた。
お互いの背後に誰がいるのかを理解している三人は、互いにさりげなく視線を交差させる。やがてケステンが苦笑交じりに呟いた。
「いずれにしろ、子爵が変わり者であるということには間違いがなさそうだ」
「確かに、そうですな」
「うむ。何をしでかすやらわからぬ」
この国の貴族でヴェルナーほど自分の名誉にこだわらない人間は恐らく前例がないだろう。ベーンケとホルツデッペが同意し、三人は笑い出した。




