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物資の第二陣は結構な量になっている。材木四割、保存食が二割、金属くずが二割、その他もろもろってところだから場所を取るな。受け取り確認をしていたホルツデッペ卿と役人に貯蔵場所を指示しておく。
籠城戦と言うと食い物と武器類が重要なのは確かだが、意外と必要になるのが材木と金属類だ。城門が破られそうになったら内側から材木と釘で補強しなきゃならないし、武器や鎧、馬具の補修なんかにも使う。鏃なんかは城内で作る例も結構あるし、槍の柄を作り直すこともある。食事の煮炊きや鉄を溶かすためにも木材は必要。もちろん篝火も重要だ。
兵も食も十分なのに落城した城の中には、材木切れでこれ以上籠城していても施設・設備の方が維持できないから、なんて例が意外とあったりする。今回のこれに関しては別の用途もあるけどな。
そんなことを考えているとホルツデッペ卿が近づいて来た。
「今回予定されていた分は無事届きましたが、小型とはいえ、攻城兵器の投石機など何に使われるのですか?」
「いろいろ使えるぞ」
籠城側が城内から大量の砂利を入れた箱を打ち出して、攻囲軍の頭の上に石の雨を降らせた話もある。相手が人間だったらたまらんだろうな。俺の予定している使い方も変則的になるが、魔物の群れ、それも魔将がいる相手に俺の兵力だけで野戦はできない。そのうち支援隊にも投石機を使えるようにしてもらわんと。
ただ弓とか剣と違い、投石機なんてもんは普段使うものじゃないから慣れている人物が少ないんだよなあ。もちろん俺も前世のテレビ番組で見たのは別にして、実物が動いているのを見たことはない。実戦で一度使ってみるか。
「材木はこれからも来ると思うから適宜場所を確保しておいてくれ」
「承知いたしました。それとあちらのは」
「地下に突っ込んでおいてくれ。後で行く」
「解りました」
とりあえずの指示を出した後で執務館ではなく領主館の方に足を向ける。あー、木工ギルドのギルド長とも相談しないとなあ。あと金属加工のギルド長もか。国境監視用の砦を作るとでも言っておくか。監視の必要性は嘘じゃないし。注文がややこしいからこっちから訪ねて行きたいぐらいだが、そうするとベーンケ卿に腰が軽いと言われるんだよなあ。難しい。
領主館ってのは俺の私的な住居になる。政務ではなく個人の客はこっちで会うのが普通で、お忍びの客もこっちを訪ねて来る。ちなみに代官でも領主館と言われるのはこの世界でなんかそういう慣習らしい。普通の人からすれば偉い人の住んでいる建物だと解ればいいんだろう。そういうもんだという事でとりあえず気にしない。
本来なら家族と住み込む館なんで俺には広すぎる。ノイラートやシュンツェルたちのほか、難民から雇った使用人も適当に住み込んでもらって何とかある程度部屋を埋めた。領主館の窓が暗いと気分が落ち込むという声があったからだ。
人がいなくても明るくしておくのは貴族としては珍しくないし、実際問題として防犯の役にも立つんだが、俺はそういう無駄使いは気が引けるんで明るい所には人がいてほしい。
使用人の中には金庫番とか料理人とか、前世の知識でもわかりやすい職もあるが、蝋燭係や醸造係とかのちょっとわかりにくい職業もある。
蝋燭係は火を点けたり消したりするんじゃなくて数と種類を管理する専門職。安い蝋燭は煙が出るんで外で使い、煙が少なく明るいのは来客用とかの使い分けを管理するわけだ。蝋燭の種類そのものが多いんで、どうしても専門職が必要になる。獣脂蝋燭の臭いなんかなかなか凄いものがあるんで間違った場所で使ったらえらい事になるし、逆に有名な魔獣の脂で作られた超高級蝋燭とかになると庶民にはまず手が出ない価格だから、泥棒が狙ったりも。
この世界には魔道ランプがあるのではと思うかもしれないが、魔道ランプの魔石よりも安い蝋燭は使用人の灯りとして必需品だし、わざわざ一度使うと消えてしまう高価な蝋燭を銀製の立派な燭台で使うのは貴族アピールの一面もあったりする。演出用の小道具と言われても反論はしないが、その小道具一本で平民一家が数日間腹いっぱい食える事を忘れてはいけないと思う。
醸造係ってのは要するにワインセラーの専門職なんだが、詳しく説明すると長くなるんで大雑把に説明すると、要するにこの世界はガラスが高い。だから樽でワインを保存する事が圧倒的に多いんだが、木の樽だと必要以上に樽由来の香りが強く付きすぎてしまったりする。単純に温度や湿度の管理だけじゃなく、熟成と香りを管理し、タイミングを見計らってガラス瓶に移し替えたりすることも求められるわけだ。前世のソムリエプラス醸造職人だな。この世界だと瓶内部で二次発酵させることはあんまりない、と思う。俺の知らない所では行われているかもしれない。
ちなみにガラス瓶は古いものどころか、他の地域のワイン瓶をリサイクル使用されていたりすることも結構ある。保存のためだけならどんな瓶でもいいからだ。その辺も把握している醸造係が必要な理由だな。
奥に入ると見知った顔の冒険者たちがのんびり茶を飲んでいた。鋼鉄の鎚の五人だ。元気そうで何より。
「おう、久しぶり」
「これは子爵様、代官就任おめでとうございます」
「やめろ馬鹿」
思わずそう応じて一拍おき、笑い合った。いやほんと、こういう軽いやりとりができるのはありがたい。マゼルは元気かね。
「ですが、随分王都で評判悪いですよ。浪費子爵とか、借金代官とか」
「事実だからな」
事実という事にしておかないといけないからな、と言うべきだろうか。そうは言えるはずもないが。
火のないところに煙は立たないと言うが、ゲッケさんたちを雇うためとかで実際に借金をしているから小さな火はついている。後は勝手に大きくなるのを放っておくだけだ。
王太子殿下やセイファート将爵がいくら陰で支援をしてくれるという事になっていたとしても、たびたび物資が送られてくればどうしたって贔屓されている、という噂は立つだろう。
だが、金の出所が借金だったとしても、俺が買った物資が俺の預かる領地に輸送されるのであれば何もおかしなことはない。むしろ堂々と輸送できる。“誰か”から優先的に金を借りられて必要な物資が購入できているとしてもな。表向き傷付くのは俺の評判だけだ。物資不足で勝てないより王都で評判が悪くなる方を選ぶ。
とはいえ両親が金遣いの荒い息子を持ったとか言われているかもしれないと思うと、そこにはちょっと忸怩たるものがあるのも事実。そのうち親孝行しないといけないなあ。
「いろいろ預かってきてますが、まずはこれを」
そう言って渡されたのは魔法鞄と手紙。手紙は父からだ。
「鞄の中身は?」
「必要書類だと聞いてますけど」
ああ、なるほど。伯爵家経由だけどその符丁は将爵からだな。魔法鞄なんて高価なもので送ってきたのもそのせいか。そう思いながら手紙の方にざっと目を通してみて驚いた。
「王都にマゼルが来たのか」
「そうらしいです。俺たちは会ってませんが」
四天王の一人目を撃破した後に王都まで戻ってきて、ツェアフェルト邸にも顔を出したらしい。俺が王都を出発した翌日じゃないか。残念。まあマゼルと家族が久しぶりに再会できたらしいんでよしとしよう。
ん、なんだこれ。四天王を倒す時点で合流済みのウーヴェ爺さんが同行しているのはゲーム通りだが、あの爺さんが俺に会いたがってた、ってどういうことだ。俺何かやらかしたかなあ。記憶にないぞ。
手紙を読みながら小耳に入る鋼鉄の鎚メンバーの、勇者様にお会いしてみたかったぁ、とか、今それを言うか、とかの声に思わず苦笑い。マゼルの奴は相変わらず人気あるねえ。
「伯爵からの依頼でそのマゼルさんからの手紙と、これと……あとあれを含む荷物も運んできましたよ」
これ、と言われて受け取った袋の中身は飛行靴だった。五、六個だが十分ありがたい。今のところはまだ不要だが後で使うことになるだろうと思うし。町の外側に着くという点がなければもっと使えるんだが、贅沢も言えんか。
実のところ、王太子殿下からも飛行靴を数個預かっている。緊急時、王都への使者に使わせるということになっているし、そのために一個は使う。
しかしこれ、うかつに存在と効果を知られると首脳陣だけが逃げ出すんじゃないかという疑いを持たれてもおかしくない。逆に自分と家族をそれで逃がせとか言い出す奴も出て来るだろうし。俺にそんなつもりはないが意外と扱いが難しいぞ。ちょっと相談したほうがよさそうだな。
それはそれとして、あれ、と言われて壁に立てかけてあるものに目を向ける。新品の槍か。それも結構よさそうな感じ。四天王の一人目を倒したあたりで買えるとなると闘士の槍だろうか。あの当時のゲームだとグラフィックはないからわからんな。
そういえばゲームでもあの辺りで装備の買い替えが必要になるあたりだったような。レベルアップ目的で雑魚倒すんじゃなくて、装備を買い替えようとしているうちにいつの間にかレベルが上がるような時期。ありがたいんだが自分たちの装備の方を優先してほしい。
「後で確認させてもらうよ。ところでしばらくこの町にいてもらえないか」
「何か面倒な依頼ですか」
「それもあるんだが、冒険者しながら町で俺の評判とか聞いてもらえると助かる」
「そのぐらいならいいですよ」
うん、後で冒険者ギルド経由で面倒な依頼も持ち込む事になると思うけど、今は言う必要はないよな。とりあえず宿あての紹介状を書いて渡しておく。マゼルの手紙は後で読もう。
マゼルには妙な癖があって、重要なことほど手紙とかメモじゃなくて伝言で伝えようとすることが多い。アーレア村だと紙が貴重だったからだろうか。つまり手紙って事はあんまり大したことじゃないんだろう。あいつのそういう所は解りやすい。
まあ一人目の四天王を倒して本人たちも無事なら問題はない。顔ぐらいは見たかったけど。
むしろマゼルたちが上手く行ってるなら俺の方もどんどん進めないといけないか。




