番外 冬之助様ってお休みはあるんですか?
「冬之助様ってお休みはあるんですか?」
湯呑を手にされていた冬之助様が、困った様に微笑まれた。
「うーん、そうなんだよね。舞台に上がらない日でも稽古はあるからねえ。休みって言う休みは」
「やっぱりないんですね。そうですよね」
冬之助様が慌てた様に続けられた。
「いや、今まで休みが欲しいなんて言ったこともなかったからそうだっただけで、芝居がない日ならどうにかなるよ。どうしたの?」
「いえ、どうもしてません。ただ聞いてみただけで」
今度は私が慌てた。冬之助様のお仕事の邪魔をするつもりなどない。
ぶるぶると首を振っていると、冬之助様が悲しそうなお顔をなさった。
「そう?梅ちゃんが私とゆっくり会いたいと思ってくれてるのかと。何だ、違ったのか」
「う、違いませんけど」
そう答えると、今度はとても嬉しそうに微笑まれた。
「梅ちゃんも仕事だからね。逢引の為に店を休みにする訳にもいかないものね」
そうおっしゃった冬之助様は、私が店を閉める程の大雨と、ご自分の休演日が重なった日にゆっくり会おうと提案なさった。
そんな日がいつやって来るのかは分からなかったが、これまでどおり空いた時間にはお話しに来てくださるし、楽しんで雨の日を待った。
そしてついに、大雨と冬之助様の休演日が重なる貴重な日がやって来た。
かねてからの約束通り、私のうちまで冬之助様が迎えに来て下さった。
冬之助様の傘に二人で入り、寄り添って歩き始めたが、この後どうするのだろう。
「冬之助様」
冬之助様が嬉しそうに私を見て微笑まれる。
「何?梅ちゃん」
「あ、あの。この雨ではお散歩も困難ですし、どうします?」
晴れていたら何処かその辺にでも腰かけて日向ぼっこしながらお話も出来るのだろうけど、この天気ではそうも行かない。
「そうだねえ」
少しの間私の顔を窺っていらした冬之助様が、にっこりされた。
「もし嫌じゃなかったら、梅ちゃんの店に入れてもらえる?人目を気にせずゆっくり出来るかなと思うんだけど。勿論、雨だけど散歩でも、何処かの軒先でお喋りでも構わないよ。梅ちゃんと一緒ならどこに居ても嬉しいし」
人目を気にせずってことは、入り口は締めきって店の中に二人っきりってことだよね?
あの狭い空間に冬之助様と二人きりなんて考えただけでもどきどきするけど、冬之助様もその状況を分かっていて私に判断を任せてくださっている。
「あ、ええ、そうですね。私の店が一番良いかも知れませんね。お茶も飲めるし。今日はお菓子はないですけど」
そう言うと、綺麗に目を細められた冬之助様の指が意味ありげに私の頬を撫でた。
「梅ちゃんがお菓子みたいなものだよ」
とろける様な冬之助様の甘い笑みに動悸が酷かった。
「た、・・・食べられちゃうと、・・・・困るんですけど」
冬之助様からすこうしだけ距離を取ろうと身体を反らすと、笑顔の彼に緩く捕まえられ引き寄せられた。
「大丈夫。食べないから安心して。一番好きなものは楽しみに取っておく性質なんだ」
「・・・本当ですか?」
不信な目を向けると、甘い表情をあっさりと消した冬之助様が雨を吹き飛ばすような明るいお声であははと笑われた。
「本当だよ。梅ちゃんを困らせる様な不埒なことを私がすると思う?さあ行こう。次にいつ梅ちゃんとゆっくりできるか分からないんだ。沢山話さなきゃ。途中でおやつを買っていこうか。夢屋さん以外のお菓子もたまには良いんじゃないかい?」
「はい!」
この優しい方が私の心の準備を待たず、望まぬことをなさるはずはない。望んでいない訳でもないが、私をお嫁さんにする為に着々と段階をこなしておられる冬之助様が、祝言の日を迎える前に私に手を付けられることはない気がした。
すごく、大事にされていると日々実感している。お嫁さんになっても、きっと、ずっと大切にしてもらえる。
「冬之助様」
「うん?」
「大好きです!」
とっても嬉しそうに笑ってくださって、私もすごく嬉しかった。
お終い
番外をいくつか書きました。次の投稿は多分明日になると思います。
※8/27追記。すみません。更新できなかったのに修正しておりませんでした。次の投稿は8/29金曜の夜になります。




