買物へ行こう-1-
班決めを行ってからよく話すようになった6人は週末、一緒に買物に行くことになった。
元は光輝がオリエンテーションに使う鞄を新調したいと言う話題から端を発し、高校入学に伴い越してきた影人と香奈に町を案内しようという流れになったためだ。
本当はあまり外に出たくはなかった優衣だが、他のみんなが集まるとなればそういうわけにもいかない。
当日になると盛大な溜息と共にクローゼットを開く。
実にカラフルな、フリルをあしらったドレスからシンプルなワンピース、はたまた露出度を高めたボーイッシュな物と統一性が全くない服が山のようにかけられている。
唯一の共通点といえば、これが全て女性用であるということだろうか。
大量の女性服の数々は全部雫が着ていたもののお下がりだ。
成長の早い雫はどうしても服の交換ペースが速く、傷むより先に着れなくなった物が多い。
それを勿体ないという父親と雫の意見に、ならフリマか何かで売りに出せばいいじゃないかという最もな優衣の意見はミリ秒単位で却下された。
曰く、可愛い娘が来た服を他人に売れるわけがないだろう。
一度着た服を売るのが女性にとってどうなのかを、男である優衣が知るはずもない。
哀願されれば強く押し通す訳にもいかず、かといって着ないまま放置するのは勿体ない。
でも優衣なら着れるじゃないかという、理解の範疇を超越した理論で押し切られ、結局ここに鎮座している。
似合えば良いと言う物ではないと言って聞く様な父と妹ではないことくらい、生まれてから今までの時間で十分理解していた。
彼らの魔手によって着せられたふぁんしーな衣装の数を数えなくなって久しい。
小さいころのアルバムには判断力の鈍かった優衣が雫とお揃いのふりっふりな服を着て出かけた、行楽地の写真がいくらでもある。
そのどれもが満面の無垢な笑顔を振りまいていて、優衣にとっての大きな黒歴史となっていた。
優衣が家族に性別が変わった事を明かさなかった理由の一端はまず間違いなくここにある。
判断がつくようになってからは溜息一つでさらりと受け流していたのだが、本当に性別が変わってみると笑えない。
話せば間違いなく、この膨大な"ふぁんしー"衣装に着せ替えられる。
魔法で性別が反転しようが優衣にとっては関係ない。
培ってきた男としての意識がそう簡単に取っ払われるはずないのだから。
そして週末に家から出たくない理由もここにある。
普段は雫が昔着ていた、男女どちらが着てもおかしくない服を選んでいるのだがそれらばかり着ていれば当然痛みは早くなる。
加えて雫がそういったユニセックスの服を選んで着ていたのは随分と昔の、小学生の時だ。
その時の服を高校生の優衣が着れるというのも複雑だが、問題はその後、中学生になるにつれお洒落に目覚めた彼女は女性的な物を買うようになったこと。
そうなれば当然、ここのお下がりに女性的な衣服が爆発的に増えるのは言うまでもない。
世の中には逆転した性別用の衣服を着るクロスドレッシングなる文化もあるそうだが、優衣のセンスはそこまで突き抜けていなかった。
悩んだ末に優衣が手に取ったのは学校の制服だった。考えなくていいのは素晴らしい。
「で、お前はやっぱり制服できた、と」
週末の待ち合わせ場所に現れた誰にとっても見慣れた、特に光輝にとっては更に見慣れた服装の優衣に苦笑する。
香奈と影人は事情をわかっていなかったが、香澄や萌は事情を理解している。
「残念ですねー、優衣さんの私服にも興味あったんですよー」
「そしてまた劣情を催し襲い掛かるのか? 咎人になるというのならこの俺が正義の鉄槌を下すぞ」
「そういいつつ一番期待してたのは鳴君だったりしてねー」
「だから、俺の名は影人だ! それから期待なんざしてねぇ!」
先日出会った縁によって6人は昼食を囲む仲になっていた。
特にこの二人のやり取りはクラスの名物にまで地位を上げていて、影人を見る視線も前に比べて柔らかくなっている。
狙ってやっているのなら香奈は相当の策士ということになるが、この緊張感のなさと大らかさを鑑みれば偶然だろう。
当然、優衣以外の面々は私服だ。
それぞれが性格を服装に反映したかのように良く似合っていた。
特に影人はお決まりのように黒に黒を合わせているのだが、本人の体型と相貌の影響か、いっそ突き抜けて栄えて見える。
黙って立っていればミーハーなお嬢様が放っておかないだろう。
「それじゃ、まず二人が行きたい場所はあるか?」
「闇の血が疼いた時の為に薬局の場所を知っておきたい」
真っ先に答えたのは影人だった。
高校入学のタイミングで引っ越してきたばかりで常備薬の揃えがあまりないらしい。
「闇の血が市販の傷薬で治るのー? 寧ろ悪化しそうだけどなー」
早速茶々を入れにかかった香奈と騒ぎ出す二人をどうにか治めながらこの辺りで一番大きな薬局へと向かう。
すると見えてくるのがドラッグストア・薬だ。
どぎつい黄色と緑のストライプで有名な看板が目印のこの薬局は、ネーミングはともかく品揃えは良い。
応急処置用の救急キットからシャンプー。トイレットペーパーなどの日常品、果ては特保対象の食料品など、ぐるりと診て回るだけも大分時間を消費できる。
「ここがここらじゃ一番大きいな。何か買っていくか?」
光輝が影人にそう尋ねると僅かばかり逡巡した結果、今はいいと首を振る。
「あれー、厨二病的にはここで睡眠導入剤とか購入する場面っぽいのになぁ、もしくは手錠とか?」
「薬局に手錠があるかっ!」
「ふふーん、睡眠導入剤は否定しない、と」
「あぁくそ、こいつと話してると制御できない右腕が勝手にキリングしちまいそうだぜ……」
それから右腕を抑える仕草をしてみせる。良く聞けば静まれ、という呟きが漏れ聞こえていた。
その様子を香奈は隠す様子もなく笑っている。
見れば香澄や萌、優衣や光輝もまたかという諦観と同時にほんのりと笑みを浮かべてすら居た。
「それから血の盟約を行う為に羊皮紙がいる……書店か道具屋はあるか?」
薬局の場所を影人が携帯にメモするとそう告げる。確かに学生であれば文房具屋と本屋は必須だ。
任せろ、と光輝が頷くと、ほど近い駅前の大型書店に案内した。
3階建ての大型書店には文房具は勿論のこと、参考書や辞書、漫画から小説までほぼなんでも取り揃えている。
揃って自動ドアのガラス戸を潜り抜けると室内は空調が強めに動いているのか、思わず肌寒ささえ感じそうな冷たい空気が一気に流れ込み、茹だっていた頭が急速に冷えていく。
天気がよかった事もあり薄着だった萌にとって店内の温度は寒すぎるのか、着ていたノースリーブのワンピースから覗く白い肩をそっと手ですり合わせた。
「大丈夫? ボクのでよかったら羽織る?」
それに気づいた優衣が着ていた制服のブレザーを脱いで差し出すと萌ははにかんだ様に笑い、お礼を言ってから袖を通した。
その隣では香澄が羨ましそうな視線を萌に向けている。
「まさか氷結界が展開されているとはな……」
幾ら天気がいいといっても晩春にしては強すぎる空調だった。
影人が風を吹き出している天井の埋め込み型エアコンに向かって忌々しげに呟くと、徐に羽織っていた薄手の黒いウィンドコートを脱いで香澄に気遣うように差し出す。
想定外だったのだろう、驚いたように瞳を見開いた香澄だったが、おずおずとそれを受け取って羽織った。
「あたしもちょっと寒いなー」
それを見ていた香奈が悪戯っぽい笑みを浮かべながら影人に這い寄る。
「当然だ。この氷結界はお前の為に用意されたものだからな。存分に頭でも冷やせ」
が、影人はつれなく一蹴するだけだった。
氷結界が展開されていたことに驚いていた設定はどこへやら、いつの間にか香奈の為に用意されたという路線に変更したらしい。
むーとむくれる香奈だったが、それを見た香澄はおずおずと黒のウィンドコートを影人に差し出す。
「私より香奈の方が薄着だから」
香澄は長袖のシャツにエプロンワンピースを着ていたこともあって半袖の香奈よりも幾分寒さを凌げる出で立ちだ。
影人は差し出されたコートと香澄を見比べてから一度だけ大げさなため息を付くと香澄から受け取ったコートを香奈に突き出した。
光輝はそんな流れを見て、半袖1枚しか来ていない自分に嘆息するのだが、彼は基本秋過ぎまで半袖一枚で過ごす性質なので仕方ない。
「電車でもそうだけどさー、なんでこんなにガンガンに冷やすんだろうねー」
絶え間なく吹き付けてくる冷風にうんざりといった口調で香奈が愚痴を漏らす。
「もうすぐ夏場だから、今のうちに沢山使っておいて、必要な時だけ使う量を減らすことで%換算する時に差を大きくできる。総量は関係なく、ね」
「それって削減の意味なくねーか?」
「世の中そんなもの」
月100kwの電気を使う会社が月120kwに変更して必要な時に電力を90kwまで削減するとどうなるか。
普段から考えれば10%の削減なのだが前月比と換算すると25%削減となり、2つの数字から受けるインパクトは大きい。
公表するのを%だけに留めれば相応の努力をしていると見えなくもないのだ。現実は別として。
そんな香澄の意見に光輝が納得できずツッコミを入れるが、香澄の言うとおりそんなもの、なのである。
「数字のトリックですね」
萌が感心したように息を漏らした。大人の世界とはかくも欺瞞に満ちている。
いや、欺瞞がなければ始まらないというべきなのかもしれない。
文房具売り場を案内すると、それぞれが見たいものがあるという事になり各自散開して再集合する流れになった。
ちょっと漫画の新刊が出ていないか確認するという光輝は3階にある漫画売り場に向かい、影人は1階にある文房具売り場にいく。
萌と香澄は店内を見て回るといい、香奈は一人、影人に使える面白いものがないか探索し始めた。
優衣は2階にある参考書を見て回り、やがて紙袋を携え降りてきた光輝と合流すると1階に戻る階段に向かう。
二人が1階に降りると10メートルほど離れた場所にある、神秘学、オカルト関係の棚で本を眺めていた影人が香奈によって反対方向の書架に引っ張られていく所に出くわした。
腕をしっかりと掴まれ、半ば引きずられるように連れて行かれた先にはどぎついピンク色の目印がついていて、いわゆる18歳未満閲覧禁止のあはーんうふーんな本がぎっしりと詰まっている事を表している。
「どうですか、この禍々しいオーラは!」
明らかに場違いな香奈の登場によってコーナーにいた男性客の幾らかが挙動不審になり咳払いとともに去ってしまった。
営業妨害も甚だしい限りだが当の香奈は満面の笑みを浮かべている。
「禍々しいのは貴様の頭の中だ!」
無理やり連れてこられた先が成人向け雑誌売り場だったことに流石の影人も苛立っているのか、一言怒鳴りつけるとくるりと背を向け早々に立ち去ろうとするのだが、香奈は彼の手を素早く掴んで引き留めた。
「まぁまぁ、この際だから性癖を大・公・開してみてはー? 闇の力といえば触手モノですかねー」
「お前はそいつで脳みそをこねくり回してもらって少しはマシになれ! そんな物に興味があるか! 俺が好きなのはあっちだ!」
振り返った影人は叫び声とともに香奈を睨みつつ、元いた本棚に並べてあったオカルティックな数々の本めがけてを指を突きつける。
特徴的な趣味にまた噛みつくかと思われた香奈だったが、珍しくもきょとんとした様子で影人の指す対象を見て、手に持っていた如何わしい本をすごすごと棚に戻してみせた。
珍しくしおらしい態度に影人が意外そうな顔をする。
「そういう趣味でしたかー、確かにここにはそういうのはなさそうですねー」
にやり、と笑う香奈に影人の背筋が凍った。何かとんでもないミスを犯したという焦燥感が彼を襲う。
指さされた先には確かにオカルティックな書物が並ぶ棚もあるのだが、それよりもずっと手前に何事かと近寄ってきた優衣がちょこんと立っていたのだ。
振り返った影人が予想だにしなかった偶然に、声なき悲鳴を上げて動揺する。
「いやー良いことを知りましたー。今すぐ学園に用意された生徒向けの量子の海に向かって真実を文字にして漂わせたい気分ですー」
「やめろぉぉッ!」
携帯を取り出し文字を打ち始めた香奈に向かって影人が結構本気な絶叫とともに躍りかかるのだが、彼女は意外なほど素早い動きで交わしてみせた。
「まぁ仲がいいのはいいんだが、あんまり騒ぐと怒られるぞ」
光輝の呆れが混じった声に二人はようやく周囲の目線を気にし、咳払いとともにいそいそとその場を後にする。
他人から見れば仲のいい夫婦漫才にしか見えないとなればなおさらだ。




