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現世の魔法使い  作者: yuki
第一章
8/56

オリエンテーションに向けて

 以上がこの1週間にあった大まかな出来事だ。

 以来優衣は他人に触れられることに関しては鋭敏になってしまっている。

 悲しいことに普通にしていればバレる訳がないと確信しているのだが、もしもという可能性まで捨てきれるものではない。

 常にびくびくし身を縮めるようにして生きていく日々は優衣にとっても非常に煩わしい物であった。

 それが警戒する小動物の様な様相を呈して周囲から余計に視線を集めて悪循環していることに当人は全く気付いていないが。


 校内に鐘が鳴り響くとHRの時間が始まる。

 普段はわいわいと騒ぎ一向に静かにならない学生達だが、今日だけは教師の入室と共に誰もが期待の眼差しを教壇に注いでいた。

 教師は生徒たちの珍しい様子を怪訝に思いながらも、静かにしてくれるなら越したことはないとばかりに連絡事項を告げる。

「今日のHRは来週にあるオリエンテーションの予定を話し合う。まずグループ分けだが、新しい親交の意味もこめて名前順に……」

 名前順にしようと教師が口を開けた瞬間、いっせいに床が打ち鳴らされた。

 驚く教師が見たのは、無数の視線だ。

 どれもこれもが欲望という二文字に染まっていて、有無を言わせぬ圧力を醸しだしている。

 生徒達の心は一つ。


 "そんなおいしいイベントに名前順なんて、ありえませんよね"


 ごくり、と教師が喉を鳴らす音が静寂に包まれた教室に微かに響く。

 教師が学校において強い立場にあるかと問えば、否。断じて否である。

 1学期早々から生徒に嫌われ居ない物として扱われてしまえばその先にある未来は灰色、クラスの崩壊だ。

「名前順にしようかと思ったが、自主性を重んじるためだ、好きに組んでくれ……」

 結局教師は安牌として空気の流れを読むことにした。


 といってもこのクラスだけがそうなった訳ではない。

 隣の教師歴20年の大ベテランである学年主任は早々から自分達で決めろと言い渡してあるし、その隣の新任の女性教師も自分の立場なら自由に組みたいという思惑の元、同じように言い渡していた。

 出来るだけ友好な関係を築きたいと思っているのはどちらも同じなのだ。

 無駄な軋轢を生むほど虚しい行為は存在しない。


 オリエンテーションは5月の初めに、新入生同士が親睦を深めるため、そして今後の授業の流れを知るために行われる二泊三日の旅行だ。

 ハイキングや農業体験、飯盒炊爨での自炊など一般的なイベントのほか、夜には今後の進路に関するガイダンスを行っている。

 四籐学園は高校に上がると授業が公立にしては珍しい単位制に変わる。

 一年生は殆ど自由度のない密度の高い授業だが、二年生になると選択できる枠はぐっと増え、三年になると必修の数単位の授業を残して全て自由選択になっている。

 三年間で必要な単位を満たせば授業の数を削ってもいいため、一つも単位を落とさないのであれば三年は毎日四時間授業どころか二時間授業近くまで抑えることも不可能ではない。

 選べる授業の数は幅広く、中には前年度に習得していないと取れない科目もあるため、生徒は一年の前半には2年のカリキュラムを、2年になる頃には既に3年のカリキュラムを作っておく必要がある。

 選択する教科で今後の進路が大きく変わることをまず理解する必要があるのだが中学を卒業したばかりの生徒には難しい。

 だからこそ旅行の夜の長い時間を使って全体へかなり詳しい説明を行うのだ。

 とはいっても、入学したばかりの新入生が複雑に考える事などなく、もっぱら泊まりを含む行事に心躍っているのだが。


 四籐学園は基本持ち上がりの一貫校だが高校枠には2クラス分、約80名の外部受験枠がある。

 敷居は高いが校舎が新しく設備も良い。

 進路を明確に決めている者であれば単位性という特化カリキュラムは魅力的で、例年5倍近い倍率になっている。

 オリエンテーションは顔見知りの少ない彼等をこの高校に迎え入れる意味合いも大きい。

 何せ同学年の大部分は9年を共にした、どこかで見たことのある顔ばかりなのだから。


「じゃあこっからは俺が引き継ぐぜ!」

 教師が班分けを任せた後、真っ先に声を荒げたのは光輝だ。

 彼の素性を知らない何人かが明らかに硬直するがそれもオリエンテーションを終える頃には消えてなくなるだろう。

 中学から上がってきた生徒は反対に盛り上がったりしていた。

「まず分け方だが、6人で1班、合わない場合は5人かか7人にしていいそうだ」

 といってもこのクラスの人数は42人。突然転校生でも現れない限りは6人の班が7つできる計算だ。

「それから上がり組みだけで組むのも面白くないしな、最低1人は外部組みを入れるか」

 元々中学にあったクラスは6つ、高校になると外部組みの80人、2クラス分を合わせ8つに増える。

 80人の外部組みはランダムかつ均一に組み込まれる為、1クラスに付き10人ほどが在籍していた。

「外部組み同士で知り合いがいて一緒になりたいって奴はいるかー? いるなら先に言っとけー」

 確率的には極僅かではあるが、光輝は念の為に確認を取る。しかし手を上げる人は誰もいなかった。

 

 1クラスの人数は42で、男女の数も完全に一致している。

 後は1班を出来る限り男女の比率を同じようにして作っていくだけだ。

 男子だけ、女子だけの班がないのは何故か? 勿論面白くないからだし、他の生徒もそれを望んでいる。

 誰だってかっこいい、あるいはかわいらしい異性とちょっと親密になれるかもしれないイベントを心の底で、或いは全身全霊をかけて期待しているものなのだ。


 次に問題となるのは飯盒炊爨での自炊がある事だった。自炊が出来る、或いは経験のある生徒は現代において数少ない。

 そして料理ができないカテゴリの人間は往々にしてとんでもないことをやらかすものなのだ。

 家庭科の調理実習で何食わぬ顔で米を洗剤で洗おうとする奴、味見もせずに塩をどばどばと放り込む奴、弱火と言っているのに全力で焦がす奴、料理下手の人間が集中してしまうと和気藹々とした昼飯の場が、さながら黒魔術で魔女が使う大鍋の中身に変わってしまう危険性がある。

 それだけはなんとしても排除するために、最低一人は指示を飛ばせる料理経験者を組み込まねばならない。

 

「おら、男子で経験ある奴手を上げろ。あ、優衣は分かってるから別にいいぞー」

 光輝はそう言って黒板に料理人という枠を作り、結果を見るより先に男子の注釈の傍に優衣の名前を記入する。

 しかし現代の男子の料理スキルはカップ麺に湯を注ぐ程度が殆ど、包丁を握ったことのない人間も少なくない。

 改めて振り返った場では誰もが苦しそうに目線を逸らしていた。

「優衣だけかよ! お前等もっと家のこと手伝ってやれ!」

 光輝の言葉に、数人がお前が言うなと、お決まりの突込みを返す。

 飛び出したブーイングに居ないものは仕方ないと強引に話題を進め、女子の方を確認するとやはり何人かの手が上がった。上がった……が。


「ちょっとそこのお前、出席番号3番、一之瀬だよ! お前中学の家庭科室で電子レンジに生卵入れて爆破させたよな! 料理が出来るとでも言うつもりか?」

 光輝がそう叫んで指差した先に居るのは少し勝気な目をしたショートカットの女の子だ。

 すっと、綺麗としか表現できないフォームで一直線に上げられた腕は自信に満ち満ちているようでもあった。

「何を言ってるの? 光輝が出来ないことを私が出来ないわけがない」

「なんかもう言ってることが訳わかんねぇよ!」


 生卵爆発事件、それはこの学校の中学で起こった有名な事件だ。

 一之瀬と光輝は犬猿の仲とでも言うべきか、事あるごとに勝負をふっかけている。

 傍から見れば馴れ合いにしか見えないのだが、一之瀬にとっては酷く重要な問題らしい。

 腐れ縁で毎回毎回、今の今まで9年間同じクラスで過ごしている二人は、ある調理実習の際にお馴染みとなっている勝負を行った。

 

 お題:どちらがより早く茹で卵を作れるか。

 

 ノリノリなクラスメートの開始の合図と共に両者は食材置き場へと走り出し、壮絶な卵の取り合いを経て一之瀬は電子レンジの前に、光輝はコンロの前に立った。

 お約束というべきか、周囲が止めるのも聞かず一之瀬が生卵を電子レンジで加熱し、爆散。

 四散した半ゲル状の固体に、しかし澄ました様子で「ゆで卵じゃ生温いからスクランブルエッグを作った」と言い切ったのはもはや伝説として語り継がれている。

 互いに勝負は自分の勝ちだと張り合ったのだが、一之瀬にしても光輝にしてもゆで卵は作れて居なかったから引き分けだろう。

 ちなみに光輝はフライパンの上に油を引いて生卵を転がしていた。こちらも爆発する危険はあるので絶対に真似してはいけない。


 この時点で一之瀬の料理スキルが壊滅的であることは誰から見ても明らかだった。

 にも拘らず揺らがぬ自信をこれでもかと滾らせ手を上げている。

「一応聞くが、あれから練習を重ねたとかそういうのか?」

 頭を抱えながら光輝がこれまでの間に上達した可能性を問いただす。

「ゆで卵を電子レンジで作るには道具が足りなかったってことは把握してる」

「そういうことじゃねぇ!」

 しかし帰ってきた答えはやはり想定の斜め上を飛んでいく変化球で、光輝は思わず叫び返していた。

「変化球ならいいじゃない、ストライク、バッターアウトね」

「心を読むな! お前の場合見当違いの大ボールだよ!」


 押し問答の末に彼女は結局手を下ろさず、光輝は溜息と共に仕方なく一之瀬の名前も付け足した。

 それに対して一之瀬はふふんと勝ち誇ったような笑みを見せる。

 幸い10人程の経験者が居たおかげで一之瀬のみ、という班は出来なくてよさそうだ。

「あー、じゃあこれを元に班を作るな……悪いが名前の上がってる奴同士は融通しあってくれ。それから一之瀬、お前は俺と一緒だ」

 一之瀬に台所を預ければ火事くらい起しかねないと判断した光輝は早速奔放な彼女に手綱をかけに行った。

 あからさまに不快な表情を見せるがそれは光輝も似た様な物だ。

 けれどクラスメイトの思い出の一ページを焦げ付かせずに済むと思えば安い代償である。

「……月島さんも一緒だよね」

 ぶすっとした声で、一之瀬が光輝へと尋ねる。勿論そのつもりだと彼が答えると、険しい表情はふわりと溶けていった。


 それから一之瀬と仲がいい春日という、少し引っ込み思案のあるクラスメートを引きいれ4人になる。

「後は外部組みを入れようかね、なぁ優衣、なんかピンとくる人材でもいるか?」

 光輝が見覚えのない顔を捜し当たりをつけながらすぐ傍に立つ優衣に尋ねる。

 優衣はちょっと考えながら数人の顔を見渡すと、不意に一人の男子を指した。

「なんとなく、あの人」

 そういって指差したのはドアに寄りかかり俯きつつ腕を組んでいる生徒だ。

 普通こういう場では炙れないためにも輪に混ざっていくのが一般的なのだが……男子生徒にその様子はない。

 世の中には自ら輪の中に入るのに抵抗を持つ人も居る。

 かつての優衣や光輝もその内の一人だったこともあってか、自然と浮いている人間は分かってしまうのだ。

 同じ時間を過ごすのなら出来るだけ楽しい時間を過ごして欲しい。

 光輝は一度頷くとその生徒に向かって歩き出した。


「よ、まだ班決まってないなら一緒にくまねぇか?」

 気さくに明るく声をかけられたことで、男子生徒の顔が上がった。

 陰になっていて見えなかったが、切れ目で多少の圧迫感はあるものの学校に慣れれば女子は放っておかないと思わせる良く整った顔立ちをしていた。

 これは何もせずともすぐに打ち解けるな、と光輝は思ったが、話しかけた以上引きこむことに決めている。

 だが、誘われた相手が放った一言はこの場を凍らせるのに十分なものだった。

「この闇の化身たる俺に何用だ?」

 完全な沈黙である。空気は、或いは世界は凍るということを、光輝は初めて体験した。

 全身の内側が痒くなるような、肌が粟立つ感覚。どうにかしたいと思ってもどうにかできる物ではない。

 周囲を見れば何人かが隠すこともない好奇の視線を存分に浴びせているが、その男子生徒はまるで気にしている様子がないどころか、寧ろ得意げでさえ居る。


「いや、まだ班決まってなかったら一緒に組もうぜ……?」

 やや尻すぼみに、かつ疑問形で光輝はめげずに話しかける。

「俺の力を欲するというのか。 馴れ合いは好きではないが……いいだろう、今暫くの間共することを許可してやる。だが忘れるな。闇の化身たる俺には人など一撃の下に断罪できる力を持つということを」

 流石の光輝もやや笑顔が歪んでいた。しかしここで引かなかったのは流石と言える。

 光輝だってこういう台詞は嫌いではない、が、それは漫画やアニメといったサブカルチャーの中での話だ。

 まさか現実世界にこうして痛い台詞を濁流のように垂れ流す存在、厨二病が実在しているとは思って居なかった。

 掲示板や作り話の中だけに存在する妄想を誇大化した概念……それが今、こうして目の前に居る。


「だ、黙っていれば割と良い線行きそうなのに……」

 遠くからその様子を見ていた一之瀬がぽつり、と漏らした。

「春原さんの周りには、普通じゃない人がたくさん集まるんでしょうか……」

 その隣で春日もまた、ぽつりと本音を漏らす。

 彼を指名した優衣は苦い笑い声を漏らすしかなかった。

 あるいは変人を集めたのは優衣であるかもしれない。


「そんじゃあたしも入れてくださいよー」

 一人目を勧誘した時点でライフが限りなくゼロに近づいていた光輝へ、一人の外部組の女子生徒が近づいてきた。

 思わず身構えてしまった光輝に、女子生徒は複雑そうに笑う。

「大丈夫大丈夫、そこの神無月君みたいに飛んでるわけじゃないからねー」

 ちょっと間延びしたような言葉に、あまりしまりのない笑みをにへら、と浮かべる。

 彼女も同じ外部組みの生徒で、神無月の席の隣で毒電波を休む間もなく浴び続けた結果、ある程度の耐性ができたらしい。

 彼と一緒となれば普通の人は敬遠するだろうからというのは彼女の弁だ。

 それに、とそれ以上先は声に出さず、小動物のような風体の優衣にじっと目を向け、意味深な視線を送る。


 メンバーが集まったところで光輝が提案したのは自己紹介だった。

 良く熟知しているメンバーがいるが、外部組みの二人に関しては全く知らないし相手にしても同じだ。

 四月の初めに軽く自己紹介もしているが、クラス全員分のを覚えている奴は居ないだろうし、挨拶は人間関係の基本ともいえる。

「んじゃま、最後っぽいあたしが先手を取らせて貰いますかねー。名前は菅原香奈(すがわら かな)。見ての通り外部組みなんだけど、この学校中々入るの難しかったよ……こんな事なら小学生の時にはいっちゃるべきだったねー」

 そういってからからと笑う。随分と大らかな印象を受ける人だった。話し方や表情のせいもあってか微妙に力が抜ける。脱力系とでも評するべきか。

 染めてあるのか、ダークブラウンの髪は2つに分けられ、肩先で三つ編みにして纏められていた。

 身長にしても女子の中では割と大きく、160を僅かに越えている。

 体型的な発育も身長にならうように、特に一之瀬はよく発達した彼女の一部分を自分の物と見比べて溜息を一つ漏らしていた。


 続いて声を上げたのは神無月だった。

「いいだろう。心して聞くがいい。だが心を強く保て。さもなくば名だけでもヘルの彼方にオーバーランすることになるからな。……俺の名は」

神無月鳴(かんなづきなる)君ですよねー」

 相変わらずの台詞回しでもって神無月は自らの名前を発そうとするが、タイミングを計った香奈の声が遮る。

 途中で台詞を止められた神無月は親の敵でも見るように睨み付けるが、香奈は楽しそうに笑って見せるだけで堪えた様子はない。

「くっ……! 俺の名は鳴ではない! 影人(かげひと)だと何度いえば分かる!」

「あのねー、鳴は現世の名前で、真名は影人っていうんだってー」

 一瞬素を見せながら怒鳴った神無月の言葉に、何のことだと首を捻らせている一同へ香奈が解説を加える。

 どうやら神無月は1ヶ月という時間の中で既に相性のいいパートナーを見つけていたらしい。本人がどう思っているかは別として。


「ふん、そういうことだ。間違えるなよ? 俺の名は影人……闇に生きる一匹狼オンリー・ロンリー・ウルフ……明日をも知れない飢えた狼さ」

 決まったとばかりに影人は腕を組みつつ目を閉じると椅子へ深く腰掛ける。闇の化身なのか一匹の狼なのかよく分からない。

 きっと彼の頭の中ではこいつ……できる! みたいな視線を感じているのだろうが、香奈は嬉々としてそれをぶち壊しにかかった。

「そうそう、女の子をだらしない目つきで品定めしてうへへへ今日は誰にするかなぁとか言っちゃってる変態サンなんだよねー。えっと、月島さん、だっけ? いや、君か。危ないから気をつけないとダメだよー?」

 身振り手振りのジェスチャーが入り混じった迫真の演技に光輝は堪えきれず笑いが吹きだし、影人に至っては突然飛び上がり頭を掻き毟って叫んだ。

「俺は変態じゃねぇ! ついでに男にも興味なんて……」

 ない、と叫ぼうとしてその視線が優衣へと向けられ、暫し間が空く。

 突然立ち上がった影人に驚いてか、優衣は全く意識していないが、両手を胸の上で祈るように合わせ上目遣いで見る様は、それが絵になりそうなくらい見事に"はまっていた"。

「興味なんてねぇっ!!!」

 慌てて目線を逸らし先を続ける影人だが生まれた若干の間を見逃す香奈ではない。

 半眼をじとっと開けて指先を影人の前に彷徨わせながら更にしつこく追求していく。

 どうやら二人の関係は一方にとって最高の玩具であり、一方にとっては最悪の天敵であるようだ。


「随分と賑やかな集まりになったね。私は一之瀬香澄(いちのせ かすみ)。この4人とは中学の時からの知り合いで、赤髪の馬鹿とは腐れ縁」

 自己紹介にどうにか流れが戻ると、次は香澄が手を上げる。

 元々光輝と勝負さえしなければ優等生の三文字がぴったり符合する生徒だ。

 香澄の家族は2人の兄と3人の弟が居る男系の影響か、香澄の話し方は淡々とした物で語尾もボーイッシュになってしまったという。

 肩までで切り揃えられたショートカットもその影響なのかもしれない。纏う雰囲気は孤高の猫、といった感じだ。

 さして大きくない身長もその印象に拍車をかけているのかもしれない。

 つつがなく宜しくお願いしますの流れを模範的に流すと、次は彼女の友人の春日の番になった。

「えっと、その……始めまして。私は春日(かすが) (めぐみ)っていいます。よく"もえ"に間違えられるんですけど、"めぐみ"です。それから、それから……」

 たどたどしく話す萌の様子に香奈はおぉ、と感嘆の声を上げると悪戯っぽく手で作ったフレームの中に萌の姿を収めてイイネイイネとはしゃいでいる。

 これだけ見れば、女の子をだらしない目つきで品定めしているのは香奈の方である。

 肩甲骨まで伸びた艶やかな髪は色素が少し薄いのか、蛍光灯の下で僅かに茶色がかっている。

 少しぶっきらぼうなきらいがある香澄と並んでいる姿は子猫と言えなくもない。


「んじゃ、次は俺かね。春原(すのはら) 光輝(こうき)だ。怖がられるけど別にとって食やしねぇよ。これでも割と真面目な生徒で通ってるんだって、成績はともかくな」

 きっと光輝が然程悪い人物ではないのは何となくであれ、伝わっている。

 好きなアニメはこれで、何処が良いかを熱く語りだす辺り、まだ慣れていない香奈と影人は完全に面食らって口をぽかんと開けているが。

 光輝の洗礼が終わると、影人はこいつ……何者なんだと魂の抜けたような声で漏らし、香奈は変な人って共鳴するんですかね、と空笑いしている。

 何度か香奈が影人の時の様に茶々を入れていたのだが、光輝の場合それは逆効果にしかならない。

 最終的に香奈が負けた、と机に項垂れてしまった。


「じゃあ最後……優衣、お前の番だよ」

 光輝がそう言って隣に座る小さな影に促す。一度うなずいてから優衣はすぅ、と息を吸った。

「ボクは月島優衣(つきしま ゆい)です。良く間違えられるけど、これでも男、です」

 今はちょっと違うけど、と内心で冷や汗をかきながら先を続ける。

「あんまり男っぽくない名前ですが、母さんが付けてくれた名前で、個人的には気に入っています」

 そういって、ほんわりと柔らかい笑みを浮かべてみせると、真正面に居る香奈がうっと呻いた。

「折角同じクラスになったんだし、これから仲良くできればって思います。よろしくね、神無月さんと、菅原さん」

 優衣がそれぞれに笑いかけると影人は視線を逸らし、逆に香奈の方は文字通り飛び込んできた。

「やばい、何この可愛い生物! 持ち帰って飼い慣らしたい!」

 物騒な台詞とともに抱きついた香奈に、優衣はひゃう、と小さく叫び声を上げて離れようとするが、がっちりホールドされている上に体格も負けているのではどうしようもない。

 何より抱きつかれたらレッドカードと最も恐れていた可能性が早速現実になってその表情は泣きそうだった。

 それがまた庇護欲をそそるのか、香奈はその小さな顔に頬ずりを続けている。

 暴走した彼女を止められる者など居ないかに思われたが、突然香澄が立ち上がると二人を力ずくで引き離し、縮こまっていた優衣を自分の方に抱きとめた。

「ちょっと、嫌がってる」

「ごめんごめん……ちょっと食指がこう、わきわきとねー。いやぁ、肌はすべすべのぷにぷにだし男にしとくのが勿体ないですなー」

 香奈が落ち着いたのを確認してから香澄も優衣を開放する。

 どうやら彼女の豊か過ぎる胸によって感触は阻まれ、どうにかバレなかったらしい。香奈に気付いた様子はない。

 だが香澄の方は僅かな違和感を感じていた。正面から抱きついたわけではなかったが故に、それが何なのか分からずぼうっと優衣に視線を送る。

「ん? どうかしたのか?」

 それに気付いた光輝が香澄に尋ねるが、元より犬猿の仲の香澄が答える訳もない。

 先ほど奪い返した優衣を咄嗟に抱いた時の感触を思い出すかのように手を握っていた。

 それ以外にも何か、香澄がいつも見ている優衣とは違う部分があるように感じているのだが、具体的に何が、と言われても言葉にならず、混乱を深めるのだった。


 班が決まれば後は早い。諸注意や必要なもの、今後の予定などを担任が話進めていく。

 静まり返っていた教室はいつも通り熱気を取り戻すばかりだ。

 誰もが期待に胸を躍らせているのは言うまでもない。

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