エピローグ -悪意の芽-
「こんな所で、終われるものか……」
精神世界のどこかで、何かが呟く。それは形のない誰かの意志だった。
ここは形あるものなど何もない、願いの叶う場所。
「私は、愛だ」
そこで何かはひたすら強く願う。自分の理想こそが世界を救う手立てであると。
「私が、世界そのものになる」
かつて優衣の母親の愛情が世界に取り込まれ自衛意識となったのであれば、
もし、誰かの歪んだ愛情が世界に取り込まれたとして、それは一体どんな芽を出すのだろうか。
答えを知るものは、まだ誰も居ない。
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「任務ご苦労様。束の間の学校生活はどうだったかな」
白衣を着流したひょろ長い男性の前に、ショートカットの女の子が無表情で向かい合っていた。
「別にどうとも。演技する事には慣れていますから」
「しかし実に見事な活躍だったよ。これで研究も大きく捗るだろう」
感情を感じさせない声色で淡々と告げるのにも気にせず、白衣の男性は大仰に喜んでみせる。
「そうですか。それは良かったですね」
「特に聖霊の生体組織を手に入れられたのは大きい。"人工聖霊"計画もこれでようやく日の目を見れるかもしれない」
「もういっていいですか? 興味がないので」
遂には白衣の男性が根負けしたようだ。少し寂しそうにどうぞ、というと女の子はそのまま廊下の奥へと消える。
誰も居ない事をさっと確認して携帯を開くと、そこには短い一文が既に入力され、ボタンを押すだけで送信できる状態に調整されていた。
―魔術結社のしていた事に気付いたのは、貴方たちだけじゃない―
宛先は先の任務でずっと前からの友人だと信じ込ませていた気の強い女の子だ。
本来ならこんなメールは送るべきではないし、きっと気付かれる。
短い間一緒に過ごしただけだというのにここまでする必要があるのか。
「そうだ、1ついい忘れてたんだが」
背後から突然先ほどの白衣の男の声がして、少女は思わず携帯を取り落とすところだった。
何気ない動作でポケットの中へ自然に滑り込ませるといつもの通り、無表情を作り出して振り返る。
「なんですか?」
「人工精霊については君が取ってきた4人の生体組織のおかげで完成の目処がついたそうだよ」
「ですから、興味ありません」
つれないなぁ、と小さく漏らして、白衣の男性はそのまま踵を返し部屋へと戻っていく。
開いた携帯の文面を見て、もう迷わなかった。




