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現世の魔法使い  作者: yuki
第二章
44/56

遊戯

「それにしてもカオスですね、ご主人様」

 光輝がいつもと全く違う口調に加え、ありえない語尾まで付けて他の4人を見渡す。

 否、ありえないのは光輝が最後に付けた単語だけではない。

 今の彼はその身に余る、フリルが盛大に付けられた可愛らしいメイド服を纏っていた。

 しかし高身長の彼にはサイズが合わず、所々丈が不足し筆舌に尽くしがたい悲惨な状態になっている。

「全部光輝のせいだけどね」

 隣に座っていた優衣が胸の奥底から盛大なため息を漏らす。

 優依も光輝とは別の意味で勝るとも劣らない酷い恰好をしていた。

 身に着けているのは地肌に白のYシャツ、それも半袖の物を一枚だけという扇情的な装いで、Yシャツにしても鳴の私物のせいか丈が合わず裾は膝の半ばまで伸びている。

 だがシャツを止めているのは等間隔に縫い付けられた小さなボタンだ。

 身体を揺らすたびにどうしてもできてしまう隙間からは白い陶磁の様な肌が覗く上に、裾は膝の半ばまであろうとも最後までボタンで留められているわけではない為、際どい部分まで露出してしまう。

 袖は半袖の筈だが大きさの違いから肘近くまでかかっている上に細い腕にはだぶだぶで、手を上げようものなら腋に加えて角度によっては小さな膨らみさえ見えかねない。

「もうこれはいいだろ……にゃん」

 さらにその隣では鳴が頭に三角系の黒い耳-猫耳-を付けて鳴きながら、もとい泣きながら項垂れていた。

「いやー、最近のゲームっていろいろ凄いんですねー」

 最近のではなく、このゲームだけが特別異常に"凄い"というツッコミはどこからも入らなかった。そんな余裕すら消し飛んで久しい。

「もう無かったことにしませんか、ご主人様」

 再びありえない語尾を付けて、光輝が頭を下げる。その先にはブロックを選別している香澄が居た。

 香澄は不気味な能面を装着している上に丈の短い、両脇にスリットまで入った桃色の現実にはありえないナース服に身を包んでいる。

 香奈も頭にアフロを被ってどこのハワイのバックダンサーだと聞きたくなるような、実にアロハな格好をしていた。

 誰も彼も常識とは掛け離れた仮装に身を包みゲームに集中している。

「自分で崩せばいいじゃない」

「無理です、ご主人様」

 仮面越しのくぐもった香澄の声に光輝は項垂れるしかない。

 ゲームの終了条件。誰かがタワーを崩すこと。しかし、タワーを崩せば罰ゲームが待っている。

 今の格好を今日1日中続けること。この場の誰もが望んでいないのに、始まったゲームは敗者を出すことでしか終われない。

「どうしてこんな事に……」

 全ての始まりは光輝が寝坊した事から始まった。

 

□□□□□□□□□□

 

 

 土曜日の朝には遅い時間、待ち合わせ時間を過ぎても一向に現れない光輝に優衣が電話をかけてみれば、まだ家でぐっすり眠っていた。

「悪い、先に向かっててくれね、俺も今からすぐ行くからさ」

 このまま待っていても良かったのだが、まだ昼前とはいえ初夏の日光は力強い。

 5人がこうして集まったのは、優衣が良く使う大型の食料品店で今日の昼と夜、それから明日の朝と昼の分の食材を調達する事にしたからだ。

 携帯もある事だし、合流するならいつでもできる。

 了承の返事と共に電話を切ろうとすると、突然思い立ったように香奈が変わってほしいと優衣に頼んだ。

 光輝が来るまでの間、鳴の家で何をして遊ぶかについてみんなで話し合っていた。

 その時、何かボードゲームでもあればいいよねーと言っていた香奈は光輝に多人数で遊べる物がないか尋ねる。

 すると色々な種類を持っているらしく、ついでとばかりに持ってきてもらう事にしたのだ。

 

 スーパーに到着してから献立を考えつつ買い物をしていると20分くらいで光輝もやってきた。

 大きなバッグを背負っている辺り、気合を入れて幾つか選んできたのだろう。

 全員の好き嫌いを確認しつつ食材を選ぶと一行は鳴の家へと向かった。

 

 鳴はまだ朝食を食べていないという事から、優衣がほとんど一人で冷やしパスタを作って早めの昼食を取る。

 それが終わると、香奈は光輝の持ってきたゲームに興味を抱いたようで一緒になって中を確認していた。

 その中に、あったのだ。パンドラの箱とも呼ぶべき、禍々しいゲームが。

 

「なんかこれだけ大きな袋に入ってますねー」

 大きめの鞄の中の凡そ9割はその袋が占めていた。

 可愛らしい花柄のプリントに彩られた袋は不透明で、中身が何なのかは窺い知れない。

「忘れたのかよ、この間のオリエンテーリングの時に入ったメイド喫茶の賞品だぞ、それ」

 優衣と香澄が優勝して受け取った商品だったが香澄も優衣も興味がなかったため、最終的に光輝の所へ行きついたのだ。

 そういえば、中身はあのメイド喫茶でやっているゲームが色々詰まっていると説明があったのを今更のように思い出す。

「記念の品でもあるからな、一応持ってきたんだよ。開けてみねぇ?」

 まるで宝箱でも開けるかのような興奮に包まれ5人揃って開けると、一つのゲームと多数のオプションアイテムが格納されていた。

 長方形の細長いブロックを3つ並べた物を縦横と格子状に組み合わせながら積み上げて準備完了。

 プレイヤーは1ターンに1度そのブロックをどこからか1つ引き抜く。

 その後、一番上に並べることが出来ればターン終了、次の人に移る。

 これを何度も繰り返して最終的に倒してしまった人が負けとなるパーティーゲームの一種だ。

 ゲームの名前もそのまま、積み上げるの意味を持つ『ジェンガ』である。

 

 だが普通のジェンガにはオプションアイテムなど必要ない。

 メイドカフェ的な独自ルールを追加した結果、このオプションアイテムが必要になったのだ。

 畳まれた数々のコスチューム、装飾具は多岐に渡り、よくもまぁこれだけ袋の中に詰め込んだ物だと関心さえする。

 このゲームのルールは普通のジェンガと殆ど変わらない。異なっている点はたった1つだけだ。

 『ジェンガのブロック全てには小さな文字で命令が書かれていて、引き抜いた人は必ず実行しなければならない』

 この時点でジェンガはケースの中に収められており、どんな命令が書かれているかは誰にもわからない。

 そこで香奈がこう言ったのだ。

「面白そうですねー。中に何が書かれているのか分からない内にやってみません?」

 オプションからしてそれを身に付けろ、という内容が多分に含まれているのは想像に難くない。

 当初悩んでいた面々の内、香奈が香澄に何事か耳打ちすると香澄は光輝を挑発し、この時点で3人の参加が確定した。

 鳴も「なら付き合うか」、と言い出し、残った優衣が一人で反対を押し通せるはずもない。

 あれよあれよと言う間にリビングのテーブルの上へタワーが建造された。

 じゃんけんで開始位置を決め、反時計回りで順々にブロックを引き抜いていく事になる。

 

「じゃまず私かなー。そーれ」

 ジェンガをプレイするのに戦略を立てるのであれば"攻め"と"守り"の2通りがある。

 3つのブロックが格子状に展開されているのだから、1段につき真ん中化左右両方、どちらかしかとることが出来ない。

 真ん中を取った方がバランスはいいので、これは後の自分のターンを考える守りの発想であると言える。

 対して左右のブロックを取るのは後のプレイヤーにプレッシャーを与え、場合によっては短期決戦にもなり得る攻めの発想だ。

 どの段を取るかもまた重要なファクターであると言える。

 下の段になればなるほどかかる重さは上がるのだからブロックは取りにくくなるが、タワー自体のバランスも悪くできる。

 例えば10段目と15段目が残り1本となった場合、この間である11~14段目を取るのは非常に危険である。

 だが10段目より下、1~5段目を取るのであれば比較的安全に抜き取ることが出来る。

 そう言った意味からいえば、香奈は攻めた。

 下から3番目の端はするっと抜けるほど浮いているわけではないようで、慎重につつきながら弾きだす。

 とはいえ初めの1本がそんなに難しいはずもなく、大した苦労もしないで摘み上げると底面に書かれた指示を読み上げた。

「えーと何々……。左隣の人にお帰りなさいご主人様(お嬢様)という」

 左隣は空席だが、その向こうには香澄がいる。くるりと向き直った香奈は飛び掛るようにして抱きつくとお帰りなさいお嬢様と叫ぶ。

 気恥ずかしさを感じるかもしれないがこの程度なら、とテーブルを挟んだ向かいに座る光輝が守りともいえるかなり上部の真ん中に指を出した。

 浮いているのか、抵抗もなくするりと抜き取られたブロックを裏返して内容を確認する。

「次の自分の番まで正面の人に自己アピールし続ける事」

 何をアピールするかなど初めから決まっている。任せておけとばかりに今見ている漫画について熱く語り始めた。

 果たしてそれが自己アピールといえるかは分からないが、光輝の人となりをよく表しているといえなくもない。

 その隣で順番が回ってきた優衣は責めに見えた守りを選択したようだ。最下段の真ん中を抜き取りにかかる。流石にすべての重さが乗っているだけあって抵抗は強いが真ん中を抜くのは難しくない。

 最下段の左右が取り除かれてしまうとタワーの安定性は著しく欠ける。だからこその最下段真ん中抜き。

 これでもう最下段を抜き取る事はできなくなり、安定性は確保される。

 だが優衣は序盤のこの流れを変える一手を打った事に後々後悔する羽目になるのだ。

「んーと、次の自分の番まで立ってること、だって」

 1人だけ立っている違和感はあったが全員を見下ろす新鮮な光景は悪くない。

 今度は隣に座る鳴が少し考えた後、優衣の上の段の真ん中に指をさしこむ。こちらも問題なく抜き払われた。

「次の自分の番まで左隣の人と手を繋ぐ。思っていたより無難なものが多いんだな」

 鳴の隣は立ち上がった優衣だ。そのまま手を繋ぐと羨ましそうに見ている香澄の番になる。

 彼女も優衣や鳴と同じく、下段の真ん中を抜き取った。

「口笛を吹く」

 1週、といってもたったの5回だが、あれほど沢山あるオプションは一度も出てこなかった。最近流行のポップスを香澄が口笛で諳んじる中、再び香奈の番になる。


 それから暫くの間、下段の真ん中を抜き取る作業が続いた。

 どれもこれもオプションとは関係がない。もしかしたらこの遊具とオプションに関連性はないのでは、と思い始めた時、遂に鳴がそれを引いてしまった。

 オプションの中にあったマラカスで次の自分の番までノリノリになって振っている事。本人はやけくそになっていて、それはそれで笑いを誘ったのだが、この程度、ほんの序の口でしかなかった。

 結論から言おう。このジェンガは生産するときに初期位置が決まっている。

 一つ一つ命令が違うのだから考えてみればありえそうな話なのだが、今の今まで誰も気づくことができなかった。

 そしてその配置は下段に行けば行くほど簡単なものになり、上段に行けば行くほど難しいものになる。

 下段の中央を抜き取る、ということは下段の左右を抜き取れなくなることと同義だ。

 優衣に続くように下段の中央ばかり抜いていた彼等がこのカラクリに気づいた時、状況は既に取り返しが付かないほど進行していた。

「……なんで下の真ん中ばっか抜き取ってたんだろうな」

 光輝が引き抜いたブロックをどこか遠い目で眺めていた。第二の被害者が生まれた瞬間である。

 書かれていた命令はオプションの中にあるメイド服を着て丁寧語で話し、語尾にはご主人様をつける事。

 しかも、ゲームが終わるまで継続という鬼仕様だった。

 着替えて戻ってきた光輝を見た時、4人が盛大に笑い転げたのは致し方のないことだろう。

 元々短めに作られていたスカートは完全に丈が足りておらず、腰周りも胸周りも肩幅もピチピチで張っている。

 それを見た香澄が、タワーを崩した敗者は1日その格好で過ごすのが面白いんじゃないかと言った結果、売り言葉と買い言葉が投げ交わされ可決に至った。

 

 次に被害にあったのは優衣だ。

 一体誰がこんな物を作ったのか、男性なら素肌にYシャツ1枚、女性ならオプション品の中にある、ありえない白色のスクール水着を着用しろ、という命令を見た時、優衣は目が点になった。洒落にならない。

 特殊な事情からどちらにするのか迫られた結果、優衣は自分を男性だと言い張った。

 今日の優衣は相変わらず雫によるコーディネートだったが、素肌にワイシャツを着るという命令を実行する場合、本当にそれだけしか着れなくなる。

 下手なミニスカートよりも長い丈になっていたが前方に深いスリットが入っているようなもので、歩くたびに白い太ももが限界まで露出していた。

 おまけに、鳴が持っていたシャツは夏用の薄い生地で作られているせいか、素肌の色が僅かに透けて見えてしまう。

 丈を気にして前の裾を両手で限界まで引っ張っている優衣は肌にぴたりと押し付けられたシャツが他人からどう見えているのかを確認する術もない。

 着替えてきた姿は男2人が揃って視線を外すくらい、濃厚な犯罪の香りが漂っていた。

 

 この頃から勝負は別の色を見せ始める。優衣も光輝も絶対に負ける訳には行かない。この格好を1日続けるなど冗談ではない。

 魔力の解放、身体強化、普通の人間が至る事のできない局地へ足を踏み入れ、確実にタワーを崩さない術を手に入れ下段の僅かに残った安全なブロックを求めて左右を取り払いにかかる。

 

 そして鳴が次の犠牲者になった。

「猫耳をつけて、語尾ににゃんを付けろ……にゃん」

 身悶えた鳴の肘がテーブルに当たりタワーがかつてないほど揺れる。鳴も負ける訳には行かなくなった。

 次に香澄が小っ恥ずかしいナース服に着替え、最後に香奈が特に嫌がる様子もなくバックダンサーに扮する。

 カオス加減は服装だけに留まらない。口笛を吹け、立っていろという簡単な指示はもう残っていない。

 

「次の次の人と愛を語らえ……です。ご主人様」

 ゲームを降りる事、それは即ち敗者になること。

 光輝がすっと立ち上がると厳しいメイド服姿のままソファーを回り込んで鳴の隣に屈む。

「ずっと前から好きでした……ご主人様」

 手を取られた鳴が思わず身を反らした。

「悪いが俺は女性しか愛せないんだ……にゃん」

 だが光輝の愛の語らいは止まらない。

 ご主人様。にゃん。ご主人様。にゃん。ご主人様。にゃん。

 これをカオスと言わずに何と言えばいいのか。香奈はずっとお腹を抱えて肩を震わせているし、香澄も堪えきれないとばかりに視線をずらしている。

 ようやく解放された光輝はテーブルに臥せって暫く顔を上げなかった。

 

 受難はまだまだ続く。

 魔法の使用によってタワーは倒れることなく高さを増して安全なブロックは減っていく。

「次の自分の番まで左の人に膝枕をすること……」

 優衣は引いたブロックは、平常時であればそこまで難しくない指示だ。だが間違ってもシャツ一枚の時にする事ではない。

「よし、優衣、諦めろ」

 この状態で膝枕が恥ずかしくないわけもないが、ここで受ければ一時の恥で終わる。負ければこの姿を今日一日中なのだ。どちらが短いかなど比べるまでもない。

「光輝、頭かして」

 優衣は半ば無理矢理光輝の頭を抱えると自分の膝の上に載せる。短い髪の毛がちくちくと柔肌を苛み自然と頭に血が上った。

 頭が僅かに動くたびに悲鳴が喉まで競りあがるのをどうにか飲み込みつつ頭を抑えつける。

「痛い、痛いって!」

「動くなぁっ!」

 

 ゲームを続けるたびに5人の精神力はごりごりと削られていく。もはやこれはゲームなどではなく、一種の修行と称してもいい。

 光輝は終わりの見えない道筋に屁理屈でもいいから終点を作ろうとした。

「新しいルールを作ろう。もし全部のブロックが物理的に取れなくなったらパーフェクトゲーム、敗者なしだ」

 もう座ったままでは積み重ねる事のできないタワーをさらに積み上げ、バベルの塔の如き高みを目指す。

 彼の提案に反対する声はなかった。

 

 ある時は香澄が不思議な踊りを披露し、ある時は優衣が香奈の膝の上に座る事になり、ある時は鳴が猫の真似をしたり、でもタワーの完成は遠い。

 回数を重ねて抜き取るたびに段は増えるのだ。おまけに指示のせいで遅々として進まない。

 けれどそんなゲームは不意に終りを迎えることになる。

 タワーが崩れブロックが四散する。倒した人は誰もいなかった。

 震度2程度の微弱な地震によって、終わりのない勝負は引き分けという形で幕を閉じたのである。

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